「「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
悪魔の軍勢を前に、紡ぐのは魔剣を解放する言葉の始まり。私は最期のユメウツツを、クリムさんは両手のレッドキャップを解放する詠唱を紡ぎ始めた。
「紅頭巾のお姫様、彼女は今や腹の中。飢えた餓狼に飲み込まれ、かつての美貌は溶け落ちた」
膨れ上がるクリムさんの魔力は、私が直で触れたことのある魔剣の中で2番目に嫌な気配を纏っていた。三日月のように釣りあがっていく頬とそこから覗く鋭い犬歯が、その暴力的な印象を加速させる。
「ああ汚らしい穢らわしい、だから全てを壊しましょう
腹を引き裂き生まれ出て、鮮血の頭巾を被りましょう?」
私がユメウツツから漏れ出た魔力の虹光を纏うように、クリムさんは血のようにどす黒い赤光を纏っていく。主に頭部に集中しているそれは、見ようによっては赤い頭巾を被ってるようにも見えた。
「
詠唱を続けている私たちのところに、足の速い《ビースト級》が10体ほど先行して来ていた。それを見逃すつもりはないし、当然食われてやるつもりもない。
だからこそ私は、詠唱を続けながら大鎌で斬撃した。威力も精度も万全の時には及ぶべくもないけど、今の私であればそれでも十二分な威力を持っていた。
首が飛ぶ。首が飛ぶ。首が飛ぶ。首が飛ぶ。
大鎌の走った軌跡通りに、悪魔を構成するパーツが飛ぶ。本来の『悪魔を殺す』という役目を果たした魔剣は、今までより数倍以上の鋭さと威力を発揮していた。
「「
「
「
詠唱が重なり紡がれたのは、『現実で戦う力』と『夢に逃げる力』という真逆の意味を持つ
「クリムさんが言った通り、所詮私たちは犯罪者。増援なんて期待しないで、突っ込みますよ!」
「始まりから絶体絶命、昂りますねお姉さま?」
大振りの斬撃で悪魔をバラしながら問い掛ければ、答えは多数の銃声とともに返ってきた。見れば、物陰にいた《レッサー級》が血のようなものを流し崩れ落ちていた。
「全く、ないですよそんなこと!」
魔剣レッドキャップの能力は、左右の銃で別々の複雑なものになっている。リボルバー側の能力は、必中と確実に致命的な場所を射抜くこと。自動拳銃側の能力は、相手の死角へ銃弾を飛ばす力と自身の延命というもの。
だからさっきは何もさせずに倒したけど、味方になってくれる分には心強い能力だった。
「あまり長居はしてられません、行きますよ!」
雑に悪魔を斬り捨て撃ち殺し、私たちは揃って半壊した建物に飛び乗った。状況の確認と、自らを餌にすることで少しでも生き残りの犠牲を減らすために。
「クリムさん、貴女が殺してない人がどこにいるか分かりますか!?」
「さあ? でも、逃げ場所なら知ってますよ。領主の館です」
「裂け目のすぐ近くじゃないですか!」
昨日私も泊まったイレーネさんの館。そこは《メイジ級》が生み出した裂け目の直下……とまではいかないが、直近と言って問題ない距離にあった。
当然、そんな場所にあるなら襲撃を受けない道理はない。高所に登ったことによって、そこで行われている戦闘の光がよく見えた。
「《レイ級》が20、《ビースト級》が50、その他が沢山といったところですかね。どうしますの? お姉さま」
「助けるに決まってます!」
まだロクに調べられてもいない魔剣に頼りたくはないけど、今私が出来ることの中でそれが一番効率がいい。さっきの結果通りなら、少なくとも目視の範囲内では全て効果圏内だし。
そう考えていれば、御誂え向きに1匹の《ビースト級》が飛びかかってきた。しかしその牙も爪も尾も、夢の氷に捕らわれ私たちを捉えることはなかった。
「呪い殺せ、コドク」
・呪いは悪魔に感染する
そのがら空きの胴体に大鎌の刃を差し込みつつ、逆の手で空中にチョークの文字を描いた。瞬間、あの狼と同じように悪魔の全身に紋様と共に呪いが広がってゆく。
『Jkng okt……』
そしてゴボリと口から血のような液体を吐き出し、大鎌を突き立てた《ビースト級》は沈黙した。
その直後、身体を内側から掻き混ぜられるような感覚が走る。更に魔力もかなりの量吸い上げられ、両腕を蝕むコドクが描いた紋様に激痛が走り、私は思わずその場にへたり込んでしまった。
「ぁ……う、ぐ」
そんな未知の副作用が発生した瞬間のことだった。目に見える範囲の悪魔全てが、その動きを止めるか鈍らせた。
本来なら実現不可能な魔剣同士の合わせ技、その効果は絶大という他なかった。
