銀灰の神楽   作:銀鈴

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03

 心を鎮め、両の手で握った得物を振るう。

 一閃。

 銀光が走り、風を切る音が小さく響く。

 遅れて巻藁が斬線の通りに切断され、ゴトンと音を鳴らして台上から地面へと落下。その結果を見て、大きく安堵の溜息を吐いた。

 

「よし、完成」

 

 胸の内から湧き上がる気持ちを抑え込み、自分に言い聞かせるようにそう呟く。15歳の誕生日当日、試し斬りを終えて私は刀を完成させていた。

 

「歪みなし、刃こぼれなし、能力も十分。良い感じ!」

 

 完成した刀を、朝日に透かすように見て言う。

 陽の光を受け鈍く輝く、角度によっては消えたようにすら見える鋼の刀身。炎のように波打った波紋。そして緩く弧を描いている造形。

 私が使うには少し大きいけど、間違いなくこの刀は私の最高傑作だった。

 

 しばらくその刀をジッと眺めてから軽く清掃。

 鞘に戻し、そのままスキルに仕舞っておく。持ち歩いてたら、私の身長だとお義母さんに見せる前に汚してしまうから。

 

「お見事」

「ひゃっ!?」

 

 そろそろ日も昇ってきたし帰ろう。気持ちを切り替えて立ち上がると、パチパチと控えめな拍手とともにそんな言葉がかけられた。

 全く予期していなかった声に、思わずバランスを崩してしまう。ちょっとムッとしながら振り返ると、杖を突いたお義母さんがとても優しい表情でこちらを見ていた。

 朝焼けの頃ということもあってだろうか。今日のお義母さんには、今すぐ消えてしまいそうな儚さが感じられた。

 

「もー、居たんなら言ってよー。ビックリしたじゃん」

「集中してたから」

 

 不安を振り払うよう無理に明るく言葉を返したけれど、やっぱり胸にかかるこの靄は晴れなかった。

 未来予知とかは出来ないけれど……なぜだろう。なんだかものすごく嫌な予感がする。

 

「それより、さっきの刀。綺麗だった」

「ほんと!?」

 

 武具に関しては滅多に褒めることはないお義母さんが、珍しくそんな言葉をかけてくれた。不自然だ。けど純粋に嬉しいその言葉に、なんだか心がとても暖かくなる。

 

「同じ歳の頃のマスター……貴女のママと、同じくらいは出来てる。寧ろ、ちょっと上かも」

「私なんて、多分まだまだだと思うんだけど……」

「そんなことない。胸を張る」

 

 私の不安を正すように、一瞬だけ目を細めてお義母さんが言う。

 それもまた珍しいことで……本当に何かあるんじゃないかと、心配になってしまう。

 そんな不安を見透かされたのか、立ち上がり埃を払っていた私の頭をお義母さんはポンポンと優しく撫でてくれた。

 

「大丈夫、そう簡単に私は死なない。それに、私がいなくても、アヤメはもう生きていける」

「無理だよ!」

 

 告げられたそんな言葉に、私は大声で反抗した。

 無理だ。

 無理なのだ。

 今私の前からお義母さんがいなくなったら、きっと私はおかしくなってしまう。家族が1人もいなくなってしまうなんて、わたしには耐えられない。

 もうそれくらい、私は弱く鈍ってしまっている。

 

「無理じゃない。いつか私は死ぬ。もしかしたら明日にでも死ぬかもしれない。私はただの、死に損ない。いつかいなくなる、過去の残骸」

 

 目を瞑り、一つ一つゆっくりと言葉を紡ぐお義母さんの姿は、さっきから感じている不安感を増長させていく。

 嫌な予感に涙が溢れて、思わずお義母さんに縋り付くように抱きついた。

 

「もう、アヤメも15歳。親離れを考える」

「嫌だもん……まだ、お義母さんと一緒にいたいもん……」

 

 突然いなくなってしまったらママとパパの代わりに、6年間ずっと1人で私を育ててくれたお義母さん。

 それなのに、急に親離れをしろだなんて、無理がある。

 いや、無理しかない。

 

