銀灰の神楽   作:銀鈴

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 朝。

 一緒に布団で寝ていたお義母さんを起こさないよう、まだ日も昇らないうちに私は布団を抜け出した。そして昨日の恥ずかしい記憶を振り払いつつ、自分にとっての聖域である鍛冶小屋へと向かう。

 

 目指す場所は鍛冶場に隣接した私の部屋。

 かつてママも使っていた鍛冶場の隣、小さな頃に駄々をこねて作ってもらった私の居場所。

 静かまり帰った部屋の中、散らかりっぱなしのベッドを抜けて机の前で足を止める。

 

 そこにあるのは、全員が揃っていた頃の写真を納めた大切なロケット。開かれた蓋から除く幸せだった頃の記憶に、静かに手を合わせた。

 

「おはよう。パパ、ママ」

 

 こうやって挨拶することから、私の1日は始まるのだった。

 

 

 

 

 今の世界にはかつては英雄と呼ばれ持て囃された、今は亡き大英雄にして大罪人が7人存在する。

 

 1人目の名前は、クラネル・レイカー。

 世界で最も優れた魔法医で、1度の魔法で数万の人々を快癒させることが出来るほどの力を持った女性。

 欠点として重度の小児性愛者(ロリコン)であることと酒癖の悪さがあるが、その優秀さは欠点に目を瞑ってあまりある。

 大罪人と呼ばれることになった理由は、人々の勝手な願いを裏切ったこと。かつての英雄戦争で戦い『世界を救えなかったまま死んだ』から。因みに、ママが私を産んだ時の助産師らしい。

 

 2人目の名前は、アルディート・ガラント。

 英雄戦争時代の人間界国王で、全力の剣撃は地形を変えるほどの力を持つ男性。

 性格にも問題なく、統治する国も平和で、一般市民からの叩き上げで民衆からの指示も厚かった冒険王。

 大罪人と呼ばれることになった理由は、散った人々の意を汲み取った恨み。かつての英雄戦争で戦い『世界を救えず、人間界を滅亡に導いた』から。

 

 3人目の名前は、メリッサ・ガラント。

 アルディートの妻で、当時の世界最強の一角であった王妃。相棒の不死鳥とのコンビで、誰もが手を焼く継戦能力を持つ女性。

 至って平和な治世を齎し、民衆からの支持は篤かった炎の王妃。

 大罪人と呼ばれることになった理由はアルディートと同じ。

 

 4人目の名前は、天上院匠。

 地球から召喚された勇者で、勇者としての類稀なる力と、汚れのない倫理観、圧倒的な堅牢さを持つ男性。

 ママの幼馴染で、文献にある魔神戦でも活躍した異世界人。

 大罪人と呼ばれることになった理由は、願った人々の願いの不履行。かつての英雄戦争で戦い『勇者としての役目を果たせなかった』から。

 

 5人目は私のお義母さん、ティア・クラフト。

 ママの精霊で、今でこそ見た目相応の力しかないけれど、当時は世界最強の一角だった女性。

 時間を操り、死んでも蘇り、無限に等しい魔力で魔法を使えた当代最強の魔法使い。

 大罪人と呼ばれることになった理由は、身勝手な八つ当たり。かつての英雄戦争で戦い『世界を救えず破滅へと導いた』から。

 

 6人目は私のパパ、ロイド・キリノ。

 当時の最強の剣士であり、剣聖とも呼ばれていた義腕の男性。

 私の剣の師匠でもあって、私が目指す高みでもある。

 魔法使いとしても空を飛び、周囲を超高空に書き換える力を持っていて、実力に疑いはない魔法剣士。

 大罪人と呼ばれることになった理由は、お義母さんと同じく身勝手な八つ当たり。かつての英雄戦争で戦い『世界を救えなかった』から。

 

 最後の1人が、私のママ。イオリ・キリノ。

 世界の危機を誰よりも早く察知し、警告を発しながら戦い続けた女性。

 並ぶ者がいない鍛冶師であり、1度の魔法で地図を書き換える力を持った影をも踏めない目指した高み。

 大罪人と呼ばれることになった理由は、ママが1番多い。

『世界の危機を伝え、結果的に混乱を招いたこと』『魔剣という異常な力を持つ武器を配備したこと』『人間界を助けなかったこと』『魔界を助けなかったこと』『自分を優先し、民を守らなかったこと』『世界を救えなかったこと』

 ……あげ始めたらきりがない。

 

 

 そうして、7人は英雄から大罪人へと墜ちた。

 不安と不満のやり場として口々に呟かれた、身勝手で理不尽な偽りの言葉。捏造。デゴマーク。誰も彼もが死に物狂いだった時代の責任を、ただなんとなく押し付けた悪意の暴走。

 

 でも、そんな人達の言葉は定着してしまった。

 受け入れられてしまった。

 私の知ってる英雄は、大罪人へと堕とされてしまった。

 

 そして私は、英雄の娘から大罪人の娘へとなった。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐きながら、家の門に張られた罵詈雑言が書かれた紙を剥がす。

