銀灰の神楽   作:銀鈴

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嘘つきの盗賊【03】

 カランと軽い音を立てて、アヤの手から金属製の魔法陣が落下した。その目は先程までと違って虚ろで、記者の行使した魔法による洗脳が上手くいったことを明確に示していた。近距離にいたアインも同様、目を虚ろにして動きを止めている。

 

「クソッ」

 

 そんな静止したかのような裏路地で、血を吐き捨てながら記者は悪態をついた。しかしそれ以上言葉を紡ぐ余裕はないようで、無言で魔法を使い自分の傷を癒していく。

 なにせアヤが行った鎧抜き。この場にいる人物には知る由もないが、あれは英雄戦争の前の時代……人間・獣人・魔族が争っていた時代の技。つまり、人を効率よく殺すための技術なのだ。本来ならば、記者は死亡する以外道がない程の威力を持っている。

 そんなものを受けて記者が生きていられる理由は、アヤ自身の技量が未熟である事と、魔剣の加護という理外の法則が働いているからに他ならない。()()()()()()()()()()なのだから、当然と言えば当然なのだが。

 

「だが、これは僥倖かもしれねぇな」

 

 口端の血をぬぐい、新たなカメラを取り出した記者はそう呟いた。まだ生命を維持している魔剣は手放せないものの、目の前で好きなようにスキャンダルを捏造できるのもまた事実。確かにそれは、僥倖といって差し支えない状況だった。

 

「無様だなぁ、Sランク冒険者さんよぉ!」

 

 今までの有象無象と同じように、遥か格上の奴を無茶苦茶にすることが出来る。そのことに堪えが効かなくなったのか、動かないアヤを蹴り飛ばしながら記者は笑う。

 魔剣によるブーストがあっても、記者とアヤの能力はほぼ同じ、寧ろ記者が下回っている。故にアヤ側にダメージは一切ないのだが、それでも記者の自尊心は満たされたらしい。地面に倒れて動かないアヤの写真を撮り、治療を継続しつつ立ち上がった。

 

「テメェもこんな結界張りやがって……」

 

 忌々しげに動きを止めているアインを睨みつけつつ、記者はカメラのシャッターを切った。その直後、記者の顔がいやらしい笑みへ歪む。今まで散々恋人か!?と煽っていた相手を、己の手で自由に操れるのだ。それを利用しない手はない。

 

「《押し倒せ》」

 

 記者がそう言った途端、覚束ない足取りでアインが動いた。そしてそのまま、横たわったままのアヤの上に覆い被さる。この場にいる3人を除けば、そういう場面以外の何にも見えないシーンである。

 様々なアングルでそれを撮影して、ほくそ笑みながら記者はカメラを下ろした。一先ずこの写真があれば、熱愛報道でスキャンダルを取れる。

 

「そうすれば、当面の資金は問題ないだろうな。治療費と上納金を差し引いても、1年は遊べる金が入る」

 

 そして今、最低限の治療は終わった。負担のかかる魔剣の限界駆動を停止し、記者は大きくため息を吐いた。その途端に記者の顔は蒼褪め、脂汗が吹き出て足元が覚束なくなる。

 

「ったく手間かけさせやがって……意識だけ戻して、目の前でぶち犯してやろうかこのアマ……」

 

 押し倒し倒された状態で固まっている2人を見下しながら、吐き捨てるように記者は呟いた。実際身体つきは貧相……年齢を考えると無残なアヤではあるが、確実に顔は良い。

 それを自分が無茶苦茶に出来ると考えると、我慢が出来なかったのだろう。緩み切った顔で記者が2人に向けて腕を伸ばし──た瞬間、今までピクリとも動かなかった2人の姿が掻き消えた。

 

「それは当方としても容認しかねる」

「その汚い手で触らないでください」

「は……?」

 

 そして次の瞬間には、魔剣を握っていた記者の腕が宙に舞い、記者本人も地面へと叩きつけられていた。

 

 

「その汚い手で触らないでください」

 

