銀灰の神楽   作:銀鈴

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0と1の関係【04】

 さて話し合おうとは言ったものの、そもそもお互いに名前を知らない。後々それで面倒が起きても嫌だし、まずは最初にそこを済ませちゃうか。

 

「私の名前はアヤ。アヤ・ティアードロップ。貴方は?」

「アインだ。アイン・ナーハフート」

 

 アイン……一番最初に思いつくのはドイツ語のeinかeinsあたりだけど、関係があるかどうかは怪しいものだ。それを言ったら、私だって苗字が落涙になる訳だし。

 

「それじゃあ、時間もないし先に私の質問の答え、聞かせてもらおうかな」

「了解した。俺がキリノ夫妻と、その精霊の気配を持っていることについて、だったか?」

 

 コクリと頷いて答える。今の言い方からして、もしかしたら何か。何かママたちについてのことが、聞けるかもしれない。私が知らない、大切だった家族の一面を。若しくは、大戦当時の話を。

 

「はい、それについて聞かせてください」

 

 つまり、私を人間界で待つという運命も、そこから予測できるんじゃないかと思う。あの時は分からなかったけど、私だって馬鹿じゃないのだ。

 

 要するに『なんで私だけがこんな目に』と思うだけじゃなくて、原因を考えてみた。

 

 始まりはお義母さんの遺言と、それを後押ししたリュートさんの依頼。魔剣を集めろと言われ旅に出て、その先々でトラブルや悪魔に遭遇して、挙げ句の果てには私を試す様な奴まで現れて。普通の旅からしたらトラブルしかないこれは、裏があると考えた方が自然だ。

 

 そしてその全てに共通項を求めるなら、私に考えつくのは1つの事象のみ。収集物(魔剣)が作られ、悪魔が現れ、私を旅に出した人達の全盛期。今も見ている視線の主については知らないけど、実力的にその時代から生きてるのは間違いない。

 だからこそ私が睨んだのは、あの動乱の時代。()()()()()()()()()()()()英雄大戦の時代。

 

「申し訳ないが、その質問には答えることができない」

 

 故にこそと考えた淡い期待は、表情を動かさずに告げられた言葉で霧散した。

 

「なんで!」

「すまない。俺も期待に応えたいとは思うのだが、5年前以前の記憶がない」

「そう、ですか……」

 

 私の直感は、ママやパパのと違ってあてにならないらしい。思わずテーブルに手をついて立ち上がりかけてたけど、気が抜けてそのまま座り込んでしまう。

 見てるだけで、声を聞くだけで、心臓が悲鳴をあげてるのに。どうやら空振りでしかなかったらしい。でも、記憶喪失……それも5年前か。私は9歳で、英雄大戦が終わった年だ。もしかしたら、まだ希望は無くなってないかもしれない。

 

「一応、その今のアインさんの最初の記憶を聞かせてくれますか?」

「殆ど断片的なものだがいいか?」

「構いません」

 

 だからこそ、それを聞いてみたくなった。これで何の手掛かりも掴めなかったのなら、今日のことは忘れよう。そう考えながら、次の言葉を聞き逃すまいと耳を澄ます。

 

「まず、空が暗くなって落ちて来た。次に気がついた時には、生きているのは自分だけで、周りは肉塊しかなかった。不気味なほど荒れた空の下死に掛けていたら、銀の髪で違う色の目をした誰かと、虹色の髪で銀のと同じ目をした誰かが助けてくれた。以上だ」

「それって……」

 

 銀髪はともかく、虹色の髪なんて私が知る限りお義母さんしか存在しない。それと同じ色の目と言ったら、ママしか連想が出来ない。

 

「その2人って女性でした? もっと言えば、私みたいに背の低い」

「女性かどうかはわからないが、背は確かに低かったな」

 

 間違いない、と思いたい。ママもお義母さんも胸はないし背は低いから、わからないって言われても仕方ないだろう。……私も、背も胸も15歳の割には無いけど。去年調べてみたら、身長は10歳の平均相当だってさ。ははっ、笑える。

 

「死にそうな顔をして、どうかしたのか?」

「いえ、現実に絶望してただけです。すみません、こっちばっかり聞いて」

「いや、気にするな。俺としてもお前には何故か『報告をしなければいけない』と、そんな気がする」

「え……?」

 

 なんだろう、それは。微笑んでそう言われても、私にはその理由が皆目見当がつかない。話を聞く限り、ママたちに助けられたのは確かなんだろうけど……

 

「その反応、こちらの期待は外れたようだな」

「えっと、それはどういう?」

「お前からは何故か、懐かしい気配がした。故に、俺の知らない過去を知っているかと考えた。だが、特に知らないようだな」

「ご期待に添えず、申し訳ないです」

 

