結局、昨日は手がかり1つ手に入ることなく終わってしまった。ギルドによる人海戦術とアインの魔剣ならできると思ったけど、予想より遥かに奴は身を隠すのが上手いらしい。
「さて、これで調整完了です。見えてますか?」
「問題なく視えている」
2日目の朝。私はアインの部屋で、昨日数時間ずっと使ってもらっていた右目……魔剣ホルスの調整を行なっていた。あまり長時間使うと、オーバーヒートして魔剣としても代替としても機能が使えなくなるのは誤算だった。
「全く……次からは、使用限界がきたらやめて下さいね。身体に負担しか掛かりませんし、何よりアインは道具じゃないでしょうに」
私の頼みを律儀に守り過ぎて、どうやら寝ずにずっと魔剣を使い続けていたらしいのだ。そうして朝、呼んでも出てこないので部屋に入ってみれば、高熱に魘され血涙を流して倒れ込んでいるという惨状が。
急いで魔剣をアインの同意を得て強制停止して、落ち着くのを待てば眼が見えないと言うのだ。そこから触れない状況で整備が始まり、今に至る。
「だが、当方は……」
「い い か ら、守ってください。魔剣の強制停止なんて、そうそう使える手段じゃないんですから」
本当に非常用の機能として教わった物なのだ、まさか使う日が来るなんて思ってもみなかった。使用者側と停止させる側が双方、魔剣を停止させる意思を持たないと使えない機能だし。それに、使用者と停止者双方にとても負担がかかる。もう2度とやりたくない。
「それにアインに死なれたりすると、面倒ごととか色々あるんですから……」
本当に、アインに死なれたりすると面倒なのだ。埋葬とかその際の魔剣の管理とかその他諸々、それ以外にもとんでもないほど色々厄介事が舞い込んでくる。いや、多分それは嘘だ。自分を正当化したい為の建前だ。私はただ、目の前で誰かが死ぬのが嫌なだけの弱い人間でしかない。
「認識、した」
「よかったです」
その証拠に、不承不承といった感じだがアインが頷いてくれて、心の底から安心する自分がいた。
「さて、それじゃあ気を取り直して。今日も記者探しに──」
「その必要はない」
行きましょうかと言おうとした時、アインが割り込むようにしてそう言った。虚を突かれて固まってしまった私に、そのままアインは言葉を続ける。
「夜通し監視を続けた結果、件の記者と思しき人物を捕捉済みだ。昨晩見つけた、宿の周囲の不自然に潜んでいた」
「え、あ、そうなんです、か?」
「間違いない。手にはカメラを持っていた」
入れていた気合が、情けない音を立てて抜けていく気がした。嬉しいことなのは間違いないんだけど、こう、拍子抜けというか何というか。
「……それなら、早く捕まえに行かないとですね」
それでも、やることに変わりはない。捕まえて、牢屋に入れて、動けないようにする。それからお墓に手を合わせて──いや、今考えるのはやめておこう。人を結晶憑きに変えるような視線の主だ、私の心の中まで読んでくるかもしれない。
考えるのをやめ、自分の部屋に戻って準備をしようと背を向けた時。アインが私の手を掴んで引き止めてきた。
「待てアヤ。この話には、まだ続きがある」
「続き、ですか?」
「ああ。魔剣ホルスの力が対象の補足だとアヤは知っているだろう。その前提でだ、意図的に複数回ロックオンを外されている」
「それは──!」
ありえない、と言いたいがアインの目を見る限り真実らしい。魔剣……それもⅡ型の出力で使われた限界駆動に対抗、上回ることが出来る手段は極めて限られている。魔剣ホルスの出力はそこまで高くないとはいえ。
「いえ、でもそれで得心がいきました。道理で見つからない訳です」
魔剣の能力に対抗する術は、大まかに4つ。
まず1つが、同様に魔剣を使用すること。
その次が、獣人族の精霊術。これは少なくとも、アウルさんを上回る使い手である必要があるけど。
同様の技術として、魔族の秘呪。性質によるから一概には言えないけど、これもコドクの前任者のあの人並みの出力が要る。
