銀灰の神楽   作:銀鈴

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小説の最初に、魔剣をまとめた物を投稿しました


白き墨【終】

 あの後、私がどうやってミストゥナの街に帰ったのかは覚えていない。けれど、あのお墓の隣にクハクさんを埋めたこと、精霊亀がずっとその場に留まっていたこと、ちゃんと身を清めてから帰ったことだけは、確かに覚えている。

 

「もう、寝よう」

 

 ああそういえば、依頼者に『お墓はあった』と伝えたから、早速部隊を連れて向かって行ってたっけ。そんなことを思い出しながら、トラップを張り巡らせた部屋の中で、ベッドに身体を投げ出した。

 

 まだ、血の臭いがする気がする。ちゃんと魔法で綺麗にした筈なのに、お風呂に入って綺麗にした筈なのに。幻だとは分かっていても、そう簡単に振り切れない。

 

「ふわ……」

 

 そんな後悔に苛まれてはいても、身体は正直なもので。深夜と言える時間になった今、私の眠気は既に限界に達していた。意識もどこか朦朧とし始めていて、なんとか毛布に潜り込んだところで、私の記憶はプツンと途切れるのだった。

 

 

 そしてその夜、私はまた夢を見た。

 失敗と後悔に彩られた2つの夢を。

 

 1つ目は、魔剣チョークの夢。

 耳をつんざく轟音が鳴り響き、私じゃない視界の主が我が家の中を駆ける。私の知らない我が家の道を走り辿り着いたのは、見知らぬ銀色の門。躊躇なくそれを開いた視界の主が見たものは、私に取っては不思議な光景だった。

 真っ白な世界に天高く積まれた木材、金属、魔物の素材。無数の動力炉のようなものが乱立し、家や武器庫を始めとして様々ものが存在するそこは、混沌としか表現が出来ない。

 

 そんな世界の中心に、音の原因は存在していた。煌々とした光を灯す炉と、その手前に散らばる金属片、そして、血溜まりに倒れるママ。

 

『イオリ!』

 

 視線の主……声からして私のパパが、焦燥感に満ちた声をあげママに駆け寄った。抱き起こしたママは血に濡れはしているけれど無事なようで、抱き上げられたのに気づくとパパに身を寄せてきた。そして、ゆっくり目を開いて言葉を紡いだ。

 

『ごめん、また失敗しちゃった……』

『……試作型か』

『うん……』

 

 お姫様抱っこのような姿勢のまま、申し訳なさそうにママは頷いた。試作型、ということは魔剣の話なのだろう。

 

『「一定空間内の《概念》自体を書き換える」子を作りたかったんだけど、無理だった。アヤメと生きるには、もっともっと魔剣を作って、未来を変えないといけないのに……!』

『大丈夫だ、イオリは悪くない。誰も、悪くないんだ』

 

 声を殺して泣き始めたママをしっかりと抱きしめ、頭を撫でながらパパは言った。その後しばらく、ママが泣き止むまでずっとそれは続いて、何故か無性に胸が痛んだ。

 

『うん、もう大丈夫。離して、ロイド』

『ああ』

 

 ピョンっとパパの腕から飛び降りたママは、多分私も使う《クリーン》の魔法ですぐに私も見慣れた姿に戻った。

 そして腕を一振りすると、散らばっていた鉄塊が意思を持ったように動き出し、ママの小さな掌の上で一本の剣の形を成した。けれどその剣は、中央から花弁が開くように構造が崩壊している。

 

『こんなになっちゃったけど、またこの子の力は死んでない。試作型は無理でも、Ⅱ型として打ち直すよ』

『それだと、予言はどれくらいズレる?』

『1日、かな』

 

 そんな言葉を最後に、場面が切り替わる。

 

『よし、出来た』

 

 今度は俯瞰するような視点で見たママの手元には、見慣れてしまった魔剣チョークがあった。

 

『やっぱりズレたのは、1日だけ、か』

 

 虚空を見つめて呟いたママの顔には、絶望に近い表情が張り付いていた。予言ってなんだろうという疑問に答える者はおらず、そのまま夢自体が切り替わった。

 

 

 2つ目の夢は、クハクさんの夢。

 話に聞いていた通りの凄惨な過去が、私に追体験させるように高速で流れていく。何かも、目を背けたくなるような黒い記録。段々と私の心も暗くなっていく中で、クハクさんがおかしくなった理由……正確には、狂わざるを得なかった理由を見つけることが出来た。出来てしまった。

 

 焼き討ちされた孤児院を経営していた、残りの2人。その女性の方は、妊娠してたのだ。唯一無二の親友を、その大切な人を、全員が大切にしていた孤児院を、子供たちを、何もかもを一度に失ったのだ。狂わない方が、無理な話だ。

 

 クハクさんが良い人だったとは言えない。その後の殺戮や誘拐を繰り返す行為は、決して善行ではないから。それでもどこか、過去を知って見るその姿は違く見えた。そう、まるで、寄る辺を失った子供のような──

 

 

「……もう、朝なんだ」

 

 チチチと鳥の声が聞こえ、閉じた窓から太陽の光が差し込んできていた。布団からのそりと這い出て、グルリと部屋の中を見渡す。特に何も異常はなし、私が寝ていた間に異常はなかったらしい

 

「ふわぁ……」

 

 欠伸をしながら、普段設置しているトラップを回収していく。これくらいならもう慣れたもので、仕掛けをスキルに仕舞ってから身嗜みを整えて窓を開けた。

 射し込んできた日光が目をやき、すぐに慣れた視界が映すのは平和な街。昨日私が体感したことは、世間に何も影響を与えていない。そんなことを残酷なまでに実感させてくる、平凡で平和な日常。