 私だけ得になりそうな情報を貰って、向こうには特にないのは申し訳なかった。価値あるものにはちゃんと相応の対価を渡せって、昔からそう言われているから。

 

「気にするな。元々薄い希望だった」

「ですけど……」

「なら、お前が俺をここから解放してくれるとでも?」

 

 そう問いかけられてハッとした。なにか物品をと考えていたけど、私が今提示できる報酬としてはそれが一番価値がある気がする。

 

「因みに、アインさんはもし解放されたら何がしたいんです?」

「旅」

 

 即答で一言、返事はそれだけだった。けれどそれは、今の私には信じられなくなったナニカを持っているように感じて……少し、羨ましく思う。

 

「俺を助けてくれた2人を、探しに行く。そして感謝を伝える。これが今の俺が持つ、最優先の目標だ」

「……もし、その2人がもう生きていなくても?」

「ああ。墓参りでもして、後のことはそれから考える」

「そう、ですか」

 

 それなら、良いかな。数少ない、私の家族を偏見なしで見てくれる人を、奴隷なんて身分に落としておきたくはないし。ああいや、でも、奴隷落ちした理由がアレなら無理か。

 

「ところで、アインさんは何奴隷ですか? あと金額は?」

 

 一応覚えこんだ奴隷制度では、大体3種類奴隷のタイプがある。

 1つは借金奴隷。文字通り、破産したり冒険者になっても賄えない人や、戦災孤児が身売りしたもの。低賃金だけど衣食住は確約されていて、不自由さはあるけどこの時代ではありふれた労働力だ。

 2つ目は犯罪奴隷。こっちも文字通りで、簡単に言えば懲役。殺人以下の罪人は大体ここになり、罪の重さで期間は決まる。借金奴隷より薄給かつ不自由だが、衣食住は買い手が保証しなければいけない。

 3つ目が重犯罪奴隷。まあ重犯罪を犯した人が落とされる身分になる。昔は鉱山の採掘とかに回されていたけど、今は専ら戦場からの遺品回収役に使われているとか。

 そして、最後に存在するのが──

 

「違法奴隷だな。金額は知らん」

 

 人攫い等によって、制度を無視して売り払われた違法奴隷。これが最後の区分になる。そして大体金額がとても高い。あってはならないものだし、私が奴隷なんて制度が無くなればいいと思っている元凶だ。

 必要性があるから制度になってるとは理解しているけど、こんな制度があるから裏で利用する人が出てくるのも事実。私も数回狙われている以上、好きになれるわけもない。

 

「了解です。それでは魔法を解除するので、今ここで話していたことは他言無用ということで」

「問題ない。機密の保全にはなれている」

 

 機械のような無機質さを感じる返答にモヤっとしつつも、宣言通り発動し続けていた魔法を解除した。これでもう盗み聞きに対する手段はない。そして、これを感知したなら話し合いは終わったと分かるはず。

 

「どうやら、お話は纏まったようですな」

「ええ、買いの方向で」

 

 部屋に戻ってくるなりそう告げたこの商人は、多分かなり優秀な部類なのだろう。基本的に個人経営店だった身には、ちょっと判断がつきかねるけど。

 

「それで、お値段はおいくらですか?」

「1,000,000G、詰まる所白金貨1枚ですね」

 

 やはり尋常じゃなく高額だ。でもそれくらいの金額を払える貯金はあった筈だ。そう考えて自分のギルドカードを見てみれば、残金は912,450G……金貨9枚と大銀貨1枚に銀貨2枚、大銅貨4枚に銅貨5枚しか残っていなかった。

 

「ちょっと高くありません?」

「適正価格ですが、もしや払えないので?」

 

 いやらしい笑みを浮かべる商人は、至極真っ当なことを言っているかの如く言った。普通は見受けをすると言っても、大体金貨5枚もあれば十分だと言うのに……

 

「私がここを摘発しないと言ったら?」

「いいでしょう、金貨9枚」

「そういえば私、そろそろSSへ昇級できるんですよ」

 

 流石にそんなにお金が飛んだら生きていけない。故に私は、そうなんでもないことのように言った。値下げ交渉して、せめて1週間くらい生きられる分はお金を残さないといけない。それくらいあれば、割となんとか出来るから。

 

「金貨5枚でどうでしょう?」

「馬鹿を言わないでください。そんな値段で売ったら、こっちが干上がってしまいます。金貨8枚と大銀貨5枚」

「それもそうですね。なら金貨6枚」

「考えられませんね。金貨8枚」

 

 流石に餌がないと、乗ってきてはくれないか。でも値切り交渉を始めた以上、限界まで安くしたい。よく考えたらさっきの1週間ってリミット、私だけでならって話だし。

 

