溢れ出る気持ちを押し殺し、元は竜種であったらしいジャーキーを食みつつ飛ぶこと1時間弱。魔力回復を図りつつ騙し騙し飛んでいたけれど、遂に底が尽き私たちは地面に不時着することになった。
「痛た……」
なんとか転びはしなかったものの、背中に1人背負っていることもあり、脚が衝撃に負けてしまった。折れてこそいないけれど、捻挫くらいはなっているかもしれない。
咄嗟に箒をしまったことが裏目に出たらしい。普段ならこうはならないけれど、1人分の荷重が魔剣なしだとここまで辛いとは思わなかった。
「よいしょっと」
丁度よく近くにあった木の根元に背負っていた女の子を下ろし、私自身も寄りかかって足を伸ばす。でもってそのまま靴と靴下を脱ぎ、手持ちのポーションを適当に足に振りかけた。いい感じに両足がびちゃびちゃになったところで、余ったポーションを飲み干した。
「1時間くらい、休むしかないか」
無理すれば今すぐにでも飛べないことはないけれど、少しだけ身体を休めたかった。何せ、のんびりと飛んで行くわけにはいかないのだから。
もうあの地点から、地平線を超えるくらいまでは飛んできた。地図を広げて見たけれど、ぶっちゃけ自分がどの位置にいるのか分からないから意味がない。
「そもそもルーファスなんて名前、地図に載ってないんだけど」
そんなこと呟きながら、隣でグッタリと眠る少女を横目で観察する。馬車の中にいた時と飛行中は見ていなかったけど、相変わらず酷く顔色が悪い。そのことが気になりステータスを本格的に覗いてみると、中々気になる情報を見つけることができた。
称号欄にある《貴族》《鎮守の巫女》《封印の巫女》《人身御供》《平和の祈り手》、これらの称号はまだいい。逆にどんな立場にこの子がいたのかが分かって助かる。けれど問題は、その次に並ぶ称号群だった。《契約不履行》《封印の破壊者》《悪意の解放者》、その他にも幾つか失敗に関する称号が並んでいる。
それらから予測することができる結果は、言い方は悪いけれどありがちな悲劇だった。
「嫌だなぁ……」
ママたちが聞かせてくれた話と違って、今の世界はどこを向いても悲劇ばかり。幸せとか楽しいこととか、私もいつか見ることのできる日が来たらいいんだけど。
「うっ、ん……」
モソモソと昼食代わりの携帯食料を食べていると、隣からそんな呻き声が聞こえた。飲み込みつつ監視していると、ゆっくりと少女の目が開かれていく。
紅の色が見えた。深い、血のような紅眼。しかしその片方の目は、まるで人とは違う縦に割れた瞳孔を持っている。
「ぅっ、あっ、ここは……!? わたしは、儀式に失敗して、それで、化け物に……!?」
「落ち着いて。今ここには、私とあなた以外誰といないから」
「誰!?」
安心させようと声をかけたけど、逆に警戒させてしまったらしい。逃げるように後退りした少女は、私のことを警戒したような目で睨みつけている。
「デュベルはどこ!? リヤナも、アレンも、みんなどこにいったの!?」
「生憎私は、その名前の人たちを誰も知りません。黒雷を使う魔族の冒険者の人から『貴方を逃がして欲しい』って依頼された同業者です」
取り繕っても仕方がないので、包み隠さず真実を告げた。すると、目を見開いた少女は崩れ落ちてしまった。
「そん……な……」
グッタリと項垂れた少女は、うわごとのように人の名前をブツブツと繰り返していた。もう少しオブラートに包んだ方がよかったかも、そんな後悔が一瞬浮かんだけれどもう遅い。女の子は、しばらく立ち直ることができそうにはなかった。
もうちょっと魔力の回復には時間がかかるし、話を聞くにももう少し落ち着いて貰う必要がある。全てとはいかないけれど、時間は問題を解決してくれる。そう思って、涙を流す少女の隣で私はご飯を再開した。
・
・
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あんまり美味しくない携帯食料を食べ終え、靴を履き直していた時のことだった。
「……あの」
ずっと泣いていた少女が顔を上げ、話しかけて来た。
「落ち着いた?」
「流石に、隣で延々とご飯を食べられてたら、落ち着きもしますよ」
「あはは……」
