銀灰の神楽   作:銀鈴

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紅の姫君【06】

 どうすればいい

 

 地上では着実に狼の数は減っているものの、戦場の誰も街の異常に気がついていない。

 

 どうすればいい

 

 街の人や残存していた兵士や冒険者どころか、私も《メイジ級》の悪魔3体なんてどうしようもない。誰かを逃がすことすら、満足に出来ないだろう。

 

 どうすればいい

 

 そもそも今の私は、重犯罪者のアヤメ・キリノだ。あの場所に助けに行ったところで、後ろ指を指されて石を投げられる……いや、最悪あの悪魔たちを召喚したと見做される可能性もある。

 

 どうすればいい

 

 でも、今私が動かなければ人が死ぬ。戦場(ここ)で戦ってる人たちの、大切な人が失われる。誰も、あんな悲しみを経験する必要なんてないのに。

 

 どうすればいい?

 

 それに、あの街にはまだクリムさんがいる。短い間しか接してないけど、守ろうと思った人がいる。助けてあげたいと思った人がいる。

 

 どうすればいい!

 

 私はまた、守ろうとした人を失うのか。

 私はまた、力及ばず何も出来ないのか。

 私はまた、手を伸ばすことを諦めるのか。

 私はまた、誰かを見捨てるのか。

 

 自責の言葉が、頭の中をグルグルぐるぐると回り出す。頭の中を埋め尽くしていく。私にこんな状況を認識させた、視線の主の言葉がリフレインする。私が救えと言っていたあの言葉が。

 

 もう頭の中がぐちゃぐちゃだ。なんで私ばかりいつもこんな目に遭うんだ。なんで私しかまともに対応できる人がいないんだ。なんで、なんで、なんでなんでなんで──!!

 

「あぁ……」

 

 流れた涙と共に辿り着いたのは、親しい僅かな人達以外から聞かされ続けた言葉。叩きつけられた言葉。刻み付けられた言葉。

 

 だってお前は、英雄の娘だろう?

 

 胸が痛んで、どこかから悲鳴のような軋みが聞こえた気がした。

 

「やれば、いいんでしょ。私が」

 

 口の端から乾いた笑いが漏れた。同時に、さっき回収したコドクの情報が頭に流れ込んでくる。ああ、ああ、みなまで言わないでも分かってる。これならやれるって、そう言いたいんでしょ?

 どうせ他に手はないんだ。だから、乗ってあげるよ。どこの誰が仕組んだかは知らないけど、このクソみたいな筋書きに。

 

刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を紡ぐため

 

 本来なら必要のない、回収しエターナルに収めた魔剣の詠唱。けれど今からやることを考えれば、私はこの詠唱を口にしなければいけない気がした。

 

毒蛇に蠱虫、百種の贄は囚われた

 互いを喰らい、心を殺し、己が名も、己が記憶も、やがては失われるであろう

 全てを果たし、行き着く先は大邪法

 

 飛び降りたように地表へ落下しつつ、自身の身体を黒いものが侵食していくのを感じる。それはまるで、いつか謂れのない疑いで掛けられた、呪いの魔法を思い出すようで。

 

毒壺の中には己1つ、死骸の頂きで孤独に嗤う

 さあ、この身を使うが良い。極大の呪いをくれてやる

 

 不快で不快で気持ちが悪い感覚だけど、今は甘んじて受け入れる。そして、詠唱の締めくくりを口にした。

 

装填(ローディング)

 限界駆動(Over Drive)──蠱毒厭魅、ここに破滅は完成す(コドクエンミ・サイカノカシリ)

 

 エターナルのシリンダーに、3つ目の魔剣が装填される。魔剣と同じどす黒く濁ったそれから、気味の悪い紋様が私の肩まで浮かび上がった。

 空中で回転して着地し、それに合わせて大鎌で周囲を薙ぎ払った。攻撃範囲にいた狼数匹を巻き込んだ斬撃は、致命傷に至ることはない……が、しかし。次の瞬間、傷口から私の腕にあるものと同じ紋様が全身に広がり、狼は全て生き絶えた。

 

「まだ、足りない」

 

 魔剣コドクの能力は、極めて単純なものだ。

 1つは『自身が味方と認識している者が多いほど、又その者たちが死ねば死ぬほど、更に相手を殺せば殺すほど、コドクの能力を強化する』というもの。

 もう1つは『斬りつけた相手を、コドク以外では解除できない呪いに犯す。その効果は未知数だが、やがて死に至る。死ぬまでの時間は相手に依存する。自身を呪いに犯した場合、魔剣の能力が切れるまで自身を超強化する。しかし能力の解除と同時に気絶し、3日は目覚めることはない』というもの。

 

 要するに、際限のない蠱毒の壺だ。犠牲を許容し強要して、己の器の限界すら壊して強化してく。もう1つの能力である呪いまで強化していくあたり、コイツは正真正銘人を魔道に落とす剣だろう。

 

