銀灰の神楽   作:銀鈴

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紅の姫君【05】

 黒い平面に降り立って、結晶憑きの狼と対面する。真正面から相対してみれば、やはりその目には知性のようなものを感じる。そしてああ、今気づいたけれど視線はもう1つあった。ユメウツツを手にした時以降感じる、あの視線を。

 

「ああ、なるほど」

 

 落ち着いて考えれば、つまりはそういうことなのだろう。単調な敵の動き、予想通りに決まる味方の動き。最後に見た時までには、ほぼ存在しない死者。そういうものとしか見ていなかったけど、考えれば不自然に過ぎる。

 誘導された。そう考えるのが、可能性としては一番高いだろう。そしてそんなことをしてくるのは、いつも私を視ている視線の主に他ならない。不確定要素はあったものの、この狼と殺し合うようにものの見事に誘導されたわけだ。

 

「お前なのか、それともお前の背後にいる奴なのか。それは分からないけど、私のことは殺したいよね」

 

 狼と視線を交えれば、それは容易に見て取れる。理知的な光の中に存在する、隠しきれない殺意が。けれどそれは、結晶憑きの持つ停滞しているような『死んだ殺意』ではない。目の前の狼が向けてくるのは、街の人々が(アヤメ)に向けてくるのと同じ『生きている殺意』だ。

 

「でも、ごめんね。私なんかが生きてていいのかは分からないけど、まだ、死にたくはないんだ」

 

 そう言って私は、エターナルを変形させて構える。その形状は、あの時王都で私の無謀で失ってしまった大鎌。感覚を失わないよう予備で練習こそしていたものの、ほぼ数週間ぶりに握る武器の感覚に、懐かしいような安心するような不思議な気持ちを覚えた。

 

 いつのまにか、私をこの場に引き摺り下ろした重力場は消えていた。

 

「ッ!」

 

 下から吹かれてきた火の粉が互いの間で弾けたと同時、私も狼……【ウルフ・マリティア】も駆け出した。

 短剣と違って、私が本来人型以上の魔物と戦う時に使う武器。普段なら重量でかなり動きが悪くなるけれど、今なら魔剣のお陰で普段より寧ろ速く動ける。

 

「ゼァッ!!」

「ガァッ!」

 

 全身を使い巻き上げる様に放った大鎌の一撃は、振り下ろされる剛腕と打ち合うことなく振り抜かれた。捉えたのは、ウルフ・マリティアの左前腕の肘。狙い通りそこに刃が掛かり、結晶を砕きながら斬り飛ばした。

 

「キャウン!?」

「次」

 

 地面代わりの黒面に大鎌の石突きを叩きつけ動きを制動、そのままポールを回る様にして身体を回して反転させる。そしてそのまま空中を蹴り、大鎌を引き抜き背に生えた結晶を薙ぎ払う。裂き砕いた結晶が散り、戦場の光を反射して煌めいた。

 

「つg──ッ!!」

 

 もう一撃をと思い、悲鳴をあげる身体を動かそうとした時だった。目の前に、黒と青の塊が迫っていた。それは、迎撃として振り抜かれたウルフ・マリティアの尾。直撃すれば即死のそれを、私は大鎌を盾にすることで受け止めた。

 

「かっ……」

 

 しかし、あくまでそれだけだ。衝撃はそのまま貫通してくるし、重量が私の十数倍はあるであろう生物の攻撃を受け止めるなんて出来はしない。結果、必然的に私は足場の黒面を超え、空中へと投げ出された。

 手が痺れている。肺の中の空気が吐き出された。視界がぐるぐる回っている。けれど嗚呼しかし、やはり向こうは止まってくれない。現実はそこまで優しくない。

 

 黒面を展開して追ってきたウルフ・マリティア。完全に結晶として再生したその左前脚が、日の光を取り込み反射しながら振り下ろされた。

 もう打ち合うなんて愚は犯さない。靴に仕込んだ魔法陣に過剰に魔力を供給、突風を生み出して自分を吹き飛ばした。靴の端と爪が微かに触れた音を残し、体勢を崩しながら辛くも距離を取ることに成功した。

 

「もうちょっと、私が大きければ楽なんだろうけど、ね!」

 

 舌打ちをしつつ、見覚えのある黒雷の魔法を炎で相殺する。その反動で下がった身体をそのままに、今度は空中を蹴る要領でしっかりと空に立った。

 

 大鎌を構えて睨みつけた先。ウルフ・マリティアは、私の予想を遥かに超えた変貌ぶりを見せていた。

 無くなった左腕の代わりに、結晶状の部位として再生しているのは良い。背負った結晶が全身を侵食し、鋭角が増えているのも良い。問題は、本来透き通った青色の結晶が黒い毛並みより尚どす黒く濁っていること。

