私たちは到着したその夜は、イレーネさんの館に泊まることになった。なし崩し的にクリムさんと同室となり、罠も仕掛けられない以上、今私は寝ることが許されていない状況だった。
「ふぁ……眠いけど、今のうちにやっとかないと」
昼間の話し合いで、あの魔族の人が使った秘呪は『自分の力を暴走させ自爆することによって超広範囲を吹き飛ばし、その範囲内に脱出不可能な擬似ダンジョンを生成する』ということが分かった。それは強力だが維持できる時間は長くなく、明日の正午にでも決戦になるだろうという情報とともに。
それに対して、街の防衛は市壁頼りでほぼ皆無。市壁にサクッとバリスタを15基は設置して、100個くらい炸裂する槍弾は揃えた。簡易的だけど、強固な結界を作る剣と魔物が嫌う臭いである程度侵攻ルートを制限もしてみた。しかしそれでも、どこまでやれるかは未知数だった。
いや、包み隠さず言えば、寧ろ失敗するような気までしている。仕事は完璧だと言えるけど、なんとなく致命的な破綻が起きる気がしてならない。だから、切り札が必要だ。
「これで良しっと」
・無限は夢幻を纏う
そんな声が頭に響き、手に持ってたエターナルが僅かに光った。すぐに普段通りの見た目に戻るが、手にとって念じると、感じる力はそのままに姿は違う短剣へと変わっていた。当然、鑑定では元のエターナルとは似ても似つかぬ情報しか読み取れない。
私の胸に、今も重くのしかかる魔剣チョークにまつわる記憶。それによる胸の軋みを我慢してでも、今はチョークの力を使う必要があった。窮地に陥ったら、私はアヤではなくアヤメとして戦うことになってしまう。それは、今まで何度も経験してきたから分かる。だからせめて、そうなってもバレないようにしなければいけない。
「2つ使えば、大鎌もいけるね。うん」
エターナル二本を合わせて持ち、使い慣れた大鎌をイメージすれば同じ形同じ重さの大鎌が両手の中に現れた。チョークの力も調律によって、5つ程しか発動を維持できなくなってしまったけれど……ユメウツツと組み合わせることである程度は補強出来た。
対人用の短剣、対魔物用の大鎌、補助として魔法。これで、元の私としても万全に戦える。生き残ることは、きっと出来ると信じている。
「ママの旅も、こんなことばっかりだったの?」
エターナルを両方鞘に戻し、取り出したロケットに語りかけた。こっそり開いたそれには、家族みんなが揃った家族写真が納められている。心は温かくなるけれど、それは何も答えてはくれない。
それでも何故かロケットを見続けてしまい……後ろから聞こえて来た衣摺れの音に急いでスキルに放り込んだ。
「んぅ……」
「ビックリした」
起きたのかと思ったけど、ただ寝返りをしただけだったらしい。そのことを確認してホッと一息ついて、気分が変わったので次の作業へ移ることにした。
「いつか、私の大鎌も打ち直さないとなー」
もしこれから落ち着けるようなことがあれば、その町の工房でも借りて作りたい。今回みたいなあり合わせじゃない、ちゃんとしたものを。
なんてことを考えながら作っているのは、もう1つの切り札かつ保険だ。魔法陣をいくつも連結させ、積層して、球体になるまで組み合わせていく、パズルのような作業。そうして出来上がったのは、流星を堕とす魔法を使うための陣。それを杖として加工すれば、道具として完成だ。勿論自爆機能も搭載してある。
ママの使っていたという流星群を堕とす魔法を目指したけれど、私に作れた物は精々1発を呼ぶだけが限度だった。その分連射が出来るような工夫をしたこれは、一応撃滅する為のとっておきになる。
色々な人にこれを渡せれば良かったんだけど、こんな『作った後の責任を持てない危険物』は誰にも渡せない。鍛冶師としてママから受け継いだこの主義は、破ったらもう私は私でいられなくなるから。
「出来るだけの準備はした。道具の整備もした。後はもう、時間が来るのを待つだけ」
自分に言い聞かせるように、事実を呟いた。
人事を尽くせたかは分からないけど、天命を待つだけ。唯一の心残りはママの筆跡で書かれた文だけど、街を守り切ってからゆっくり考えればいいはずなのだ。
「……少しだけなら、寝ても大丈夫だよね」
全ての作業を終えた頃には、時間は午前2時を回っていた。誰しも集中が途切れてしまえば、疲労と眠気はドッと襲って来るわけで。かく言う私も例外ではなく、今すぐベッドに飛び込んでしまいたい眠気が私の意識を侵していた。
「ん……」
正体露見の危険を冒してまでという理性はあったものの、目覚まし時計をセットする最後の抵抗を残して、私は机に突っ伏して眠ってしまった。
