銀灰の神楽   作:銀鈴

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紅の姫君【09】

 逃走のために打った一人芝居を終えて街に帰還した私は、そのまま奇跡的に半壊で済んだ宿に直行した。

 当然アヤメとして活動していた時の痕跡は全て禊いで、分身を消しアヤに戻ってからのことだ。そうしてロクに挨拶もせず、そのまま部屋を封鎖して、ベッドに倒れこんだ辺りで記憶はプツリと途切れている。

 

 そして私はやはり、魔剣の夢を見た。

 

 片方はコドクとその担い手の夢

 珍しく、この記憶は俯瞰するような視点で始まった。それで分かったことは、コドクの前の担い手だったアナベル……だったっけ。その人は、案の定私とクリムさんを送り出したあの男性だったこと。そしてその他の私の推測を裏付けるように、記憶の濁流が流れていく。領主だったこと。イレーネさんの夫だったこと。コドクの力を嫌っていたこと。その、死の瞬間。やっぱりそういう結末になったのかと、そう思った瞬間。()()()()()()記憶の再生が始まった。

 

『おっ、いたいた。にしても、随分損壊か酷えな……』

 

 聞き覚えのあるそんな声とともに現れたのは、茶色の大きな外套ですっぽりと姿を隠した小柄な影。その姿を見て、脳内に電流が走った。ああ、そうか、この人が視線の主だ。自然と、私の頭はそう認識していた。

 

『悪ィな、私もこんなこたぁしたくねぇんだが。アイツの力を測るためなんだ。許せ』

 

 そう言った小柄な影の額に、微かであるが光る紅色の宝玉が見えた。その光が消えると同時、私の目の前であり得べからざる変化が連続した。

 まず、自爆同然の魔法を放った後バラバラにされたアナベルさんの身体が、継ぎ接ぎながらも元の形に再生し、目を開けた。次に、再生したアナベルさんの前身から、クリフォトと同質の結晶が全方位に向けて生み出された。

 最後に、その結晶に触れた周囲の死骸と魔剣を取り込み──私が殺した、コドクを咥えていたあの結晶憑き狼の姿に変性した。

 

『5年、5年も私たちは待ち続けたんだ。お前に殺されればそれまで。もしお前を殺すまで成長していたなら……』

 

 そして、そこで見ていた記憶は途切れた。

 

 

 チャンネルが切り替わる

 

 

 気がついた時私がいたのは、チョークの時にも見たあの白い混沌とした空間。その空間にある炉の前で、やはりママがドス黒い血溜まりを作り俯いていた。鈍色の鎖で雁字搦めにされた、コドクを両腕に抱くようにして。

 

『やっぱり……この子は、誰にも渡せない。物理的にも、精神的にも、毒性が強すぎる……』

 

 その言葉から、視点が私のママの物に映った。同時に左眼から、私には耐えきれそうもない程大量の情報が流れ込んできた。そういえば、ママの左眼は情報を常時解析し続ける魔眼だったっけ?

 そんな思考にでも逃げないと、自我が押し流されてしまいそうな情報圧。殆ど読み取れなかったその中から、汲み取れたのは暴走の一文だけだった。

 

『せめて弱体化……ううん、もう一本魔剣を使えれば、きっと……』

 

 そのままママは、フラリと力なく崩れ落ちた。ドチャリと水っぽく音が響き、服に血が染み込み、その臭いを獣人混じりの鋭敏な感覚に叩き込んでくる。

 

『なあ、イオリ。まだ、そんな無茶を続けなきゃいけないのか?』

 

 ママが目を閉じてから十数秒、上からそんな声が聞こえた。目が開けられて見えたのは、顔を心配そうに歪めたパパの姿。

 

『……うん。まだ、まだティアの視た未来を回避できる可能性は、30%くらいしかないから』

『試作型は、各大陸に5本も配ったのにか?』

『うん、まだダメ。30%じゃ、私たち全員の命を賭けていい確率じゃない』

 

 と言うことは、このコドクが造られたのはかなり後の方らしい。でも、一本一本がオーパーツ級の魔剣がそれだけあって、その目指す未来が実現する確率は30%とは……一体、どれだけの規模の話なんだろうか。

 

『それでも、俺は大切な奥さんがこんなになってまで武器を鍛えるのを、見たくないんだ……』

『んもう、わがままだなぁ。ロイドは』

 

 ……この歳になって見せつけられる親のイチャイチャって、なんだろう。かなり恥ずかしい。

 

『でもね、私もロイドも、今英雄って呼ばれてる人たちは、どうあがいても全員死ぬんだよ? なら寿命削ってでも、私は次代に繋ぎたいよ』

『それは……そうだが。もうイオリの寿命、20年も残ってないだろ!』

『あはは……バレちゃってたか。でも、魔剣を打つには、命を込めないとだから』

 

 そして、ポロっとそんな重大な情報を零した。つまり私の持ってる……いや、全ての魔剣はママの命そのものだった?

