銀灰の神楽   作:銀鈴

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0と1の関係【01】

 あれから、あの街から逃げ出してから、既に1週間の時間が流れた。箒に乗って、目的地もなくふらふらと飛んで行くだけの旅。街にも寄らずそうしている時間は、清々しく気持ちの良いものだった。

 駄目だって分かってるから。逃げていると自覚してるから。その背徳感は甘美なものだった。その間は珍しく、何1つ問題が起こらず巻き込まれもしなかったのだから尚更だ。

 

 でも、今はとある目的地に向けて私は飛んでいた。

 

「確かあそこは、ママも行ったことあるんだっけ?」

 

 私が今向かっている場所の名は【ギムレー】という。確か栗鼠(リス)族という種族が住人の大半を占める街で、大戦時にその場所を移転したかなり大規模な街だ。

 栗鼠族はかなり小柄な代わりに、身軽で獣人の中では珍しい魔法を使うことの出来る種族だ。そして街の移転後から、多くの書物を集め街全体が大きな図書館のような様相を呈するようになったと、リュートさんからの返信には書いてあった。

 

「すぐ教えてくれても良かったのに」

 

 そうボヤきながら、私は読んでいたリュートさんからの返信をくしゃりと握りつぶした。

 

『拝啓 アヤ・ティアードロップ殿

 依頼の進捗の報告感謝します。ですが、次からはもっと砕けた文で構いません。

 先ずは、この短期間で2振りもの魔剣を回収したことに感謝を。でも、幾らなんでも早すぎる。貴女の母も良くトラブルに巻き込まれる人でしたので、きっとその血なのでしょう。僕としては依頼が早く進むのは嬉しいことですが、それで貴女が死んでしまっては元も子もない。少しは休んでも問題ありませんよ。

 『予言』という言葉を耳にしました。とのことですが、この書面上で話せる程短い説明は出来ません。今貴女が何処にいるのかは分かりませんが、もし知りたいのなら【ギムレー】の街に行くと良いでしょう。内陸で住人も人が良いあそこであれば、休養も十分取れるはずです。

                敬具』

 

 忙しいのは知っていたけど、1週間以上経ってから返信が来てもはっきり言って手紙を出したこと自体忘れていた。

 公爵というのが、決して暇じゃないというのは分かっているけど。こんなことを思うのは、私のワガママでしかないって分かっているけど。それでも、もっと早く連絡が欲しかった。

 

「雨も降って来そうだし、やな感じ」

 

 そんな傲慢としか言えない自分の心も、暗く分厚い雲のかかる空模様も、何もかもが嫌な感じだった。

 

 

 案の定降り始めた雨の中私は飛ぶ。雨脚は幸いにも弱く、シールドに当たる雨で視界が遮られることはない。でも、無視できない問題が1つ持ち上がって来ていた。

 

「良い子だから、良い子だから……お願いだから保ってよ? あと少しで着くから」

 

 子供をあやすように、唐突に推力や浮力が消えたり、蛇行を始める箒に私は語りかける。同時にその場で即席の修復を繰り返しているが、速度は自分で走った方が速いくらいしか出せていない。

 

 つまり、単純に箒にガタがきていた。原因は、元々移動用の足として作ったのに、近頃はずっと戦闘に使ってきたからだろう。自分でも繊細に完成してしまったとは思ってたし、無理が祟って壊れるのは不思議じゃない。

 

「あっ」

 

 だからこそと思っていたのだが、やはりダメだったらしい。【ギムレー】の街と、その市壁の外側に広がる街……外周区だっけ?が近づいてきた辺りで、完全に箒は沈黙してしまった。ポスンという小さな爆発が起こり、煙を上げて急激にその機能を停止させたのだ、

 

「ちょっ、マズっ!?」」

 

 現状私がいるのは、地上から大体50mくらいの高度。幾ら最近レベルが200になったからと言って、なんの準備もなく落ちて無傷で済む高さじゃない。

 慌てつつも何時もに佩いている魔剣を抜けたのは、最近の騒動に巻き込まれてきたことの賜物だろう。今更雨に濡れるのも癪だから炎で傘を展開しつつ、壊れてしまった箒をスキルにしまい、怪我をしないように着地する。そんな真似も、魔剣の加護抜きじゃ出来なかっただろう。

 

「もう少しだったのに……」

 