 そう吐き捨てながら斬り飛ばした腕を引き寄せ、握っていた魔剣をエターナルに納刀する。これでもう、そもそも効果を発揮してなかったが、魔剣を使われる可能性はなくなった。

 

「魔剣回収」

 

 ここまで作戦通りに事が運んだとは言え、最悪も最悪の気分だ。操られた演技も楽じゃないし、誰が好き好んで押し倒されて、しかもそれを撮影なんぞされなきゃいけないのか。とりあえず鬱憤ばらし兼証拠隠滅のために、カメラは踏み砕いて焼却しておく。

 

「ふんっ」

 

 血を撒き散らしながら絶叫する記者を、踏み付けて固定する。その後一応手持ちのポーションをかけ、止血と減りに減っている生命力を回復させておいた。こんな相手でも、殺そうとすると心臓が軋んだから。

 

「ごめんなさいアイン。こんな茶番に付き合わせて」

「気にするな。元より聞いていた作戦だ」

 

 そう言ってくれるだけ有り難い。茶番劇としか言えない作戦を立てて、実行した身として少しは気が楽になる。

 洗脳されたフリをして、隙をついて魔剣を回収する。そんな作戦だったけど、この分なら正面突破でどうにかなった気しかしない。今回は上手くいったけど、アインにマオさんが使っていた転移を使ってもらって背後に回り込むのは勿体無かったか。初見殺しだけど、あまり多用はしない方がいい気がする。

 

「ばか、な……俺の洗脳魔法は、完全に掛かっていた筈だ……!」

 

 そんなことを思っていると、足元で私にこんな手段を取らせやがった記者がそんな事を喚いていた。見ているだけで、不快感が込み上げてくる顔だ。よくもまあ死にかけてるのに、そんな顔が出来る。

 

「聞こえてなかったのか。単純に当方にもアヤにも、貴様の魔法は効いていなかっただけだ」

「魔剣の効果も、正しく理解してなかったみたいですしね」

 

 もし今回収した魔剣……Ⅱ型魔剣ルンペルシュテルツヒェンのことを知らなければ、確実に洗脳されていたのは間違いないのだけど。まあそんなこと、教えてやる意味も理由もない。

 

「とりあえず、最初に勧告した罪に加えて……まあ、色々付け足して貴方を逮捕拘束します。沙汰は私じゃなく、ちゃんとした機関が下すことでしょう」

 

 そう言い切ったところで、記者は意識を失ったらしかった。……あ、1つやり残していた事があった。私が魔剣を回収するために斬り飛ばした腕。それを精錬用の炎で焼却しておく。これで腕を再生させるには、正攻法で癒すしかない。散々やられたことへの憂さ晴らしとしては、少しやり過ぎなくらいだしもうやめておく。

 

「アイン、この人をギルドまで運んでもらっていいですか? ちょっと、触りたくなくて」

「認識した。当方から提案する前に、アヤが言ってくれたことに感謝する」

 

 ・

 ・

 ・

 

 路地裏で魔剣を回収してから数時間。依頼取り消しや証拠品(魔剣)預かりを始めとして諸々の手続きを済ませてギルドを出れば、すっかり日は沈んで暗くなってしまっていた。

 

「あちゃぁ……これだと、もう一泊はしないとですね」

「そのようだ。当方も、無理に夜間行動をするべきではないと判断する」

 

 あの記者め……こんな所でも迷惑をかけてくれる。急いでるわけじゃないけど、こんな無駄な足止めはもう勘弁してほしい。

 それにしても今日は疲れた。結界の起点設置に、一日中偽装工作をしたし、果てにはあの結果だし。そう思うと、一気に疲れが押し寄せてくる。

 

「そういえば、1ついいだろうか?」

「あっはい。なんでしょう?」

 

 伸びをしながら宿への帰路を歩いていると、そうアインが話しかけてきた。

 

「そろそろ、あの魔剣について教えてはくれないだろうか」

「あの魔剣って言うと、記者から奪ったやつですか?」

「ああ。当方はあの魔剣について、名称以外の情報を提供されていない」

「そうでしたっけ?」

「今朝、アヤが『名前だけ知って入れば問題ない』と発言して以降、仕込みを重視していた為、効果等の情報を提供されていない」

 

