銀灰の神楽   作:銀鈴

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 観光名所という言葉がある。

 戦乱の時代が過ぎ去り、生きるだけで精一杯な今殆ど使われることのなくなった言葉。だけど、その名残は今も各所に見られる。

 

 今は滅び嵐に閉ざされた人間界にも

 

 今は呪いに蝕まれている魔界にも

 

 そして私たちが住む獣人界にも、観光名所であった場所と公園というものは残っている。

 カンザキ邸を出た私たちは、獣王国の首都に存在するそこでお昼を取っていた。

 

「相変わらず、凄くおっきい木」

「過去の計測時には、3,876mあった」

「すごいなー……」

 

 そんなことを話しながら見上げているのは、巨大な、とても巨大な木。

 天を覆う結晶樹クリフォトとは違う、世界が変わる前から獣人界を見守ってきた本物の大樹。誰が名付けたのかユグドラシルというその大樹の根元には、芝生が敷かれ公園が設置され皆の憩いの場になっていた。

 

「そういえば、美味しい? ちゃんと作れてる?」

「うん、おいひー」

 

 芝生に並んで座り、齧り掛けのサンドイッチを見せながら答えた。作る時に手が震えていたのかちょっと形が歪だけど、いつもの味で美味しいことに違いはない。

 

 私と同じくらいの身長の子が走り回って、親がそれを眺めて、転んで泣いたりもしてるけど実に平和な日常。

 誰もが享受できる平和な昼下がりの時間。

 

 

 ──しかしそれは、唐突に砕け去った。

 

 

 ズズン、とお腹に響く重い轟音。

 

 私たちお昼を食べていた場所とは反対側。

 大きく土埃が舞い上がっていた。

 そして悲鳴が上がり──こんな街中では聞く筈もない、獣の唸り声と壊れたスピーカーから響くような笑い声が耳に届いた。

 

「お義母さん!」

「分かってる」

 

 逃げようと私が提案するよりも早く、お義母さんは荷物をまとめ終わっていた。

 あくまでここは獣王国の首都だ。

 王城がある最後の砦だ。

 少し待てば、逃げられれば、すぐに兵隊が駆けつけてきてなんとかしてくれる。だから今はこの場を離れなければと、そう思った時のことだった。

 

 視界の端に、黒い色が写り込んだ。

 

「ッ!」

 

 お義母さんの身体を気遣うなんて余裕もなく、全力で横に飛びつつお義母さんを押し倒す。

 

 直後、私たちの頭上を黒い何かが数体勢いよく通過。前方に着弾して土埃を巻き上げた。

 

 速い過ぎるその動きに舌打ちしつつ、スキルを応用して戦闘用の装備に早着替え。

 覚悟を決めて立ち上がり、片手に短剣を握り締める。苦痛に顔を歪めるお義母さんを背に、睨みつけるのは砂埃。その中で蠢く、黒い生物。

 

「最悪。なんで、街中に《悪魔》なんて」

 

 盛大に舌打ちをしつつ、改めて剣を構える。

 

 《悪魔》

 

 それはママ達が『英雄戦争』で戦いを挑み、大損害は与えたが敗北した相手たちの名称。

 強さと形によって基本的に6種に分類されるそいつらが、大陸の端にでも行かない限り見かけることの少ないそいつらが、何故か街中に出現していた。

 

 砂埃が晴れた先に現れた《悪魔》は3匹。

 

 お義母さんを庇いながら、相手にできる数ではない。

 

『Jga.Ycц kцv okv fkgцgo Шkpf?』

『Kццv fw цqnejg Цcejgp? Цejngejvgц Ighйjk』

『Iwv igцaiv. Fw jcцv Jwpigt?』

 

 壊れたラジオから漏れるような音で、会話らしきことをしている3体の悪魔。まだ魔法が有効な、確か『レッサー級』と呼ばれるそれらは、ただひたすらに気持ちの悪い姿をしていた。

 

 成人男性の体から頭と腕を取り払い、肩から上に伸ばした円錐形の頭部を配置、腕があった場所と同じ高さの胸部と背部から、太くうねる足元まで届く先端が鋭い爪の触手を計4本生やした異形。