 それでも使わないと状況を変えられない自分に、どうしようもなく腹がたった。

 

「貴様っ!」

 

 剣を振り上げてきた衛兵に、簡単な麻痺の魔法を使い動きを止めた。ああ、やっぱりこうなる。(アヤメ)は生きていてはいけないのだと拒絶される。こっちの気も考えも、考えようとすらしないで。

 

「馬鹿みたい」

 

 そんな相手を慮って、守ろうとして。私はいい道化でしかない。でも、それでも私は思うのだ。普通に暮らしてる人には、大切な人が死ぬなんてことは経験してほしくないと。

 

 ・呪いは獣に感染する

 

 まどろっこしくて文字を紡いだ瞬間、見渡す限りの狼が全て崩れ落ちた。直後、私の中を侵食する力が強まったことから、鏖ということで相違ないはずだ。

 

「ふぅ……」

 

 目の前の敵が死に絶えたことで、戦場に奇跡的な静寂が訪れた。誰もが動きを止め、異常事態の理解の為に呆ける瞬間。その間隙を縫うように、全力で私は街へ駆けた。

 

 1歩、大地を踏み込み弾けた鉄砲玉のように吹き飛び。

 2歩、大柄な狼の死骸を踏み台に空へ飛び。

 3歩、空中を蹴って市壁を超え街の中に踏み込む。

 

 箒で1分弱かかった距離を3歩で詰め、惨劇の中に私は飛び込んだ。

 

「チッ……」

 

 市壁の上に誰一人兵士がいなかったことから察していたけれど、街の中には惨劇が広がっていた。

 崩壊した街並み。瓦礫の下に広がる赤。焼け焦げた跡。溶解した家々。それらの中に落ちている、かつては人であっただろうモノ。ひしゃげ、砕かれ、存在価値を無くした武器や防具たち。

 

 ああ、ここはまるで、あの時の王都の再現だった。

 

 ただしこの街には、Ⅰ型を装備した部隊はいない。絶対的な助けなんて存在しない。いや、存在していたとしてもⅠ型じゃメイジ級は倒せない。だから、私がやるしかなかった。

 

「殺す」

 

 だからこそ私は、目敏く生きた人間を嗅ぎつけてきたコイツに、目の前に現れた《メイジ級》に対してそう告げたのだった。もしかしたらこれは、一種のリベンジになるんじゃないか……そんな考えが、脳内で僅かにチラついた。

 

『Kej jcdg jwpigt』

 

 その返答は、意味のわからない言葉の並び。もしかしたら悪魔の喋る言葉であるかもしれないそれを無視し、私は大鎌を構えた。

 

「ふぅ……」

『Dckv、Dckv、Dckv!』

 

 深呼吸し、周囲を焼き焦がして魔法陣を形成。罠を今できるだけ敷き詰めたそこに、同じような音の響きを連続させ《メイジ級》が突撃してきた。やっぱりコイツらは、人間のことなんて餌かオモチャとしか見ていないらしい。

 

「反吐が出る」

『Ncцц wpц gццццgp!!』

 

 互いに向けて飛び出したのは同時。そして、かつて私がⅠ型魔剣を握っても足りなかった速度は、今は互角か、僅かに上回っていた。

 

「なら!」

 

 私を串刺しにでもするつもりだったのか、振り上げられた前脚。傍を擦り抜け様それに大鎌を絡め、全力で斬撃した。もしかしたらという期待を込めたソレは、直後私の予想通りの結果を齎してくれた。

 

「効い……た!」

 

 かつては傷すら与えられなかったり、結晶を切断するしか出来なかった私の攻撃。しかし今は、左右八脚の内、右前の二本を切断することに成功していた。血よりも尚黒い液体が噴出し、悪魔も生物であることを実感させる。

 

 しかしそれより驚くべきことは、私の攻撃が通用していたこと。刃が通ったこと。それはつまり、机上の空論でしかなかった《メイジ級》の討伐が叶うということだった。

 

「それなら!」

 

 振り返りざまにノーモーションで悪魔が放った魔法を、こちらも仕込みの魔法陣と即席鋳造魔法陣による魔法で相殺する。もう王都の時みたいな油断はしない、出し惜しみもしない。今ここで殺す!