それを少しは狙っていたのだけれど、一応口にしないで苦笑いで済ましておく。
「それで、今はどういう状況なんですか?」
「どういう、と言われても。実は私も詳しく状況は把握できてないんですよ。ですから、情報共有といきませんか?」
そう私が言ったタイミングに合わせて、丁度よく少女のお腹が鳴った。
「お腹、空いてるでしょう?」
「……恥ずかしながら」
そうして、一先ずご飯の時間ということになった。
◇
「すみません、わたしだけ料理なんて作ってもらっちゃって」
「気にしないでください。料理って言えるほどのものでもないですから」
パンと作り置きのスープと適当に串撃ちして焼いた肉。料理と言うにはほど遠いそれだったが、少女にとってはご馳走だったらしい。本当に嬉しそうな表情をしてくれていた。
「さて、ご飯も食べ終えたことですし、先ずは貴方の名前から聞かせてくれませんか?」
一旦区切って、
「先に自己紹介を。私の名前は、アヤ・ティアードロップ。ギルドのSランク冒険者で、貴方を逃がす依頼を受けています。急いでルーファスの街に送り届けてほしい、と。それ以外の事情は殆ど知りませんね」
「もしかして、【炎金の打ち手】さんですか?」
「二つ名は恥ずかしいから、あまり言わないでほしいですけどね」
恥ずかしくて頬を掻きながら、私はそう返した。ママの【流星群】とかパパの【天風】とかならまだ良かったんだけど、自分の二つ名を呼ばれるのは恥ずかしかった。
「それで、貴方は?」
「わ、わたしの名前はクリム。クリム・ティークと申します。ルーファスの街で、封印の巫女……を、しておりました」
「してた、ですか」
と言うことは、大方想像通りではあるのだろう。けれど百聞は一見にしかずとも言う。当人から話を聞いた方が良いだろう。
「はい。儀式を失敗した以上、私はもう巫女としては……いえ、生きていることも難しいでしょう」
「……長くなります?」
「えっと……はい」
困ったようにクリムさんは頷いた。まあ話の腰をへし折ったようなものだから、仕方ないだろう。でも、流石にそろそろ出発しないと、あの人の時間稼ぎが無駄になってしまうかもしれない。
「なら、今は時間が惜しいです。その話は移動しながらと言うことで。乗ってください」
取り出した箒を浮かべて、普段よりちょっと先端側に横乗りする。そして1人分だけ空いた後部をポンと叩いて、私はそう言った。
「まだ、わたしにはよく分かりませんけど、貴方が悪い人じゃないってことは分かりました。ですから、お願いします」
言って、恐る恐るといった様子でクリムさんが箒に座った。その位置が箒によって固定されたことを確認してから、私は一気に高度を上げた。
「きゃっ」
そんな悲鳴を上げて抱きついてきたクリムさんに、大人びてるけど年下な事実を実感した直後。ブワリと、濃密な魔力の気配が押し寄せてきた。同時にかなり遠くの方から、強大な魔法が発動した気配もしている。
実際に触れたことはなかったけれど、これがきっと魔族の切り札である秘呪の気配なのだろう。それはつまり、あの魔族の人は命を絶ったということ。
「どうかしたんですか?」
「いえ、先を急ぎます」
どうやら本格的に時間は残っていないらしい。そんなことを考えながら箒をかっ飛ばす。風がないことに最初は不思議がっていたクリムさんも、段々と慣れてきてくれたようで。
「それじゃあ、さっきの話の続きなんですけど……大丈夫ですか?」
「ええ。大丈夫ですよ」
飛行中にクリムさんが語ってくれた内容は、想像していたよりも中々に生々しい内容だった。
ルーファスという街は10年ほど前に作られた街で、代々姫巫女と呼ばれる人物が舞を奉納する儀式があったらしい。魔法技術が特産の街であることもあって、ずっとその儀式を大切していたとのことだ。
けれど今年は儀式を失敗してしまったらしく、姫巫女を本山と呼ばれる場所に送り儀式を再演、それでもダメだった場合生け贄にして街を守ろうとしたらしい。
「言い方は悪いですけど、ならなんで貴方は生きているんですか?」
「それは……儀式の途中、結晶憑きの魔物たちが襲ってきて、それで……」
「そういうことでしたか。辛いこと思い出させて、すみません」