 体表は全て黒色で、目・耳・鼻はなく頭部には縦に一文字裂けた様な、白い人の歯が並んだ大口が縦に開いている。

 

 まだそれらは会話のようなものを続けていて、こちらを襲うような動きは見せていない。

 

 だから、私はまだ選べる。

 

 周りの人たちを無視して、お義母さんだけを連れて逃げ出すか。

 

 不特定多数のみんなを守るために、危険な3体の悪魔と戦うか。

 

 どちらも私は選ぶことができるが、どちらもを選ぶことは私には出来ない。()()()として戦えるなら可能性はあるけど、変装して()()としてしか戦えない今の私じゃ絶対に無理だ。だから選択しないといけない。

 

「どうする……」

 

 こうしている間にも、残された時間はどんどん短くなっていく。焦る心がぐるぐると巡る中──小さな子供の泣き声が、緊迫した空気を破った。

 

 声が聞こえた方向に振り向けば、5〜6歳程に見える猫系の獣人の女の子が、親に抱かれながら大きな声で泣いていた。

 親が必死に泣き止ませようとしているが遅い。

 その子供の泣き声は、弱者の恐怖を伝達する声は……届いてしまっている。《悪魔》という、人型の生物であれば意味もなく鏖殺する最低の生物に。

 

『Kej gpvцejkgf okej. Kp fkgцgo Hcnn』

 

 そして、一体の悪魔が親子めがけて跳んだ。

 確かに私は、ママたちを罪人というこの世界の人たちは好きじゃない。

 だけど、目の前で小さな子供が殺されるのを黙って見ていられるほど薄情者ではないし、助けられるのに助けないような恥知らずでもない!

 

「《鋼よ》!」

 

 そう叫んで振った私の手の延長線上、高く分厚いの鋼鉄の壁が出現した。土属性系の魔法に偽装して放った鍛冶魔法は、狙い通り悪魔の道を阻みその殺戮を妨害する。

 そして当然、そんなことをした私に対して悪魔たちの悪意(ヘイト)は集中する。

 怖いけど、これが私が選んだ選択。

 みんなを助けるために必要な、最初の一手だ。

 

「早く逃げてください! 私が時間を稼ぎますから、死にたくなければ逃げて!!」

 

 悪魔たちからは目を逸らさず、大声で私は叫んだ。

 金縛りが解けたように、呆然としていた人たちに動揺が広がり、悲鳴が上がり、三々五々に逃げ始める。

 そんな中、1人だけ立派な(たてがみ)を持った青年が私の方に近づいてきて言った。

 

「おい、アンタの友達連れて行くぜ! ギルドに預けるから、ちゃんと生きて再会しろよ!」

「ありがとう!」

 

 その青年は馬系の獣人であったようで、お義母さんを抱っこして猛烈な勢いでこの場を去っていく。

 

 さて、仕切り直しだ。

 

 頭部を振るわせたり、触手をうねらせている悪魔たちは、確実に私を見ている。

 が、まだ仕掛けて来ていない。

 彼我の距離は向こうにとっては一歩程度で、私にとっても数歩であるにもかかわらずだ。

 

 考えろ。

 

 3対1である今の状況は、幾ら何でも私が不利に過ぎる。

 であればこそ、打って出て殺しに行くか、守りに徹して時間を稼ぐか考えなければならなくて──

 

 即座に、時間稼ぎの案を捨てた。

 

 そんな緩い闘い方をしていたら、予想できる結果は1つしかない。1体は抑えることができても、残りの2体が逃げて殺戮を始める。

 それは、嫌だ。どうしてか、どうしても嫌だった。

 

『Fcц Xgtipйigp fgt Geшg jcpignp. Цvktd!』

 

 何か言葉のようなものを漏らし、悪魔が跳ねた。先程親子に向けたように、私に向けて跳躍し迫って来る。

 

「《毒鋼よ》!」

 

 それを冷静に視ながら、私は再び偽装した《鍛冶魔法》を使用する。

 今度生み出す金属は鋼鉄ではなく、極めて高い毒性と保冷性を持つ金属。

 保冷性が高いのに常温では液体化し、低温であればあるほど硬化する不思議な性質を持つ薄紫色の金属を固体として生成。

 形状はハリネズミのように、然し太く鋭く槍のように!

