私がその記事を見たのは、アインと一緒に【ギムレー】の街を出発してから数日経ってからのことだった。
2人分料理を作ってるせいで、恐ろしい速度で減って行くお金をどうにかすべく立ち寄った街。そこのギルドで完了した依頼の報酬を受け取って、日も傾いてきたし一泊しようと宿を探している時。それは私の目に飛び込んできた。
Sランク冒険者A氏、熱愛発覚!!
夕刊として今まさに並べられていく新聞紙。そこにはそんな見出しがデカデカと載っていた。白黒だから分かりにくいけど、私の写真と一緒に。
「どうした、アヤ。宿を探すのではなかったのか」
「ちょっとその前に、気になるものが出来たので」
そう言って一旦宿探しをやめて、新聞屋に足を向けた。
発刊元は、よく現王家とかママたちとかのネガティブキャンペーンをやってるし、デマだらけの新聞社だけど……見て何も反応しなかったら認めてると同義だ。何か対応しないと、デマの風潮が真実とされかねない。
「すみませんおじさん、夕刊一部下さい」
「あいよ。代金は大銅貨いち、ま、い……」
私の顔を見て呆然としているおじさんに代金を握らせ、隠そうとしていた夕刊を奪い取る。普通に現在の情勢とか事件などが書いてあるけど、一面に書いてあるのはさっきの文字。どう見ても私たちを指すものだった。
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某日昼頃、『灰の襲撃』事件以降動向が知れなかったSランク冒険者、アヤ・ティアードロップ氏(15)が大陸北方のギムレーの街周辺で目撃された。数少ない上級の悪魔に単独で対抗できる人材が、貴族の虚言ではなく生存していたことは喜ばしいことである。
しかし同年代の灰髪の男性と仲睦まじく空を飛んでいたことから、兼ねてから噂されていた駆け落ち説が真実であったと──
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ざっと読んだだけで分かるクソ記事。
「あることないこと書いた挙句盗撮とか、乗り込んで燃やしたい……!」
確か編集部は王都にあったからできないけど。そんなことを思い出していると、握り潰しかけていた夕刊が取り上げられた。夕刊を陳列してたおじさんは、とっくに逃げてるから違う。なら、そんなことをした犯人はアインしかいない。
「なるほど、虚報の情報紙か。アヤの立場を考えれば、無視することは愚策だろう」
「ええ、とは言っても打てる手はほぼないんですよね……こういうのって」
個人で抗議しても、まず意見は通らない。寧ろそんな抗議があった、つまり本当のことだと捉えられかねないのだ。かと言って、こんなことで大きな権力は動かせるわけでもないし。
「当方とアヤは、性行を前提とした関係ではない。だというのに、何故この新聞はそのように報じるのだろうか。また当方はアヤの所有物であるが、逆はあり得ない。この記事を書いた記者はそのような事実すら理解できないのか、痴呆だな」
「こんな大通りで何言ってるんですかぁッ!?」
思わず新聞を取り上げ、アインの頭を叩いていた。公序良俗なんて知らないと言わんばかりのアインの言葉に、何故か私まで恥ずかしくなってくる。ああもう、なんでこうなるかな……
「失言だった、謝罪する」
「いや、そういうことじゃ……まあいいですもう」
幸い人通りはそこまで多くないし、大声で話してたわけでもない。直前まで私がキレて魔力垂れ流しにしてたから、近くに人も寄ってきてないし……ギリギリセーフかな。
それより、これからが問題だ。新聞記事に対する抗議をしなきゃいけないし、何よりこの盗撮をした犯人を捕まえねばならない。この手の人は付きまとってくるし、何よりお墓の場所を教えたくない。あのお墓まで壊されたら、もう本当に何もなくなってしまうから。
アインみたいに、本心で「ママ達に手を合わせたい」って言う人なら良いんだけど、そういう人は今の世の中には基本いない。誰もが憎んで、貶して、尊厳を汚している。何をしてくれたかなんて、忘れて考えもせずに。
