銀灰の神楽   作:銀鈴

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紅の姫君【終】

 カチャカチャと静かに響く金属音。磨くことで汚れが落ち、元の輝きを取り戻していくパーツ類。メンテナンス用のオイルがパーツの輝きを際立たせる。組み込まれた魔法陣が合致することによる、綺麗な魔法用の回路。そして組み上がった時に見せる一体感。

 

 一鍛冶師としてはどこまでも敗北感を感じてしまう完成度の作品だけど、それでもやっぱり魔剣レッドキャップの整備は楽しかった。さっきまでの荒んだ心に、新鮮な風を送り込んでくれた。辛うじて、私を私のまま保ってくれた。

 

「よしっ、完璧。では、そこら辺の壁に試し射ちしてください」

「一応わたし、姫巫女の立場なんですけど……」

「撃ってください」

「お姉さま、人が変わってません?」

「早く」

 

 自分では完璧な仕事をしたつもりでも、実際使って見たら変に変わっていた。それじゃ話にもならないし、第一鍛冶師として失格だ。

 だからこそ、少しの恐怖を無視して勢いで押し切った。お義母さんに教えてもらった通り、ちゃんと誠意を見せるために笑顔で。

 

「仕方ないですね……」

 

 そう言ってクリムさんがレッドキャップを受け取った瞬間、魔剣としての機能が正常に作動する。通常駆動は問題なし。探りを入れて見れば、限界駆動用の回路もちゃんと励起されていた。これならちゃんと機能してくれる。

 

「あの、お姉さま。そんなに見られると、やり難いんですけど」

「気にしないで下さい」

 

 またちゃんと笑顔で言ったのに、何故か引きつった表情をされてしまった。訳がわからない。それでも、一応こちらのオーダーには答えてくれるようで。

 乾いた、軽い銃声と重い銃声がそれぞれ6発放たれた。弾道のブレ、なし。弾の生成機構、問題なし。シリンダーの回転、正常。明らかに趣味でつけられてた排莢機能、パーフェクト。

 

 ああ、気持ちが良い。完璧に動作するよう緻密に作られた機構が完璧にその役割を果たす。それを自分の手で組み上げたのだから、満足感は普通の比ではない。()()()()()()

 

「全然違う……」

 

 自分の行った仕事に満足していると、クリムさんがポツリとそんな言葉を零した。鍛冶師……ではないかこれは。でも、整備した甲斐がある。

 

「そりゃあ前の使い手の時は兎も角、クリムさんの手に渡ってから、ロクに整備してないでしょう? 幾ら魔剣でも、それだけ未整備なら変わりますよ」

 

 そう言い切って、使っていた道具を全てスキルの中にしまう。そして代わりに取り出した、道具を詰め合わせたケースを放る。

 

「それあげるので、偶には整備してあげてください。無整備状態だったせいで、魔剣に要らない【狂奔】の状態異常を付与する能力が出てましたし」

 

 本当ならレッドキャップを回収するべきなんだろうけど、今回は見送りだ。最後に手を貸してもらった礼もあるけど、今奪ってもクリムさんの命を奪う結果になりかねないし。

 私には、人の命を奪ってまで魔剣を回収する意味が、その先にあるという答えの価値がもう分からない。

 

「感謝します。ですので、代わりに1つ、お姉さまが眠っていた間の情報をあげます」

「なんです?」

「今この街、お姉さまを復興の旗印にしようとしていますよ」

 

 またそれは、面倒な。もう私はこの街に関わりたくないと言うのに。ママの字が書かれた手帳は気になってたけど、封印が解けた以上もう意味もないだろうし。

 

「情報ありがとうございます。私はすぐに出発しますけど、クリムさんはどうするんです?」

「そうですね。粗方殺しましたし、目ぼしい物も奪ったので逃げますかね」

 

 いやらしい笑みを浮かべ、クリムさんはそう言った。多分私が一芝居うってる間に、壊れた街の中からドサクサに紛れて色々と回収してたんだと思う。きっと、相当財布が潤ったことだろう。

 

「そうですか。では、ここでお別れですね」

「ええ、ではまた()()()

 

 殆ど寝起きの私とは違って、準備なんてとっくに終えていたのだろう。即座に窓から出て行ったその姿は、壊れた景色に紛れすぐにどこかへ消えてしまった。

 

