銀灰の神楽   作:銀鈴

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0と1の関係【02】

 空気が死んでいた。

 

 私はギルドカードを見せた状態で何もできず泣きそうで、少女は私の魔法が珍しかったのかわちゃわちゃしていて、少女の母はタオルを落とした体勢で固まってしまっている。

 一体どうしてこうなってしまったのか。悲しいし、分析終わった転移で逃げようかなぁ……そんな考えが脳裏をよぎる中、目の前でハッと気が付いたように母親が再起動した。

 

「あ、この度は、私の娘がすみません……」

「いえいえ、実際困ってたのは確かですから」

 

 それに、私でも即時に使えそうな転移を覚えられたし。プラスかマイナスかで言ったら、僅かに天秤はプラスに傾くだろう。

 安定性こそ欠けているけど、それを補って余りある発動速度が魅力的だった。安定性は半減した代わりに、発動速度は6.6倍。転移座標の精度も1.2倍くらいこっちが上だし、他のステータスについても誤差レベルだけど、このアレンジ転移が上回っている。凄くいい物を覚えさせてもらった。

 

「それでも、本当なら助けなんて要らなかったのではないですか?」

「あはは、結局お金を払わずに済んだので……」

「あ! えっとね、この子がね、さっき言った助けてきた女の子!」

 

 そう軽い会話をしていると、存分に確認したのか少女がそう元気に会話に割り込んできた。誤解、解くの面倒くさそうだなぁ。

「あのね、この人は……」

「一応聞いておきますけど、私って何歳くらいに見えてます……?」

 

 頭を下げ少女の母の言葉を遮って、少女の方に聞いてみる。一応聞いておけば、後々何かに使えるかもしれないし。

 

「んっとね、私より背が低いし、9歳くらい!」

「6歳も若く見られてるんだ……」

 

 身長140しかないし、確かにそれくらいに見えるんだろうけど……もう無理だとは思うけど、伸びてくれないかなぁ私の身長。ここ数年で、確か数ミリしか伸びてないけど。

 

「マオ。あなたが連れてきたこの人はね、ちゃんと15歳だし凄く偉い人なのよ」

「「偉い人……?」」

 

 マオというらしい少女と、言葉が重なった。私、偉いなんて言われることしてないと思うんだけど。少し物作りが上手いだけの、どこにでもいる小娘だと思うんだけど……

 

「どれくらい?」

「そうねぇ……あのギムレーの街を治められるくらいかしら?」

「いや、流石にそれは……どうでしょう」

 

 ギルドカードと私への目配せを貰って、そういえばとギルドのランクでの地位のことを思い出せた。一応Sランク以降の冒険者には、男爵から子爵くらいまでの権力が付与されるのだ。でも確か、統治権は持ってなかった気がする。

 

「立場だけ見れば、まあ、やれないこともないのかも?」

 

 やる気は一切ないけど、委任して貰えたら出来るのかもしれない。確かギムレーの街を治めてる人、子爵だったはずだし。制度のことをそんな詳しく覚えてないから、爵位だけでしか判断できないけど。

 

「本当に、そんなに偉いの?」

「自覚はないし、あんまり権利を使う気もないけどね」

 

 一転してキラキラとした目を向けられるのは、なんだか恥ずかしい。私なんて、そんな目を向けられるべき人間じゃないのに。

 

「それに、あなたよりずっと強いのよ? マオ、あなたのレベルは幾つだっけ?」

「69!」

「言う流れですよね……201です」

 

 とは言っても、私は本当に強くはないのだ。だからそんな目を向けないでほしい。私に出来ることなんて、本当に少ししかないんだから。

 

「すごーい!」

「娘がすみません……」

「いえ、小さい子に絡まれるのは、もう慣れましたから……」

 

 ただ、思い出したくないことまで思い出して嫌な気持ちになる。ずっと軋み痛みを発する心臓と、幻視し始めた血に染まった手とか。脳裏にこびりついて離れないそれが、私の心をずっとずっと攻め立ててくる。

 

