銀灰の神楽   作:銀鈴

51 / 224
嘘つきの盗賊【終】

 いつも魔剣を回収した時に見ていた、魔剣の担い手と作られた時の夢。それを塗り潰すように、私は過去(あくむ)を追体験していた。

 

『死ね』『死ね』『死んでしまえ』

 

 告げられるのは、生を否定される言葉。

 

『お前が生きてる価値なんてない』『さっさと罪を償えよクズの娘が』『お前なんて見たくもない』

 

 告げられるのは、生の価値を貶める言葉。

 

『生まれなければよかったのにね』『ごめんなさいねぇ。貴女にはもう売れないの』『ごめんなさい』『悪いとは思うんだけどねぇ』

 

 向けられるのは、憐憫の目。

 

『チッ』『さっさとくたばっちまえ』『罪人の娘風情が』『王を殺したくせに』『お前のせいで死んだんだ』『私の息子は死んだのに、なんで貴女は生きてるのよ!!』

 

 誰も私を助けてくれない。誰も私を見てくれない。誰もが私を、かつての英雄の娘を、まだ無力な9歳の女の子を、よってたかって八つ当たりの対象にした。自分より弱い相手を一方的に嬲り、己の不安やイラつきを発散させていた。

 

 殴られた数は覚えていない。蹴られた数は覚えていない。買い物をさせてくれなかった数も、来店すら拒否された数も、1人には広すぎる家を荒らされた数も、社会から拒絶されたことは、忘れられない記憶として私に刻まれている。

 

 昨日まで優しかった隣人に、卵を投げつけられたことも。

 特に関係のなかった通行人が、突然豹変したことも。

 誰とも知れぬ人たちが、毎日毎日飽きもせず罵詈雑言を浴びせてきたことも。

 

 現実に耐えられず、壊れた私を助けてくれたのは5人だけ。

 1人目はリュートさん。腕を1つ失って、家を継いだ直後だったのに、秘密裏に私を保護してくれた。

 2人目はレーナさん。リュートさんの補助もあったのに、何もわからない私の世話をしてくれた。

 3人目は、2人の息子であるアレクさん。ただ遊んでくれただけだけど、それが当時の私には嬉しかった。

 4人目はお義母さん。突然死にかけの状態で戻ってきて、それでも私を守ってくれた。変わらないで、大切にしてくれた。

 最後の1人が、獣人界の国家元首であるミーニャ女王。当時はまだ、即位してから1年も経っていなかった。でも、そのせいで沢山の政敵を作ったのに、利益も被害も度外視で私を保護してくれた。

 

 この5人のお陰で私は、(アヤメ・キリノ)としてではなく今の私(アヤ・ティアードロップ)としての生を過ごせている。

 

「そう。そう、だったね」

 

 追体験する悪夢の中、私は一人呟いた。そうだ。これが、これが私の原点だ。だから今も、人が怖い。ある距離より中には立ち入ってほしくない。だって、だって、

 

「私はこの時から、何も変わってないから」

 

 心配をかけていたくないから、(アヤメ)(アヤ)を演じるようになった。

 お義母さんに無理をしてほしくなくて、(アヤメ)は立ち直ったように振る舞った。

 

 つまり、時間が流れただけ。何も変わらず、私の時間はここで止まっている。お義母さんを守り切れなかったことで、ただでさえ化膿してた思い出の傷口は、取り返しがつかないくらい抉れている。

 

「そして、その全部から逃げ出した」

 

 目を背けて、蓋をして、見なかったことにして振る舞っていた。

 そんな逃亡者が、ホラ吹きが、自分すら騙していた屑が。何かを成し遂げられるなんてこと、あるわけがなかったんだ。

 自分を偽って、誰かから気持ちを向けられて、魔剣を回収して……そんなの、詐欺師の所業だ。信用も信頼も等しく偽りでしかなく、盗んだと言われても不思議じゃない。

 

「どこまでも情けないし」

 

