銀灰の神楽   作:銀鈴

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紅の姫君【03】

「止まれ!」

 

 ルーファスの街の市壁近く。そこに着地し入口へと向かった私たちを待っていたのは、突きつけられる槍と憎悪の篭った目線だった。

 

「随分と物騒ですね。しがない旅人に何か御用でも?」

 

 その余りの剣呑さに私の後ろに行ってしまったクリムさんの代わりに、溜息をつきながら私は答えた。あくまで、いつ何をされても反撃できるようにしつつ、だけど。

 武器に手をかけたりはしないけど、経験上こういう反応をされた時って……

 

「よくもいけしゃあしゃあと!」

「隊長達の仇!」

 

 予想通り、こっちの意見なんか聞く耳は持っていないらしい。ザッと周囲を見渡したけど敵影はなし、つまりこの2人を無力化すればそれで終わりだ。時間がないっていうのに、なんで人間っていっつもいっつも!

 

「チッ」

 

 舌打ちしつつ、クリムさんの手を引いて大きく横に飛ぶ。直後、愚直だけど精錬された突きが、直前まで私たちのいた場所を通過した。そのまま跳ねるように数歩距離を取り、引っ張りっぱなしだったクリムさんを受け止める。

 

「きゃっ!?」

「儀式を失敗した巫女に、生きる価値などない!」

 

 なにやら仇と思われている私と、儀式に失敗したというクリムさん、両方を同時に始末する腹づもりらしい。1人は門を守るように、もう1人は私たちに向けて追撃を始めていた。

 基本的にずっと個人でしかいない私だけど、それでも良い連携なんじゃないかと思える。でも、

 

「ごめんなさい」

 

 この人たちは気にくわないけど、鍛冶師の端くれとして一言武具に謝罪する。見た目からして量産品だけど、それでも造り手の気持ちは篭っているのだから。壊すなら、それ相応の覚悟をしないといけない。

 

「せいっ!」

 

 いつも通り誤魔化して発動した鍛冶魔法で、突き出された槍に重いだけの金属を纏わせた。完全に一体化させたせいで、もう2度とあれは元の槍としては使うことは不可能だ。

 

「ッ!?」

 

 当然、突然自身の得物の重量が何倍にもなった衛兵は槍だったものを取り落す。そして、それを見逃すほど私は優しくない。繋いだ手を離し、エターナルに手をかけ加護を受けつつ反転する。

 

「加減はします、死なないでくださいね!」

 

 そう告げてから2歩で距離を詰め、抜き放ったエターナルを握った右拳で全力のアッパーを鎧にブチかました。それは重い手応えと鈍い痛み、そして金属同士がぶつかるような異音を発生させ、僅かに衛兵を浮かせる。追撃として左拳で全力のストレートを叩き込めば、かなり良い所に入ったらしく市壁に叩きつける事が出来た。

 死んでこそいないけれど、気絶させることは出来たようだ。

 

「ふぅ……」

 

 魔剣を鞘に戻し、じんじんと痛む両手をプラプラとしてからクリムさんの元へ向かった。突き飛ばしたことを謝ってから手を取って、もう一人の衛兵に向き直る。

 

「今度は話、聞いてくれるますよね?」

「あ、ああ……」

 

 半ば脅しのようになってしまったけれど、とりあえずこれで会話することの土台だけはなんとか整った。衛兵さんの足が若干震えてる気がするけど、些細な問題って事で。

 

「もう腹芸とか面倒なので単刀直入に言いますと、私は戦場を共にした魔族の人から依頼を受けた、通りすがりの冒険者です。受けた依頼内容は、後ろのクリムさんをこの街まで送り届けることと、これを届けること」

 

 そう言って私は、受け取ったドッグタグを取り出した。私には読めない文字の刻まれたそれを衛兵さんに押し付けて、そのまま言葉を続ける。

 

「色々と話は聞きましたので、さっきはああ言いましたけど事情はある程度理解してます。ですけど今の対応で、手助けする気が無くなりました」

「えっ?」

 

 衛兵に目を向けた後、虚空に向かって私は言い放った。後ろでクリムさんがそんな声をもらしたけれど、だって仕方ないだろう。話しかけたら攻撃された。事情を知ってようが知っていなかろうが、印象は最悪の一言でしかない。私はもう慣れてる対応だけれど、慣れてるからって気にならない訳じゃないし。

 

 それに、後ろにいる私たちを観察する視線の主も気にくわない。多分闇属性の魔法で、街の中から見ている辺りが特に。あの恐ろしい気配に見られ続けてる以上、視線に敏感になってるからこそ気づけたけど……逆にそれって、そうまで隠蔽してるって事だし。

 

「話も聞こうとせず、突然衛兵が殺しにくるような街を助ける義理はありません。殺した槍の代わりは置いていくので、それでは」

 

