銀灰の神楽   作:銀鈴

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白き墨【05】

海洋の底、深き大地で身を潜め、記憶と共に眠りにつきし精霊よ

 汝の力、今一度我等に恵み給え

 

 跳ね上がる私とクハクさんの魔力。それによる魔力の嵐にかき乱され、私が放った焔は揺らいで掻き消えてしまう。

 

命に溶け込み、神火に焼かれ、劔に宿りし無垢なる力

 非情なる現世(うつしよ)を塗り替えて、我等を楽土に導き給え

 

 しかしそれがどうしたと笑い返し、今度は両手に魔剣を構える。見られる心配がないからアヤとしての戦い方に拘る必要はないというか、そんなことに拘っていたら殺される。

 心の中はまだぐちゃぐちゃなままだし、全部吐き出してしまいたかった。持てる全部をぶつけないと、一生ここに閉じ込められてしまう。そんなのは、絶対嫌だった。

 

限界駆動(Over Drive)──絢爛なりし理想世界、鳴り渡るは鎮魂歌(チョークリムーブ・ワールドパージ)

限界駆動(Over Drive)──突き進め、無限に繋がる廻廊を(リボルビング・エターナル)!」

 

 殆ど同時に、詠唱が終わり魔剣が解放される。双方ともに魔剣の見た目自体は変わらず、感じ取れる力だけが桁違いに跳ね上がった。

 そんな状態になったからこそ。死んでしまった子を寝かせたまま戦いたくなくて、距離を取ろうと後ろに飛ぼうとし──空中に文字が見え、頭に無機質な声が響いた。

 

・子供は守るべき存在である

 

「えっ」

 

 そして、それを認識してしまったことにより、情報の爆発が起きた。そこら中に書かれている文字、頭に響く音声、それらが一気に情報として頭に流れ込んでくる。

 

・大人は拒絶されるべき存在である

・雨は魔力を糧に降り続ける・子供は守られるべき存在である・雨は火を消・風は雨の・雷は・大地は人は獣人は魔人は壁は力は病は屋根は扉は──悪魔は殺されるべき存在である

 

「くぁっ!?」

 

 爆発した情報を処理しきれず、痛みとともに視界が一瞬だけ暗転した。今のは、なに?

 

「あら、余所見なんて余裕なのね」

 

 そんな疑問が浮かんだ直後、動きの止まっていた私に向け振り下ろしが来た。しかしそれを今度は、順手でクロスしたエターナルでしっかりと()()()()()

 

「ぐ、ぬ」

 

 ユメウツツの分も相まって、凡そ平常時の4倍くらいの力は出せる為、同じく魔剣でブーストされたクハクさんと斬り結べる。当然尋常じゃなく重いし、受け止めた手だってジンジン痺れてるけど。

 

「嘘っ」

 

 クハクさんの驚く声に、私は身体を回しての蹴りで応えた。

 

・誰も嘘をつくことは出来ない

 

 ミシッと軋む音が足から伝わり、砕いたクハクさんの手から、クルクルと回転して魔剣が飛んでいく。けれど同時に、私の視界に緑銀が舞った。それは見慣れた自分の髪の色、雨のせいでいつものふわふわは失われているけど、見間違うことなんてない。

 普段なら目にすることのないそれを見て、驚愕に目を見開きつつも体勢を整える。そのまま私は、魔法陣を形成しつつクハクさんに刃を突き付けた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 息が切れ、荒くなった状態で形成していた陣から魔法が発動した。選んだのは、過重力を発生させる魔法。それを受けてクハクさんが膝をつき、私と目線の高さが揃った。

 だからこそ私は、首元に刃を突きつける半ば脅迫じみた状態で、目の前に広がるモノを説明してもらうべく問いを投げかけた。

 

「どうして、こんなことしてるんですか」

「あなたが邪魔になったからよ?」

「違います!」

 

 当たり前のように答えるクハクさんに対して、私は絶叫するように否定の声を上げた。改めて見てしまったソレを認識してしまったから、そうせざるを得なかった。

 

「どうしてあなたはこんなところで、人を拒絶して、たった1人で! そんなお芝居を、続けてるんですか!」

 