 思い出してみると、確かに説明した記憶はない。そうなると、あの時咄嗟に合わせてくれたけど、相当な負担をかけてた筈で……

 

「すみません。うっかり忘れてました」

「以後このようなことはやめてほしい。事前情報は、戦況を左右する極めて重要なものだ」

「はい……」

 

 正論で心が痛い。怒りで周りが見えなくなっていたのか、それとも焦りだったのか。今はもうわからないけど、間違いなく私の不注意でミスだった。

 

「でも、1つ言い訳させてもらって良いですか?」

「構わない」

「ありがとうございます。それであの魔剣なんですけど……まあ、簡単に言うと『銘を知っている』だけで人なら無力化できるんです。だから多分、安心して忘れてたんだと思います」

 

 それが例の魔剣、ルンペルシュテルツヒェンの特徴なのだ。魔剣の中でもかなり珍しいタイプの効果だから、名前と一緒に覚えていた。

 

「認識した。だが、何故そのような縛りをする必要がある?」

「強力過ぎる効果の代償、なんだと思います」

 

 そればかりは製作者に聞くしかないけど、武器を作っている者として大凡の検討はつく。悪用して欲しくない。魔剣全般に何かしらの制限があることの理由は、きっとそれに尽きるんだと思う。

 

「効果自体は、分類するなら現実改変ですかね。1の結果を出す事象を、割り込みで100の結果に書き換えることが出来るんです」

「それはつまり、どういうことだ?」

「攻撃の威力を100倍にしたり、防御魔法の能力を100倍にしたり、そんな感じで……なんというか、結果を操作できます」

 

 ただし、能力を使って干渉する対象が銘を知っていると、Ⅱ型魔剣だがⅠ型より少し強化倍率が高いだけに成り下がる。

 つまりこの魔剣は、『相互理解のできない悪魔』や『意思を持たない無機物』に対しては滅法強いけれど、対人となると一瞬で使えなくなるのだ。

 

「……銘を知らなければ洗脳されていた、そういう認識で良いのか?」

「そうですね。後は、無差別に強化した攻撃魔法を使われても危うかったと思います」

 

 そうされたら、こちらも魔剣を抜いて強硬手段を取る以外なかった。その点あの記者は、死ぬ程不愉快だけど無能で助かった。

 

「と、説明はこんな感じで良かったですか?」

「ああ、問題ない。感謝する」

 

 手続きとかやってて忘れてたけど、話していて思い出した。そういえば1つ、アインに謝らないといけないことがあったんだった。

 

「あ、そうだ。もう1つ、アインに謝ることがあるんでした」

 

 振り返ってそう言うと、心底不思議そうな顔をしてアインも立ち止まった。私としては結構大きな罪悪感なんだけど、そうでもないのかな。

 

「今日、あのクソ記者を騙す為とはいえ、アインが私を押し倒したじゃないですか。そのことで謝らないと、と思いまして」

「何故だ? 謝るべきは当方であると認識しているが」

 

 確かに恥ずかしかったけど、私の指示でやってもらったんだから謝られるのは道理が通らない。それに……

 

「アインも私なんか押し倒しても、何も良いことなかったでしょう? 別に好きな人でもない、可愛いわけでもない、私みたいなちんちくりん。押し倒したところで何のメリットもないですし、寧ろ不快だったかなと」

 

 真実そう思う。一応私も女だし、あのクソ記者みたいなタイプの奴なら別だろうけど……アインは多分、そういうタイプの人じゃない。だったら多分、やりたくもないことをさせられた不快感の方が大きいと思うのだ。

 

「それはあり得ない。もし当方が『不快であった』など言った場合、一般的男女全てと敵対することになる」

 

 そう思って頭を下げたのだったけど、乱暴な感じでそれは上げさせられてしまった。どうしてと思ってアインを見れば、呆れきった様子で言われた。

 