「私も、行かないと」

 

 手櫛でボサボサの髪の毛を梳かし、低い位置でポニテに纏める。その後《クリーン》の魔法も併用して、全身の汚れを体臭ごと消去。偽装用のネックレスと魔剣を装備し、服装をいつもの旅装に変え、魔女帽を目深に被る。元々手荷物はないし、それで私も準備完了だ。

 

「でも、何処に?」

 

 自問自答しても、答えは出てきてくれなかった。面倒ごとは嫌だからここを離れるのは決めてるけど、かと言ってどこか行きたい場所があるわけでもないし……

 

 大きくため息を吐きながら部屋から出て、流れ作業のように宿をチェックアウトする。街に戻ってきた平和は、直視するとやっぱり胸が痛む。まるで私なんかが居てはいけない空間に思えて、キリキリと心が締め付けられる。

 

「あら、アヤさん。ここにいらしたんですのね?」

「イレーネさんですか。なんの御用で?」

 

 話しかけてきた声に、フラッシュバックしかけた光景を振り払い、なんとか目を合わせて返答する。分かっていたことだけど、(アヤ)(アヤメ)でこうも対応が変わるのはやっぱり辛い。

 

「不躾なお願いなのですが、この街の復興を手伝っていただけないでしょうか? 無論、料金は用意いたします」

「お断りします。しばらく、1人になりたいんです」

 

 事前情報通り、お願いの内容はそんなものだった。本当にもう、しばらく人とは会いたくない。多分王都にいた頃の私なら受けてたと思うけど、無条件に人を信じるのは、今の私にはもう出来そうにない。

 

「それなら、私が貴女を指名して依頼します」

「私、基本道具も薬も作りますけど、そういうのは専門外なので。多分他の人に頼んだ方が良いですよ。お金の無駄です」

 

 でも、ギルド経由の正式な依頼じゃないとは言え、バッサリ断るわけにはいかないのもまた事実。基本的になんでも自由な反面、そういう部分はギルドという組織は厳しいのだ。

 

「ですけど、そうですね……治療用のポーションくらいなら渡せます。代金は、復旧してからギルド経由でいいので。どうします?」

「分かり、ました。今は何より、物資が必要ですから」

 

 それなら毎日練習として作ってるから、使い切れないほどあるし。そう思って出した苦し紛れの答えだったのだが、予想よりも簡単にイレーネは折れてくれた。

 

「了解です。えっと……じゃあ、ここら辺でいっか」

 

 今まで歩いていた道の端、建て直されたらしい建物の玄関口に数個の樽を置く。確かこの樽1つで200ℓだし、3つも有れば十分でしょ。

 

「それでは」

 

 そう言って、一方的に私は会話を打ち切った。そしてもう誰とも目が合わないように、俯きがちに早足で歩いていく。

 それでもやっぱり、コートに紅のポニテと魔女帽という私の格好は目立つのだろう。獅子奮迅の活躍をした(ということになっている)私に、何人もの人物から「ありがとう」などの言葉がかけられる。

 

「煩いよ……静かにしてよ……」

 

 今までならきっと、それを素直に受け止められた。でも今は、その裏にヘドロみたいな悪意を幻視してしまう。この街で起きていたことを黙認していたと思うと、これっぽっちも嬉しくなんてない。

 段々と足が早まっていく。早足からダッシュへ。ダッシュから全力疾走へ。魔剣の加護なしじゃあまりにも遅いけど、この場にいるのがどうしても不快で。

 

「もう、やだよ……」

 

 だから私は、また逃げ出した。

 市壁を潜るのを待たず、箒に乗って空へ。そして行き先を決める訳でもなく、ただただ全力で“ここではないどこか”へ向けて。

 けれど嗚呼。いつも感じるあの視線は、どれだけ私が逃げようとも外れなかった。まるで、絶対に逃がさないとでも言っているかのように。

 

 

「行ってしまいましたか」

 

 何処かに向けて飛び去ったアヤを見る、双銃を携えた1つの影があった。彼女が今いる場所は、未だ避難場所として大々的に解放されているこの街の領主邸。その中の、一般解放されていない執務室の中だった。

 

「ふむ、確かあの時お姉さまが読んでいたのは……」

 