 死んでしまったと思っていた子は、()()()()()()()()()()()()。文字が綴られた幾枚もの紙で形作られた、ただの人形だ。それがまるで、命を持ったかのように動いている。怯えた表情で家からこちらを覗く、子どもと思っていた子たちも全てそう。

 つまりクハクさんは何らかの能力で、死んでしまった子ども達の複製を作り出し、その人形相手に1人、延々とお世話をし続けていたのだ。それは言い方は悪いけれど、小さな子供のやるおままごとにしか見えなかった。

 

「どうしてそんな、悲しいことを……」

「あなたにそんなことを言われる義理はないわ、アヤメ・キリノちゃん?」

 

 刃を突きつけられたまま、笑顔でクハクさんはそう答えた。その目には、先程まではなかった感情がグルグルと渦巻いていた。それも、暗く、ドロドロとしたものが。

 

「大罪人に憐れまれるなんて、私も落ちたものね」

「っ、それは……」

 

 分かっている、つもりだった。アウルさんたちの方が、珍しいタイプの人なんだって。それでも、改めて他人にそう言われると、胸の奥がズキンと痛んだ。

 

「でもそうね。私は助けを求める子供の声には逆らえないから……仕方なく教えてあげるわ」

「じゃあ、もう一回聞きます。なんでなんですか」

「単純よ。私はね、子供が大好きなの」

 

 帰ってきた答えは、たった一言だった。けれどそれには、私じゃ計り切ることの出来ないくらい、感情というか、信念みたいなものが詰まっていた。

 

「それに私にはね、もうこれくらいしかやりたいことがないの。喪失を経験して、復讐して、気は晴れたけどそれだけで。生きる目的が見つからなかった。でも、幸せなのよ? いつか夢に見てたことを実現できて、復讐した奴らから奪ったからお金にも困ってない。ここにいる限り、だぁれも不幸にならないのよ? 邪魔される理由なんてないじゃない」

「それは……間違ってます。少なくとも、攫った子の親族だけには迷惑がかかってます」

「子供に遅効性の毒を飲ませたり、内臓破裂のまま放置したり、一定の条件を満たすと死ぬ呪いをかけてる家の奴らが、本当に悲しむとでも?」

 

 そう言われてしまうと、もう私には何もいうことができなかった。理解するだなんて嘯いてはいたけれど、私みたいな小娘に出来るわけがなかったと痛感させられる。本当に、嫌になる。

 

「なら、もう1つ質問です。魔剣チョークの効果はなんですか」

「あら、なんだと思う?」

「推測の域を出ないですけど、言葉が現実になるとかですか」

 

 さっきから見える文字や聞こえる音、死んだはずの子供が文字の綴られた紙の集合体だったことからの推測だ。遠く離れた答えではないだろうと思っていたけれど、クハクさんは残念と口にした。

 

「チョークの能力は、『白の針で書いた言葉と名の持つ意味に力を与えること』よ。但し、書いたもののことを正確に認識してないと、効果は上手く発動しないわ」

 

 そして、ニヤリと笑みを浮かべて言葉を付け加えた。

 

「それと持つ1つ。『金属の針で本体や影を突き刺した相手の動きを、針が抜けるまでの間縫い止めること』なんだけど、抵抗力が弱いと窒息しちゃったりもするのよね」

 

 直後、突きつけていた切っ先に向けて、クハクさんが自らの首をグッと近づけた。そのまま刃が肉を断つ感触に思わず魔剣を引いてしまい、そんな私の前に出現した精霊亀が発光。そこで身体が動かなくなった。

 

「ぁっ」

「まあ、貴方にはそれは効かなかったみたいだけど」

 

 パタパタと走ってきた子供(文字の塊)の頭を撫でつつ、クハクさんがそう告げた。足元を見ると、クハクさんの精霊亀が私の作った魔法陣を喰い散らかし破壊していた。これでもう、拘束だって意味をなさない。

 

「こうなっちゃうと、もう私のしたい放題よね?」

 

 そう言って近づいてきたクハクさんが、雨に濡れた私の髪を手で梳いた。

 

