銀灰の神楽   作:銀鈴

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0と1の関係【05】

「はぁ……疲れた」

 

 諸々の手続きを済ませて帰ってきた私は、そのままベッドに飛び込んだ。アインさんの方の諸々の手続きとか、身分証として冒険者として登録したりとか、色々やったせいだ。

 しかも何故かは分からないけど、やたらめったら好意的に振舞ってくれるし……慣れてなくて気持ち悪い。視界の中にいるだけで心臓が痛いし、裏があるだろうと分かっていてもむず痒い。

 

「はぁ……」

 

 まだ人を信じようとしていた自分に嫌気がさす。勢いで奴隷云々のことをやったけど、アレが嘘だって可能性もあるじゃん……馬鹿じゃないのか。ああいやでも、引き受けた以上投げ出したくはないし……なんで私、こういうのは割り切れないのかなぁ。

 

「まあお金は渡したし、なんとかしてくれるでしょ」

 

 ため息ばかり吐いていても、何にもなりやしない。1度頬を叩いて気持ちを切り替えてから、私は顔を上げた。

 窓から覗く空は、まだ太陽が中天に差し掛かった程度。朝から色々やって疲れたけど、行動を起こす時間はあり過ぎるほどにある。

 

「なら、あの本読むのが先決かなぁ」

 

 ぴょんと起き上がってベッドに座り、スキルにしまっていた例の白い本を取り出した。共通語のタイトルで『英雄戦争の勃発から終戦まで』と書かれており、著者がリュートさんの本。

 

 表紙をめくり、最初に飛び込んできた文字は共通語。軽くページを流して見ても共通語ばかりなので、そんなに読むのに苦労はしなさそうだ。

 

「えっと……」

 

 目次には、○つの章に別れていることが記されていた。

 1章として、英雄戦争の始まり

 2章として、戦争初期の戦績

 3章として、戦争中期までの国家の動き

 4章として、戦線の拡大と魔剣

 5章として、戦争後期の敗北

 6章として、戦争の終結とその後

 

 割と長くなりそうな気がした。しかし今の私にとっては、英雄戦争と呼ばれる時代の情報は最も気になる事柄の1つだった。そう考えつつ目次からページを捲ると、『英雄戦争とは』から始まる概要が記されていた。

 

 

 英雄戦争とは、世界全土を巻き込み変革を余儀なくさせた悪魔とこの世界の住人との大戦争である。戦後も世界各地に致命的な傷跡は残り、凡そ100年の間完全に再生されることはないだろう。

 

 

 この時代を生きる人なら、誰であろうと知っている常識だ。概要として軽く纏めるなら、これくらいが丁度よさげである。そんな感想を覚えつつ、私はページを捲った。

 

 

 第1章 : 英雄戦争の始まり

 英雄戦争の始まりは、一般的には果ての島が人間界・獣人界・魔界の3大陸の中心に出現した年とされている。しかしそれは誤りだ。その1年前、イオリ・キリノが直接神託を受けてその存在の警告を始めていたことが、事実として記録に残っている。

 彼女が赤子を産んだ翌日、リィンネートと呼ばれる神が告げた神託はこうであったと記録されている。『これより1度冬を越した後、世界全てを巻き込む戦争が起こる。原因は世界の外側から現れる存在。現時点で唯一コンタクトの取れた貴方から、世界中に危険を告げて欲しい』と。

 当時のイオリ・キリノの立場は、人間界における大罪/元徳スキル持ちが入り乱れた、通称『勇者内乱*1』を鎮圧した立役者の一人としてかなりの発言力と影響力を持っていた。内乱の鎮圧までに「別の世界へ行くことが可能な程卓越した次元魔法」を獲得した彼女だからこそ、この神託は受けることができたと考えられる。

 

 出産直後とあって彼女自身は動くことは叶わなかったが、代わりに夫のロイド・キリノが各地を回り危険を伝えている。最終決戦の開始日と結果を予測した、後に予言と呼ばれることになるそれはしかし、この時点でまともに取り合った国は1つも存在しなかった。

 

 

「ふーん……」

 

 最後の方は色々と重なってたから要約したけど、新鮮な話だ。一般常識として知られる部分からは逸脱している。それにしても、勇者内乱とは一体なんなのだろう? お義母さん、その頃のことはあんまり話してくれなかったからなぁ……