 

 そんなあるべくしてある平和を見て、胸に痛みが来た。なんの問題もないはずの光景を見て、何故か拒否感のようなものが湧き上がってくる。そして無意識に、一歩足を引いてしまっていた。

 

「……ははっ」

 

 まるで恐怖症か何かのようなその有様に、乾いた笑いしか出て来ない。急ぎ首から家族写真入りのロケットを下げ握り締めれば、多少落ち着きはしたけれどそれだけ。

 私の経験したことなんて、授業中に書いた落書きと同じで現実には何の影響も齎していない。私は、その事実を見たくなかった。如実にそれが現れているこの街を見たくなかった。いや、正確には、見ていることが出来なかった。

 

「急いで、次の街に行こう」

 

 あまりにも酷い現状から逃げるためには、きっとそれが一番だ。多分ここじゃない街でなら、この胸の痛みも起きないと思う。そう思って支度を始めようとした時、少し忘れていたことがあったことに気がついた。

 

「手紙、まだ返信してなかったっけ」

 

 クハクさんの件があって、手紙を受け取ってからもう3日は経つのにアマルさんに返信していない。すぐに返すと約束したのに、流石に不義理もいいところだ。

 とりあえず、すぐに書いてギルド経由で送ろう。確か、2人が今いる町はタラッタとか言ってたっけ。そう思って、半端に書いてあるアマルさん宛てのものの続きを書き始めた、その途中。1つ、良い案を思いついた。

 

「そうだ、予言……」

 

 さっきまで見ていた夢の中で、ママが言っていた謎めいた言葉。私には意味が分からないけれど、もしかしたらそれは、ママと同じ世代であるリュートさんなら知っているかもしれない。

 あんまりにも直接的に聞くと、(アヤ)(アヤメ)であるとバレる可能性はあるけど……依頼の報告書って形式で書けば、問題ないはずだ。

 

「えっと、検閲とか入った時に、軽い口調だとまずいから……」

 

 サラッと書き終えたアマルさん宛ての手紙を、邪魔にならないようテーブルの端に置く。そして手持ちの紙で出来る限り品質の良いものを選んで、リュートさん宛ての手紙を書き始めた。

 

『拝啓 リュート・カンザキ様

 この度は、お受けした依頼を継続するにあたり、1つ疑問に思う点が出現した為、手紙を書かせていただきました。

 出立の際の転移事故によって現在大陸の東端にいる私ですが、Ⅱ型の魔剣を2振り回収することに成功しました。しかしその際、イオリ・キリノに関係する言葉であると推測される、『予言』という言葉を耳にしました。どうやら重要な言葉であるらしいのですが、私にはどのような意味であるか分かりません。もしご存知であれば、お教えいただくことは出来ますでしょうか?

                敬具』

 

「よしっ」

 

 滅多に敬語で文なんて書かないから少しおかしいかもしれないけど、最低限の形は整っているはずだ。後はこれらをギルドに提出したら、私はこの街を出て行く。今日、すぐに。

 そんなことを躊躇いなく考えられてしまうほど、今の私はこの街に滞在したくなかった。きっとここは、とても良い街であるに違いないのに。

 

「何も部屋には残してないよ、ね?」

 

 旅をしているといっても、私の荷物は全て自分のスキルの中。鍛冶系の道具は間借りしたギルド直営店でしか出してないし、ここにも何も残した物はない。

 つまり正体バレの可能性は低く、今すぐにでも出発できるというわけだ。本当はもっと、色々準備とかはあるんだろうけど……私は、精々消耗品の補充くらいしか必要ない。

 

 そうしてドアノブに手を掛けた時、まだ自分が寝間着姿だったことに気がついた。流石にこれで外を歩き回るのは、ちょっと恥ずかしい。

 

「……着替えよ」

 

 脱ぎ捨てた寝間着をスキルの中に突っ込んでから、ふと、何故か私は自分の手を見ていた。間違いなく昨日折れた筈の、けれど無傷で完治している腕を。同時に、同様に完治している脚も目に入った。

 

 どっちも、過去を否定してるように思えてしまうのは、独り善がりな傲慢だろうか。

 

「気にしない気にしない」

 

 そう自分に言い聞かせ、旅装を身に纏う。コートを羽織り、帽子を目深に被って、漸く気が引き締まる。どうにか覚悟を決めて、私は宿を出たのだった。

 

 ・

 ・

 ・

 

 街から出て暫く箒に乗っていると、自分を雁字搦めにしていた諸々が少し軽くなった気がした。胸にのしかかった重さは、痛みは消えないけれど、この逃げは悪いことじゃないと思う。

 

「次は、どこの街に行こっかな」

 

 地図を広げて確認して見れば、まだこの辺には村や街が点在しているようだ。西や北に行くにつれ大きな街しか無くなっていくけれど、中央や東、南では残っているらしい。

 行先の選択肢は無数にあった。それはまるで、存分に悩めとでも言われているかのようで。

 

「……まあ、動いてから考えればいっか」

 

 何が正解なのかは分からない。それでも、悩んで立ち止まって、動くのをやめてしまうことは間違いだと分かってる。

 

 だからこそ私は、箒の柄を握るのだった。

 




次回予告

「ああ、お姉様。お姉様!」

「もしかしたら、間違いだったかなぁ……」

「この街は、終わりなんだよ」

「なんで、どうして、こんな内陸に──!?」

「ああ、お姉様。アヤメお姉様!!」

「私はもう誰も殺さないし、誰も死なせない。少なくとも私の前では。そうするって、決めたんだ」

「では、鏖殺の宴を始めましょう?」

「「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為!」」

次回、『紅の姫君』
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