「それじゃあ、私はもう行きますね」

 

 だからこそ私は、また逃げ出した。楽な方に。触れたくないものから逃げるように。だけど今回は、そんな私よ手を掴んで止める人がいた。

 

「こんな時間に外に出ても、良いことなんてないよ?」

 

 マオと呼ばれた少女が、純粋な疑問のこもった目で私を見ていた。確かにないかもしれないけど、さっさと私はギムレーに入ってしまいたい。

 

「いや、でも……宿も取らないとですし」

「夕方になるとね、宿は怖い人しかいないんだよ!」

「この街の宿は、柄の悪い冒険者やタチの悪い商人の溜まり場になってるんです……」

「マジですか」

 

 そんな状況の場所には、1人の冒険者としても女の子としても泊まりたくはない。この見た目のせいで、要らない諍いを呼ぶのは目に見えてるし。トラップで問題も起きるだろうし。

 

「だからさ、うちに泊まっていけば良いと思うの!」

「えぇ……いいんですか?」

「ええ、まあ。娘がご迷惑をかけてしまったので。でも、申し訳ないですが料理は、食材がなくて……」

 

 前例はあったみたいだけど、今回は間違いなく突然起こったこと。だからか、そう申し訳なさそうな顔をさせてしまった。でもそれくらいなら、私にも解決できる数少ない問題だ。

 

「それなら自分で用意するので。ご好意に甘えさせていただきます」

 

 なし崩しに、押し流されるされる感じで、私の今日の宿は決まったのだった。

 誰かに料理を作るのは、久々だったけど悪くないと思った。

 

 

 翌日の朝、私はぐっすり寝てるマオちゃんを置いて家を出た。お母さんに挨拶はして来たけど。何時もなら金属を打っているまだ日も昇らない時間、街に繰り出した私は例の如く絡まれていた。

 

「昨日はよくも、逃げ出してくれたな」

「もう逃がさないぜ」

「はぁ……」

 

 昨日も絡んで来た盗賊もどき、しかも同じメンバーに出くわすなんて運がない。軽い武器の整備しか出来てないからイライラしてるのに、ほんともうなんでこんなことに。

 

「失せろ」

 

 最大限まで声を低くして、吐き気を堪え殺すつもりの気分で言ってみる。これで怯むか、引いてくれれば良いんだけど……

 

「へっ、そ、そその程度の脅しで俺たちが屈するかよ!」

「そう、そうだぞ! 3人に勝てるもんか!」

「なんでそう、勇気だけはあるんですか……!」

 

 だってレベル差4〜8倍だよ? そんな相手を脅す度胸があるなら、そこらで冒険者稼業してれば満足に暮らせるだろうに。

 そうは思いつつも、相手にするのも面倒なので軽く魔法を行使する。手頃な鉄を作り出し鎖状に成形、雁字搦めにし両端を軽く溶接して行動を封じる。

 

「誰かが助けるまで、そこで転がっててください」

 

 路肩に転ばせた後そう言い放って、私はその場を後にした。幸い今日は、雲行きは怪しいが雨は降っていない。ああしておけば、今日中には誰かが助けることだろう。

 

「何してるんだろ……」

 

 そんなことを考えながら、心を占める虚無感を押し殺し歩くこと数分。私は、目的地であるギムレーの入り口へと到着した。

 

「Sランク冒険者のアヤ殿ですね。カンザキ公爵から話は聞いております。どうぞ」

「え、あ、はい……」

「お望みの書があれば、中で勤めている役人にお尋ね下さい」

「わかりました」

 

 されたことのない歓迎のされかたに、ビクつきながらも市壁を潜る。そこで私が見たのは、私の知る限り最も広大な図書館だった。

 

 まず目を引いたのが、城壁の殆どを埋める剥き出しの書架。2箇所の出入り口周辺を除き、城壁の8割の高さまで本が詰まった書架で埋め尽くされている。

 次に目を引いたのが、上空を覆う風系魔法の防壁。どうやらアレで雨を防ぎ、感じる限り湿度や温度も最適に保っているらしい。

 そして最後に、樹木をくり抜いて作られたような家々と、それらを繋ぐ植物が絡まった橋のような構造物。目を凝らせば、その間を小さな身長なのに大きな尻尾を持つ、栗鼠族の獣人の人たちが行き交っているのが見える。

