いつのまにか寝てしまっていた私は、封印じみた術式が砕かれる異音で目を覚ました。術者の私にだけ聞こえる、ガラスと氷が砕けた音を何倍にもしたような激音。
「ッ!?」
命の危機が迫ってくる可能性が極めて高いソレに、私の意識は眠さや微睡みを通り越して一気に覚醒する。ベッドから跳ね上がりながら、寝間着の上からコートと防具を瞬間で装着し、魔剣を握り、いつでも襲撃者を狙えるように気配を研ぎ澄ます。
どこから来る。そんな考えを巡らせると同時、扉が微かに軋む音がした。侵入者は堂々と正面から、ナメてくれる……!
「シッ!」
「俺だ。勝手だが、朝ごはんを持って来た」
侵入者が姿を見せた瞬間、その首に魔剣の刃を突きつけた。何か手に持っていて喋ってたみたいだけど知ったものか。こんな真似をする相手だ、どうせ私を殺したい奴に違いない。だからこそ、一気に魔剣の刃を押し込もうとして──
『あなたの初めて、貰ったわ……』
瞬間、思考が鮮血色に染まった。
「ぁっ……」
手が震える。力を込めていられない。思考がまとまらない。ヌルリと手からエターナルが滑り落ちた。鮮血に染まった自分の腕がよく見えた。ああ、ああ、ああああああ!!!
「う、ぶ、うぇ……」
その幻覚をきっかけに、あの時の映像がフラッシュバックした。
声が蘇る。感触が蘇る。鉄臭い臭いが蘇る。気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪いごめんなさいごめんなさいごめんなさい。ぐちゃぐちゃになった思考が催した吐き気を、微かに残った理性が押し留めていた。
「どうした!?」
襲撃者が伸ばして来た手を振り払おうとして、バランスが崩れ私は崩れ落ちた。ヒューヒューと掠れた息しか出ない。嫌な汗が噴き出てくる。
手のつけられない程暴走している思考の隣で、同時に酷く冷静な自分もいる。ここで死ぬのかなとか、明らかに私頭おかしい行動してるよなとか、そんなことばかり考えている冷たい自分が。
一体どっちが本当の私なんだろう?
「何があった? 攻撃か、呪いか。もしそうなら一言で良いから言え、必ず当方が撃滅する」
途切れ途切れの掠れた息を続けながら見上げれば、灰色の髪と赤い目が見えた。それにこの特徴的な一人称、そういえば昨日買ったアインさんだ。それなら、襲われる可能性は低いと判断して良さそうだ。
ただしアインさんを認識したことで、代わりに心臓が軋みをあげた。ただでさえ苦しい現状が、それにより息をすることすら苦しくなる。
「だい、じょぶ。なんでもない、から……」
絞り出すように言葉を紡ぎ、私は1度目を閉じた。これは一旦気持ちをリセット……までは出来なくても、落ち着けないとマズイ。
人様に見せられないような状態なのは自覚してるけど、武器をしまい大きく深呼吸をする。同時に強く自分に言い聞かせる。私は今は何もしていないと。人を殺めてなんていないと。
「その言葉は虚偽と断定する。されど当方に打開案なし。状況より類推して行動を開始する」
何をと言う前に、私は抱え上げられた。そして抗議する間も無く、つい先ほどまで寝ていたベッドに放り投げられた。
「くぁっ」
「当方が居ては不快と判断する。故に退出するが、何か要求することはあるか?」
「……誰も入ってこないように、見張っててくれます?」
「認識した。朝ご飯はここに置いていく。疾く食べて回復召されよ」
呆気にとられる私を置いて、アインさんは外へ出て行った。ドアを閉めてから足音が止まったことからして、本当に見張っていてくれるらしい。
「調子狂うなぁ……」
幾分かマシになった調子で、私は呟いた。
嫌な汗は引いたし、アインさんが視界内にいないから心臓も痛くない。まだ手は見たくないけど、あと数分もすれば回復すると思う。いつまでも着てるのは苦しいし、装備はもうスキル内に放り込んでおこう。
それにしても、今分かった私の現状はかなりマズイ。いざとなれば、そう思っていたし実際出来ていた首狙いの攻撃。今の感覚からして、私は今後ソレを出来る気がしない。
悪魔や魔物相手なら、幾らでも戦えるし殺せる。でも人は無理だ。きっと短剣でも大鎌でも、首に刃を当てた時点でこうなってしまう。