 警備員は既に額を撃ち抜かれ絶命しており、領主も街の復興のため駆け回っており不在。で有ればこそ、彼女は悠々自適にこの場所に納められた書籍を読むことが出来ていた。手に取った書籍は、かつてアヤと共に読んだ1冊の手記。

 

「お姉さまた違って、暗号化されていては読めませんね。ですが、最後に貰っていくのは悪くないでしょう」

 

 アヤは何事もなく読んでいたが、この手記は全てのページ及び著者名すら、最後の日本語で書かれた殴り書き以外暗号化されていた。読むことは出来ずともつまり、これはそれ程までに重要な意味を持っているという事だ。

 

「後は、ここら辺は良い路銀になりそうですね」

 

 そう言って、部屋を片っ端から荒らして彼女は手持ちのずだ袋に物を放り込んでいく。宝石、装飾品、華美な剣、万年筆にその他諸々。本来なら入ることがないであろう物まで入っているのは、その袋がスキル収納系統のスキルが付与されたものであるから。

 今や旅人の必需品となったそれも、言わずもがなこの屋敷からの盗品であるのだが。さらに言えば、この袋自体は彼女が行った虐殺前に奪取されていたりする。

 

「さて。では私も、そろそろ本当に行きますか」

 

 そう呟いた彼女の姿が、気配に鋭敏な者でもない限り気づけない程薄くなっていく。アヤ相手にも、悪魔相手にも意味を成さなかったが、これこそが彼女の魔法。獣人と魔人のハーフという特性故に、闇と光という相反する属性を習得している彼女の得意技だった。

 

「次お姉さまと会った時、何もないというのはつまらないですよね……ああ、そうだ」

 

 堂々と屋敷の中を歩く彼女が、クルクルとレッドキャップを弄びながら裂けたような笑みを浮かべた。

 

「確かお姉さま、魔剣を集めてるんでしたっけ。でしたら私も、少しそれに加担してみましょうか」

 

 そうして1人、アヤとは別に魔剣を狙う存在が生まれたのだった。アヤとは違い、なんとなく、正常な担い手からであっても()()()()()()()()()存在が。

 

「次に会う時が、実に実に楽しみですね。お姉さま?」

 

 彼女の魔剣はアヤによって正常に戻された。しかし、長年その効果を受け続けていた彼女は、とっくに狂ってしまっていた。否、正確には何処までも正常に狂い果ててしまっていた。二重人格と同等のレベルで、もう1つの自分を演じられる程に。

 

 

 ここで1つ、誰にも気に止められなかった手記の話をしよう。

 

 タイトルは削れており不明、著者名はクザキ・ルイ。その完全な暗号化が成されたその内容は、アヤが解読して読んだ『ルーファスの街について』というもの()()()()()()。寧ろ時間が足りず、アヤが読み飛ばした部分こそが本体である。

 

 その内容は「既存技術による悪魔の隷属化、また資源としての利用方法」

 現在『英雄戦争』と呼ばれる世界を破滅に向けた大戦の末期に、イオリが異世界から連れてきた転生者によって書かれた、手記及び実験結果が記された遺物である。

 

 最上級である【デストロイ級】を除く全ての悪魔を、機械技術と魔法文明及び精霊の力を借り封じ込め、その力を死ぬまで引きずり出す大規模術式。それを暗号を読み解くだけで、どの種族であろうと習得させ得る一種の魔導書だ。

 

 しかしそれは、文末に書かれている通り決して封印を解かれて良い知識ではない。何故ならば、計9つの試作炉を用いた街を作り出して尚改善することのできなかった、「不安定性」と「悪魔を集める」という問題があること。更に、この世界を蝕む悪魔という存在の正体が──であるから。

 

 もし手を出したのなら、その時点で術者はそこらの犬畜生と何ら変わらない存在に成り果てるから。英雄戦争からは時間が流れ、『奴隷』という存在が生まれてしまった以上、その懸念は遅きに失しているかもしれないのだが。

 

 つまりこの書は本来、権力者の元で厳重に封印され管理されるべき危険物なのである。しかしその正統な所持者が死に、事情を深くまで知り得ぬ妻の手に渡り、そして今この書は彼女……クリム・ティークの手に渡った。

 幸いにして彼女に暗号の解読は不可能で、そもこの形式の暗号を解読可能な者は現在アヤを除けば国の上層部にしか残っていない。だがしかし、この技術が解放されるのはそう、遠くはない未来だ。

 

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