 

『大丈夫、今度は、ちゃんと、使える魔剣を作る……から』

 

 その言葉を最後に視界が暗転した。

 

 

 チャンネルが切り替わる

 

 

 次に見たのは、レッドキャップとクリムさんの夢。そこで私は、人の見たくもない汚い部分を見せられた。

 また俯瞰視点で始まった夢。そこで最初に映ったものは、暗い暗い牢獄の中だった。その中に、ボロ切れの様なものを着せられ鉄球のついた枷をつけられた黒髪の少女……クリムさんがいた。

 

 巫女、選ばれた人間、大切な姫。そんな言葉を並べ立て、行われていたのはエロ同人のそれ。高速でその風景が流れていく中、目を背けようとした時牢獄の床から2つの物体か顔を出した。今考えれば分かる、赤ずきんの童謡をベースにした、極めて危険な妖精と同一の銘を持つ二丁の魔剣が。

 

『貴方は……?』

 

 光を失った目で問い掛けたクリムさんが柄を握った途端、その眼の色が変わった。物理的には縦に割れた瞳孔が片方から両方に、気配としては無気力から殺意へ。

 

 そして、惨劇の幕が上がった。人が死に、獣が死に、血が流れ、1つの施設がこの世から消えた。その破滅までの光景を見せられる中、1つの意思が流れ込んでくる。

 

『私をこんな目に遭わせた奴らなんて、全員ブチ殺してやる。同じことをやり返してやる』

 

 つまりは、私と会った時のクリムさんの方が猫を被っていたということなのだろう。人を見抜く目とか言っておきながら、勘違いも甚だしい。

 

『何れ貴女もわかりますよ。お姉さま?』

 

 最後にそんな、今までにはなかった語り掛けで夢は終わった。

 

 

 チャンネルが切り替わる

 

 

 再び私の目に映ったのは、見慣れた我が家。そのかつて営業していたお店の部分。そこでは今、目元に大きなクマを作ったママと、軽装の鎧を纏った黒髪の獣人女性が話し合っていた。

 

『本当に、この子で良いんですか? 多分貴女なら、もっと便利な子にも認めて貰えると思いますけど』

『いえ、そういうのは、私なんかよりもっと良い人に。私は精々、私の見てる世界を護れればいいだけだから』

『分かりました。でも正直、その子はまだ試作機です。どんな不具合が起きるか分からないので、何か起きたらすぐに来てくださいね?』

『ええ、大切な力だもの。その時が来たらお願いするわ』

 

 そんな会話の直後、家のある方から赤ちゃんの泣き声が聞こえた。同時、私は直感する。これは私の声だ、と。

 

『すみません、ちょっと空けますね』

『本当に、子どもがいたのね』

『はい。私とロイドの、最愛の娘です』

 

 疲れ切った顔でもそう言われると、少し面映ゆい。

 

『ちょっと待ちなさい。貴女、その顔で娘に会う気?』

『そうですね……流石に12徹もしてますし、ちょっとズルしないとですね』

 

 そう言って母は、突然現れた銀色の門の中に手を突っ込んだ。そしてそこから黒い脳のような形状の物体を取り出し、その魔剣と同質の何かを起動した。

 直後、見る間にその身体から疲労のような物が抜けていく。数秒後には、幼い頃の私が見慣れた元気な母の姿がそこにあった。

 

『他人には安全性が低くて使わせられませんけど、Ⅱ型の無限駆動の原典です。これなら問題ないですよね?』

『確かにそうね。でも、幾ら世界の危機だからって、働き過ぎよ英雄さん』

『ご忠告感謝します』

 

 そうしてママは、我が家の方に消えていった。これがママが生きてた時代の魔剣の受け渡し方だったのか……そう感慨を覚えている間に、段々と意識が遠ざかっていくのを感じる。

 

 そういえば、なんで私はこんな夢を観れるのだろうか?

 

 

「……朝、か」

 

 疑問の答えを出す前に、半壊した宿屋で私の目は覚めた。仕込み仕込んだトラップが作動している辺り、押し入ろうとした事実はあったようだ。

 

「まあ、突然閉じこもったし仕方ないか」

 

 そう呟いて、凝り固まった身体を伸ばすように伸びをする。バキバキと鳴る音と疲労感からして、大体寝てたのは2日くらいかな? 魔剣の能力はあくまで先払い、生命維持はされるらしいけど、回復するまで動けないのはちょっと困る。

 

「それにしても……」

 

 ガリガリと頭を掻き毟り、大きな溜め息を吐いても心が落ち着かない。あんな断片的な、本物だという証拠もない映像だけで決めていいのか分からないけど、つまりはそういうことなのだろう?