 お店をまだやっていた頃の在庫を一本地面に突き刺し、クリムさんの手を取って背を向けた。クリムさんは動揺しているけれど、私は目の前で人を見殺しするほど薄情者じゃない。

 

「えっ、あの、お姉さま?」

 

 これで攻撃してくるようなら本当に手を切るし、もしこの後ろの奴が出てくるならば──と、そこまで考えた時だった。

 

『ごめんなさい、少し待って貰えるかしら?』

 

 微かな魔法の気配と共に、どこかからそんな女性の声が聞こえた。感覚を研ぎ澄ませれば、目の前に活性化している魔法の気配を感じた。とりあえずそこに腕を突っ込み逆探知を掛けながら、不愉快そうに言葉を告げる。

 

「ええ、出てきてくれたので良いですよ。貴方は話す余地があるようですし」

『速攻で逆探知してくる辺り、相当不快にさせてしまったようね』

「それはもう。でもそちらも、全部見ていたでしょう?」

 

 結界の構造探査より圧倒的に簡単な逆探知。特に妨害もなく成功したそれによれば、術者は街の中にある大きな建物の中にいるらしい。予定はかなり変わってしまったけれど、悪くない。

 

『ふふふ』

「ははは」

『いいわ。衛兵、その子達を通しなさい』 

 

 数秒後、そんな声が発せられた。どうやら、とりあえずこれで元々想定していた流れには出来たらしい。

 

「ですが!」

『私が良いと言ったのよ。それに、あの子達を招いて起きる害なんてないもの。むしろ私達にとっての害になると知りなさい』

「くっ……」

 

 衛兵の人が悔しそうに、歯を食いしばってこちらを睨み付けてくる。そんな顔をされたところで、先に攻撃したきたのはそっちじゃんと言いたい。

 

「えっと、つまり、どうなったんですか?」

「多分偉い人引っ張り出したから、そっちで話聞いて貰えることになった……かな?」

 

 首を傾げて聞いてきたクリムさんに私はそう答えた。多分大丈夫だとは思うけれど、実際どうなるのかは分からないから断言できないけど。

 

 

 トラブルはあったけれど入ることのできた街の中。そこに広がる風景は、それこそ王都と遜色ない部分が多々あった。

 道の端には溝が掘られ水の流れる音がするし、所々に街灯と思われるものも存在している。さらには清掃も行き届いており、実に気持ちの良い街と言えるだろう。

 

「こっちです、お姉さま」

「はいはい」

 

 そんな街の中を、私たちは注目を一身に浴びながら小走りで駆けていた。しかもクリムさんが私の手を引く格好で。どうやらクリムさんが有名人、というか皆に知られているのは事実のようで。私の背が小さいことも合わさって、お婆ちゃんが小さな子供に向けるような視線を頂戴することになっている。お陰で、ちょっと頬が熱い。

 

「ここです!」

 

 そうして走ること数分。ようやく私は、逆探知した場所に到着することができたのだった。そこは豪奢な邸宅だった。けれどいかにもな貴族風の飾りではなく、人を招くための最低限と言った雰囲気を感じる。

 

「案内ありがとうございます。さて、気を引き締めていきますか」

「はい!」

 

 目の前で勝手に門が音を立てて開いた。あからさまに入れと言っているそこに、警戒しながら足を踏み入れる。何もないことに安堵しつつ、消して長くはない道のりを歩き扉のノッカーを叩いた。

 

「お待ちしておりました、姫巫女様、炎金の打ち手様。主人は奥でお待ちしております」

 

 そう言うメイドさんに案内されたのは、執務室……で良いのだろうか。大きな机と本棚のあるこじんまりとした部屋。そこで待っていたのは、黒のドレスを纏い同じ色の扇子を持った女性だった。

 

「立ったまま話すのもなんですし、そこに座ってくださいな」

「では、ありがたく」

 

 メイドさんが下がると同時に、私たちは一礼してからソファーに座った。礼儀は大切だ、特に権力者の前では本当に。

 

「本来ならすぐに状況確認といきたいのだけれど、先ずはお互いを知らないと話すことも出来ないわよね。炎金の打ち手さん?」

「姫巫女殿は兎も角、私に関しては完全な部外者ですからね」

 

 こういう話し合いって本当は嫌いだけど、これからの方針が決まる大事なものだから、しっかりしなければ。戦いや鍛冶に赴くように、精一杯気を引き締める。

 

「私はイレーネ・ガリアルド、この街で領主みたいなことをしているわ。貴女のことは知っているから、態々言わないでも大丈夫よ」

「市壁のところで全部言いましたからね」

「ええ。そのことなんだけど、貴女はどこまで知っているのかしら?」

「この街の簡単な成り立ちと、姫巫女について。儀式を何者かが妨害したであろうことと、追手が姫巫女のことを追ってくること。追手が結晶憑き三体を頭にした、数百規模の狼の群れって事くらいですかね」

