私たちが降り立ったそこは、案の定地獄のような様相を呈していた。まず私達がいる屋根の上から内情が見えてる時点で問題なんだけど、それはそれとして。
外周区に住んでいるであろう人たちが、一塊りになってバリケードのようなものを作っている。その奥から聞こえる声は千差万別。憤る声、悲鳴、泣き噦る声、談笑に相談になんでもありだ。同時に、様々な臭いも届いてくる。涙、血、糞尿、死臭……こっちは私に流れる血のお陰で気付けた事実だけど、やっぱりロクなことになっていない。
「はぁ……ごめんなさいアイン。私ちょっと、先にあっちをなんとかしてきます」
「認識した。こちらは先に、目標へ接触しておこう」
そう告げてから、私はバリケードの外に、アインはバリケードの中に飛び降りた。
地上から見ても、バリケードはやっぱりスカスカだ。誰か1人でも地属性魔法……いや、木属性の使い手はいないのだろうか。このままじゃ《ビースト級》どころか、《レッサー級》の体当たり1つでバリケードが瓦解するだろうに。
「おいそこのガキ! 早く中に入れ!」
「じゃねえと悪魔に食われちまうぞ!」
「はぁ……やっぱり、やれば出来るんじゃないですか貴方達」
「「げっ」」
そんな風に観察している私に武器を手に駆け寄って来たのは、この街に来てから絡んできた盗賊擬きたち。やっぱりコイツら、ほぼ蛮勇だけど勇気も、少なくとも外周区の人間に対する思いやりもあるじゃないか。ならこの街でなら、この人たちは冒険者としてやってけると思う。
「何が「げっ」ですか。言いたいのは私の方ですよ」
それでもぶっちゃけ、もうこの3人組には会いたくなかった。とはいえ、人探しついでも、私だって目の前の人間を見捨てる程薄情ではない。
「だ、だがよぉ……」
「はぁ……とりあえず、あなた達はそのままここを守ってて下さい」
私を見て動きを止めた盗賊擬き3人組を無視し、魔剣を握って軽く魔術を行使する。魔法大全にも載っている大地族性の魔法で、確か名前は……覚えてないや。効果は簡単、指定した金属で四方に城壁を作るというもの。
既に存在するバリケードを飲み込んで、私が行使した魔法が効果を発揮する。単純に鉄で、四方を囲むように壁が形成される。元々上方対策として、僅かな力場もできているしこれで問題ないだろう。
「これで、単純な突進なら《ビースト級》まで耐えられなくはないです。避難している人に用があるので、通らせて貰いますね」
「お、おう……」
怪訝な顔をする盗賊3人組をすり抜け、自分で作った城壁の中に入る。王都の時の経験からして、もうすぐそこまで悪魔は迫って来ている。なら私は、早くマオさんと話さないと──
「お姉ちゃん!」
「ちょっ」
そんなことを考えていると、目の前に出現したマオさんが私に向けて飛びついて来た。それを今度はちゃんと受け止め、ゆっくりと地面に下ろす。
「いきなり──」
「助けて! ママを、みんなを助けて!」
「へっ?」
何をと言おうとした瞬間、必死の形相でマオさんがそう叫んだ。そしてその言葉に意識を向けた瞬間、再度の転移が実行された。微かな浮遊感と一瞬の暗転。その後、私はこの簡易城塞の別の場所に移動させられていた。
「いてぇ……いてぇよ……」
「水、誰か水をくれ……」
「私の脚が、脚がぁっ!?」
そこは、最初屋根の上から遠目に見た場所。負傷者が集められている、野戦病院じみた地獄だった。身体を欠損させた者、黒い血に塗れて虚空に手を伸ばす者、腹に大きな穴を開けられている者、半身を黒く焦がされている者……今視界に入っているだけで、そんな人たちがごまんといる。
その中でも、明らかに魔法による負傷者がいることが最悪だった。何故ならそれは、
「随分色んな人がいるけど、もしかしてマオさんが?」
「う、うん……」
やっぱりか。転移なんていう高機動能力があるなら、確かに各地を回って負傷者を回収するのは有効的な使い方だ。その回収先に、治療を行える人がいればの話だけど。
そしてここには、恐らくロクな回復魔法の使い手も、ポーションを持っている人もいやしない。そのせいで、死にゆく人を集めただけとなっている。
「チッ」
本当なら悪態の1つでも吐きたいところだけど、場所が場所だし状況も状況だ。舌打ち1つで我慢する。
「お姉ちゃんなら大丈夫だよね!? レベルも200近くあって、ずっとずっと強いもんね! ママを助けてくれるよね!?」
「ちょっ、馬鹿!」
私の手を強く引くマオさんに、思わず私はそう口走ってしまった。こんな場所でそんなことを口走ったらどうなるか、そんなことは目に見えている。
「助け……?」
「助けが、きた?」
「本当に!?」
「助かるのか……?」
動揺が広がる。ざわめきが広がる。救うことができない私に対して、己を助けろという願望が込められた目が、幾つも幾つも突き刺さる。それに加えて、自分で動ける程度の大したことない怪我しかしてない奴が、血走った目で立ち上がったのが見えた。
最悪だ。暴動がこれで確定した。こうなってしまったらもう、助かる人も助からない。
「ああもう! マオちゃんはとっとと案内して!」
「う、うん」
それでも切り替えろ、全てはそれからだ。
そう思い込んでも、涙を浮かべて声も震えているマオさんが、今はひたすらに憎たらしい。何もかも、この子が台無しにしてくれた。今怒っても何にもならないし、子供だから大目に見るけどさぁ!