予想とは少し違ったけど、経緯は分かった。ようは、最悪もう一回チャンスが得られるようにという現場の判断だったのだろう。でもそれは、結晶憑きなんてイレギュラーが追いかけてきてご破算になったと。
「んー……」
「どうか、したんですか?」
「いえ、ちょっとこれからどうするべきかなって」
私が受けた依頼は、あくまでクリムさんを送り届けることだけ。だから街の行く末までは知ったことじゃないのだが……
「どういうことですか?」
「正直、私じゃ追っ手に勝てないんですよね。絶対」
「ええ!?」
驚くクリムさんに、私は苦笑いをして答えるしかない。本当にアヤとしては勝ち目が0なのだから、本当に笑うしかないのだ。全て燃やし尽くすとして、アヤが倒せるのは70かそこら。防衛まで考えると、50まで届くかわからない。それじゃどうあっても、結果は討ち死に以外あり得ない。
「あの、助けては、くれないんですか?」
振り向けば、泣きそうな顔でクリムさんが私を見ていた。信じられないといった様子で、私の服をちょこんと掴む様はまるで捨てられる寸前の小動物が何かのようで。
「私個人としては、助けてあげたいんですけどねぇ。私、正直弱いですから」
「そんな……」
そう言われても、私にはどうすることもできないのだ。私個人じゃたかが知れていて、アレに勝てそうな冒険者はパーティ単位くらいでしか統率が取れない、かといって街の軍はあるか知らないしあっても冒険者と協働なんて出来るはずがない。
逃すことなら出来なくもないけど、伝統を重んじる街なら街を捨てて逃げるなんてことはしないだろうし。つくづく、どうにか出来てしまっただろう私の家族の姿に、不甲斐ない自分を重ねてしまう。
「いえ、送ってくれるだけで、有り難いですよね……」
黙ってしまっていると、そう言ってクリムさんは手を離してシュンと項垂れてしまった。こんな顔させるのは、なんか、嫌だな。だから私は、クリムさんの頭を優しく撫でた。
「でも出来る限りは頑張りますよ。年下の女の子を見捨てて泣かせるなんて、情けないですし」
「えっ、年上……?」
「え?」
「え?」
空中で、奇妙な沈黙が広がった。
「もしかして、アヤさんって、年上だったんです、か?」
「まあ、3歳くらいしか変わらないですけどね。こんななりしてますけど、私は15歳ですよ?」
再び、沈黙の帳が降りる。
「もしかして、年下だと思ってました?」
「鑑定出来なかったかし、身長も私より低いし……」
「あはは……まあ、慣れてますからいいですよ」
最近はなかったけれど、王都で暮らしていた頃はよくお使いに来てる近所の子扱いされていた。商店街のおじちゃんおばちゃんって、幾ら私が違うって言ってもお土産くれたなぁ……生きてて、くれるといいな。
「ごめんなさい、アヤお姉さま」
「気にしてないです──えっ、お姉さま?」
突然そんな聞き慣れない言葉が耳に届き、動揺して箒を揺らしてしまう。ちょっと待って私そんな呼ばれ方知らない。
「駄目、でしたか?」
「え、いや、駄目じゃないですけど。出来れば普通に呼んでほしいですね」
「わかりました、お姉さま!」
「あぁ……」
軽く頭に手を当てて私は声を漏らした。どうやらクリムさんの頭の中では、私はお姉さまで固まってしまったようだった。距離が少しは縮まったことを喜ぶべきか、それとも変な呼び名が定着してしまったことを悲しむべきか……
「まあ、どっちでもいいか」
「どうかしました、お姉さま?」
「なんでもないですよ」
そんなことを考えている暇があるなら、運転と捜索に集中した方がよっぽど良い。なんてことを考えながら、箒を飛ばしている時のことだった。
「見えました!」
すぐ隣から、そんな元気な声が聞こえた。そうしてクリムさんが指差す方向をみれば、遠くに明らかに人為的な建造物群が存在していることが分かった。ということはあそこが、ルーファスの街なのだろう。
「急ぎます、掴まっててくださいね」
「はい!」
落ちる心配はほぼないが一応の警告をした直後、私のお腹に腕が回された。……そういう意味じゃなかったんだけどなぁ、横乗りなんだし。
そんな悪態を適当に放り捨てて、私はルーファスの街へと全速力で飛んだ。