逃げるように街中を走り、私は近場にあった宿の部屋に駆け込んだ。
気分を落ち着かせるため。早く本を読みたいから。そう理論武装しているけど実際は、私は逃げ出しただけに過ぎない。そんな事実が、痛いほど突き刺さる。
「せっかく、楽しかったのに」
ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めながら呟いた。
今回こそ大丈夫だと思った。今度こそ楽しめると思った。でも、ダメだった。逃げても逃げても、世間の評価はどこまでもついて来る。過去はついて来る。私が少しでも気を抜くと、忘れるなと罪の烙印を焼き付けて来る。
「どうして、私ばっかり……」
今も私を見ている視線に問いかけてみるけど、当然返答なんてありはしない。当然だ。だってこの視線の主は、私を殺すようなものを送りつけては試すような奴なんだから。
「はぁ……」
どれだけそうしていたのだろう。枕に大きな染みを作った代わりに、少しだけ落ち着きを取り戻すことが出来た。荒れてた心も、今はもう冷え切っている。
「もう、今日は外行かなくていいや……」
勢いで取った部屋だけど、いざ見渡してみればそれなりに広い。軽い運動なら、十分にすることができるだろう。食料もあるし、1日くらいは余裕で引き篭もれる。
「元々は気分転換のつもりだったし、いいよね。それくらい」
いつも通り封印と呼べるくらい強固に、部屋を外界から遮断する。それでようやくリラックスできて、私はベッドに腰掛けた。
ストレス解消には、本当は何か作るのが一番なんだけど、今そんなことをしてもきっと良い物は作れない。それなら、買ってきた本を読み耽るのも一興だろう。
「前回から、何か増えてるかな」
開いたのは、火・水・風・土・光・闇基本6属性の魔法大全。
この本には○魔法、○○魔法、○○魔法、○○魔導と進化していく6種の魔法スキルの中で、体系化されていたり寄付されたりした術式が全て記述されている。しかも魔法陣ごと。つまり、覚えれば覚えるだけ私の手札になるのだ。更新前の大全に記されていた使えそうな魔法は、全て魔法陣ごと暗記している。
「まあ、こんな魔法の使い方、私しかしないだろうけど」
魔法の効果と魔法陣を暗記して、効果に合わせて数ミリ単位の違いもない魔法陣を、本来は高価な金属で成形し、更にそこに属性の伴わない魔力を流し、魔法陣を起動する。改めて羅列すると、本来の魔法発動に比べ時間がかかるし、普通は金も集中力も使う馬鹿げた手段だ。
普通は、自分の適性魔法を極みに持っていくことに腐心するものだし。私みたいに全部の属性に手を出すのは、魔法の天才か余程の馬鹿か、それとも
そんなことを考えながら読み進めていくけれど、私の覚えている限り火・水・風の3属性はほぼ進展という進展がないように思えた。過去に天才がいたって言うけど、使える人はほんと頑張って欲しい。
「それと違って、毎回土・闇・光は面白いのが……」
土属性は、匿名だけど円と球に異常なまでに拘りを持った人がいて、その人が大量に術式を寄付しているのだ。例えば『完全な真円を作る魔法』とか『完全な真球を作る魔法』とか。最初に寄付を始めた時は直径誤差が数ミリあったらしいけど、年々それが減っていっている。今回のだと、発動難易度が最上級になった代わりに誤差は0.05μmになってた。明らかに重力系の魔法も作用してる。獣人らしいことは分かっているから、いつか会いに行ってみたいと思ってる。
闇属性も、匿名だけど明らかに空ではなく宇宙を目指している人がいて、土と同じようなことをしている。『重力を断ち切る魔法』とか『反重力を発生させる魔法(制御不可)』とか。この人たちが出会ったら、完全な真球が本当に完成するんじゃないかと思っている。この人は確か、魔族らしい。
そして最後に光属性。これは更新の度に、複数名から大量の術式が寄付されている。その種別は、揃って『浄化・治癒・結界』の3タイプ。今は大陸全土が重度の呪いに侵されている魔界の完全解放を、故郷へ帰ることを、かつての生活を取り戻すこと望む人々が研鑽を続けている。魔剣を除けば、その成果は都市1つだけど。