 そして、すっかり忘れていたけど予言について。纏めるとほんの数十文字になった内容だけど、詳細を読むほど尋常じゃないものだった。神という存在の実在は兎も角、重要なのは魔剣の夢で見た言葉の意味。つまりあれは、魔剣を作ることで未来を変えようとしていたのではないか。そういうことで、まず間違いないと思う。

 

 ページを捲る。

 

 

 第2章 : 戦争初期の戦績

 斯くして、警告は一切の効果を齎すことなく開戦の年を迎えた。

 今では考えられないことであるが、最初期に現れていた悪魔はレッサー級が8割、ソルジャー級がほぼ2割、ごく稀にビースト級が紛れ込んでくるのみ。当然新種の魔物程度の認識しかされず、基本的には脅威とはみなされてはいなかった。

 しかし、各国の冒険者が個人で果ての島を調査。地形や、危険度の報告を各国に上げていた。またイオリ自身も子連れで警告を発し続けており、魔界以外の国は行動を開始した。資金も人材も余裕のあった獣人界は、兵士の強化及び装備の性能向上を。内乱の爪痕深い人間界も、兵士の練度の強化を図った。

 

 

 細かいデータや数値、年代などは省略してみれば大体の内容はこんな感じ。結果的に世界が滅ぶ寸前まで行くことを知ってるから、もっと早く動いてくれればと思ってしまう。そして、魔界が滅んだのも道理だなと。

 ページを捲る。

 

 

 第3章 : 戦争中期までの国家の動き

 開戦から1年、出現する悪魔にレイ級とメイジ級が追加された。魔法が効きにくい前者と魔法が効かない後者によって、沿岸の都市が壊滅。そこを橋頭堡として、悪魔側の侵攻が始まった。レイ級による空爆とメイジ級による地上の制圧は、既存の防衛を紙のように突き破っていった。

 3大陸の中で最も損害を受けたのは、対応が遅れた魔界。次に被害を受けたのは、空で戦う手段のない人間界。逆にほぼ無傷で戦争を続けられたのは、飛行手段もあり練度も高かった獣人界。

 ここで漸く、国が主体として対悪魔に動き出した。人間界と獣人界では1月程で軍が編成されたが、連合を組もうとした時魔界が足を引っ張った。元々複数部族の集合体であるからか、意見の相違が相次ぎ国としての動きが満足に出来なかったからだ。

 

 

 ここら辺になると、歴史として私も学んでいるからパッと読むことができた。この時点でママは、警告の為に各地を飛び回るのを止めたとも聞いている。

 ページを捲る。

 

 

 第4章 : 戦線の拡大と魔剣

 連合軍が組織されはしたが、戦線は拡大した。沿岸部から内陸へ、内陸から大陸中央部へ、更には大陸全域へ。そうして、元凶を断つべく果ての島への侵攻計画が計画され始めた。同時に少ない人員で大陸全土をカバーする為に、とある呪具が生み出された。それこそが魔剣、イオリ・キリノの所持していた『Hi時//+@・連ufeweるgne』の劣化・量産化したものである。

 この呪具が現れた経緯は不明。しかし、1月の間に各大陸に試作型が3振り、Ⅱ型が100振り配備された。その異様な発展速度に誰もが気味悪く思いつつも、現在でも証明され続けている有用性が示す通り使うしかなかった。製作には文字通り寿命を捧げていると言われていて、一振りⅡ型や試作型を生み出すたびに、彼女は衰弱していった。

 

 

「……やっぱり」

 

 本の内容を全て鵜呑みにするのはどうかと思うけど、そこは私の視た魔剣の記憶で補完できる。私が知っているママの姿は、いつも元気で優しい姿だけ。時折ゲテモノ料理を作ったり色々あったけど、裏では魔剣の力でそれを保っていたのだろう。そう思うと、心が痛い。

 

「……きゃっ!?」

 

 まるで傷口に塩を塗るように読み進め、次の章に入って最初の1ページ。それを見た瞬間、思わず私は声を上げて本を取り落としてしまった。何せ()()()()()()()()()()()のだ。しかも本の全体から染み出すようにして、際限なく黒い文字が空中に向け噴出していく。この現象に、私は1つだけ心当たりがあった。

 

「あのお婆さん!!」

 

 思わずこの場にいない人への悪態が溢れた。ああ何せ、この魔物が出てきてしまってはもう、本は本としての機能を成せなくなってしまうのだから。

 