 そして、口に咥えられた一本の剣。その剣を認識した瞬間、エターナルの変形した大鎌が僅かに振動した。

 

「……まさか、魔剣?」

「グルルル……!」

 

 そんな私の言葉に答えるように、推定魔剣から瘴気としか言えない黒が噴き上がった。見てて嫌悪感が湧き上がる造形のそれは、触れてはいけないと直感が警鐘を鳴らしていた。

 

 咥えられた持ち手は蛇が幾重にも巻きついた様な形状で、そこから伸びる刀身は幾百もの蟲を押し固めたような、気味の悪い模様が刻まれている。大型の鉈の刃部分のみを鋸のようにした刀身は、触れただけで容易く削り斬られることだろう。

 

 そして当然、魔剣は担い手を強化する。つまり──

 

「きゃっ!?」

 

 火花が散った。同時に、大鎌の石突きが完全に切断されていることを認識する。何も、見えなかった。ああ、()()()()()()。勝ち目がない。だから、(アヤ)はここで脱落だ。

 靴に込めていた魔力を遮断、力を抜き死んだように地面へと落下する。

 

装填(ローディング)

 限界駆動(Over Drive)──絢爛なりし理想世界、鳴り渡るは鎮魂歌(チョークリムーブ・ワールドパージ)

 

 風を切って地面へと落ちていく中、私は魔剣チョークの能力を解放した。エターナルによって調律されたその力は、本体では無限に重ねられた文字の力を10個までに制限されている。その1つはエターナルの偽装に使っているから、使える残りの力は9つ。けれど、それだけあれば勝ち筋はきっと作れる。

 

 そう考えている間に到達した地面。そこに激突する寸前、靴に仕込んだ魔法で自分を受け止め大きく砂埃を巻き上げる。

 

「まずは一手」

 

 エターナルの大鎌状態を解除。スキルから取り出した「アヤのことを記した紙束」に、能力を使い文字を刻んだ。

 

 ・記録は人へ変ずる

 

 変化はすぐに訪れる。バラバラと紙が千切れ舞い、(アヤ)にしか見えない姿を形作っていく。あの時、クハクさんの屋敷にいたものより精巧な自分が完成する。

 今の私と同じ戦装束に大鎌、そして本来の私とは決定的に違う炎髪と灰眼。その能力は、魔剣によってブーストされた今の私と同等である。鑑定しても、私としての能力しか見ることは出来ない。

 

「よろしく頼んだよ、(アヤ)

 

 そう言って私は、首からかけていた認識阻害のネックレスを私の分身にかけてあげた。同時に、私は元の姿に戻る。髪は強く緑がかった銀というミスリル色に、刃に映った瞳は紺碧の色に。

 

「そっちこそね、(アヤメ)

「当然」

 

 魔剣が絡んできた以上、もう引けない理由ができた。見るからに格上の相手だけど、やらない訳にはいかないのだ。それに、あんな相手を私が放り出したら、どれだけ人が死ぬか分かったもんじゃない。

 

「今度こそ、何一つ出し惜しみは無しだよ」

 

 未だ濛々と煙る砂埃の中から、天空を駆けてくるウルフ・マリティアを睨みつける。さぁ、私が私とバレる可能性を避けるがてら、先制攻撃と行こう。

 

「メテオ」

 

 取り出した杖で流星を1つは落としつつ、私は反対の手で魔法陣を鋳造した。その属性は次元。行使する魔法は、転移の下位互換である瞬間移動。目線の通る場所へ瞬間的に移動するその魔法を以って、行うことはただ一つ。

 

「ッ!!」

 

 一瞬の暗転の後、落ちる流星と共に私は突撃した。振りかぶった先程とは形の違う大鎌が雲を引き、魔剣を咥えた首を叩き落とす直前、金属音が轟いた。

 その発生源は2つ。1つは私の足場にしていた流星が、斜めに両断された音。もう1つは、今目の前で大鎌と交差するどす黒い刃の衝突音。

 

「捉えた」

 

 その言葉を簡易の詠唱代わりに、私とコイツを囲むように無数の魔法陣を瞬間的に鋳造、自壊覚悟で駆動させた。属性は、次元と光と地。闇属性の方が拘束性が高い術は多いのだけど、恐らく抵抗されるだろうからやめにした。

 だから、闇の対属性である光の魔法で拘束。その上から、神話のグレイプニルには届かないだろうけど、根元を次元の魔法で固定し生成した合金鎖で拘束した。

 

 尤も、その拘束は10秒も持たず崩れるだろうけど──それだけあれば、やれることは両の手指の数を超える。

 

「シッ!」

 