 

『Giggy!?』

 

 空中という動作の制限される場所にいた悪魔は、私が作り出した冷気を放つ剣山に突き刺さる。含有している毒は速効性の麻痺毒と遅効性の致死毒の2種、これで一先ずこの悪魔は終わ──

 

「ッ!」

 

 ──少しの考えを巡らせる暇もなく、4本の触手が襲いかかって来た。

 それをなんとか横っ跳びに回避し、体勢を立て直す中目の前に追撃である悪魔の頭部が着弾した。

 衝撃で飛ばされゴロゴロと転がった後、マズイと思い跳ね上がるように立ち上がる。

 巻き上げられた土と砂によって悪魔の姿が遮られよく見えない。瞬きも無駄に増えている。状況の悪さに苛つき──刹那、まだ地面に埋まっているはずの4本の触手が、砂塵の向こうから飛来した。

 

「せぁっ!」

 

 3体目だ。心の中で悪態を吐く。

 短剣を振るい、足で蹴り上げ、できる限りの迎撃を試みるが──一手足りない。

 左脚を狙った一本が直撃。爪と防具が衝突し、互いに大きく弾かれた。

 体勢が崩れた私と対照的に、すぐにうねり元に戻った触手は私の左脚に巻きつき締め付ける。

 生暖かい温度と蛇にも似た柔らかさ、湿気。絶妙に気持ちが悪い触手は、私の足を圧し折ろうと締め上げ、抵抗させないように私を逆さに吊るし上げる。

 

「させ、ないから!」

 

 気合一閃。

 足を折られる前に、地面へ叩きつけられる前にと、体を起こして短剣を振り抜いた。

 普段の鍛錬が効いて、逆手に握った刃は触手を両断に成功する。

 訪れる落下の感覚の中、振り抜いた勢いで身体を捻りなんとか着地。痛みを堪えてなんとかバックステップで距離を取った。

 

「んっ」

 

 短剣を握る手とは反対側の手で、ポーションと呼ばれる傷を癒す魔法薬を取り出し、痛む左脚にぶち撒ける。

 濡れる不快感を代償に、すぐに痛みは引いていく。

 お義母さん達はどうなっただろうか、悪魔はどうなっただろうか。ぐるぐると回る思考の中、あたりを舞っていた土埃が晴れる。

 

「──は」

 

 そして、私は絶句した。

 そこに居たのは、異形さを増した悪魔の姿。まるで子供の粘土細工のように、雑に背中に付けられた頭。肩、増えた頭部にそれぞれ追加された触手。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()上位形態。生命を冒涜しきっているかのような姿に、吐き気を覚えた。

 

「でも、やらないと」

 

 確か教わった記憶がある。悪魔は同タイプの悪魔を捕食することで、成長進化すると。だったら、今仕留めないと私じゃ手がつけられなくなる可能性が高い。そう思って一歩を踏み出し──

 

 天と地が逆転した。

 

「へっ?」

 

 地面を何度もバウンドし、世界が何度も入れ替わってから攻撃を受けたのだと気がついた。

 

 防具のお陰で、致命傷は負ってない。肩辺りの骨が折れているだけだ。認識が追いつくと同時に襲って来た激痛に自然と涙が浮かび、けれど無理やりに抑え本能のままに横に転がる。

 

 直後、私が居た場所が黒い柱で貫かれた。

 

 否、それは黒い柱ではなく触手だ。速度は体感で4倍近く。1+1=2ではなく4になるとか、巫山戯ている。でもこれが現実だった。

 

「けほっ、こほっ」

 

 今度は頭からポーションを被り、折れた骨を仮接着程度だが接合させる。そして無理をして迎撃体勢をとって……次の瞬間、私は後悔した。

 

『Ngeшgt……Ngeшgt……』

 