 正式名称【ワードイーター】、通称文字食いと呼ばれるコイツは、本好きの間では超有名な魔物だ。本体は目に見えない程小さな虫で、討伐難易度も危険性も最下級。だけど、その()()()()()()()()()()()生態と、悪い環境の場所に本を置いておくと自然と発生する性質から、蒐書家や本好きの間では危険性が最大のSSSに分類される奴だ。

 

「あった、殺虫の魔導具!」

 

 その対処方法は、光属性の最下級魔法の《殺虫》で十分。私は当然使うことはできないけど、本好きの端くれとして対処用の道具は持っている。

 慌てて起動したそれを掲げれば、蠢く文字の塊がパラパラと床に落ちていく。当然、喰らったインクと共に。僅か数秒で全滅したワードイーター達だったが、あの数からしてあの本は確実に手遅れだ。

 

「はぁ……」

 

 これから、気になるところが読めた筈だったのに。そう思いつつ、床にできた死骸兼インク溜まりに《クリーン》の魔法をかける。痕跡が消えたことを確認してから、私は大きくため息を吐いて白い本を拾った。

 

「タイトルと著者はそのままだけど………やっぱり、中身は全滅か」

 

 パラパラとページを捲って確認していくけど、ページは一面真っ白になってしまっていた。昔見たことのある喰われた本と同じ、ただの紙の束。半ば内容については諦めつつ捲っていると、パッと文字が映り込んだ。

 

「うそ、残ってる……ひっ」

 

 一度文字食いが活性化した本では、ほぼあり得ない現象だ。ページの場所は、大体さっきまで読もうとしていた5章の付近。書かれていた文字は、たったの7文字。

 

 我々は失敗した

 

 真っ赤な文字で書かれた文字は、明らかに何らかの魔法の痕跡があった。大部分が損壊してるけど、多分見た者の精神に何らかの感情を植え付ける術式。それから分かるのは、そこまでして伝えたい何かがここにあったということ。

 そのことを覚えながらページを捲れば、あった。前のページの術式と連動するようにして、こちらにも1文だけ残っている。

 

 何もかもが手遅れだった

 悪魔に勝利することは既に不可能だ

 

「……」

 

 戦争の結末を知っている私でも……いや、だからこそ、その文字に込められた感情が痛いほど理解できた。この本が執筆されたのは戦後だろうけど、それでも感情はそう簡単に割り切れない。

 それからはまた、ずっと白いページばかりが続いていく。流石にもう、他の文は残ってないか。念のためにページを進め続け、最後の十数ページにまでたどり着いた。

 

「あ、またあった」

 

 さっきの文とは違って、虫食いだらけの文字だけど読めないことはない。見た感じ共通語、軽く脳内で保管すると……

 

「聖剣……戦死……全滅……終戦……継承……墜星?……んと、これはセフィロトかな?」

 

 流石に単語だけじゃよくわからない。けど、終戦期の内容であることは類推できる。まあ文字食いにやられたんなら、これだけ読み取れただけでも良かった。そう思って本を閉じかけた瞬間のことだった。最後の最後に、見逃せない言葉の羅列が存在していた。

 

「なんで、私の名前が書いてあるの……?」

 

 周囲の文字は読めないけれど、私の名前であるアヤメ・キリノだけは読み取れた。何故ならばそこだけ、共通語ではなく日本語で書かれているのだから。思わずページを指でなぞって確認すれば、文字の破片と紙の凹みで少しだけ内容が追加で読み取れた。

 

「して、私……に、を、する?」

 

 にとをの間と、をとするの間は、線がごちゃごちゃしていて読み取れなかった。でもこれは多分、私が大罪人の娘云々のことじゃない。本当に微かにだけど、このインク……文字? 術式の欠片から、お義母さんの魔力を感じるから。でももし、お義母さんも私のことをそう書いていたとしたら……

 

「やめとこ」

 

 考えるのはやめておくし、そもそも調べたくない。だってお義母さんにも、表面上でもそう思われてたなんて考えたら……もう、私は何も信じられなくなってしまう。

 

 だからもっとこう、別の何かの方が……いや、ちょっと待て。そもそも書いてあること自体、どう考えてもおかしいだろう。私が一端に何か出来るようになったのは、ほんのつい最近だ。魔剣なしの私なんて、そこら辺の有象無象レベルでしかない。

 

「うぅー……調べたいけど、調べたくない……結果も知りたくない……」

 

 私の名前という情報を最後に、本にはもう何も読み取れる情報は残っていなかった。普段とは違う形で現れた問題に、私はどうすればいいか判断がつかなかった。

 

*1
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