 

 そうして束の間繰り広げられるのは、極彩色の魔法弾幕戦。過負荷で魔法陣が崩壊していく中、ジリ貧の状況を打開すべく突撃した私は──弾幕の向こうから、私と同様に迫る《メイジ級》の姿を見た。

 

「ッ!」

 

 大口を開けて迫る人間と酷似した口を見て、その奥につながる黒一色を見て、何とも言えない怖気が走った。そう思ったのは何故だろう? そんな疑問も感じた怖気も無視するように、反射的に危機から逃れる為に体が動いていた。

 

 空中を蹴って、悪魔の下側へ。

 

 反射で動いた自分を未熟だなと思いつつ、得体の知れない装甲で覆われた《メイジ級》の腹部を見上げる。流石にここは斬れなそうだななんて考えが浮かぶ中、脚の付け根を斬撃した。

 今度飛ばした脚の数は3本。残った左の後脚1本と右の後脚2本も、着地の衝撃でひしゃげであらぬ方向に折れ曲がっていた。

 

 本来8本で支えていた自重を、たったの3本で支えることになったのだ。それも着地という衝撃も追加して。さもありなん。

 

『Gц vwv ygj、Gц vwv ygj、Gц vwv ygggggj!!』

 

 どこか規則的な音を鳴らして、《メイジ級》が血に相当するだろう液体を撒き散らしもがいている。あれだけ怖かった筈なのに、その姿はまるで、脚をもがれた虫かなにかにしか見えなくて……

 

『Pgkp! Pgkp! Fw yknnцv pkekv цvgtdgp!』

 

 もしかしたら命乞いだったかも知れないそれを無視して、這いずって逃げようとした《メイジ級》の首を刎ねた。念のため十二分にとどめを刺した後私が感じたのは、どこか虚無感に似た感情だった。

 

 でも、今はそんなことは後回しだ。この気持ちの正体は気になるけど、この街の人を助けるのが優先されるべきだ。

 

 頭ではそう思っているのに、簡単には割り切れそうになかった。達成感が/後悔が、安心が/呆気なさが、混ざり合った心はどうにも落ち着きそうにない。

 

「次、いかないと」

 

 しかし、私はそれでも歩き出した。

 だって私には時間がない。このまま悠長に悩んでいると、戻ってきた兵士や冒険者全てを相手にしないといけなくなる。街の人は殺される。悪魔は野放しのままになる。時間が経つにつれ、私にとって何1つ良いことが起こらない。

 

「せめて、逃げる前に残りの悪魔も……」

 

 残りの魔力は5割あるかないか。体力もそんなに残っていない。集中力も保つか分からない。魔剣の能力は……ユメウツツは今は使えない、チョークは残り7つ、コドクは使い続けるには不安が残る。そして私は、魔剣の能力が切れればしばらくの間動けない。

 改めて状況を羅列してみれば、かなり状況は悪かった。よくもまあ私は、こんな状態で誰かを助けようだなんて思えたものである。

 

 そうやって自嘲気味に街を歩いていると目に入るのは、あいも変わらず惨劇の風景。何かの燃える音や帯電する音以外音のない街を歩いている中、私は1つの異変に気がついた。

 

「この人って……」

 

 今まで見えていたものは、かつて人だったであろうものが大半だった。けれどここらでは、人の形を保っているどころか、瞼を下ろして寝かされていた。そしてその全ての共通項として、額に空いた1つの穴の存在があった。

 

 街の中心へ向かって行くにつれてその数は増えていき、最終的に私は敵とも生存者とも遭遇することなく、街の中央部へと到着した。

 

 そこで私が見たのは、街の中央部を繰り抜くような大穴。その底には、魔法的な構造が見て取れる、何かの炉心であったような場所が存在しているようだった。しかし何より目を引いたのは、悪魔も人も問わず積み上げられた、屍山血河としか言いようのない光景。

 

「クリム……さん?」

 

 その頂上で座り込んだ、両手に銃を持ったクリムさんの姿だった。

 重く蟠った、紅色の風が吹いていた。




 《Ⅱ型魔剣 : コドク》
 ドス黒く濁った色の鋸と鉈が混ざったような形状をしている魔剣。持ち手は蛇が幾重にも巻きついた様な形状で、刀身も幾百もの蟲を押し固めた様な模様が浮かんでいる。
 所持者 : ???→アヤメ・キリノ

【能力】
 基準値 : D 限界値 : A+
 照準 : A+ 範囲 : D 操作 : C
 維持 : A 強度 : A+

【詠唱】
 刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為
 毒蛇に蠱虫、百種の贄は囚われた
 互いを喰らい、心を殺し、己が名も、己が記憶も、やがては失われるであろう
 全てを果たし、行き着く先は大邪法
 毒壺の中には己1つ、死骸の頂きで孤独に嗤う
 さあ、この身を使うが良い
 極大の呪いをくれてやる
 限界駆動(Over Drive)──蠱毒厭魅、ここに破滅は完成す(コドクエンミ・サイカノカシリ)

【効果】
 ①通常駆動
 ・自身のステータス上昇100%
 ・生物特効100%
 ・悪魔特効500%
 ②限界駆動
 ・自身が味方と認識している者が多いほど、又は死ねば死ぬほど、相手を殺せば殺すほど、通常駆動の能力を強化する
 ・斬りつけた相手を、コドク以外では解除できない呪いに犯す。その効果は未知数だが、やがて死に至る。死ぬまでの時間は相手に依存する。
 自身を呪いに犯した場合、魔剣の能力が切れるまで自身を超強化する。しかし能力の解除と同時に気絶し、3日は目覚めることはない。
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