「この綺麗な髪も、目も、小さな口も、鼻も、胸も、手も、足も、貞操も」

 

 ツツーと、クハクさんの指が私の身体をなぞっていく。誰にも触らせたことのないような場所も、私が動けないのをいいことに無遠慮に滑っていく。

 

「でもね……貴方を殺して差し出したら、この街1つくらいは私のものに出来るのよ。少なくとも私が死ぬまでは、公的に私の楽園が私のものになるの」

「ひっ」

 

 私の耳元でそう囁かれて、思わず変な声が出てしまった。同時に虚空に開いた穴から、ぬるりとした光沢を持つ剣がクハクさんの手元に出現した。

 フランベルジュと言っただろうか。毒々しい紫色の蛇行した刀身に雨が当たって、紫色の液体を地面に滴らせている。地面に落ちた液体は、地面を溶かしているのか謎の白い煙を上げていた。

 

「大丈夫、せめて苦しまずに殺してあげるわ。魔剣ではないけれど、今の魔界の土と金属、そしてこの大陸にいたって言うヒュドラの骨で作られた剣だもの。痛む間も無く死ねるわ」

「い、や……!」

「大丈夫。死んだ後は、あんな出来損ないとは違って、しっかりと可愛がってあげるから」

 

 身体は──動かない

 魔法は──魔力が上手く制御できない

 助けは──来るわけがない

 

 相手の魔力の動きまで止めるのか。私は振り上げられた剣を見ながら、どこか現実離れした思考でそんなことを考えていた。

 死ぬんだろうな。そんな考えが頭をよぎって、あんまり多くない思い出が脳内を駆け巡った。幸せな記憶、楽しかった記憶、辛かった記憶。走馬灯ってこういうのなのかな、なんて。

 

 目を閉じた私の耳に、()()()()()()()()()()()()()()()が聞こえた。

 

「くっ、この!」

 

 次いで響いたのは、金属が破砕される音。打撃音。そして凍結音。

 そうして気がついたら、私には自由が戻ってきていた。

 

「ぁ……え……?」

 

 倒れ込んだ私を、何かが優しく受け止めた。冷たいけど、サラサラと流れる毛並みの……毛並み? 震える足腰に喝を入れて立ち上がると、私を助けてくれたそれを見ることができた。

 

 片や、逞しい身体を持つ銀色の大狼。私を一瞥して、吹き飛ばしたクハクさんと精霊亀を睨みつけている。その口には砕けた紫の金属片が残っており、足元で剣は残骸となっていた。

 片や、比較的華奢なら身体の白い狼。まるで私を支えるように、寄り添いつつクハクさんを睨みつけている。

 そしてその2匹は共に、氷としか思えない材質で形作られている不思議な生命だった。そう、まるで夢の中から出てきたような。

 

「ガゥッ!」

「クゥン……」

 

 その2匹が鳴く度に、左のエターナルが纏う虹色に揺らめく光が瞬いた。それはユメウツツを納めた方の魔剣で、つまりは、そういうことなのかもしれない。

 

「もしそうだったら、お願い。力を貸して……」

 

 私に、動き出せるだけの勇気を下さい。

 

 私のそんな願いに反応してか、2匹の大狼が吼え、雨粒が凍りついた。まるでそんなことは当たり前だと、自分たちの力はこんなものじゃないと言うような遠吠えが響く。そしてそれに呼応して、1つの詠唱が頭に浮かんできた。

 この感覚には覚えがある。これは私が、エターナルを握った時と同じ感覚。つまりは、魔剣の力を解放するための祝詞。

 

 その意味を理解して、納得した。魔剣は原則、能力が干渉し合うから同時に使用することは出来ない。でも、それを調律し共存させるのが、ママの残したエターナル。無限の咒を持つ魔剣の真価なのだと。

 

 手と手を取り合って。そんな意味すら感じる力を持つ魔剣を握って、私がやろうとしているのは、どう取り繕っても人殺し。……心が痛い。そんな場合じゃないことはわかっているのに、信頼を裏切るような鈍い痛みが心を傷つけていく。

 

 それでも、やらないと私は殺される。アヤメとしての姿を見られて、殺害宣言された時点でそれしか道は残ってない。やりたくない。やりたくない。覚悟はしていたけど、手が震える。さっき直に人の命を奪うと言う事象に触れた所為で、そんな思いばかりが膨れ上がる。

 

 死にたくない。殺したくない。殺さないといけない。責任は自分で持たなければ。咎は私が背負わないと。頭の中がぐちゃぐちゃになっていく感覚の中で、幽鬼のようにクハクさんが立ち上がった。もう時間はない。

 

 決断しろ

 

 決断しろ

 

 決断しろ

 

 お前は英雄の娘だろう?