「大丈夫ですか? お姉さま」
「ええ。まだ、休むわけには行きませんし」
それでもまだ足りない。コドクの放つ呪いが悪魔を殺すより、《メイジ級》が生み出した裂け目から悪魔が湧き出すペースの方がずっと早い。裂け目を塞ぐか破壊しない限りは、この侵攻は止められそうになかった。
そんなことを考えていると、背後から鬨の声が上がった。どうやら、外で戦っていた人達が街の中に突入してきたらしい。今なら確かに、外にいたあの人たちでも悪魔を殺すことが出来るだろう。なんて考えている私の隣に、見慣れた紅色が現れた。
「
それは、疲労と土の汚れが見える私だった。チョークの能力で生み出した私の分身は、
「《メイジ級》が割れ目を作って、街全体が襲撃されてる。コドクで呪ったけど、出てくるペースの方が早い」
「了解。
「了解」
簡単な状況把握だけ済ませて、もう1人の私は離れていった。自分でやっておいて気持ち悪いけど、お陰で片方に集中出来そうだ。
「お姉さまが、2人……? いえ、今のは魔剣?」
「私の正体といい、なんで分かるんですか……」
フラつきを我慢して立ち上がりながら、私はそうクリムさんに問いかけた。私がスキルを使っても、私としか判別できない奇妙な状態なのに何故バレたのか。これが分からないことには、これからこの手を使っていけるが分からないし。
「ああ、それですか。獣人と魔族の混血だからか、私は特別目が良いんですよ。普段は片方に抑えてますけど」
そう言って自分の瞳をクリムさんは指差す。確かにその縦に割れた瞳孔は、最初にあった時と違い両目になっている。それに近くでよく見れば、瞳の奥に魔法陣のようなものが回転しているのが見えた。多分これは、所謂『魔眼』という得意な性質を持った眼なのだろう。
そこに『魔眼』があると言う前提を強く意識して鑑定系のスキルを使ってみれば、確かに魔獣の瞳なるスキル表示を見つけることが出来た。
「あ、あの、お姉さま? 顔が近いです……」
「? 目を見るんだから、近寄らないとダメじゃないですか」
まあ、確認は取れたからそれで良いか。そろそろ腕の痛みにも慣れてきた頃だし。そう判断して、私は大鎌を肩に担いだ。更に担いだ大鎌に、私が施し得る全ての強化を掛けていく。
「それはそうと、あの裂け目、壊しに行きますよ」
「でもどうやるんですか? いくら魔剣があるとは言っても、私のもお姉さまのもそういう魔剣ではないですよね?」
確かにそうだ。私が所持している4本の魔剣の中で、なにかを壊すことに特化したものは存在しない。お義母さんの形見である聖剣なら出来るかもしれないけど、アレは未だに少しの力を貸してくれるだけだし。でも──
「大丈夫です。私がぶっ壊します」
やれないことはない。チョークの残り6回分の言葉に力を与える能力。ランダム性が強い代わりに現実を改変するユメウツツ。そして私自身の魔法陣鋳造による同じ次元属性の付与と、魔法を破壊するための技術。その全てを組み合わせれば私程度の力でも、あの裂け目は破壊できる……筈だ。
「ですが、それに集中するので暫く襲われても回避くらいしかできません。なので露払いと護衛、頼みますよ」
「良いですよ。ああ、お姉さまの安全を私が握る……良い気分です」
心配になるようなことを言ってはいるけれど、今も破れかぶれの突撃をかましてきたレイ級を撃ち落としてくれている辺り、案外クリムさんの根は優しいのかもしれない。
そんな感想を抱きつつ、脳内に無数の魔法陣の図面を描きながら駆け出した。クリムさんの全速力で走るため、裂け目までの時間は何事もなければ推定1分。その間に全ての準備を終えなければならず、けれど近づけは近づく程敵の数は増大していく。
「キヒ、キヒヒ、ヒハハハ!!」
本当なら迎撃だけで何も出来なくなる悪魔の群れは、奇妙な笑い声と共に塵屑の様に打ち捨てられていく。
赤いリボルバーから放たれた大口径の銃弾が、ジグザグに軌道を変えながらも悪魔の頭部を射抜く。黒い自動拳銃から連射された銃弾が、ありえない方向から悪魔を蜂の巣に変えていく。そうして作られた悪魔の死骸を避け、時には蹴り飛ばしながら進むだけで良いのだ。裂け目に接近することは、極めて容易だった。
「30秒任せます!」
そう言い切り、私は迎撃や警戒を完全にやめる。その代わりに、全力で魔法と魔剣の力を行使した。次元を切り裂く魔法の陣を計50個、魔剣のブースト頼りで射出成形して並列起動。それに合わせて左手を動かし、5つの文を空間に記した。