 

 前者は確信を持って言えること、後者は事実から推測したこと、最後は伝聞だ。けれどこれが私の知っている精一杯で、きっとこれくらいカードは切らないと信用もなにも得られまい。

 

「成る程。これなら少し付け加えれば問題なさそうね」

「どこか間違いがありました?」

「ええ、まあ。追手が狙うのはこの街そのものってことくらいね」

 

 隣でクリムさんが息を吐く音が聞こえた。……問答無用で連れてきてしまったけど、もしかしたら責任を感じていたりしたのかもしれない。あとで謝っておかないと。

 

「その理由は、教えていただけるんですか?」

「ええ、貴女が防衛に協力してくれるのならば」

 

 スッと、イレーネさんの目が細められた。これ以上は話せない、か。まるで見定められているような嫌な視線を真っ向から見つめ返し、真意を探ろうとしたけど……うん、無理だ。年季が違う、そうとしか言えない差がある。

 

「元々、防衛するなら手伝うつもりでした。ですので、そちらがそうするのであれば協力します。乗りかかった船ですし」

「良かった。Sランクの手を借りられるのなら、随分と楽になるわ」

「対魔物戦闘には役立たずですけどね」

 

 自嘲気味に言うと、イレーネさんは静かに首を横に振って言った。

 

「突出した個よりも、下から支えられる子の方が今は助かるのよ。数の暴力にはどんな英雄もいつか果ててしまうし、組織だって戦うところに異物を入れたくないもの」

「それもそうですね」

 

 数に勝てないと言うのは、何よりも悪魔の存在が証明している。組織に突出した個を入れるのが下策なのは、火を見るより明らかだし。せいぜいやれて遊撃手だろうけど、大規模な群れ相手だしなぁ。

 

「それで、この街が狙われる理由だけど……これを読んでもらった方が早いわね」

 

 そう言ってイレーネさんが扇子を振るうと、魔力の気配とともに本棚から一冊の手記のような物が飛んできた。受け取ってクリムさんと共に読んでみると、そこには衝撃の事実が書き記されていた。

 

「……これ、本当ですか?」

 

 そこに書かれていた内容をザッと纏めるとこんな感じだった。

 この街は、地下にある謎の高エネルギー源を発見した冒険者によって設立された。そしてそのエネルギーを利用して運営されている。高エネルギー源は封印されている魔物であると推測され、毎年封印の儀を行わなければいずれ封印は解けること。封印は極めて強固であるため、中に何がいるのかは分からないこと。

 

「ええ、間違いないわ」

「そんな……私は、なんてことを」

「妨害が入ったのだもの、気にしなくていいわよ」

 

 わなわなと震えるクリムさんの隣で、私も手記を読みながら手が震えていた。手記の最後に書き加えられていた、かなり掠れて読めなくなっている文字。それが、この世界の共通語でもどの種族の言葉でもなく、日本語で記されていたから。

 さらに『決してこの封印を解くべからず』と、その日本語とは別の筆跡で新たにママの……イオリ・キリノの名前と共に、力強い筆跡で記されていたから。

 

「どうかしたのかしら?」

「い、いえ、なんでもないです」

 

 動揺するなら。心臓の痛みを我慢しろ。ここでバレたら何の意味もなくなってしまう。一度深呼吸して、受け取った手記を閉じる。まるで核爆弾の存在を知ってしまったようで、嫌な汗が流れた。

 話を戻せ。既にかなり怪しいけど、今ならまだ話の方向は元に戻せる。

 

「要するに、今回儀式を妨害してきた相手は、封印されているナニカを解き放とうとしていると?」

「恐らくは。私は成り上がりの領主ですし、成り立ちが冒険者ということもあって、しがらみは多いですから」

 

 私にはそういう政治闘争は分からないけれど、大貴族であるリュートさんですら色々あったのを考えると、街の領主も似たような……いや、もっと酷いものだと推測できる。

 

「さて、話を戻すわ。この街が狙われることは、承知してもらえたわよね」

「ええ。あ護衛の黒雷使いの人が秘呪で稼いでくれた時間もあるので、準備も相当できるかと」

 

 そう言った瞬間、僅かにイレーネさんの目が見開かれた。すぐに素の表情には戻ったけれど、黒一色の服装から考えると……

 もしこの予想が当たっていた場合、私みたいな人間が触れちゃいけない範囲なのは、痛いほど分かっている。だから、それに触れることなく会話を続けた。

 

「冒険者としてと貴方を信用して聞くわ。何か、策はあるかしら?」

「周りの地形が少し変わってもいいなら、幾つか」

 

 そうしてその日の夜、同室のクリムさんから『あの時の2人は、恐ろしくて会話に混ざれませんでした』と言われる話し合いがヒートアップしていくのだった。

 

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