「はぁ……」
本当に強い人と対峙した時、それは致命的な隙であり枷となる。唯一の取り柄が形無しになった今、示される結末は“死”一択である。
だって私は、どこまでも半端だし弱いから。家族が凄い人達だっただけで、何かを成す器なんてとてもじゃないけど持ってないから。
「はぁ……」
再度、大きくため息を吐いた。
余計な思考をめぐらせていたお陰か、深呼吸を続けていたお陰か……もう随分と気が楽になった。息も普通に出来るし、腕も普通に見れるように戻っている。異常な鼓動を刻む心臓だけはまだ治らないけど、普通に動く分にはこれで問題ない。
「大体5分くらい、か」
私がフラッシュバックから平静に戻るまでの時間は、どうやらそれくらいらしい。詳しくは知らないけど、こういうのはPTSDって言うんだっけ。戦場から帰ってきた人達がなるって聞いたことがある。その症状に比べたら、私のこんなのは軽いものとしか思えないけど。
「《クリーン》」
魔法で身なりを整えて起き上がり、鬱陶しい髪を手櫛で梳かしてから1つに束ねた。後で軽く、整える感じで切ろうかな。なにを作る時の触媒確保がてら。ママからの遺伝で、炎と自分の髪の毛を反応させて何かを作ると、異様に完成度が上がるのだ。
そんなことを考えながら、アインさんが置いていったご飯を手に取った。ホットドッグのようなパンと、簡素なスープ。匂いからも毒を感知する魔法の反応からも、安全なものだと分かる。
「……美味しくない」
どちらも中途半端な温かさで、中途半端に湿気っていて、中途半端な味の濃さで。それでも我慢して飲み下せば、割とお腹は満たされた。でもちょっと栄養バランス的にアレだし、携帯食料を水で流し込んでおく。
「もういいですよ、アインさん。ちょっと相談があるから、入って来ていいよ」
「了解した。それで相談とはなんだ?」
戻ってきたアインさんはもう一脚の椅子に座ると、そのまま会話を切り出してきた。ほんの少しだけど、その表情が嬉しそうに変わった気がしたのは気のせいだろうか。まあ、気にしても詮無きことか。
「この街と外周区の中から、鍛冶場を探してきてくれますか?」
「構わない。他に何か頼みはあるか?」
そう言われても、お金を無駄遣いできるわけじゃない今、頼み事は特に何もない。それに、アインさんを完全に信用した訳でもないし……
「特にないし、好きなようにしていいよ」
「認識した。18時には戻る」
「あ、ちょっ」
引き止める間も無く、アインさんは歩いて行ってしまった。恐らくだけど、本当に鍛冶場を探してきてくれるのだろう。
「行っちゃった……」
こちらに深く踏み込まず、言ったことをやってくれる……楽だけど、それじゃあ奴隷と何も変わらない気がする。
「……美味しいご飯でも食べれば、少しは変わってくれるのかな」
もうちょっと口調も変わってくれれば、私だって話しやすいし。そうと決まれば、お昼……は帰って来なさそうだし夜か。久し振りにちゃんとした料理をしよう。ちょっと贅沢に揚げ物とか。
でもまあその前に、今日は箒を修復しなければ。アレが有ると無いとでは、私の出来ることが変わってくるし。というかそもそも、修復しないことには足がないから旅にも出れない。
それに、明日からは防具の調整と大鎌の製作に……一応、アインさんの装備も考えなきゃいけない。ちゃんとした物渡さないと、私絡みの何かに巻き込まれた時、大変なことになるだろうから。
「うん、手早くやろ」
頬を叩いて、気合いを入れ直す。色々考えなきゃいけないことはあるけど、一旦それは置いておいて切り替える。今は目の前のことに集中したいから。
新しく作る箒は、移動だけじゃなく無茶な戦闘用の動きにも対応しなきゃいけない。本当は箒に拘る必要なんてないけど、今までのスタイルは気に入ってるからこのままが良い。趣味も貫き通せば、自分だけの強みになる筈だし。
かといって、元々あの箒は繊細でこそあったけど、強度はほぼ限界値だった。となると、取れる教科手段はそんなに多くない。素材を変えるか、術式の形式を変えるか、機能をオミットして繊細さを均すか、それとも──
「外装が、一番想像しやすいかな」