 見も知らぬ他人を恨んで、憎んで、燃え広がる憎悪の炎も私は抱えていた……筈だ。だからこそ、クハクさんを殺せてしまった。初めて経験したソレによって、火種が消えたのは皮肉としか言いようがない。

 本意じゃなかったとはいえ、人の命1つを奪わないと分からなかった。変われなかった。止まれなかった。そんなのどう繕っても美談にはならないし、そもそも繕う気も起きない。

 考えてみれば、私が人の命を奪えなくなったのは、そんな情けなさの、冤罪かもしれないママ達とは違って、真実犯した罪の烙印なのかもしれない。

 

「どこまでも、無様だよ……」

 

 私の「今」を再確認するように言葉を呟いた瞬間、フワリとした浮遊感が私を襲った。律儀に今まで通り、夢の世界から意識が離れていく。所詮私なんて、この程度の人間なのだと答えを突きつけられながら。

 

 

 意識を取り戻して最初に感じたのは、一定のリズムを刻む揺れだった。次に感じたのは温かさと、男性っぽい臭い。予想をつけて目を開ければ、私は普段よりずっと高い目線の場所にいた。要するに、おんぶされていた。

 

「目が覚めたか」

「ええ、はい。とりあえず降ろしてもらえます?」

 

 私が目を覚ましたことを、身動ぎか何かで察知したのだろう。話しかけてきたアインに、私はそうお願いした。流石にこのままは恥ずかしい、それはアインも同じだったのかすぐに地面に降ろしてもらえた。

 

「すみません」

「すまなかった」

 

 それから発した互いの第一声は、奇妙なことに殆ど一致していた。そのことに驚きはしたけど、道端にいつまでも居座るのは邪魔でしかない。先に言って貰おうとジェスチャーで促すと、意図を察してくれたのか頷いてアインは語り始めた。

 

「重ねて謝罪する、当方が悪かった。本音と真実を言えば伝わると思っていたが、どうやら踏入り過ぎてしまったようだ。信じてもらえるかはわからないが、当方にアヤを傷つける意図は一切なかった」

 

 そう言って、アインは深く深く頭を下げた。その言葉に嘘がないと、なまじ理解できてしまうだけにむず痒い。ついさっきまで自分の屑さを再認識していた所為で、自分がそれを受け取るに相応しい人間と思えなかった。でも謝ってくれたことと、その意思は尊重すべきで……

 

「頭をあげて下さい。私も、些か取り乱し過ぎました」

 

 自嘲と共に、そう言うのが限界だった。そうだ、幾ら何でも気絶するのはないだろう。目の前にいたのがアインだったから良いものの、アヤメ・キリノを殺そうとする相手の前だったら。……善意の介抱で首飾りを外された瞬間、私の生は終わりを告げることになる。

 

 と、ここまで考えて気がついた。思ったより私は、自分でも気づかないままアインに気を許していたらしい。忌むべき奴隷契約をベースにした秘密保持の絶対遵守契約があるとは言え、なんだかんだでもう半月近く。四六時中ではないけど、その間ずっと一緒に行動してる訳だし……絆されてる、のかな。私にそんな資格なんてないのに。

 

「少し触れられなくない所に踏み込まれただけで気絶なんて、情けないにも程がありますよね」

「いいや。当方には理解できないが、触れられたくない部分に踏み込んだ当方に責はある」

 

 そうしてどちらの意見も受け入れ難く、「私が」「いいや当方が」と口論すること数分。まだまだ納得までは遠いと感じていた会話を断ち切ったのは、突如感じた私達を対象にした魔法の気配だった。

 

「ッ、アイン防御!」

「認識した」

 

 私の発動速度じゃ間に合わない。そう判断して頼んだ直後、アインが張った結界をすり抜け魔法は直撃した。

 

 受けたのは、闇属性呪い系の魔法。効果は対象……つまり私たちに致死の呪いを受けさせることと、対象の魔法発動の妨害。随分と面倒なことをやってくれる……!