・其は魔を断つ刃である
・其は魔を祓う刃である
・其は死を齎す刃である
・其は界を断つ刃である
・其は悪を討つ刃である
血と臓物の雨の中、増大する力に任せて空中を踏みしめ、空へ向かって駆け上がる。そうして辿り着いた裂け目。近距離で見たそれは『世界に穴が空いている』という印象だけを強烈に植え付けてくる、空間に出来たひび割れと黒い平面だった。
「せいっ、やぁぁぁぁぁっ!!」
身長を遥かに超える大きさのそれに向けて、私は全力の斬撃を叩きつけた。確かな手ごたえと共に、数匹の悪魔を両断しながら大鎌は、虹の尾を引いて亀裂を通過した。
次瞬、ガラスが砕け散る様な音が鳴り響き、空が割れた。否、正確には《メイジ級》が生み出した空間の割れ目が、砕け散ったのだ。『3次元に空いた、2次元的な穴から剥がれ落ちていく穴』という、目で見ても言葉にしても意味不明な物体を撒き散らしながら。
「ふっ」
援護射撃を受けながら、斬撃を繰り返しつつ壊れた建物の上に着地する。懲りずに襲ってきた悪魔を斬り払いつつ空を見上げれば、不気味な裂け目は完全に消失し、そこにはいつもの空だけが広がっていた。
ああ、安心した。その光景を見て最初に思ったのは、そんなことだった。残敵掃討も、コドクの呪いが入っているお陰で魔剣を持たない普通の人でも簡単に済むだろう。呆気ない幕切れにすることが出来て、本当に良かったとそう思う。
そう、気を抜いたのが間違いだった。
「お姉さま!」
「あぐっ」
どこからともなく飛来した
魔剣で能力が強化されるとは言っても、こういう部分はファンタジーに機能してくれないのが残念でならない。
「く、うぁあッ!」
崩れ落ちた私に近づいてきた気配に対し、無理やり大鎌を振るって距離を取らせる。さらに追い討ちで放たれた銃弾によって、恐らく私に弓を射かけてきた下手人は大きく飛び退いた。
誰だと怒りを込めて見据えたその人物は、たった今私が庇おうとした館の主人であるイレーネさんその人だった。
「大罪人アヤメ・キリノ! 領主権限で貴様を拘束する! 無駄な抵抗をしなければ、寛大な処置を約束しよう!」
ああ、遂にこの時が来たか。この姿を晒した以上、いつか敵対的な人物に見つかるとは思ってた。……いや、寧ろ今までの人の方がおかしいのだ。何せ対外的には、私は世界を滅ぼしつつある人物の娘。目の敵にされないわけがない。
「誰が、大人しく捕まるもんですか」
一度捕まったら最後。どうなるかは目に見えている。地球でかつてあったという、魔女裁判と同じだ。あることないこと、何もかもを強制的に認めさせられる。抵抗しようものなら、魔法がある分地球のそれよりもよっぽど凄惨な目に遭うことは間違いない。
でも、人を殺すことはもう嫌だ。絶対にやりたくない。だから──飛び込んで来た紅の影に、私は全力で大鎌を叩きつけた。
「貴女を、止める!」
「はっ、やれるものなら!」
現れたのは、言うまでもなく私の分身。
始めるのは盛大な一人芝居。多少
そう考えながら、私は街の外に向かって行く、真剣勝負のような戦闘を開始した。
《Ⅱ型魔剣 : レッドキャップ》
赤い、血に濡れたように赤いリボルバーと狼の頭部が象られた黒い自動拳銃で一対となっているⅡ型魔剣。赤いリボルバーには鎖型の紋様が刻まれており、双方弾は使用者の魔力を消費して自動生成される。
所持者 : クリム・ティーク
【能力】
基準値 : A 限界値 : A+
照準 : A 範囲 : D 操作 : A+
維持 : A 強度 : C
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
紅頭巾のお姫様、彼女は今は腹の中
飢えた餓狼に飲み込まれ
かつての美貌は溶け落ちた
ああ汚らしい穢らわしい
だから全てを壊しましょう
腹を引き裂き生まれ出て
鮮血の頭巾を被りましょう?
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇90%
・生物特効100%
・悪魔特効500%
②限界駆動
《自動拳銃側の効果》
・銃弾を相手の死角に転移させることができる
・致命傷を負った場合、Aglを一定値永続的に減少させる代わりに再生する
《リボルバー側の効果》
・放った弾丸に魔力が続く限り必中の概念を付与する
・相手に防がれない限り、必ず銃弾は弱点を射抜く