私が動揺して零した言葉に、ゆらりと幽鬼のような動きでクリムさんは反応した。ポタリポタリと濡れた髪から赤黒い液体を垂らし、深い血のような紅眼でこちらを見つめるその姿は、一見魑魅魍魎の類に見える。況してや、片目だけでなく両眼の瞳孔が獣のソレに変貌しているのだから。
「ああ、随分と遅かったですね。アヤメお姉さま」
一目で正体を見抜かれたことに驚きつつも、すぐに警戒態勢を整える。何があってもすぐに対応できるように、気持ちを押し殺して問い返した。
「クリムさん……これは、貴方が?」
そう言って私は、積み上げられた屍の山を指差した。街の中にあった死体とは違い、惨たらしい有様でかつ悪魔には出来ない全身を蜂の巣にするという殺され方をした人だったものの数々。中には同じようにされバラバラにブチまけられた《メイジ級》の姿もあるけれど、それを上回る量の人……正確には魔族と獣人だが……が、積み上げられている。
「ええ、みーんなわたしが殺したの」
血に塗れながら、満面の笑みでクリムさんはそう答えた。そしてそのまま、両の手に持った銃で骸の山の何処ともしれない場所を指して語り始めた。
「えっと、コレとソレとアレはわたしの姫巫女としての教育係、コレはわたしを犯したゴミ屑、ソレはそれに共謀したゴミ屑で、そこら辺にあるのはわたしをまわしてくれやがった奴ら。コレはわたしに姫巫女を押し付けてくれたクソ女で、そこら辺はわたしに乱暴したハゲ」
まるで、お気に入りのおもちゃを見せる子供のようだった。嬉々として、キラキラと輝いた目で、バラされてブチまけられた人だったものを、クリムさんは指差し語っていく。
「分かりました。もう、大丈夫です」
「えぇ、まだまだあるのに」
その様子に耐えかねて、私はそう会話を中断させた。不満気にクリムさんは頬を膨らませ、けれど紹介はやめてくれた。流石にあんなものを聞き続けていたら、私もどうにかなってしまいそうだ。
「ところで、その両手の銃は?」
「これですか? 死んじゃったお母さんが持ってた魔剣で、名前はレッドキャップって言うらしいです。私の大切な物なんですよ」
「へぇ、そうですか」
ああ、やっぱり。そんな感想が一番最初に私の中で持ち上がってきていた。さっき回収したコドクとは違って、あの魔剣は見間違えようもない。
右手に握られているのは、鎖の紋様が刻まれた鮮血に染まったような6連装のリボルバー。左手に握られているのは、狼の頭部が象られた黒いシンプルな自動拳銃。それは間違いなく、喪失されたとされていたⅡ型魔剣、レッドキャップに違いなかった。
「そんなことより! お姉さまは、コレを見てどう思います?」
「どう、って?」
「突然地下から悪魔が出てきて人を殺し始めたので、いい機会だなって一斉に復讐したんですけど……気持ちよかったけど、共感してくれる人がいないのは寂しくて」
少し照れるようにして言うクリムさんは、それ単体だけを切り取ってみればただ年相応の女の子にしか見えなかった。それ故に、クリムさんが異常であると言うことが、嫌という程によく分かる。
「なんで、そんな相談を私に?」
「最初は違うと思ってたんですけど、わたしとお姉さまって凄く良く似てるんですもん。お互い親を世界に殺されて、その後ずっと世界から迫害されてるじゃないですか」
こともなげに言われたその言葉に、ズキンと心臓が痛んだ。蓋をしていた感情がこじ開けられそうで、思わずエターナルの変形が解除された。両手に握ったエターナルを指が真っ白になるくらい握りしめて、どうにか気持ちが抑えられたのは不幸中の幸いか。
「お姉さまもありますよね? 復讐、しようとしたこと」
「……無いですよ、私は。本当に天涯孤独になったのはつい最近ですし、それからは生きることで精一杯ですから」
ママとパパが私を置いて死んでからも、ボロボロだけどお義母さんがいてくれた。目の前でお義母さんを失ってからは、復讐なんて考える間もなく色々なことがあり過ぎた。
今だってそうだ。ようやく休めると思ったのに、こんなことに巻き込まれてる。
「多分そういう気持ちって、ちゃんと考えられる時間がないと、湧きようがないんだと思います」
「そう……残念。理解してもらえると思ったのだけど」