「甘えん坊で、泣き虫で、ほんと貴女のママにそっくり。私たちの愛し子。幸せを願っている。だからこそ私は、かつての英雄として、義母として、予言者として、1つ貴女に予言を送る」

 

 らしくない。本当にらしくない言葉だった。

 

「アヤメ、貴女は世界を見なければいけない。

 真実を知らなければいけない。

 そして、自分で答えを決めなければいけない。

 ──もう既に、運命の歯車は動いている」

 

 静かにハッキリと、私が聞き取りやすように紡がれた言葉は、スルリと胸の中に染み込んでいく。

 私自身そうなることを知っているかのように、驚くほど簡単に飲み込むことが出来てしまった。

 

「でも、今日だけは忘れてたって構わない。

 だって今日は、アヤメの誕生日。

 生まれてきてくれて、生きてきてくれたことを祝う日。タイミングがなかったから伝えたけど、暗い気持ちは似合わない日」

「じゃあ、そんなこと言わないで欲しかった!」

「今日じゃないと伝えられなかったから、ごめんね」

 

 お義母さんがら素直に謝る珍しい姿に呆けている間に、何かお義母さんが魔法を使う。

 すると自然と心が落ち着いてきた。

 段々と、少しずつ、荒れていた心の波が静まっていく。『平和で、幸せであってほしい』そんな感情が伝わってくる、ゆっくりと停滞する小さな魔法。気のせいかもしれないけど、そこに懐かしいナニカを感じた気がした。

 

「落ち着いた?」

「うん、なんとか……」

「じゃあ、偶には外に食べに行こう。序でに、アヤメの仕事も終わらせられる」

「お義母さんがいいなら、そうしようかな」

 

 まだ完全に落ち着いたわけじゃないけど、仕事と聞いて頭を切り替える。

 そうだ、唯一私に仕事を依頼してくれる人たちを無下にすることはできない。これでも、職人の末席にはいるのだから。

 

「ん。ならそうする。それと、お腹空いてるでしょ。誕生日だから、ちょっと豪華な朝ご飯作ってある。楽しみにしてるといい」

「わかったー」

 

 その日の朝ご飯は普段に比べてとても豪華で、優しい空気に包まれて楽しく食べることが出来た。

 朝からケーキも、ハンバーグも。私の好きなものだらけのご飯は、身体にも心にも重いものだったけれど。

 

 

 

 

 そして午後。

 お義母さんの作ったお昼を持って、私たちは家から出た。

 獣王国首都の郊外にある我が家から、王都の中心にあるリュート夫妻の屋敷に向けて。

 

「あれまぁ2人して。お使いかな?」

 

 定期的に一定のルートを運行している馬車の中。

 お義母さんと2人で並んで座っていると、反対側に座っていた獣人のおばあさんからそんな言葉がかけられた。

 

「いえ、これから仕事です」

「その付き添い」

 

 普段なら間違われるはずもない私とお義母さんが、姉妹に間違われたのには原因がある。

 

 私は、燃えているような赤い髪と灰色の目に。

 お義母さんも、同じ赤い髪と私より濃い灰色の目に。

 

 まるで別人に見えるように変装をしていた。

 

 

 広く知られる『英雄』の特徴と合致するだけで、陰口を叩かれるくらいには終わっている世間の中。私たちは変装しなければ、ロクに外を歩くこともできない。

 故に『幻術』と『認識阻害』という2つ技術を応用したペンダント型の道具で、私とお義母さんは見た目を別人に変えている。

 見た目を変えて、認識阻害で情報が繋がらないよう細工をして。それで漸く、出歩くことが許される。

 

 私は『大罪人の娘アヤメ・キリノ』ではなく『冒険者アヤ・ティアードロップ』として。

 お義母さんは『大罪人ティア・クラフト』ではなく『一般人のフィーア・アークライト』として。

 

「偉いわねぇ、そんな小さいのに」

「あはは……これでも15です」

「30年は生きている」

「あらあら」

 

 そんな会話をしながら馬車に揺られること数十分。

 手を振っておばあちゃんと別れ暫くすると、豪奢な門の構えてある邸宅が見えてくる。

 此処こそが目的地『カンザキ公爵邸』

 階級的に言うならば王族の一個下という、とんでもない貴族の家だ。

 