「新聞社の水洗トイレと印刷機器、写真の現像機械、全部ぶち壊そうかな……」
全部ママがベースを作って、当時の獣人界王家と共同で普及させていった代物だ。当然電力じゃなくて魔力式。なのに、それなのに今では「あることが当たり前」って言って………やめよう、心が荒むだけだ。
「当方も賛成だが、何故その三点にのみ拘る?」
「忘れてください、口が滑りました」
「認識した」
こういう時、話が簡単に通じてくれるのは有り難い。余計なボロを出さないで済むし、簡単に話を進められる。
「とりあえず、今日は宿取って早く休んじゃいましょう。なんかもう疲れました……」
「認識した。であれば当方は、明日以降の対策と報復を考えよう」
アインもあの記事は気に入らなかったのだろうか、普段と違って行動に頼もしさを感じる。もしかしたら、術式さえ提供すれば超長距離射撃魔法を使ってくれるかもしれない。
と、そんなことを考えていた時だった。カシャリと、まるでカメラのシャッターが落ちるような音が耳に届いた。
「うん……?」
例の盗撮記者だろうか。そう思って周りを見渡してみるけど、それらしき影は見当たらない。腕時計を起動しても同様、カメラかそれに類する魔導具を持った人はいない。
「気のせい、かな?」
多分気にし過ぎて、似たような音を聞き間違えたのだろう。そう思って今度こそ、私は宿探しに戻ったのだった。
◇
新聞の効果か異様に同部屋を勧めてきた女将さんを押し切り、しっかりと2つ部屋をとって宿泊した翌日。超長距離狙撃用の補助魔導具を徹夜で作っていたせいで、料理する気になれず降りてきた宿の食堂にそれはあった。
熱愛確定、ホテル直行
どうやら今日の朝刊らしい。私とアインが、手を繋いでこの宿屋に入る写真が見出しと一緒に掲載されていた。……盗撮だけに終わらず、写真合成にまで手を出してきたらしい。
「はぁ……」
最安値の朝食セットを食べながらため息を吐いた。昨日の夕刊か、あるいはそれ以上前から
どうして徹夜明けの朝っぱらから、こんな不愉快な目を向けられなければならないのだろうか。一応ギルド経由で抗議入れたけど、一切効果がなかったらしい。
「そもそも、いつこんな写真を撮ったんだか」
人通りは十分にあったけど、あんな人混みの中でカメラなんて構えてたら目立つのに。そんな人いなかった筈なんだけど……
「あっ、いや、もしかして」
夕刊を見たちょっと後に聞こえたシャター音。あれが嘘じゃなかったとしたら、可能性はないでもない。あの時も腕時計……つまりは、次元系統の魔法にすら反応がなかった。だから居ないって判断したけど、居たと仮定すれば筋は遠る。
「んー……」
でも、だ。もしそうであるとなると、カメラマンを探すのは相当に困難を極める。私の感知能力より隠蔽能力が上だから専門家に依頼しなきゃダメだろうし、マスゴミだから個人名は出してくれない。
「何を悩んでいる?」
「ああ、アインですか。おはようございます」
「おはよう」
悩みながら朝ご飯を突っついていると、隣に座ったアインがそう声をかけてきた。そして躊躇うことなく高めのセットを頼んでいるのを横目で見て、思わずため息が出た。
「一応、アインの財布は私の財布なんですけど……」
「すまない。だが、アヤこそもっといい物を食べた方が良い」
「余計なお世話ですよ」
とは言っても、流石に見比べると悲しくなってくる。だからもう残りも少ないし、早く食べてしまうことにする。魔剣のせいでほぼ形骸化したステータスシステムだけど、硬いもの噛み切りやすくなったりする点は良いことだと思う。
そんなことを考えているうちに、ふと気がついた。
「そういえば、アインの眼って人探しにも使えたりします?」
「可能だ。だが、特定個人を1人だけとなると厳しい。例え見つけても、その人物と特定できないからな」
「むぅ。やっぱりそう簡単にはいきませんか」