悲しそうに目を伏せて、クリムさんはそう言った。
でも、私はどうなのだろう。もし私が復讐するとしたら、そんな感情を抱けるほど落ち着けたら──その矛先は、どこに向かうのだろうか。そんなことを考えそうになった瞬間だった。
パンッと、乾いた破裂音が響き渡った。
「なんのつもりですか?」
その発生源は、クリムさんの握る黒の自動拳銃。放たれた弾丸こそエターナルで弾けたけど、いきなり銃撃される理由が分からない。
「少し、お姉さまが妬ましくて。つい殺したくなっちゃいました」
「私は、クリムさんと戦いたくはないんですけどね」
再度放たれた銃弾を弾きつつ、私は苦しいとは分かっていてもそう言った。
「あら、どうしてですか? わたし、こーんなに人を殺したんですよ? 普通極刑ものの重犯罪者ですよ?」
「そんなこと言ったら、私だって似たようなものですよ」
生きていることが許されない存在。捕まえたら一生ものの大金が得られる存在。自分を隠さないと、普通の日常すら送れない存在。ああ確かに、私とクリムさんはどこか似ているのかもしれない。
「それでも、私は決めたんです。私はもう誰も殺さないし、誰も死なせない。少なくとも私の前では。そうするって、決めたんです」
今も目を瞑れば、あの時のことがありありと蘇ってくる。噴水のように溢れ出る鮮血、首を刃が断つ感触、動き無くなった人だったもの、段々と消えていく暖かさ……命の灯火。
まだ、呑み込むことは出来ていないけど。理想論でしかないって、実現なんて出来ないって分かってるけど。それでも私は、そうしたいって思ったのだ。
「そんなの、理想でしかないです。……そう言うなら、わたしこそ殺すべき存在じゃないですか!」
「クリムさんを裁くのは私じゃありません。あと、言ったじゃないですか。私はもう人の命だけは奪いません」
逆に、四肢の1、2本はもう躊躇わない。それくらいなら最悪くっ付けられるし、止めるには一番それが手っ取り早い。そして何より、クハクさんのような事を繰り返したくないから。
「馬鹿でも理想論でも良いです。私、そういうところは親譲りなんで」
告げた瞬間、クリムさんが『キヒッ』と狂ったような笑みをこぼした。同時、この場に満ちる空気が切り替わった気がした。今までの殺伐としながらも会話は出来るそれから、対話の出来ない戦の気配のソレに。
「ああ、お姉さま。お姉さま! 期待外れの所もありましたけど、私の目に狂いはありませんでした!」
恍惚とした言葉とともに、止んでいた銃撃が再開した。更にはそこに右のリボルバーの射撃まで加わり、私は回避と弾くことに精一杯になってしまう。
銃型の魔剣は、9割方銃弾の数は実質無限なのだ。使用者の魔力で弾丸を形成するのに、その魔力は限界駆動すると先払いという前提だが、限界は無いに等しくなる。
こんな武器を作り上げたママが、恨めしくも羨ましかった。
「ゲームをしましょう、お姉さま。私とお姉さま、勝った方が負けた方に何でも言うことを聞かせるの」
「なんで、そんなことを。受ける理由がありません!」
上手く距離を詰めることが出来無いまま、投げ掛けられた問いに私は反論した。どんな心算なのかは知らないけど、今そんな提案に乗る意味がない。
「あら、そうですか? わたしが最後の《メイジ級》がどこにいるのかを知っていて、仲間を呼び出す儀式をしてるのを知ってて放置してると言っても?」
「……へ?」
今、クリムさんはなんと言った?
「そう言う情報は、早く言ってくださいよ!」
「聞かれなかったのだもの、教える必要はないでしょう?」
キヒヒと笑うクリムさんは、心の底から楽しそうに笑っていた。私にとっては、そんな笑っていられるような事態じゃないのに。いや、寧ろ早急にどうにかしなければいけないことが増えた。
「……気が変わりました、そのゲーム乗ります」
「あは、やっぱり乗ってくれました!」
前言撤回。銃撃の雨の中、仕方なく私はその提案を受け入れた。勝ち目がどうかは分からないけど、勝てば一番欲しい情報と正規の魔剣使いという、私以外で唯一頼りに出来る戦力が味方に着く。確かにこの条件なら、このゲームを受けるのはアリだ。
「では始めましょう?