 食っていた。悪魔が、串刺しになって毒に侵されている悪魔を食っていた。

 もそもそと、縦に開いた大きな口でかぶりついていた。

 滴るドス黒い血。肉を断ち潰して飲み込む音。そして、痙攣する食われている悪魔の姿。その全てが相まって……気持ち悪い。そんな感想以外、私の頭には浮かんでこなかった。

 

『Qj,kej hйjng okej ykg pgw igdqtgp』

 

 動けない私の前で、一口食べるごとに悪魔は変形を続けていく。

 不味い。理解はしているのに、身体が動かない。

 

 変わっていく。

 辛うじて人のような形を保っていた悪魔の姿が、広く平らな胴体と6つの足を持つ尾のない蠍のような形へ。

 大きく口を広げた頭部は健在、背中には太い触手が蠢き、感じる強さは先程までの比ではない。

 

 なら逃げる?

 ──それでいい、みんなを助けられても私が死んだら意味がない。

 ──それじゃダメだ。結局助けた人達が殺されてしまう。

 

 2つの相反する考えが巡り、巡り、巡り、決めた。

 逃げたらダメだ。

 いや、今の私じゃもう逃げられないのだから、最後まで足掻くほかない。

 

「《レッサー級》改め《ソルジャー級》、手に負えないなぁ」

 

 愚痴りながらも、進化した悪魔に立ちはだかる。

 死にたくない。この際もう身バレしようが知ったことか。

 短剣をもう1つ抜き放ち、鍛冶魔法も全力で発動させる準備を整える。それでも尚届くかわからない化け物に、無謀な突撃をしようとして──

 

「斬!」

 

 通り過ぎた光の刃が悪魔を切断したことで、その動きを止めた。

 

 次いで2撃、3撃、4撃、5撃。

 三日月型の光刃が通り抜け、あれだけの脅威を放ってた悪魔は秒と経たずに輪切りにされてしまった。

 それはあまりにも、あまりにも呆気ない幕切れだった。

 

「よく頑張ったな、嬢ちゃん」

 

 未だ呆然と構えを解けない私の頭を、誰かが乱雑に撫でた。

 鬱陶しいそれを頭を振って振り払い、見上げるとそこには、待ちに待った味方の姿。

 2m以上の大剣を背負った、国の紋章が入った装備を見に纏う王城勤めの兵士。大柄な犬系の獣人は、よくやったと快活な笑みを浮かべていた。

 

「ありがとう、ございます」

「気にすんな。これが、俺たちの役目だからな」

 

 そう言う兵士の人は、見渡せば5人1組として行動していたらしい。そして当然、全員が大剣……ママが作った魔剣を背負っていた。

 リュートさんたちの物とは違う、量産型のⅠ型魔剣。大剣だから、確か銘は『スラッシャー』

 例え量産品であっても、いや、量産品であるからこそ威力は抜群。兵器として単純な優秀さをこれでもかと見せつけていた。

 

「俺たちはまだ、残ってる悪魔を狩りに行かなきゃならねぇ。だから、さっきここから避難していった奴らのことは頼んだぞ」

「残ってる悪魔って、まだいるんですか?」

 

 確か向こう側にも落ちた気がするけど、私のところまで来たならば。こっちはもう片付いているんじゃないのか。

 

「ああ。クリフォトの一部が崩壊して、ここの反対側に落下したらしくてな。クリフォトによる被害はほぼねぇが、一緒に落ちて来た悪魔が50は居た」

 

 あんなものが、50体も。

 それも戦える人が多い町ではなく、安全地帯とされているこの王都へ。それは控えめに言って、地獄そのものだ。

 

「対して俺たち魔剣使いは200しか今はいねぇ。手が足りねぇんだ。だから、ここから避難してる奴らは頼んだぜ」

「了解しました!」

 

 一礼して、私はお義母さんたちの元へ走り出す。

 

 私以外、戦える人はここで遊んで居た人達の中にいただろうか?

 

 襲われてはいないだろうか?

 

 お義母さんは、無事だろうか?

 

 幾つもの疑問が頭の中に生まれては消えて、それが私の足を加速させる。

 間に合って、どうか間に合って。

 そう思う私の行く先で、無情にも大きな土埃が舞い上がった。

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