◇
翌日、正午の少し前。私は既に、多数の兵士の人たちと同様に市壁の上に立っていた。幸い仮眠のおかげか意識もはっきりしており、体調は万全に近い。朝私が起きれたのがクリムさんより早かったからということの、安心感もあると思う。
「慣れないなぁ、こういう雰囲気」
杖を持って敵を探す私の周囲では、慌ただしく兵士の人たちが動いている。地上では騎馬に乗った兵士や普通に徒歩の人が、市壁の上では双眼鏡や槍弾を抱えた人たちが、予測された時間が迫る今最後の準備に取り掛かっていた。
指揮が昨日話したイレーネさんである辺り安心だけど、普段最大でも10人に届かない単位でしか動かない冒険者には、些かこの状況は落ち着かない。
「結局、前線に出る冒険者は私だけ……か」
それは、冒険者がこの街から9割方逃げ出し、残った冒険者も市内の警備に当たるとされたことからも明らかだった。そんなある意味冒険者らしいして欲しくなかった行動で、市内のクリムさんの安全が確保されたのは皮肉でしかない。
「………きた」
そうして待つこと十数分。私が地平線の辺りに黒い塊を見つけたと同時に、けたたましい鐘の音が鳴り響いた。
それぞれが持ち場に着くため動き出し、その間に黒い群れはどんどん大きくなっていく。それは、私の遭遇したイヴィルウルフ……長いし狼で。その部隊の本体であるに違いない。
「嘘だ……!」
「報告と違う!」
「数が多すぎる!」
しかしその規模は、報告されていたものよりもかなり増加していた。ザッと見て倍。細かい数を数えれば、もう少し増えるだろう。あ
、私の嫌な予感は、嫌なほどよく当たる。
さあ、出番だぞ私
「メテオ!」
杖を構え膨大な魔力を注ぎ込み、その秘めた機構を解放した。莫大な魔力が杖の中を駆け巡り、内部で完結した魔法が現実に侵食する。
加速するための魔法が刻まれた金属塊を、クリフォトの枝に触れない付近に生成。重力と魔法の力によって、地上に叩きつける。そうして発生するのは、魔法ではなく悪魔にすら通用する物理的大破壊。
そんなものが、生物に当たったらどうなるか?
当然の結末だった。愚問な問いであった。摩擦熱で熱され、赤く発光したそれが直撃した瞬間、大地が揺れた。衝撃波が撒き散らされ、ビリビリと肌に響く。
そして、狙いが僅かに逸れ着弾した敵の群れでは、大混乱が起こっていた。何せ1発で1/5程が死亡、残りも行動負のになったのだから。
「ふぅ……」
一瞬の静寂の後、歓声が巻き起こった。
「まだです!」
私がそう叫んだのと、狼のような遠吠えが聞こえてくるのは同時だった。怯えたのか、竦んだのか、動きの止まったこちら側に対し、狼たちは見る間に態勢を立て直していく。時間にして、僅か十数秒。それだけの時間で、何に突き動かされるのか狼たちはこの街に向けての侵攻を再開した。
更に悪いことに、あの狼たちは相当頭も良いらしい。メテオの魔法を3発追加で撃ってみたけれど、1発目ほど上手く決まらない。確実に疲労はさせているだろうし、数も減らせてはいる。
「総員、一斉射!」
街の被害を考えるとメテオはもう使えないけど、そこまで減らせれば十分であった。バリスタが弾を放ち、弓矢を使う衛兵が矢を放ち、その後を追うように魔法が放たれる。
それらは再奥に構える結晶憑きたちには届かず、届いても効果が無い。しかしその配下である狼には抜群の威力を発揮する。既に弱った狼は次々に倒れ、自らの仲間に踏み潰され消えていく。
「かかれ!」
そして狼の群れとの距離が一定を割った時、そんな号令とともに騎兵が突撃を開始した。彼らはまるで濡れた紙でも破るかのように狼の戦列を破り、跳ね飛ばしながら戦場を蹂躙し始めた。
見る間に数を減らしていく狼たちだが、それでもそれなりの数が乱戦を抜けてくる。けれど、疲弊しきった狼は待機している徒歩の兵士が盾で押し留め、長い槍で突き殺している。
「そろそろ、私も行かないとね」
私は戦略には疎いけど現状が、優勢だろうことは分かる。それに私がいなくても、十分に狼の対処は出来ているようだ。であれば、私がやるべきことはただ1つ。殆どの他の人では力不足な、結晶憑きの相手をすること。
「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
だから私は、箒に飛び乗りながら手札を一枚切った。魔剣を解放して、身体能力を限界を超えて上昇させる。チョークが加わり、大凡4倍にまで跳ね上がった倍率の今なら、やれないことはない!