刃金に満ちよ──我が」
満足気なクリムさんが銃撃を続けながら口を開き、詠唱の文言を口にしたその瞬間。私はクリムさんの周囲を爆炎で包み込んだ。常人なら息をしただけで気管が灼け爛れ、急激な酸素濃度の低下にも襲われる必殺の空間。
「すぅ……」
そこに私は、大きく息を吸ってから飛び込んだ。そう、魔剣の加護がある人物ならこれくらいは耐えられる。魔法でも使わないと、息だけはどうしようもないけど。
紅蓮の炎が覆い尽くし視界は無い。臭いも嗅ぐことは出来ないが、音だけは十全に聞き取れる。何せ炎は、私が何よりも聞き慣れている音だ。その中に異音があれば、獣人の血の影響もありその場所を特定するくらいは容易い。
音を頼りに魔剣を振れば、硬い何かすら断ち切り柔らかいものに突き立った感触が返ってきた。だけどまだ、終わりにしてはいけない。あと1動作分くらいは、なんとか息が続く。
「ッ!」
だからこそ私は、追撃として全力の踵落としを敢行した。一応エターナルを傷口から抜きはしたが、それでも確実に大きなダメージとなった筈だ。
そんな確信とともに炎を解除し着地すれば、目の前には出血した大の字で転がるクリムさんの姿があった。両肩の辺りから夥しい出血をしており、右肩は脚甲とブーツ込みの踵落としで砕けているのが見て取れる。
「これで、ゲームは終わりでいいですね。大人しく吐いてくれれば、責任を持って怪我は治します」
クリムさんは最後までレッドキャップを手放さなかったようだけど、効果を使われる前にエターナルに納刀しておく。そして私は、エターナルの切っ先を突きつけて告げた。
傷の程度は、アヤメとしてなら10秒あれば治せるようなレベルだ。一通りの薬は作って保管してあるし、失った血も効果が出ればどうにかなるだろう。
「げほ、ごぼっ……あ、は……最高に、歪んでますね。お姉さま」
「それがどうかしたんですか?」
血の咳をしながらも嬉しそうなクリムさんに、私は素っ気ない言葉で返した。血を吐いたってことは、先に体内の方を治癒した方が良さそうだ。念のため、高位の光属性治癒系の魔法陣を生成して発動を待機させておく。
「いい、え。約束は、守り、ます」
「言質とりましたからね」
歪んでるとかは何のことやら分からなかったけど、約束は守ってくれると信じよう。怪我を癒していく間、妙に大人しい上ニタニタと笑うクリムさんは少し不気味だった。
「それ、一応飲んでおいてください。知ってるでしょうけど、魔法じゃ傷は治せても血は戻らないんで」
「ええ、ありがたく」
紅色の丸薬を数個投げ渡せば、特に躊躇う様子もなくクリムさんはそれを飲み込んだ。物凄く不満気な顔をされたけど、苦さは素材の都合上どうしようもならないから許してほしい。舐めると1時間くらい味覚がやられるけど、その分効果は一級品だから。
「さて、約束通り情報を吐いてくれません?」
「ええ、約束は守ります。ですけど……少し、遅かったみたいですね」
その瞬間、ゾワリと気味の悪い気配が私の全身を突き抜けた。その気配の方向に振り向けば、そこにあったのは淀んだ紫色の光柱。街の再奥から立ち昇るそれは、ビキリと空間にヒビを入れた。
聞いたことがある。十分な餌を喰らい魔力を貯めた《メイジ級》は、高位の魔法を……次元の魔法すら使いこなすと。己の全てを引き換えに、異界へ繋がる門を開くのだと。
「どうして、こんなことになるって知って放置したんですか」
ヒビの入った空から、悪魔が零れ落ちてくる。際限なく、滝のように溢れ出てくる。最下級の《レッサー級》、蠍型の《ソルジャー級》、獣型の《ビースト級》、空を舞い始める《レイ級》。《メイジ級》と最上位種の《デストロイ級》がいないことだけが救いだろうか。
それでも、軽く空と大地を埋め尽くすそれらは……もう手の施しようがないくらい、深刻な事態の発生を意味していた。
「どうして、私をぐちゃぐちゃに犯した癖にのうのうと生きてる奴らとか、その親類を生かす必要があるんです?」
毒を吐くクリムさんの目は、笑うでも喜ぶでもなく、微かに揺れていた。まるでこんなの想定外だと言わんばかりに。
「その話、少しは嘘が混ざってますよね」
その様子とクリムさんの言葉、そして街中で見た死体。それら全てを符合して線で繋げば、自ずと答えは見えてくる。
「……」
「別にクリムさんは、この街の人間全てを恨んでる訳じゃないんでしょう。じゃなきゃ、苦しむだけの傷を負った人達に一撃でトドメを刺したりなんてしません」
ステータスを除いてみたところ、治癒系の魔法もスキルもクリムさんは所持していない。なら、苦しみの末死ぬより一瞬で楽にしてあげたほうが救いがある。
「それに……いや、こっちは辞めておきます」
復讐っていうのは、復讐者本人と被復讐者の間だけで成り立つものの筈だ。少なくとも、私の知ってる復讐者は全員そうだった。他人に何かを求める時点で、復讐者になりきれていない。
でも今そんなことを言っても、クリムさんを動揺させるだけで何の意味もない。むしろ私にとってマイナスにしか働かない。
「それよりも、アイツらを殺し尽くすこと、協力してもらいますよ」
納刀していたレッドキャップを投げ渡しながら私は言った。そんなしょうもないことより、あれを放置しておくことの方が大問題だ。
「……ええ、鏖殺の宴を始めましょう!」
釈然としない表情のクリムさんだったけれど、魔剣を手にした途端戦に赴く者のそれに切り替わる。私もエターナルを大鎌にして持ち替え、頷いて答えた。
「「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
魔剣がその存在意義を果たす時が来た。
さあ、悪魔狩りの時間だ。