「ああ、そうそう。そちらが良ければ私が奴隷の設定をします。そうすれば、どう辿ってもここには行き着かないでしょうね?」

「そう来ましたか。ではその条件の下で、金貨7枚」

「もう一声あれば、ここに面倒な掃除を肩代わりしてくれる魔導具を置いて行っちゃうかもしれません。金貨6枚と大銀貨5枚」

 

 そんな事を言いながら、コトリと取り出した白い箱状の物体を近くにある机に置いた。実家にある全自動掃除魔導具を真似て作った奴で、家のやつよりは低スペックだが場を清潔に保ってくれる事は保証できる。でもまあ、ここらが潮時だろう。

 

「大切な事を聞き忘れてました。その金額には、口止め料も込みですか?」

「ええ、そこは勿論込みでございます」

「それなら金貨7枚ということで」

 

 結果として金貨3枚割引で、私は契約を結ぶことに同意したのだった。

 

 

 昔人攫い狙われた時、実は解呪の為に隷属系の魔法については集中的に学んだことがある。だから知識は十分あったし道具も自前のものがあるから、アインさんを契約で縛るのは一瞬で済んだ。

 でもって、契約を勝手に解除するのは違法だが、元々違法な契約なら契約解除も許される。ちゃんと公的機関に連絡したならば。そして権力があれば、解呪は責任と共に一任される。

 

「ということで、これでもう貴方は自由です。問題行動さえ起こさない限り、何処へなりとも自由にどうぞ」

 

 確かに払った金額はかなり高かった。それでも私が狙われる原因として怪しいものに、アタリを付けられたと考えれば……ギリギリマイナスレベルで済む。あの白い本も最初から疑ってかかれる分、何かもっと取っ掛かりが得られる気がするし。

 

 そういうことにして、自己満足感を得て踵を返した時だった。

 

「そうか。であれば当方は、これから貴女に付き従うとしよう」

「へ?」

 

 すぐ隣から聞こえたそんな声に、私は固まってしまった。頭に疑問符を浮かべつつ隣を見上げると、表情の変化はないがこちらに手を伸ばしてアインさんが立っていた。

 

「えっと、なんで私に? もう私、契約してるわけじゃないのに。それに当方って……」

「こちらが素の口調だ。貴女に従う理由だが、『報告すべき』と思った感覚と同じく『従うべき』と感じたからだ」

 

 至極真剣な顔でそう言われると、そういうものと割り切った方が納得できる気がした。したくないけど。そういう原因が分からない物は、もう正直信じたくないのだ。

 

「納得できないのであれば、単純に借金のかたという理由でも構わない」

「まあ、それなら分かりますけど……」

「それに、当方はそれなり以上に貴女の役に立つと考える」

 

 言外に鑑定でステータスを見てみろと言われたので、仕方なくスキルをアインさんに向けた。そうして見て取れた能力は、驚くべきものだった。

 

「レベルは150なのに、全ステータス5000オーバーでほぼ均等だし……それにHMPなんて表示初めてみた」

 

 それは端的に言えば化け物の数値だ。何故なら人というのは、少なからず能力値はばらけるものだから。それにHMPなんて表示は、人族獣人魔族魔物精霊……凡そ知る限りの知識に無い。それだけでその、割とかなり興味が引かれる。

 

「どんな命令でも従おう」

 

 そういうことなら、確かに惜しい。この前の街みたく、1人じゃ手が足らないことも起こり得るんだし。でも、同行を認めるメリットと、招待露見のデメリットを考えると……

 

「……ちょっと待って」

 

 スキルの中に入れっぱなしだった、灰色のブレスレッド型魔導具を取り出し、この場で付与していた術式を別の物に書き換えた。内容は『対象にした相手の秘密の絶対厳守及び口外禁止』を強制するもの。これくらいないと、他人と行動なんて出来そうにない。

 

「それを肌身離さず付けるのと、宿屋では部屋別でいいなら」

「それで構わない。当方はこれより、貴女の指揮に入る」

 

 もうちょっと言葉を柔らかくしてくれると、私としても話しやすいんだけど……まあ、そこは追々でいいか。ここで別れるつもりだったけど、思わぬ同行者が増えることになりそうだ。

 それにしても、残金が金貨2枚と大銀貨1枚に銀貨2枚、大銅貨4枚。アインさんに金貨1枚くらいは渡さないとだし、随分と財布が寂しくなってしまった。……あの本読む前にギルド寄ろう。ギルド経由で何個か武具をオークションに出さないと、金欠で暮らせなくなりそうだし。やっぱり、奴隷なんて関わるもんじゃないや。

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