「では当方は、治療が終わるまでなんとかしよう」
「わかった、お願い!」
そこに救いの船を出してくれたのは、先にこっちに来ていたアインだった。都合のいい時だけ頼って申し訳なくも思うけど、逡巡の後今は無視することにした。
直後、動き出そうとしていた人間全員に光属性の拘束魔法が発動した。低位とはいえそれなりの魔力消費の筈だ。維持には更にかかるだろうし、手早く済まさないと。
「えっと、あの、お姉ちゃん……」
「ッ!」
そんな決意を打ち砕くほど、一目見たマオさんのお母さんの状態は酷かった。血に塗れた姿で、地面に敷かれた布の上に横たわる彼女は。
「来てくれたの、ですか?」
「ええ。恩もありますから」
微笑んではいるけど、脂汗はかいてるし顔色も真っ青だ。その理由は、医者ではない私にも目に見えてわかる理由として存在している。
何せ彼女には、もう既に
「……今から酷なことを言います。両腕を失くしてでも生き延びるか、今ここで死ぬか。どっちが良いですか?」
「それ、は……」
そう告げた瞬間、マオさん母の目が見開かれた。その気持ちは痛いほど分かる。私だって職人、命と等しい腕が2度と使えなくなるなんて、考えたくもない。
「ねぇ、お姉ちゃん。助けてくれるんだよね!? お母さんのことを助けて──」
「煩いです、マオさんには聞いてません。少し静かにしてて下さい」
少し冷たく突き放す。今私が聞きたいのはマオさんではなく、お母さんの意見なのだ。私としては絶対に助けるつもりだけど、もし、もしもあの時みたいなことがあったら。覚悟を、決めなくちゃならない。
「そう、ですね。私だけなら、殺して貰ったかもしれません。でも私には、マオがいますから……」
「分かりました」
一度深呼吸して、精神を統一する。マオさん母と私以外を意識から締め出して、深く集中する。
「じゃあちょっと我慢して下さいね。これ噛んでていいので《クリーン》、あと《キュア》」
まず最初に、適当に余ってた布の生地を噛ませた。一応麻酔代わりの薬品は染み込ませたし、少しはこれからやることの気が紛れるだろう。次に殺菌の為に清潔化の魔法と、取り出した魔法陣で解毒の魔法を使用。そして、ナニカに食い千切られた部分の少し上部を魔剣で切断した。
「ッ──!!!!!!」
直後患部に直接、手持ちの最高級ポーションをダバッとかけた。こうして揃えておいた方が、ぐちゃぐちゃに癒着しているよりは後で魔法で生やし易いのだ。時間はかかるし金も凄くかかるけど、冒険者として基本の知識である。
最高級ポーションだけあって、秒で止血と軽い再生が終了した。えっと、後は失血死なんてことは嫌だし……仕方ない。
「呪属性、光属性、無属性でブースト」
呪属性系統の、相手の血をある程度操る魔法。光属性系統の、再生と活性化の魔法。それら2つが反発しつつ合成されて、極めて弱体化された血量増幅の魔法に。それを無属性の魔法でブーストして、通常使用に耐えられるように。取り出した魔法陣をくっ付けて、効果を合成する。
これで即席魔導具の完成だ。剥き出しの魔法陣の上部に接続部を成形、そこにミスリル製の細いチェーンを通して持ち運びも容易に。
「動作よし。これかけていれば、取り敢えず問題ないです」
と、マオさん母の首に魔導具をかけて気づいた。自分基準だから忘れてたけど、普通の人ってこれくらい痛いと気絶するよね。まあ、脈は問題なくあるみたいだし大丈夫。
「ね、ねえ。ママは大丈夫なの……?」
「今すぐここで死にはしないです」
まあこれから避難できなければ、一貫の終わりではある。問題なのは避難の手段だ。流石にマオさんも、この人数を街の中に転移させることは不可能だろう。ただでさえ疲弊してるだろうし。使えない。
かと言って、私が転移の魔法陣を使って転移させることも不可能だ。
「これで後は、街からの救援が来てくれれば……」
一旦集中を辞め、そう呟いた時だった。くいくいと、弱い力で服の裾が引かれた。何かと見れば、真っ青な顔をしたマオさんがとんでもない真実を口にした。
「街からは、絶対に誰も来ないよ。お姉ちゃん」
「はい?」
思わず聞き返してしまった。いや、流石に自分の領民にそんなことはないだろう。なにせ自分の領民だよ? それを見捨てるようなことを……いや待て。もしかして、この街の様式が二重になっているはそういうこと、なの?