最後に、生き残りはいないが人族の戦技。文献にあった術破り系統の技なら、前2つの種族の切り札と同様破れる可能性はある。
可能性を潰していこう。先ずは精霊術、一介の記者がそんな出力を出せる確率は極めて低い。保留。次に秘呪、これも発動されれば幾らなんでも感知できる。却下。最後に戦技、これはありえない。純血の人族は、もう隠れ棲んでいる人くらいしか居ないだろう。却下。イコールだ。
「記者は魔剣を持っている、つまりそういうことですね?」
「ああ、間違いないだろう」
立ったまま考え事はしたくないし、長くなりそうだからベッドに座る。男の人の匂いがして落ち着かないけど、一旦無理して意識から追い出していこう。
「ロックオンを外されたって言いましたよね? それってどんな感じでですか?」
「どんな感じ、とは?」
「単純に姿が消えたのか、反応を捉えられなくなったのか、それともデコイの様なものを撒かれたのか」
それが分かれば、ある程度魔剣の種類が絞り込めるかもしれない。全部が全部ではないけど、これでも渡された巻物分くらいは覚えているから。
「そうだな。当方の所感で言えば、照準の魔法を誤認させられた感覚そのままだった」
「誤認、ですか……カメラを除いて、何か目立つ物を持っていたりは?」
「特になかった」
「ですか」
となると、魔剣としての能力は誤認、幻影、妨害、大穴で確率操作系。それだけじゃ無数にあるけど、目立たない大きさのものとなるとかなり絞れる。それでいて、魔剣ホルスに対抗できる出力。
候補は10数振り。その中で獣人界にある可能性が高いとなると、残りは8振りほど。ああいや、後1本大穴枠を追加だ。これが出てきた場合、事前知識があるとないじゃ危険度が月とスッポン以上に変わってくる。
「大体絞れました。一振りだけ本当に危険なものがあるので、少し情報共有といきましょう」
「認識した。作戦立案はその後で構わないか?」
「はい。牢獄にぶち込んでやりたいですから、念入りにしましょう」
そうして私たちは、記者1人を捕まえる為の作戦を考え始めるのだった。さて、街中でどう相手をしてやろうか。
◇
「今日も見つけられませんでしたね」
「そうだな。奴は隠れるのが上手いらしい」
夕暮れが差し世界が茜に染まる頃、私とアインはそんな会話をしながら宿への道を歩いていた。写真を合成しやすいように、アインにはわざわざ丁度隣を歩いてもらっている。
当然会話はフェイクだし、一日中街の中を歩き回り探していたのもまたフェイクだ。今日一日行なっていたことは全て、これから行うことへの布石に過ぎない。
「見つけられないと、ちょっと困るんですけどね……」
「当方も尽力しているのだがな。すまない」
なんでもない会話をしながら、機会を見計らう。アインのお陰で、私たちを奴が尾行しているのは分かっているのだ。後は適切なタイミングで、予定の場所に誘い込むだけ。向こうが何かアクションを起こしてくれればやり易かったんだけど……まあ、仕方ない。
仕事だと割り切って、感情を殺しこっちから餌を撒く。魔剣を使っているなら聞こえるだろう声量で、私はアインに話しかけた。
「あ、そうだ。そっちに丁度いい裏路地が有りますし、ちょっと寄っていきません?」
「……またか。いい加減、羞恥を覚えてくれないか」
「いいじゃないですか。どうせ誰も見つけられないですし」
そうして軽くアインに認識阻害の魔法を使ってもらい、手を引いて予定していた路地裏へ入る。先に軽く人払いしてあることもあって、薄暗くやましいことをするにはうってつけの場所だ。
そんな場所に、意味深な会話をして入っていく男女2人。しかもスキャンダルを狙っている相手だ。多少の不信感こそ持つだろうけど、見逃したら記者じゃない。
「どう?」
「やって良いぞ」
「分かりました」
そして路地の奥にまで入った辺りで、アインから記者もここに侵入したとの符丁が返ってきた。相変わらず腕時計の魔導具を使ってみても反応がないけど、アインを信じて大仕掛けを起動する。