 大きくため息を吐きながら立ち上がり、跳ねた泥を魔法で落とす。それから箒を取り出し確認してみたけど、どう見ても直せそうにない程壊れてしまっていた。

 そもそも各部が歪んでるし、刻んだ魔法陣もそれで歪み、配置もズレている。更に魔法陣同士の連結も途切れてる部分が多く、無茶な補修の所為で全部がめちゃくちゃだ。これではもう、ただの箒としてしか使えそうもない。

 

「……お疲れ様」

 

 最後にそう言って、箒をスキルに再度しまう。道具を使い潰すとか、何をやってるんだろうか私は。ちゃんと寿命まで使い切るのが、私の……作り手の役目だろうに。

 

「とりあえず、早く街に入っちゃおう」

 

 頭を振って自虐を追い出し、魔剣を納刀してから私は走り出した。最近走るのは大体魔剣の限界駆動中だったからか、自分の足が酷く重く遅く感じる。

 時速に換算すると、体感で大体100〜120kmくらいだろうか。風をきって全力で走るのは、長くは続かないけど気持ちいい。荒くなっていく息と、うるさいほど脈打つ心臓。それらに不思議と懐かしい感覚を覚え始めた頃、外周区の入り口に私は到着した。

 

「警備、ザルすぎない?」

 

 到着した私は、最初にそんな感想を抱いた。中心の方に見える高い市壁に囲まれたギムレーの街とは違って、外周区は簡素な木の柵と堀が囲っているのみなのだ。そして、入る為に開けられているであろう場所にも、特に見張りが居たりするわけではない。

 

 ……既に、何か嫌な予感がした。

 

 街中に入るから炎の傘を消し、普通の傘に持ち替える。そうして一旦落ち着いて周りを見れば、住宅は木造が大半を占めていることがわかった。雨だから人気は少なく、嫌いじゃない雰囲気だ。

 

 道は土がむき出しだけどよく推し固められていて、歩くのに特に不自由はない。雨水も通路の端に流れ道に溜まることもなく、それさえ注意すれば泥もあまり跳ねたりしない。思ったよりしっかり整備された、いい場所なんじゃないかと思う。

 

「早く行こ」

 

 そう呟き、小走りで大通りを進み始めてすぐのことだった。極めて少ない人通りの中、私の行く手を塞ぐように数名の人影が現れた。

 

「おい、そこのガキ」

「ここを通りたかったら、金を払え」

「はぁ……」

 

 やっぱり巻き込まれた。そのことにうんざりとしつつ見上げれば、そこに居たのは粗末な風体をし、粗悪なナイフを構えた男が数名。私の鑑定スキルに情報を全部抜かれる程度の力で、レベルも25〜50程度。偽装じゃなければ、脅威にならない相手だ。

 

「何の用です?」

「だから、金を払えって言ってんだよ!」

「金貨1枚だ。もし無理なら、身体で払ってもらってもいいんだぜ?」

 

 下卑た笑みを浮かべるそいつらに向けて、冷え切った目を向けてため息を吐いた。こう言うと傲慢だから嫌いだけど、実力の差も理解でないのかコイツら。

 このご時世、住む場所がなくなって、もしあっても食うに困って盗賊に身をやつすって話はよく聞くし。まあ、分からないことも無い。

 

「金貨1枚でいいんですね?」

「ああ、全員に1枚ずつだ」

 

 ブチ殺してやろうか、と思ったけどなんとか踏みとどまる。下手に蹴散らしても外聞が悪いし、今手を出すのは良くない。お金ならまた稼げばいいんだし。そう思って、お金を取り出そうとした時のことだった。

 

「きゃっ!?」

 

 突然横から飛び出してきた何かに担がれ、気がついた時には裏路地に連れ込まれていた。

 俵みたいに担がれてるから姿は見えないけど、手の細さと香水っぽい匂いからして下手人は多分女性。流れる景色の高さから、身長は私より少し高いくらい。尻尾が見えるから種族は獣人。なら、すぐにどうこうされるってことはなさそうだ。

 

 ならいいかと気を休め、なされるがまま運ばれること数分。大きな扉の開閉音がなり、動きが止まった。そして慎重に私は床に降ろされ、次瞬、とても心配そうな顔をした女の子が詰め寄ってきて言った。

 

「大丈夫!? お金取られてない? 変なことされてないよね?」

「え、えっと、はい。大丈夫です」

「良かったぁ……」

 

 圧に押されてしどろもどろに答えていると、突然ぎゅっと強く抱きしめられた。その感覚に、冷たい筈なのにどこか温かいものを、懐かしいナニカを感じて──

 

「ッ!」

 

 理由はわからないけど、思わず抱きついてきた人を突き飛ばしていた。最低限の加減は出来ていたらしく怪我はさせなかったが、困惑した表情をさせてしまった。

 そのことを申し訳なく思いつつ、今の自分の行動の意味が分からずじっと両手を見る。今はあの、血に塗れた幻影も見えないのに……なんで私は、あのまま抱きしめられるのを“嫌だ”なんて思ったんだろう?