 

 軋みあげる心の痛みを誤魔化すように、雨とも涙とも区別できないものを流しながら、私は絶叫した。

 

装填(ローディング)

 限界駆動(Over Drive)──枕小路、夢に舞うは燐光鳥(ウツツノアラワシ・ユメノカヨイジ)!!」

 

 詠唱と同時、エターナルの基部にあった6連装のリボルバー式弾倉が回転した。そして、そこに虹色の弾丸が装填される。その変化を以って、エターナルが纏っていた虹光が私自身に移った。張り詰めていた意識に暖かな眠気が広がり、対極のように世界が凍りついた。

 

 本来のユメウツツであればここら一帯を氷河に包めた筈だったけど、私が出来たのは全面凍結と天候を雪に変えることだけ。調律というだけあって出力低下は免れないけど、それでも現状を変えるには十分すぎる一手だった。

 

「まだ、そんな力を隠し持ってたのね……良いわぁ。女の子には、1つ2つは秘密があるものね」

「ごめんなさい……ごめんなさい……嫌だけど、あなたを殺さないといけません」

 

 暖かな眠気と、寄り添う2匹の大狼のお陰で、震えは少しだけ治った。もう退けない、戻れない、逃げられない、目を背けられない。私がこれからする、最低の行為からは。

 

「あらあら、ちょっと状況が良くなっただけなのに、随分と大口を叩くのね」

 

 クハクさんの言葉に、私は何も返さない。だって今口を開いたら、言葉を交わしたら、折角の覚悟がまた崩れそうだから。だから歯を食いしばって、キッとクハクさんを睨みつける。

 

「そう……なら、私も本気でいかせてもらうわ。

 精霊術《大地転身》」

 

 視線の先で、精霊亀が光となって溶けクハクさんに吸収された。精霊術の奥義に近い転身により、クハクさんの姿が変化していく。茶色の髪は宝石質に。眼の虹彩もより結晶質に。感じる魔力量は跳ね上がり、クハクさんの周りにのみキラキラとした小さな結晶が重力を無視して舞い始めた。

 

 そして、見当たらなかった魔剣チョークが、地面を突き破ってクハクさんの手元に戻った。これで仕切り直し。振り出しに戻った。

 

 第2ラウンドが、始まる。




 《Ⅱ型魔剣 : チョーク》
 刃は無く、短い持ち手から長短2つの金属棒が伸びる魔剣。一方の先には鋭い金属の針が装着されており、もう一方の先には魔力で凝固した白い針が斜めに装着されている。
 所持者 : クハク・ノクカーバン

【能力】
 基準値 : B 限界値 : A+
 照準 : A 範囲 : B 操作 : E
 維持 : A+ 強度 : C

【詠唱】
 刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為
 海洋の底、深き大地で身を潜め
 記憶と共に眠りにつきし精霊よ
 汝の力、今一度我等に恵み給え
 命に溶け込み、神火に焼かれ、劔に宿りし無垢なる力
 非情なる現世を塗り替えて、我等を楽土に導き給え
 限界駆動(Over Drive)──絢爛なりし理想世界、鳴り渡るは鎮魂歌(チョークリムーブ・ワールドパージ)

【効果】
 ①通常駆動
 ・自身のステータス上昇100%
 ・生物特効100%
 ・悪魔特効500%
 ②限界駆動
 ・金属の針で本体・影を突き刺した相手の動きを、針が抜けるまでの間縫い止める。抵抗力が弱い場合、窒息の可能性も増加する
 ・白の針で書いた言葉と名の持つ意味に力を与える
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