「中の人は、外を助けないってこと?」
「うん。お金は取られるけど」
ギムレーの街は、あくまであの市壁の中だけ。外周区はあくまで勝手に人が住み着いてるだけだから、領民でもなんでもないと。守る義務も助ける義務も、援助する必要も、法を守らせる義務も、ギムレーの街には存在しないと。でも、一応は庇護下だから税金は取ると。
「最悪……」
クソみたいな構図だ。でも、基本的に損得で動く冒険者上がりの人物が治めているなら、らしいと思える構図でもある。それに、ここ数日過ごして分かったけど、中は十全だし、外も最低限生活は出来る程度にはなっていた。つまり、不愉快なだけで違法でもなんでもない。
少し目線を変えるだけで、人の不快な面ばかりが目に入る。助ける価値なんてないと思ってしまう。誰も彼も、勿論私も。
「あー……もう!」
それでも、目の前の人には手を伸ばしたい。見捨てたくない。だってそうしないと、ただでさえ駄目な私が本当に屑になってしまう。だから、手を尽くさないといけない。
だってお前は、英雄の娘だろう?
ガリガリと頭を掻きむしってから、現状を再確認する。
まず守らないといけない相手。負傷者多数、戦力外多数、防衛力は貧弱、増援や救援の見込みはなし。要救助者も、多分かなりいる。戦えそうなのは……否、戦って無駄死にしないのは私とアインくらい。
対して敵。少なくともここの負傷者から見て、《レッサー》《ソルジャー》《ビースト》《メイジ》の4種類の悪魔がいると推定。空を見上げても影がないから《レイ級》はいない筈で、そこだけが救いか。
「アイン、もういいよ」
「認識した」
同時に拘束魔法が解除され、大したことない怪我人が治療をしていた私に駆け寄ろうとしてきた。図々しいそいつらに対して、全力でさっきをぶつけて動きを止める。
思っより集中出来ていないからか、周りにも撒き散らしたようで、予想外にあれだけ騒いでいた奴らは静まってくれた。代わりにアンモニア臭が漂い始めたけど、この際それはどうでもいい。これで、声通りやすくなった。
「全員聞いてください!」
視線が痛い。声が上擦りそうになる。慣れることはやっぱりするもんじゃないと思うけど、ここで言わないと足枷が増えるだけになる。
「さっきから期待の目を向けてきてますけど、私はあくまで知り合いを助けに来ただけで! あんたらを助ける意味も、理由も! これっぽっちも無いんですよ!」
本当なら、私は他の人なんて大嫌いだ。ママやパパ、他の英雄の功績を忘れて、犯罪者に落とした奴らなんて。それでのうのうと生きている奴らなんて。
「でも、他人を見殺しにするほど私の心は腐ってない!」
それでも、大嫌いな人が生きていることと、大嫌いな人が目の前で死ぬか私が見捨てた結果死ぬこと。それを天秤にかけるなら、私は絶対後者を選べない。後味も悪いし、そんなことをしたら私が嫌いな奴らと同種になるから。
「だから私と相方で、この近くの悪魔を可能な限り掃討します。その間に、とっととギムレーの街に逃げ込んでください! このままここにいても、棺桶にしかなりません!
もし渋られるなら、迷惑かけない限り『アヤ・ティアードロップ』の名を使って保護してもらえば良いですから!」
言い切ると同時に、上空に向けてポーションを詰めてある樽を放り投げた。そのままメジャーな炎弾で樽を破砕して、ポーションの雨を降り注がせる。
「ありがとう」
「気にすることではない」
そこで、アインが少しだけ思考を誘導する、扇動の魔法を使ってくれていたことに気がついた。有り難い。普段の私なら絶対に誰も靡かないけど、これなら話を聞かせられる。
それなら、と。そこらの店売りレベルの長柄武器を十数本取り出して地面に突き刺す。赤字確定だけど、胸糞悪い気分になるよりはマシだ。
「戦える者は武器を取れ!
戦えぬ者は歩けぬ者を背負え!
私も相方も、万能なんかじゃないし、いつまでも保ちはしない!
死にたくないなら、いい大人なんだから自分で足掻け!」
大仰に身振り手振りを加えながら言ったお陰か、言葉の余韻が残る間に人々は動き出した。暴徒にはなっていない、最低限の平静は保っている。
「難儀な性格だな」
「言わないでアイン、分かってるから……」
どうして毎度こうなるのか……その原因が、私の性格にあることくらい、とっくの昔に知っている。