 

「あ、ゴメンね。いきなり連れ去った人に抱き着かれても、怖いだけだよね……」

「こちらこそ、突き飛ばしたりしてすみません」

 

 私は何をやっているんだ。頭を下げて謝った後、自罰と気合を入れ直す意味を込めて両手で頬を叩いた。パチンといい音が鳴り、目が覚めたような錯覚が訪れる。

 

「ど、どうしたの?」

「ちょっと、自分が情けなかったので」

「そんなことないよ! そんなに小さいのに、情けないだなんて!」

「これでも、一応15歳なんですけどね……」

 

 再度詰め寄ってきた少女に、苦笑いを浮かべながら私は答えた。なんか、久し振りにこんな勘違いされたなぁ。

 そんなことを思っていると、目の前の少女がパチクリと目を瞬かせた。そして私を爪先から頭のてっぺんまでジッと見た後、首を振って両手をこちらの肩に置いた。

 

「疲れてるのね……一緒に寝てあげるから、ゆっくり休もう?」

「いや、本当ですって。証拠もちゃんと」

 

 慈しむような目に耐えかねて、私は自分のギルドカードを取り出して見せた。この世界における、一番取得が簡単で最もポピュラーな身分証明証だ。書かれている内容は、名前・性別・年齢・出身地・ギルドランク・ギルドカードの中に収納したお金の金額。

 発行が王都だから言語は獣人語だけど、まあこの獣人界に住んでる人なら誰でも読める筈だ。これで一応、私が15歳と言うことは証明でき──

 

「読めないわ」

 

 なかった。一応普通の学校でも、冒険者用の育成所でも、最低限読めるくらいには教えてる筈なんだけどなぁ。しかも、ちゃんと国の方針として。それなりに強いっぽいし、いけると思ったんだけどなぁ。

 

「だから、一緒に行きましょ? いつまでもこんな場所にいるのもなんだし、ね!」

「え、ちょっ」

 

 そんな言葉とともに手を取られ、直後に魔法を感知した。しかもそれは、使い手が少ない次元属性。更にはその高位魔法である、転移のそれだと気付いた。

 加えてそれは、私が知る基本の術式からかなり離れた、独自のアレンジを加えられたものだった。

 

「せーのっ!」

「間に合わな──」

 

 急いで魔法の行使に介入したけど、発動妨害は数瞬間に合わなかった。転移特有の浮遊感と暗転に包まれること一瞬、私は見知らぬ家の中に転移していた。場所は廊下のようで、少し肌寒い。

 

「ママー! 困ってた女の子助けて来たー!」

 

 そう言って走っていく少女の背を見送りながら、私はもう諦めの境地に達していた。とりあえず人様の家だし、魔法で身体は乾かしておくとして。もう、なるようになればいいやって。

 

「さっきの転移魔法、出力するとこんな感じかなぁ。ああいや、ここは移動用の変数だから距離で変わって……」

 

 考えを呟いて整理しながら適当にミスリルを捏ねくり回していると、今度はゆっくりと落ち着いた足音が聞こえた。

 耳を澄ませてみれば、「よく分からない子」「また拾って来たの? ちゃんと人?」とか少々突っ込みたい会話が聞こえてくる。一応私、それなりに有名なつもりだったんだけどなぁ。

 

「はぁ、今度はどんな……」

「お邪魔してます。娘さんに、危ないところから攫われてきました」

 

 まあいいかと諦め、気楽に挨拶をする。序でに、まだ濡れたままだった少女に魔法を使って汚れごと乾燥させておく。メジャーな魔法だし、これで最悪の印象は抱かれまい。

 そんな私の考えは予想通りで……というか、予想以上の結果をもたらしてくれた。現れた母親らしき女性は、その猫のような耳をピンと伸ばし目を見開き、手に持っていたタオルを取り落としてしまったのだ。

 

「もしかして……貴方は」

「一応、こういう者です」

 

 少女には意味のない行為だったけど、今度こそと思い見やすいようにギルドカードを掲げた。すると何度か視線が私とカードを往復し、母親らしき女性は動きを止めてしまった。

 

「なんでぇ……」

 

 結局私は、誰にも事情を説明できそうになかった。

 

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