「さて」
かなり時間をかけて確認を終え、開いていた6冊の本を閉じた。うん、一応試しで作ってみたけど、普段使いを少し入れ替えるくらいかな。魔法陣形成に円の術式は使ってる訳だし。
「残り7冊分もやりますか!」
気を引き締めて入れ替えたのは、木・氷・雷・呪・空間・竜・無の7属性分の大全。前3属性分は今まで通りの厚さなのだが、呪系統・無属性がその半分ほどで、空間系統と竜系統はさらに薄い。ただでさえ少ない使い手が、大戦で更に減少してしまいこうなったのだと言う。
それはそうと、中身の問題。
氷は水と同じ天才がいたからほぼ進歩なし。
木属性は、他の属性で十分代用できるものしか増えていなかった。
雷は大戦時、電力を運用するべく研究されてたお陰で目ぼしい変化はなし。
竜系統は、確か公式の使い手は現状魔界を治める魔王ただ1人。だからか、昔寄稿された術式から変化なし。
空間系統は、お義母さんが最高位の精霊として教え込んでくれたお陰で、復習くらいにしかならなかった。アレンジがないプレーンな術式だから、他と組み合わせるのには使えるけど。
最後に無属性魔法。ユニーク魔法を除き、唯一進化をしない『エネルギーを扱う』ことに特化した魔法。これが今回、1番収穫があった魔法だった。今回でようやく『拡散』と『収束』の魔法が追加されたのだ。幾らでも汎用が効くし、これで痒い所に手が届く感じで出来ることも増える。
「んー……!」
そんなこんなで、気がつけば陰鬱とした気分は何処かへ消えていた。伸びをすれば身体はバキバキと音を立てて、凝り固まっていたことを教えてくれた。
備え付けられていた時計を見てみれば、とっくに時間は午後9時を回っていた。水だけは飲んでたけど、そういえばお昼ご飯も食べていない。事実に気づいてしまえば体は正直で、くぅと音を立てて空腹を主張してきた。
「偶には、外食でもいいかな」
元々は自分で料理する気だったけど、気が変わった。食料の買い出しもしないと、そろそろ備蓄が少なくなってきたし。
そんなことを考えながら、部屋にかけていた封印に近い術式を破壊し外に出た。夜の街は魔法の灯りで照らされ、何処か幻想的な雰囲気を醸し出している。
「んー」
そうして夜の街を徘徊していると、何処からか鳥っぽい肉の焼ける匂いがした。本に匂いが付くのは、多分魔法でどうにかしてるのだろう。自分の中で投げやりに回答をして、匂いの元へ向かって歩いていく。クウォーターだけど、獣人の血をなめないでほしい。
しばらく歩き、通用門の近くの大通りに出た時のことだった。
「きゃっ!?」
目の前を、高速で数台の幌馬車が外に向け走っていった。それ自体には何の思うところもない。けれど、今のは何だったのだろうか。
幌馬車の幌が一瞬外れて見えた、あの少年は。中の檻に繋がれていた、人形のような灰髪の人間は。
異様に心を掴まれるというか、締め付けられるというか、不安が掻き立てられるというか。あの少年を見た時に感じた、街を見た時と同じかそれ以上の、心臓を締め付けられる感覚は。いや、寧ろこの感覚は、後悔とか懐かしさとか、そんな感じのナニカだ。
追う……いや、それじゃ間に合わない。
「フッ」
さっき覚えた『ターゲッティング』の魔法陣を製作し起動。少年は見えなくなってしまっていたけど、チラリと見えた檻を指定して魔法を起動する。本当の使い手ならこれで十分。私も後から魔導具の形にすれば追えるだろう。
「また明日……かな」
流石に今から外周区の、しかも推定奴隷商の所に出向く気はない。私自身、人間界から持ち込まれた奴隷制度なんて大嫌いだし。それに何より、この見た目だから舐められるし、下手すれば襲われ兼ねない。
「とりあえず今日は、もうご飯食べて寝よ」
明日はあの少年の捜索に、リュートさんが書いたらしい本も読まないとだし、忙しくなりそうだ。その為にも先ずは、晩ご飯晩ご飯。
◇
気を取り直して翌日、私は再び外周区へと足を運んでいた。
多分今回の要件だとアヤメの方が都合が良いんだけど、流石に犯罪者でも掌を返しかねないからやめておいた。
「さて、反応があるのはここら辺だけど……」