最後のパンの欠片を飲み込みながら私は肩を落とした。アインの持ってる魔剣ホルスならと思ったけど、そもそも対象者の顔が分からないんじゃ無理があった。ふむ、となるとだ。
「アイン、ちょっと今日……下手したら数日この街に留まることになりますけど、いいですか?」
「何か用事か?」
「記者を撒きます。アインはいいにしても、こんな記事書く記者をあそこには連れて行けません」
「認識した」
本人の了承も取れたことだし、今日はやることが沢山だ。お金の出費も嵩むけど、致し方ないと割り切ろう。周りの騒ついている奴らを黙らせるためにも。
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「やっぱり出版側は役に立たない、と」
朝ご飯を食べてから数時間。手に持ったタスク帳にチェックを付けながら、私はそう呟いた。ここまでは一先ず、完全に予定通りだ。魔導具で探してもカメラマン記者はいないし、この街の編集部と出版側に聞いても何の収穫もなかった。
「次は何処へ行くんだ?」
「ギルドです。最終的に、金はさえ払えば大抵何でもやってくれますから」
けど何も正攻法でやるとは言ってない。向こうが先導して私を辱めるなら、こっちも似たようなことをして仕返しするまでのことだ。それも、一切嘘はつかずに。
そんな決意を秘めて入ったギルド。好奇の目を向けられながら、私はカウンターへ向かった。アインには、外でこっそり魔剣を使ってもらっている。もし記者が私を監視してるとしたら、今から何か動くかも知れないから。
「炎金の打ち手様ですね。本日は何の御用でしょうか?」
「依頼です。内容は人探しで、対象はこの街にいる人です」
そう言いつつ、金貨を1枚差し出した。たかが人探しの依頼料としては破格だから、これなら受ける人も結構出てくることだろう。
「分かりました。依頼料は少々高めですが、すぐにでも張り出しましょう。詳細をお書きください」
「ありがとうございます」
受け取ったペンを使い、サラサラと文字を書いていく。羽根ペンなんて使うの久しぶりだけど、ちゃんと綺麗に書けた。良かった良かった。
満足感を覚えながら手渡すと、受付嬢さんが目を微かに見開いた。そして私の顔を見て聞いてきた。
「盗撮犯の発見、ですか?」
「はい。私が偶々ズボンを履いていたから良いものの、スカートの中を盗撮するような奴です」
この時点で、ギルドの内部が騒ついた。そもそも私はスカート履かないから、こんなのは半分方便だ。冒険者に女性は少ないけどギルド側には多いし、そっちを動かせたら私の勝ちだ。
今の感じなら、あと一押しで動かせそう。だったら……普段は絶対使わないし使いたくないけど、こんな言葉はどうだろう。
「しかも街中でスキルまで使って盗撮を繰り返して、それを売って金にしてます。端的に言って、女の敵ですね」
「分かりました。同じ女性です、私たちも手を貸します」
「ありがとうございます!」
釣れた。探す対象は、空振りだった時の反応から出版社に所属している。ならば、こうしてしまうのが早い。知り合いが釣り上げるが先か、見つけ出されて吊られるか、どちらにしろ追われることにる。
そしたら、動きが不自然な奴をアインが見つけられる。同時に『街中での光学迷彩』と『街中での幻術使用』の罪状で、合法的にしょっ引くこともできる。……後者は、私もずっとやってることだけど。
「それでは、お願いしますね」
笑顔でそう挨拶して、私はギルドから立ち去った。そしてアインと合流する前に、どことも知れない虚空に向けて吐き捨てるように言った。
「公式からの苦情を無視して、あんな記事を書いたお前が悪い。権力者を嘘で貶しておいて、何の報復もないなんて思わないことだね」
だから性に合わないけど、徹底的にやってやる。
……少しだけ私怨が混ざってやり過ぎるかもたけど、まあそれくらいは許してほしい。私だって不満が溜まりに溜まってるんだ。