「いらっしゃいませ。ティア様、アヤメ様。主人は中庭にてお待ちです」

「はい、いつもお疲れ様です」

「お疲れ様」

 

 出迎えてくれた執事さんの案内で、勝手知ったる屋敷の中を進んでいく。

 そうしてたどり着いた広い中庭。そこには2人の人影が立っていた。

 片や、一目で猫系統の獣人だと分かる妙齢の女性。

 片や、まるで人族のように見える隻腕の獅子の獣人。

 互いにラフな格好であり黒髪黒目で、まるでママの故郷である地球の日本人のような2人だ。実際、リュートさんの方は地球からの転生者だと聞いている。

 

「お久しぶりです。リュートさん、レーナさん」

「久しぶり」

 

 そしてこの2人こそが、この屋敷の主人であるカンザキ夫妻だった。

 私が深く頭を下げて挨拶する隣で、お義母さんは軽く手を挙げて挨拶していた。親しき仲にも礼儀ありって、教えてくれたのはお義母さんなのに……

 

「久しぶり。でもそんなに改まらなくて良いですよ、アヤメちゃん。それに呼び方だって、小さな頃みたくおじちゃんおばちゃんでも、ね?」

「でも……」

 

 猫の獣人……レーナさんがしゃがんで、私の頭を撫でながらそう言ってくれるが、駄目なのだ。私ももう15歳なのだし、礼儀とかはちゃんとすべきだから。

 

「久しぶりだね、アヤメちゃん。毎回、整備助かってるよ」

「いえ、こっちこそいつもありがとうございます」

 

 唸っている間に髪をわしゃわしゃと掻き回され、リュートさんにそんな声を掛けられた。

 だけど、それはこちらの台詞だ。私という腕だけはあるけどチンケな奴に仕事をくれるなんて、殆どいないのだから。

 

「それにしても、他の家の子の成長は早いなぁ……ついこのこの前までは、ほんと子供だったのに」

「まだまだ子供ですよ、私は」

 

 そう言って手を退かし、ぐちゃぐちゃになった長い髪を整える。結構面倒なのにこの髪……

 

「その点、ティアさんは何も変わらないよね。あった時から、何も変わらずそのままだ。もう、見た目相応に弱ってるけど」

「当然。精霊は……私は年なんて取らない。力については、とうの昔に諦めてる」

「そっか」

 

 そんな話をしている2人を見ても、私は何も言うことができない。

 お義母さんにも、私の後見人であるカンザキ夫妻にも、私には話に混ざるだけの知識がないから。

 

「でも、あと1度くらいなら、きっと使える」

「でもそんなことしたら、もうとっくに限界のティアさんの体は……」

 

 私が見ていることに気がついたのか、急に私に聞こえないよう小声で2人は話し始めた。

 魔法まで使って、徹底的に私には話の内容を聞かせたくないようだ。ちょっとだけそれが不満でムッとしてると、ポンと優しく肩に手が置かれた。

 

「2人はちょっと話があるみたいだし、私たちもちょっとお話ししよう? 最近あんまり会えなくなってたから、聞かせてほしいな」

「いい、ですけど……」

「大丈夫。リュートくんなら悪いようにはならないよ」

 

 躊躇う私の背を押して、少し離れた場所にある席にテーブルを挟んで私たちは座った。足がブラブラして落ち着かないけど、基本的に何処でもそうだから仕方ないと割り切る。

 そうしてなにやら言い争いになっている向こうとは対照的に、こちらはレーナさんが出してくれたお茶を飲みながらという対談になった。

 

「最近、調子はどう? まだお家に、張り紙とかされてる?」

「はい、今のところ毎日剥がしては焼いてって感じです。よくも飽きずにやれますよね」

 

 強がりだ。

 

「まだ、続いてるのね……あまり力になれなくて、ごめんなさいね」

「いえ、身分を保証してもらってる身ですから」

 

 我が家が未だに差し押さえられていないのは、ママの古くからの友人である2人のおかげに他ならない。私が偽名でギルドに登録していてなんの詮索もされていないのも、お金を自由に使えるのも同様に。

 