 直近でスキルにより解析をかけた結果、ウルフ・マリティアの咥えた推定魔剣の正体が判明した。推定ではなく本物の魔剣であり、銘は【コドク】という。脳内の記憶を辿れば、確か所在が判明している数少ないⅡ型の魔剣。担い手の名は──

 

「アナベル・ソリトゥス」

 

 その名を私が口にした瞬間、ウルフ・マリティアの全身が大きく跳ねた。何かを恐れるような、そんな隙を見逃す訳にはいかない。鍔迫り合っていた大鎌を押し切り、揺らいだコドクの柄に思い切り踵を落とした。

 結晶化した牙が砕け、強制的に魔剣を咥えた顎が開かれた。それによって魔剣がズリ落ちていき、それを奪うべく変形したエターナルをぶち当てた。

 

「このまま!」

 

 風のブーストにより横に身体が回転する中、魔剣が収納されたのを確認する。吐き気を齎す三半規管のダメージを無視して、もう一度風でブースト。3回目の身体の回転を行い、遠心力を乗せた大鎌で斬撃した。

 

「チッ、浅い!」

 

 最後の大振りが届く前に、鎖が引き千切られ脱出されてしまった。結果、戦果は再び左前腕を使用不能にしたことのみ。向こうが距離を取ってくれたお陰で助かったけど、今攻撃されたら間違いなく致命傷だった。

 

 深呼吸して相対している間に、結晶が元の色に戻っていく。どす黒く濁った黒から、クリフォトと同じ透き通った青へ。

 

『Kej ywцfg igtgvvev……Cdgt xgtцvgjg fkg Yйtvgt pkejv』

 

 その直後だった。どこか安心したような、肩を竦めるようにして目の前のウルフ・マリティアが言葉を口にした、ような気がした。それは、あの悪魔達が口にする言語とよく似ている気がして……

 

「……喋るな」

 

 驚くほど心は冷え切ったまま、自然と身体が動いていた。新たな魔剣分のブーストも加算して、限界を超えて斬撃を放った。弧を描いて閃いた大鎌は、抵抗もなく()()()()()()()()マリティア・ウルフを輪切りにしていた。

 

『Fcpшg』

 

 最後に、そんな言葉のようなものを残して、輪切りにされた残骸は光に溶けて消えていった。その言葉に何故か、本当に何故か私は、感謝のような気配を感じて──

 

「後味、悪いなぁ」

 

 何もいなくなった上空で1人、私はそう呟いた。無理やり言葉にするのなら、まるで『斬ってはいけないものを斬ってしまった』ような感覚。モヤモヤとした気持ちは、晴れそうにない。

 

 ー へぇ、アレをもう倒せんのか ー

 

「誰!?」

 

 私以外いない筈のここで、突然そんな濁った女性の声が聞こえた。しかし周りを見渡してみても、あの視線以外なにも存在しない。

 

 ー 気にすんな、ただの気紛れだ ー

 

 魔力を放出して探ってみても、なに1つ反応がない。ならばつまりこの声の主は、そういうことなのではないか?

 

 ー けどよぉ、こんな所で呑気にしてていいのか? ー

 

「え……?」

 

 その疑問に答えを出す前に、そんな言葉が嘲るような調子で投げかけられた。

 

 ー お前がバカスカ魔力を使った所為で、ガタがきて緩くなってたあの街の封印、解けちまったぜ? ー

 

 そんな謎の声に促されルーファスの街を見れば、そこでは異様な魔力が迸り天を貫く柱となっていた。魔力を感じ取る術が無い人には分からないだろうが、この魔力の感じは、奴らしかない。

 

 ー この街は、終わりなんだよ。まあ、元々どん詰まりではあったみてぇだがな ー

 

 悪魔だ。結晶憑きとは違う、正真正銘の悪魔が持つ魔力の波動。しかも感じ取れるその魔力量からして、その級は──

 

「なんで、」

 

 それは、そこにいるはずのない怪物。

 

「どうして、」

 

 私も生涯一度しか見たことのない、最悪の敵。

 

「こんな内陸に!?」

 

 ソレが起こした行動は、街を内側から食い破るかのようだった。

 黒く太く強靭な脚が大地を突き破り、引き裂きながらその身体を引っ張り上げる。無数の棘が人工物を突き崩し、煩わしいとばかりに魔法で辺りが薙ぎ払われていく。

 

 そう、街の動力源になっていたエネルギー……封印されている筈の魔物は、魔物なんかじゃなかった。封印されていたのは、悪魔だった。それもメイジ級が3体、最上位一歩手前の化物たちだ。

 

 ー お前がどう助けるのか、見ものだなぁおい ー

 

 その言葉を最後に、謎の声の気配はパッタリと途絶えた。

 

 残ったものは、滅びに向かう現実ただ1つだった。

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