「まず一般論として、アヤは自分のことを低く身過ぎている」

「そんなことないですよ。これでも鍛冶と錬金の腕は、今生きてる人の中ならトップに食い込んでると思ってますから」

「そうではない」

 

 その言葉は、直後に否定されてしまった。……そう、だよね。私がそんな風に思うだなんて、烏滸がましい話だったかな。

 

「違う。現状表に出てきている人物の中で、アヤの製作技術は頭一つ以上抜きん出ている。つまりはトップだ」

「そんなこと……」

「そして、先ほどの返答をしよう。

 確かに当方は、『好き』という感情を理解できない為第1条件は満たさない。

 だが第2条件である可愛くもない、という言葉はあり得ない。アヤの容姿は平均よりも可愛らしいと断定する。当方の感性からしても同様だ。

 第3条件であるちんちくりんに関しては、個性の一言で済ませられる。また成長の余地も残っている。

 よって当方は、アヤの発言を否定する」

 

 有無を言わせない言葉で、アインは私にそう告げた。そんなことはない、そう思うけど……どうにも、上手く否定できそうになかった。

 

「お世辞を言っても、何も出ませんよ」

 

 それに、こんなに真っ直ぐに言葉を告げられたのは経験がほとんどない。だからどうにも気恥ずかしくて、誤魔化して私は逃げ出……

 

「世辞ではない。事実だ」

 

 すことは出来なかった。アインに手を掴まれ、逃げようとする動きを止められてしまった。

 

「だから、何も出ませんって」

「見返りは不要、ただの事実だ」

 

 目を逸らしてそう言ったのだけど、真っ直ぐに私を見てアインはそう言った。その瞳はどこまでも、どこまでも真っ直ぐで、私の心まで見透かしてくるようで。

 

「……いや」

 

 嫌だ。嫌だ。いやだ。いやだ。いやだ。そんな目で私を見ないで。私はそんな人間じゃない。アヤなんて人間、嘘の塊でしかないのに。みんな、みんな言ってたんだ。死ねって。殺すって。生まれて来なければよかったって。お前に生きてる価値はないって。罪を償えって。

 そんな暴力とか暴言から逃げて、お義母さんの介護って自分を騙して、家に閉じこもって、それで出来たのがアヤ・ティアードロップなのに。魔剣を回収する仕事だって、大義名分を貰って奪ってるような、盗賊と変わりない事なのに。そもそも、何のために生きているのかすら分からないのに。

 

 それを、それなのに。見ないで。そんな言葉を言わないで。そんな真っ直ぐな目を向けて……逃げ続けてるだけの、弱い私を見透かさないで。

 

「ぁっ……」

 

 今までずっと封をして、見て見ぬ振りをしていたものが溢れ出る。爆発するように感情の奔流が、私の中を駆け巡る。逃げ場を探して首から下げているロケットを握った瞬間、電源が切れるように、私の意識は闇へ沈んだ。

 

「誰か、助けてよ……教えてよ……」

 




にげられなかった!

《Ⅱ型魔剣 : ルンペルシュテルツヒェン》
 黒塗りの小さな片刃の短剣。鍔に小さな赤い宝石が埋め込まれている。ただそれだけしか特徴という特徴がなく、能力発動時も宝石が光るだけの変化しかない。
 所持者 : 名もなき記者

【能力】
 基準値 : E 限界値 : E(A++)
 照準 : E(A++) 範囲 : E(A)
 操作 : E(A++) 維持 : E(B)
 強度 : E(A++)
 ※但し、限定的に能力が変動する

【詠唱】
 刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為
 1つの言の葉が世界を騙す
 弄した虚言は、藁を黄金の宝に変えた
 清算すべき代償は踏み倒し
 我が求むは栄光1つ
 我が名を知らぬならば頭を垂れよ
 然らずんば断頭台の刃が落ちるだろう
 限界駆動(Over Drive)──金糸を紡ぎ歌え、(ライアーフール・)囂々たる妖精よ(ブラックマリス)
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