普段着ではなく冒険者装束で、私は魔導具片手に路地を彷徨っていた。正直臭うから長居したくないんだけど、あの少年を探す為だから仕方ないと割り切った。
「んと、ここかな」
辿り着いたのは、ペットショップと看板が掲げられた建物。間違いなくこの店の奥……地下の方から反応が出てるので、ここに少なくともあの檻はあるはずだ。
何をされるか分からない。そのことだけは念頭において、戦闘時と変わらぬ警戒をしながら私はお店に入店した。
「すみませーん!」
少し店内を見て回った所、犬から魔物から希少動物までなんでも檻に捕らわれていた。間違いなく違法営業店である……と言っても、この外周区でちゃんと法が効果を発揮してるとは思えないけど。
そう思って少し待っていると、店の奥の方から長身痩躯の男性が現れた。スーツをしっかりと着こなしたその姿は、こういう店だからこそかかなり様になっている。
「お呼びでしょうか。炎金の打ち手様」
「ええ。単刀直入に言いますけど、ここ違法経営店ですよね? それに、奴隷も扱っている」
そう告げたところ、男性の気配が全くの別物に切り替わった。商売人から暗殺者のようなソレへと。痛いところをストレートで殴りつけた様なものだから、そうなるのは当然だけど。
「それが、どうかしたので?」
「別に今すぐどうこうしようってわけじゃないんです。だから、その殺気を収めてくださいよ。こんな状態じゃ、落ち着いて話もできません」
互いに殺気をぶつけ合う一触即発の空気。その中で睨み合いを数秒続けた後、向こうが手を引いてくれた。警戒はやめないけど、これで話し合いは出来そうだ。
「それもそうですね。して、要件は?」
「昨日、ここに奴隷が運び込まれてません?」
「ええ、数名仕入れましたが」
話が早くて助かる。こういう状況だと、私の身分と権力はそれなりに役に立ってくれる。後は資金力も。
「恐らくその中に、少し話をしてみたい人がいまして」
「ご購入なされると? 噂では、奴隷制を半ば嫌悪してると聞いていますが」
「それであってますよ。ですが、それでも話を聞かなきゃいけない人がいたんです」
一晩考えて、記憶に潜って分かった。あの少年からは、本当に微かにだけどパパとママ、それにお義母さんの気配がした。だから、絶対に話を聞かなきゃいけない。
「了解しました。その人物の特徴をお教えください」
「灰色の髪で、人形みたいな少年です。雰囲気が異質だったので、居れば多分わかると思います」
「……えぇ、確かに。奥の部屋でお待ちください」
そうして案内された部屋は、さして広くはない個室だった。華美でないほどに飾り立てられてはいるものの、それの裏に毒類を散布する機構が見て取れる。スキルで毒は効かないけど、万が一を考えて対毒薬を飲んでおく。美味しくない……
「お連れしました」
その部屋で待つこと数分、先程の男性が例の少年を連れて現れた。
スキルで情報を抜こうとしたけど、年齢が14という所まで視た所で妨害によって弾かれてしまった。この少年、情報隠蔽に関しては私と同等か上回っている!
灰色の髪に紫の目、身長は大体160中頃。種族は少なくとも獣人以外で、体格は普通。整った顔に張り付いた能面のような表情が、一層人形のような印象を加速させている。ただし間違いなく、その魔力からは私や私の家族と似た気配が感じ取れた。
心臓が、軋みあげるような痛みを伝えてきた。
「金は渡すので、少しの間2人で話をさせて貰えますか?」
「銀貨10枚でどうでしょう?」
「構いません」
躊躇なく、銀貨を放って渡した。私以外で初めて会った、家族の気配がする人間なのだ。こんな機会、逃してたまるものか。
そうして店員の男性が退出した後、私と少年だけを囲むように音を遮断する魔法を起動した。5個の魔法陣で重ねがけしたから、そうそう破れまい。
「さて、話を聞かせて貰うよ。貴方がキリノ夫妻と、その精霊の気配を持っていることについて」
「俺も、昨日見かけた時から気になっていた。懐かしい、気がする気配の人間。こちらも、お前に聞きたいことがある」
お互いに聞きたいことがあるんだ。なら気兼ねなく、話し合おうじゃないか。