 6年近く見続けたものだ。慣れてはいるけれど、少しだけ嫌な自分にる。

 これで現女王が最大限に便宜を図ってくれているのだから、どれほどの恨みを買っているのは嫌というほど実感している。

 逃げることも許されない。なにせ、女王のお膝元である王都でこれだ。私が私として生きていけるのは、多分ここ王都【シヤルフ】以外では不可能だろう。

 

「燃えろ」

 

 私が唯一使える2種の魔法のうち、特別な魔法で手の中にあった紙束を燃やし尽くす。

 毎朝毎朝、誰がやってるのか分からないがよく飽きないで続けられるものだ。

 

「さて、それじゃあ始めますか」

 

 軽く手を払い、家の敷地内に戻りながら髪を手櫛で整える。最後にヘアゴムで適当に1つ結びに括り、準備完了。これからやる朝稽古には、長い髪をそのままにしておくのは邪魔だから。

 

 次に、着替えてある白をベースにした()()()()()の上から防具を装着。

 腕甲、脚甲、胸当て、腿を守る鎧の一部、最後に額を守る鉢金。《無限収納》というスキルから取り出したそれらを身に纏い、一度大きく深呼吸。気を引き締める。

 

「ふんふふ〜ん」

 

 ママがよく歌ったいた鼻唄まじりに、地面に円形の紋様と文字を刻んでいく。

 すなわち魔法陣。

 お義母さんに教わっている、魔物を召喚する為の陣。

 誰でも使える《生活魔法》と特別なもう1つ、私は先天的な異常でそれしか魔法が使えない。だがこういう古い方法を使えば、時間こそかかるがお義母さんに負担をかけずに目的は果たせる。

 

「よし、出来た」

 

 目的は魔物との戦闘訓練。

 15歳が迫る今、1人でやることが許された命の取り合い。

 刻み込んだ簡素な魔法陣の内容は、呼び出す対象が『自分のレベルより下であること』『自分のレベルより20以上下でないこと』『人型であること』『敵対的であること』の4つ。

 2度追加で確認したけれど、誤った記述はなし。完璧だ。

 

「さて」

 

 完成度に満足しつつ、愛用の短剣を2本取り出す。

 長さは肘くらいまで。ズシリと重く、金属の冷たさを感じる愛剣を逆手に構え、完成した魔法陣に魔力を流す。

 

「接続、起動。召喚開始」

 

 慎重に魔力を陣に流し、魔法陣を起動。

 薄らと緑銀色の光を放ち、魔法陣から1匹のヒトガタが身体を持ち上げ引き抜かれていく。

 数秒の後。光が収まった魔法陣の中には1匹の魔物が出現していた。

 

「グルルル」

 

 唸り声を上げてこちらを睨みつけているのは、2mくらいの2足歩行のトカゲ。

 相手のステータスを覗く力を使って視ると、特に妨害されることなくすんなりとその力を読み取ることができた。

 固有の名前はなし、種族は歩竜、レベルは100。

 言葉を解することのない魔物で、剣術を使う。

 この世界における強さの指標であるレベル。その最大値は300になる。普通に生活してる分には50にも届かないこの世界で、この蜥蜴は強者と言えると思う。でも、これくらいなら──

 

「殺れる」

 

 頭を切り替えて、パパ譲りの健脚で地面を蹴る。

 先制。

 そのまま身を屈めて、威嚇する歩竜の股下を抜けながら内腿を一閃。同時に尾の付け根を斬りつけながら、鮮血のシャワーを浴びぬように走り抜けた。

 

「グギャァァァ!?」

 

 叫びながら暴れる歩竜の攻撃を、一つ一つ丁寧に躱し続けていく。

 

 爪、しゃがむ。

 蹴り、躱す。

 尾、受け流す。

 牙、下顎を蹴り上げる。

 

「グル……」

 

 そこまでして落ち着いたらしい歩竜が、傷も塞がりようやく落ち着いたのか魔法で金属剣を作り出した。

 作りが雑で、形もどこか歪な剣。使い手に見合っているとは言い難い。だとしても、剣は剣。当たれば死ぬのは違いない。

 

「ふっ」

 

 獣染みた剣術で振るわれる雑な作りの剣を、落ち着いて私は受け流していく。

 今の短剣2刀流で目指しているのは、防御と回避、戦闘中の相手の分析。

 身体の小さい私は、基本的に不利を背負っている。それはリーチ然り重力然り、枚挙にとどめがない。幾らスキルで力を強化していても体重は変わらないから当然だ。

 だからこそ、相手を観察して隙をついて一撃。理不尽を押し付ける。これが1番効率の良い方法となる。

 

 右、左、上、右上、左下、左上、右下。突き、蹴り、尾での薙ぎ。

 

 見る。

 

 見る。

 

 見る。

 

 冷静に全てを受け流し、躱していく。

 泥のように停滞して流れた30秒。その果てに歩竜は気を良くしたのか焦れたのか、両手持ちで大きく剣を振り上げた。

 