家にあった本の中に、確かそんなのがあった筈。戦闘時にだけ、射出した外装が組み上がって武器になる箒。後、一緒に衣装もチェンジしてたものが。
ママならともかく、私にはそれの完全再現なんて夢のまた夢。それでも外装と性能向上のみに絞れば、やれないことはないんじゃないかと思う。
「よし」
いつも通りの封印じみた結界で部屋を封鎖、窓と扉も閉めて物理的にも魔法的にもこの部屋を隔離する。偽装に頼り切ってはいけないって思うようになったから。
「やりますか!」
◇
「これで完成っと」
開けた窓から覗く空が、夕焼けに染まった頃。私の手には完成した箒が握られていた。試験結果も良好、実用には十二分に耐えてくれるだろう。
先ず製作したのは箒の中枢部。
柄の芯材として純オリハルコン。浮遊や反重力、座標固定、空間収納の術式と、全体の制御系を司る術式を組んで刻み込んだ。思ったより全長が伸びたのはご愛嬌。
次に1枚1枚鍛造した小さなミスリル板を、回路と術式に分けて芯材にタマネギの様に張り合わせた。ここの術式は加速系統と風除け、雨対策の低出力結界、光学迷彩の4種。なのでいくら壊れても問題ない。その上単純に高耐久かつ、いざって時には剥離して芯材を守る反応装甲的役割もある。
その上から『見た目と手触りが木材そのものなのに、性質は金属』という謎の魔法金属であるウッドメタルを鍍金。見た目は木材そのものな、中枢部がこれで完成した。
次に製作したのは飛行関係の機関部関連。
中枢部の端に円を描くように設置した、任意の方向に突風を放つ魔法陣。僅かにズラして設置した、通り抜けるものを一定の割合で圧縮する魔法陣。その2つを通すように消耗品の通気性抜群の枝を通して、加速の魔法陣で束ねる。そして全体を、力の方向性を定める魔法陣で止めて完成だ。
最後に製作したのが、自由に脱着できる外装部分。
圧縮したオリハルコンとアダマンタイトの魔法合金製の装甲を、全体を覆うよう各所に配置。そして縦に跨って乗る用の足場を設置し、エターナルを突き刺し接続してハンドルも代用可能に。
最も装甲が多いのは機関部付近。ここは左右に伸びる主翼を除けば、見た目も中身もほぼジェットエンジンのそれだ。ちゃんとノズルもあるし、魔力次第でアフターバーナーも出る。
武装としては、機首側にレッドキャップを模倣して作った大口径の銃器が2門。魔力で作る弾を、ほんの少しの誘導付きで連射できる。後部からは手持ちで反動を殺す前提だけど、主翼内部に仕込んだ砲弾で砲撃も撃てるようにした。
とまあ、色々機能を盛り込んだ結果。大型化と燃費の増加という憂き目に遭った。全長は180cm。燃費は通常時は継続だと推定6時間、装甲時は推定3時間。戦闘による消費を考えると、1時間保つかすら怪しいくらいだ。
まあ、速度は出るし移動手段としては、ギリギリセーフだと思う。
「ふぅ……」
最近作った物の中じゃ、一番疲れたかもしれない。そう思いつつ大きく息を吐いていると、扉がノックされた。
「どうぞー」
「18時丁度、定刻に帰投した」
戻ってきたアインさんは、何故か私に向けて敬礼をしていた。呆気にとられて固まっていると、そのまま微動だにせずにアインさんも動きを止めている。
「えっと、何故に敬礼を?」
「分からない。が、帰投した際はこうするべきだと認識している」
「別に私にはしなくても大丈夫ですよ?」
「認識した」
そこで、会話が切れてしまった。あぁもう、なんというかやり辛い……
「任務の報告に移るが構わないか?」
「あ、はい。お願いします」
「市壁内における鍛冶場の数は0、外周区に5つ、そのうち稼働中の場所が3つ、場所を借りれる場所は1つだ」
「あー……了解です」
まあ、半ば予想通りの結果だ。寧ろ、ギルド直営店の武具屋がないのに場所を借りられるというのは、期待以上の結果だったりする。職人なら誰しも、自分の仕事場を他人に使わせたくはないだろうから。
「報告は以上だ」
「ありがとうございました。じゃあ早めですけど、ご飯にしちゃいましょう」
「了解した」
片手間だけど、一応ある程度の準備はしておいたのだ。ご飯と味噌汁にして揚げ物各種。なんで作ろうとしたのか忘れたけど、まあ私も偶には食べたいしいっか。外食より安上がりにもなるし。