乱戦のエリアを突き抜け一直線に進んだ私は、空中で箒をしまうと共に結晶憑きの大狼へと切りかかった。
「やぁッ!!」
「グラゥ!」
エターナルの右刃と、大狼の両前腕部に生えた結晶が激突して硬質な音を響かせた。直後、腕に伝わる感覚から直感する。今なら押し切れる、と。
「ッ!」
直感に従い、炎で右刃の勢いをブーストし振り抜いた。刃は結晶を切断し、勢いよく振り抜かれたのだ。即座に切断した結晶を回収して、足裏に仕込んだ風の魔法陣を起動。空中を蹴って、即座に私は追撃に転じた。
「死、ねぇッ!」
ほんの少しだけ刀身を伸ばしたエターナルで、背中に生えた結晶を数本切断し回収。そのまま狼の背中に着地して、その背中にエターナルを突き立てた。
いくら結晶憑きとはいえ、体内にまで魔法耐性は存在しない。だからこそ私は、突き立てたエターナルを核として、結晶憑きの狼の体内で金属精製用の超高温の炎を解放した。
「カ、カッ……」
ジュッという短い音が鳴り、生き物が焼ける臭いが立ち込めた。そうして眼を白濁させ崩れ落ちた狼を一瞥してから、私は大きく飛び上がって再び箒に騎乗した。今度は横ではなく縦乗りだ。
そうして私が、そこから離脱した直後。結晶憑きの狼が倒れた地面一帯が融解し、ドロドロに溶けた岩石が勢い良く噴出した。そして、その中を突っ切ってもう一体の結晶憑きの狼が突撃してくる。
「魔法が効かないからって……!」
まるでそこだけの時間が停滞しているような、不思議な空気の足場を蹴って追い縋る結晶憑き。その速度は私の乗る箒よりも速く、すぐに追い付かれてしまった。
「グルラァッ!」
そうして振るわれる爪、腕から生える結晶、そして結晶化した牙。どれを取っても私が食らったら致命傷に至る一撃を、無理矢理の急旋回やバレルロールで回避する。
空飛ぶって反則でしょと叫びたいけど、私の想像力不足だと言われればそれまでだし、そもそも言ったところで何の意味もありはしないし……ああもう!
「チッ」
そもそも、長時間戦っていられるほどの余裕があるわけでもなし。舌打ち1つ残して、私は強硬策に出ることにした。
高速で飛行中に箒の向きを、横方向からの推力を無理矢理加えて反転させる。軋みをあげる箒の本体に謝りつつ、振るわれた双腕をもう一本のエターナルも抜いて全力で弾いた。
「そこ!」
最後に迫る、大きく開かれた口とそれを彩る結晶の牙群。そこに私は、ドーナツ状のアダマンタイト塊を生成して打ち込んだ。結晶の牙はアダマンタイトを容易く貫いたがそこで止まり、中央に射線が空いた。
「燃え尽きろ!」
そこを通すように、再び金属精製用の炎を解放。結晶化している部分を除いて炭化させ、2度目の生命活動を停止させた──その、直後だった。
「ッ!?」
ゾクッと、背筋に氷を差し込まれたような悪寒が走った。そして微かに鼻に届いた獣臭さ。頭を働かせるより速く、反射的に私の身体は動いていた。箒に身体を寄せ身を低くし、シールドを解除。そして機首を真上に向けて、倍の速さで空へ跳ね上がった。
その直感が正しかったと、私は1秒も経たないうちに理解出来た。
「嘘ッ!?」
推力は全開の筈なのに、箒の動きがピタリと静止したのだ。私自身も同様に、慣性の法則すら無視したように空中の一点に静止することになった。
その原因は、真下を見れば明らかだった。直下、他の結晶憑きの大狼と比べて、一回り大きな狼が威風堂々とした様子で私を見上げていた。その足元には、黒い円形の板が存在していた。闇系統重力系の魔法。下位種であるイヴィルウルフが使えたのだから、上位種であろうコイツが使えるのは当然だった。
「ガウ」
まるで降りてこいとでも言うようなその吠え声には、人を殺すことしか頭にない結晶憑きにしてはあり得ないことに、まるで知性のようなものを感じた。
「……はぁ」
魔法が効かない以上、私はそれに従うしかないようだった。