「シッ」

 

 今だと判断し、短く吐息を吐き出して一気に加速する。

 切断するのはがら空きだった脚。左の刃を走らせ、貫通。そのまま反転。振り上げられたままの左脇に右の刃を突き刺し、骨の間を通らせ肺まで届く穴を開ける。

 

「《鍛冶魔法》」

 

 そして突き込んだ右刃を起点に、私だけが使える魔法を起動した。

 これが私の使える2種の魔法の片割れ。自分が指定した金属を不純物の有無を含め自在に作り、それを加工するための炎を自在に操る魔法。

 要は金属操作と炎操作だけの力だが、その効果は絶大だ。

 

「カッ──」

 

 製鉄用の温度で炸裂した炎は、叫び声を上げることも許さず歩竜の上半身を内側から焼却。炉の内部を2000℃にまで上げて保つ熱量を受けて、生物は無事でいられるわけがない。

 

「内臓器官は全滅だけど、鱗は売れるかな?」

 

 ペシペシと死骸を叩き、反応がないことで死亡を確認。序でに売却できる部分を確認していく。

 牙、鱗は大丈夫そうだが、白く茹だった眼はダメ。内臓器官は全滅していそうだ。でもまあ、1日2日食べる分のお金にはなる。

 

 これが小さな頃から続けている訓練を、今でも続けている理由の1つ。昔はかしとしてママが稼いでいたけれど、廃業した今は『冒険者』としてのルートで稼がないと生活がままならない。

 

 冒険者……『ギルド』という組織からの依頼を受けて様々な仕事をし、対価としてお金などを受け取る仕事。

 区分はF〜A、S、SS、SSS。左から右に行く程上位になる。

 下は子供の小遣い稼ぎから、上は危険な魔物の討伐まで。無論危険であれば危険であるほど実入りは良く、資格も不要かつ常に人員不足だから受け入れられる。

 犯罪者は当然不可能だが、偽名や身分の詐称をして登録は可能なので実はガバガバセキュリティでもある。尤も、腕っ節が無ければ生き残れない業界ではあるけど。

 

「終わった? なら、朝ごはん」

 

 鱗と牙を剥ぎ残った死骸を焼却していると、お義母さんがそんな声を掛けてきた。見上げれば日は登り切っている。もうそれなりの時間になっていたらしい。

 

「はーい」

 

 剥ぎ取った物と重い武具を仕舞い、手入れを後回しに手招きするお義母さんの元へ向かう。起きてから水しか飲んでないし、運動もしたからお腹は空いていた。

 

「ちゃんと手は洗う」

「はーい」

 

 魔法で誤魔化そうと思っていたけれど、お義母さんもママもそこには厳しかった。魔法で綺麗にする方が水と石鹸で洗うより綺麗なのに、ちょっと不思議だ。

 

 近場で手を洗って戻り、ご飯が用意されている場所に座る。

 昔よりは寂しくなったけど、変わらない日常の風景。15年しか生きていない私でも分かるほど薄氷の上に成り立っている今は、それでも大切な時間だった。

 

「アヤメ、今日の予定は?」

 

 私は立場上、地球での義務教育やこの世界での私塾や学校に行っていない。勉強はお義母さんが教えてくれているけど、同年代の友達はいない。

 代わりに仕事はしているけど、殆ど予定はないのと同じだった。

 

「んっと……頼まれてた剣の整備と、趣味の続きくらい?」

 

 そのお仕事も今は、大きなものは殆どない。

 ママの時代からのお客さんで、ずっと贔屓にしてくれてる『リュート、レーナ公爵夫妻』から頼まれてる数本の剣の手入れ程度。それも直接的な金銭支援を断ってから続いてる、情けに近い代物だけど。

 他にあることは、誕生日も近いし趣味で作ってるママの故郷の剣……日本刀。すごく綺麗で、私が鍛冶に手を出したきっかけの剣。未だ理想の高みには届かないけど、その製作を進めることだろうか。

 

「そう。なら、ちゃんと完成させる」

「あったりまえだよ!」

 

 自分の趣味に手を抜くなんてあり得ないし、そんなことが出来る作業でもない。そして何より、本気で作ってきたものを途中で投げ出すなんて、ママの一人娘として恥ずかしい。

 

「良い子。完成したら見せて」

「うん! お義母さんがビックリするようなの、作ってみせるよ」

 

 微笑みながら話すお義母さんに、私は元気よくそう答えた。

 

「ん、楽しみにしてる。でも、授業も仕事も忘れないように」

「はーい」

 

 先程とは対照的に間延びした返事で私は答える。

 確か今日の授業は『魔法陣』についてで、難しいからあんまり好きじゃない。私にとって1番必要な技術だから頑張るけど。

 

 この時の私は、考えつきもしなかった。

 

 この日常が、あまりにも呆気なく崩れるなんて。

 

 そして、全てが動き出すことになるなんて。

 

 

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