「せーのっ!」
魔力を練り上げ、地面につけた両手から流す。そうして今日回った場所に配置した起点を中継し、大規模な結界を起動する。普段私が夜使っている奴の逆方向、外から守るのではなく内から出さない為の大結界。使い道は多くないけど、今回に限っては最適解だ。
「さて……もう逃がしませんよ、名も知らぬ記者さん」
返答はない。まあ、流石にそうか。私に感知されないって言うメリットを捨ててまで、姿を見せて会話する理由がない。けどそれくらいの対策、こっちだってして来てるに決まっているだろう。
「認識した」
目配せで合図しアインの手を握った瞬間、燃え上がる様にして視界が切り替わった。私にもカメラを構え、木陰からこちらを覗いている記者の姿が見えるようになる。2回目だけど、思った以上に魔剣ホルスは便利だ。
「1度だけ警告します。今すぐ姿を現して下さい。素直に指示に従うのならば、貴方の罪は軽くなります」
一応
そして、警告をした筈なのに記者に動きはない。ミスディレクションとして別方向を向いているのもあると信じたいけど──シャッターを切られた。音はしないけど、手を繋いでいる美味しい絵を撮りたかったのだろう。警告はした、投降する意思はなし、なら公の身として力を振るえる。
「分かりました。これより投降の意思はないとして扱います」
言い切ってから、ノーモーション無詠唱で魔法を行使する。作り出すのは信頼のアダマンタイト製の檻、そこから魔力を吸収する性質のある金属で鎖と枷を伸ばし四肢を拘束する。前までと違って、今なら《ビースト級》を拘束し続ける自信もある一品だ。
「なっ、隠蔽が」
そしてこのように、発動中の魔法を妨害する副次効果もある。こう反応してくれると、勉強の甲斐があったと思える。まだ気を抜くには早いけど、これで一先ずは拘束が出来た。
その事実を確認した後、鑑定でステータスをすっぱ抜く。隠蔽されてる可能性もあるけどやはり記者、そこまで高レベルではない。そう思った瞬間のことだった。
「
内側から、拘束ごと檻が打ち砕かれた。かなり見辛いけど、アインの魔剣の効力はまだ生きている。記者の姿に変化はない。ただ持っていたマイクを首から下げたままにし、代わりに右手には赤く光る宝石が付いた簡素な短剣が──否、あれが魔剣だ。
「やっぱり。アイン、打ち合わせ通りに!」
「認識した!」
記者が動く前に、手を離して突撃する。その様子を見て記者がにや付き、なんらかの魔法で姿と気配を消した。これでもう私には記者の姿を捉えることはできない、でも!
「せいっ!」
「うぐっ……」
この状況下なら、臭いで追える。私に流れる獣人の血が、居場所を教えてくれる。
殺さない為にエターナルは抜かず振り抜いた手に、くぐもった声を伴い確実に手応えがあった。どうやらカメラを盾にされたらしい。そのせいでダメージは低いけど、もう逃がしたりはしない。
「シッ!」
制動。震脚、体重移動、素で強化してる身体能力を魔力で更に強化。硬いのはさっき分かった。だから鎧抜きの容量で、全力で打つ!
「ゴボッ……」
当てた感触はやはり硬いけど、衝撃は通した。結果、内臓でも傷ついたのだろう。魔法が解けた記者は、血を吐きながら近くの壁に叩きつけられた。
「ふぅ……」
けど、まだまだ未熟にも程がある。
「体術も出来たのか」
そう反省していると、魔法で記者を拘束したアインが驚いた様子で声をかけてきた。
「私、一応短剣使いですよ。使えて当たり前じゃないですか」
魔物にも悪魔にも殆ど効果がないし、短剣の方が早く処理できるから滅多に使わないけど。超近距離で戦うことを想定してる以上、使えない方がおかしいとさえ言える。
「よし、これで今度こそ拘束を──」
「かかった、な!」
会話しながら作っていた魔法を使おうとした時、それよりも早く記者が魔法を使った。私の、土と火系以外の魔法の構築の遅さが裏目に出た。使われたのは闇系・洗脳効果のある魔法で──