 

 今まで気にせず殺してきた結晶憑きは、人が素材となって作られていた。

 その性質が変わることはない筈だから、それでも私は結晶憑きを殺さなきゃいけない。

 それらを殺す決定打になる魔剣には、私のママの命が込められている。

 そして何より重要な情報が、私の力を試して何かさせようとしている人物がいる。それも複数で、英雄戦争が終結した頃から活動していること。

 

「わけわかんないよ……」

 

 私はパパとママの娘であること以外、特別なものはなかった筈だ。一般人の身分で大貴族級の教育こそ受けられたけど、今の時代珍しいことでもないし。

 それがなんで、今も私を見てる視線の主に。いや、視線の主みたいな奴らに試されないといけないんだろう。魔剣を集めてるから? 私が大犯罪者(エイユウ)の娘だから? この混乱した頭ではそれくらいしか出てこないけど、結晶憑きを生み出すような奴らに付け狙われる理由にはならない。理不尽だ。そう、理不尽が過ぎる。

 

「もう私、疲れたよ……」

 

 手が血に染まっている気がする。人が全て悪意の塊に見える。修復されていく街が怖い。結晶憑きの真実に気付きたくなんてなかった。色々な感情がドッと溢れてきて……もう、心が疲れてしまった。

 

 悪魔を1匹残らず根絶やしにしたいなんて、仄暗い火種が生まれるくらいには。

 

「とりあえず、ご飯にしよ」

 

 普段なら何か料理でも作るけど、今はそんな気も起きなかった。だから適当な保存食をモサモサと食べながら、暴発しないように部屋に仕掛けた罠を解除していく。

 

「まっず……」

 

 栄養だけ満点なカロリーバー擬きは、口の中の水分を持っていくだけで特に味という味を返してくれない。まるで消しゴムを食べているようなその食感が、今は私を正気でいさせてくれる気がした。

 

「随分遅いお目覚めですのね、お姉さま」

 

 罠を全て解除し終わった頃、扉を開けて最初に会った頃のクリムさんが顔を出した。その表情には、あの魔剣を使っていた時の面影は微塵も感じ取ることができない。

 

「こっちは貴女と違って、貴女に掛かってた追手の方まで相手してましたからね」

「ああ、成る程。それはそれは」

 

 白々しい。あの本性……で、いいのだろうか。あれを知ってしまった以上、過去を見てしまった以上、今のクリムさんの態度はそうとしか思えなかった。

 

「というか、今の巫女姫としての姿と、あの時の虐殺していた時の姿。どっちの貴方が本物なんですか? クリムさん」

「その質問、そっくりそのまま返させてもらいますお姉さま。貴女は、どっちの姿が自分だと思ってるんですか?」

「それは……」

 

 答えられなかった。今の私は、どっちなのだろうか。姿は確かにアヤ・ティアードロップだけど、経験としてはアヤメ・キリノで心もそう……な筈だ。

 

「私は、アヤメだよ。どこまでいっても多分、それは変えられないと思う」

「へぇ……なら、わたしは復讐者ですね。きっと、どこまでいっても」

 

 迷いのせいか、疲れのせいか、あの時感じた復讐者になりきれてないことの指摘を言う気力すらない。もう、なんというか、人の暗い部分は暫く見たくない。ゆっくり休みたかった。

 

「かもしれませんね」

「あら、つれないですね……何か嫌なことでもありましたか? お姉さま」

「貴女の過去を見せられたり、色々と」

 

 ッと、クリムさんが息を飲んだ。あの夢の中で話し掛けられたとは言え、どうやら現実での認知はないらしい。

 

「……どこまで」

「さあ? 監禁されて嬲られて、魔剣を手に入れて、虐殺したところくらいです」

 

 だからだろうか、現実感もなしにそんなことを言ってしまった。首筋を掴まれ持ち上げられたところで、その致命的なミスに気がついたけど時すでに遅し。レッドキャップを額に突きつけられ、命の危機に陥っていた。

 

「人の過去を……どうやって!」

「私にも原理は分からないんですけど、偶に見えるんですよ。まあ、それでいい思いをしたことなんて一度もないですけど」

「ッ……でしょうね!」

 

 家族の温かさを思い起こさせられたり、死にそうなママを見せられたり、惨劇を追体験させられたり、全く良いことなんてない。眉1つ動かさないようにしてそう言うと、幾らか落ち着いたようで私を床に下ろしてくれた。

 

「それより、そのレッドキャップ少し貸して貰えません? 初期型な分、不具合が出てるかもしれないので」

 

 さっき見た夢が真実なら、レッドキャップは10年……下手したら15年はずっと駆動していたと言うことになる。それも恐らく、整備の回数は必要最小限で。

 

「そう言って、奪い取ろうとしてるんじゃないでしょうね」

「確かに私は魔剣回収の依頼を受けてますけど、今回は別です。単純に、道具が整備されず使われてるのが嫌なんですよ」

 

 ママの血を受け継いだからか、そういう所だけは見て見ぬ振りが出来なかった。というかさっき覗いた銃口から、ちょっと汚れ見えてたし。

 

「心配なら、そこで見ててください。多分1時間ちょいで終わらせますから」

「……分かったわ」

 

 それにきっと、道具弄りをしていた方が私も落ち着けると思うから。そんな本音を噛み殺し、私は仕事を始めたのだった。

 

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