「それくらいはさせて頂戴? 私達がイオリさんから……あなたのママから受けた恩は、それくらいじゃ返せないくらいだから」

「そんな、返せないくらいって……ママ、なにをしたんです?」

 

 どこか遠くを見てそう言ったレーナさんに、そういえば聞いたことがなかったと思い問いかける。

 ママの話はお義母さんから色々聞いてるけど、そういえばレーナさんからは聞いたことがなかった。

 

「そうねぇ。両手じゃ数えきれないくらい命を助けられたし、出産の時も助けられたわ。それから色々子ども用の道具も作ってくれたし、戦争が始まってからは、それこそ数えきれないくらい色々と助けてくれたの。インフラとか、安全圏とか、運送の補助とか、他にも色々やってたわ。アヤメちゃんの子育てをしながらね」

「へぇ……そうなんですか」

 

 私が知ってるママは、物作りが好き過ぎて、戦うのも好きで、けれど優しいような人だったからちょっと意外。

 いつも早くに出かけて行って、ちょくちょく帰って来て遊んでくれたりして……その裏で、そんなことをしていたのは初めて知った。

 

「獣人界に住んでる人は、確実に全員イオリさんの恩恵は受けてるの。それなのに大罪人だ戦犯だって、馬鹿よ。……ぁっ、これはアヤメちゃんに話すことじゃなかったわね」

「いえ、ママのことをそう言ってくれるだけで、私は嬉しいですから」

 

 ワタワタと手を振って否定しようとするレーナさんに、なんとか笑みを作ってそう言った。嬉しいのだ。本当に、ママのことをよく言ってくれる人は少ないから。

 

「全く、イオリさんと同じでティアさんは勝手だ。でも、もしそうなのだとしたら従うよ」

「感謝する。もうあまり保たないけど、一緒にいてあげたいから」

「そういう言い方、ズルいよ」

 

 そんなことを話している間に、2人の言い争いにも決着がついたようだった。

 少し怒った様子のリュートさんと、無表情のお義母さんがこちらに歩いて来る。とりあえず落ち着いたみたいだし、これで漸く本来の仕事を果たせる。

 

 椅子から降りて服を整え、先ずはレーナさんの元へ向かう。

 

「お預かりしていた魔剣の整備、完了しました。お納めください」

 

 そして、今朝私が完成させたものとは感じる圧が違う日本刀を取り出し、レーナさんに手渡した。

 それは【魔剣】という。

 ママが完成させた異常な力を持つ、使用者が固定されている武具。

 量産型であるⅠ型、専用品であるⅡ型、コスト度外視で製作された試作型の3種類に分類される兵器。

 その内今渡したものはⅡ型に分類され、銘を《ホタルマル》と言った。

 

「ん、じゃあ確認させてもらうね」

 

 言って、レーナさんは深緑の鞘から刀を引き出した。

 瞬間、鋼の刀身から薄緑の立ち上がる淡い光。ゾクリとするようなその光を見て、レーナさんは満足そうに刀を鞘に戻した。

 そしてグッとサムズアップしてくれた。どうやら、ちゃんと私は整備することができたらしい。

 

「よかったぁ……」

 

 安堵のため息をつきながら、今度はリュートさんの元へと向かう。

 そして同じように、今度は黄金の両刃で柄の長い剣を手渡した。

 柄尻と刃の根元に赤く透き通った宝玉が埋め込まれ、刃には血を流すための精緻な装飾が刻まれている。これもⅡ型の魔剣で、銘は《ドヴラクル》という。

 

「うん、良い感じ。いつもありがとう、アヤメちゃん」

「はい!」

 

 軽く数度振った後、リュートさんも満足気に魔剣を黄金の波紋の中に仕舞った。良かった、私はママの仕事をちゃんと受け継げていたらしい。

 

「そうだ、折角だしご飯食べていく? アヤメちゃん」

 

 仕事も終わったし帰ろうかと思っていると、レーナさんからそんな声がかけられた。確かにここでは普段食べられない美味しい物を食べられるし、ありのままの自分として食べられるけど……

 

「ごめんなさい。今日は、お義母さんがお弁当作ってくれましたから!」

「ん、今日は遠慮する」

 

 そうして、私たちは屋敷を出たのだった。

 


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