 

「すごい……」

 

 思わず、そんな言葉が溢れた。こんな場所、今まで見たことない。それに、古本の匂いが強く感じられる点も良い。炉や金属や煤と言った鍛冶場の匂いに次いで、私が好きな匂いだ。確かにここなら、私もリラックス出来る気がする。

 

「調べ物は、少し見て回ってからでいいかな」

 

 外の街よりここは、随分居心地がいいのだ。こっちは盗賊も出ないだろうし、気晴らしに何か買い物でもしたい。差し当たっては、私が作れない様なもの……ここなら本とか良さそう。

 

「ふふん」

 

 足取りが軽い。街の中にいるのに、久し振りに心臓も心も痛くない。この分なら、外周区とは違って血の幻覚も見ないで済みそうだ。ああ、本当にリュートさんはいい街を教えてくれた。

 

「あ、すみません。ここら辺で、本を売ってる場所ってありますか?」

「それなら、あの枯れかかった家がそうですよ」

「ありがとうございました」

 

 浮かれた気持ちのまま近くの人に話しかけてしまったのに、特に嫌な顔1つせず質問に答えてくれた。『あの子、何かいいことでもあったのかしら?』と聞こえてきたから、やらせの可能性も低い。

 

 人を疑わなくていい気楽さを噛み締めつつ、教えてもらった場所へ向けて歩いていく。種族特徴に合わせてか家々の感覚は狭く、そこには私の足でもすぐに到着することができた。

 

「お邪魔します……」

 

 声を潜めて、私はその枯れた木のお店に入店した。軋む木製の扉を開け入ると、店内は薄暗い照明に照らされていた。そして見渡す限りの本、本、本。ザッと見た感じ古い物から新しい物まで、何種類もの言語で書かれたものが散在していた。

 

「わぁ……」

 

 私が読み書き会話ができる言語は、人族語・獣人語・魔族語・日本語・全体の共通語の5つ。獣人や魔族語は、細かい種族ごと固有の言語は無視してある。それでも、所謂ペンタリンガルってやつだ。あと読むだけでいいなら、地球の方の言語がもう2、3語と、この世界の古代語が少し増える。

 元々家にある本を読むために覚えたもので、私のほんの少しだけ誇れる部分だ。因みにかつて居たっていう召喚勇者は、読み書き会話全てが自動的に母国語に翻訳されるシステムを持っていたらしい。超ずるい。

 

 話が逸れた。

 

 つまり、私はここにある本はかなりの数読めるということ。選り取り見取りだった。

 

「世界鉱石大全の最新版に、薬草毒草大全も更新されてる!?」

 

 出来る限り声は抑えているけど、それでも漏れ出てしまう。

 何故あるのか分からないけど、新発見の合金についてのレポートとかも置いてあるし。各属性の魔法大全もさりげなく更新されてるし、全部買いだ。

 

「合計で、金貨17枚。まあ、安い出費かな」

 

 後で作った武具を売れば、補填できない額じゃないし。そう思ってレジに向かう途中、ふとある本棚の方向に意識が引き寄せられた。

 

「なんだろう?」

 

 無性に気になったその本棚を、上段の本から見ていく。

 魔剣について……著者がママじゃないしガセ。魔物の発生……気になるけど微妙。ダンジョンと魔核……もう持ってる。それからも特に目ぼしい本はなく、さっきの感覚は気のせいだったのかもしれない。そう思った時だった。

 

「これって……」

 

 本と本の間に押し潰される様にして、汚れた白い装丁の本が置いてあった。タイトルは共通語で『英雄戦争の勃発から終戦まで』、著者名は()()()で神崎流人。

 

 その名前を見た時、私に何か魔法の効果が発生した感覚を感じた。

 

「むっ」

 

 害はないということは即座に分かったけど、折角の楽しい気分に水を差されたので逆探知。発生源が白い装丁の本とわかったので、買い取る前提でその魔法効果を破壊した。私にかけられていた魔法は、私のネックレスと同じ認識阻害。

 

「これ、著者がリュートさん……?」

 

 魔法を破壊してわかったのは、そんな真実だった。それと同時に、本自体からもっと、私のよく知る魔力の残滓が感じられた。すぐに消えてしまったので、誰のものかまでは判別出来なかったけど。

 

「んー……立ち読みはマナー悪いし、後は買ってからでいっか」

 

 そう判断して、右手で支える積んだハードカバーの上に白い本を追加する。少しフラつきながらもレジへと辿り着き、随分とお年を召した店員さんの前にその本の塔を置いた。

 

「全部購入で」

「おやまぁ……」

 

 眼鏡の奥の目を丸くして、老栗鼠族の店員さんは言葉を零した。けれどすぐに、本を数えて手元の計算機の様なものに数字を打ち込んでいく。

 

「占めて金貨17枚と銀貨2枚だよ。払えるかい?」

「はい、問題なく」

 

 円換算すると170万2000円、かなり高額だけど問題ない。昔のママとは違って、私はそんなに散財しないから。自分で作れるものは作る主義だから、食費くらいしか定期的に消えるお金はないし。

 

「それにしても、まさかこんな所で巡り会うとはねぇ」

「ふぇ?」

 

 領収書を受け取り本をスキルにしまっていると、店員さんが私を見てそんなことを呟いた。一体なんのことだろう?

 

「親子二代で、うちの店で買い物をしていくとは光栄な限りだよ」

「ッ!」

 

 一瞬持ち上がった動揺をすぐに沈め、ポーカーフェイスを保つ。さりげなくペンダントを触り探ってみたけど、効果は間違いなく作動していた。

 

「私のお母さんも、ここに来たことがあるんですか?」

「そうさね。あんたの母親のイオリ・キリノも、移転前の私の店で魔導書を買っていったよ」

「……何故、そう思うので?」

 

 なぜ見抜かれた。どうしてバレた。逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ逃げなきゃ。

 焦る心のまま、咄嗟に転移の魔法陣を作ろうとした私の頭を、栗鼠族の老店員さんは優しく撫でて来た。

 

「なにを!」

「雰囲気と気配が懐かしくてねぇ」

 

 手を払って睨みつけても、そう優しい言葉が返ってくるだけだった。雰囲気でバレるなんてあり得ないし、気配だってそうだ。私とママが似てても、偽装がある以上娘だなんてわかるわけがない。

 

「あんたの母親の本質を知ってる人なら、そもそも大罪人なんて呼びはしないよ」

「……」

 

 確かに、指で数えるくらいしか知らないけどそうだ。それでも、突然私の生殺与奪を握った人物を警戒しないなんて出来ない。

 

「そんなに怯えないでも、通報なんてしないよ」

「……」

「そんなんじゃ、出会いがあっても逃すことになるよ?」

「……どうせ、私を好きになる人なんていませんもん」

 

 こんな人殺しで、女の子らしい趣味もなくて、可愛い気だってないし、一日鍛冶場に篭ってたりして、こんな嘘だらけで、逃げてばっかりで、背も胸も小さい女の子。誰が好きになるって言うんだ。況してや、世間的には大罪人の娘だよ? 正体を明かした瞬間ジ・エンドに決まっている。

 

「そんなことないと思うんだけどねぇ」

「………誰にも、私の正体は言わないんですよね」

「勿論。こんなにお金を落としてくれた客を売るもんかい」

 

 そう言われると、少しは納得できる。確かに犯罪者でも、金蔓は金蔓に違いないし。

 

「それじゃあ、またいつか」

「お買い上げありがとうねぇ」

 

 そう言ってくれたことがお婆さんの配慮だと察しつつ、私は冷たい態度のままお店を出たのだった。そんな自分が情けなくて、堪らなく嫌いに思えた。

 

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