 

「すぅ……」

 

 でも、これなら問題ない。深呼吸して、私に作用している魔法に自分の魔力を逆流させる。ああ、この魔法なら、ちょっとマイナーチェンジされてるけど知っている。なら壊すことくらい造作もない。

 

「ふっ」

 

 十分に魔力を浸食させた後、一息で魔法を破壊する。同時に襲ってきていた倦怠感も霧散して、至って正常な体調に戻った。アインはまだ魔法を解けていないようだったので、一応私が普通に解呪用の魔導具を使って解呪しておく。

 

「感謝する」

「いえ、私も伝え損ねていたので」

 

 普通防御と言えば、物理的なものを選ぶのは当然だった。そもそも私も受けるまで魔法の正体は分からなかったし、それで文句を言うのは酷というものだろう。

 

 でも、こういう咄嗟のタイミングならアインの方が魔法の発動は早いし、後で便利な防御系の魔法を教えて使ってもらおうかな。あれは自作でどこにも公開してないけど、使えれば便利な魔法だし。

 それに偶然できた傑作だから、魔法大全に公開はしたくないけどお蔵入りはさせたくない。

 

「どうかしたか?」

「いえ、後でアインに付き合ってもらいたいことが出来ただけで」

「認識した。それで、今の魔法攻撃についてだが──」

 

 と、そんな会話をした直後のことだった。服装から見てギルド職員の人が、明らかに焦った様子で私たちに走って向かってきていた。悪意は感じないけど、一応エターナルを握っておく。

 けれど、そんな心配は杞憂だったらしい。息を切らした職員さんは、安堵の溜息を吐いて言った。

 

「良かった……お二人がご無事で」

「いいや。たった今、正体不明の魔法攻撃を受けたばかりだ」

「ええ!?」

 

 素直にそう告げたアインの所為で、明らかに職員さんの表情が変わった。そのことに、今度は私が溜息を吐く番だった。素直になんでも言えるのはいいことだと思うけど、これじゃ話が進まない。

 

「もう対処したので問題ないです。それで、このタイミングということは何か関係があるんですよね?」

「え、は、はい! そのことと言いますか、先程お二人が捕まえた記者についてなのですが……」

「とりあえず落ち着いてください。はい、深呼吸」

 

 終始慌てっぱなしの職員さんは、明らかに私より年上なのに従ってくれた。ひっひっふーと何か間違えてる呼吸だったけれど。それでも落ち着くには十分だったらしい。今度はしっかりとした口調で、事情の説明をしてくれた。

 

「つい先程、お二人が捕まえた記者を取り調べに行ったところ、これは獄中で死んでいました」

 

 その言葉に、一際強く胸が軋みをあげた。ああそうか、私が殺したのか。そう思考が繋がってしまったから。さっきの悪夢(ゆめ)を見ていなければ、また気絶しかねない程の激痛を伴って心が絶叫する。

 突如胸を押さえた私に職員さんが目を丸くしているが、今はそんなこと気にしていられない。多分このままじゃ、また気を失う。

 

「アイン、殴って」

 

 言葉より早く拳が来た。背中に入った鋭い一撃が、肺から息を無理矢理に吐き出させる。魔剣を握っていたとは言え痛い。多分これ、後でちゃんと処置しないと痣が残る。

 

「え、えっ、あの……」

「気付けですから、お気遣いなく」

 

 でも、こんなくだらないことを考えれるくらい、思考がマトモに戻った。無視出来ないくらい心は軋んでるけど、まだ気絶するほどじゃない。

 というか、可哀想なくらい混乱している。多分この人新人さんなんだろうな……腕の立つ冒険者って、私より頭おかしい人数えきれないくらいいるし。

 

「じゃ、じゃあ続きを。舌を噛んで自殺していた記者なんですけど、壁に血で文字を残していたんです」

「自殺、ですか……」

 

 直接手を下していたわけじゃない、そんな事実に軋みはかなり小さくなった。私が追い詰めて殺した、その事実には違いないのに。

 

「書き残されていた文字について、東方らが聞けることはあるだろうか」

「寧ろそちらが、お二人に関する内容です」

 

 アインの質問の返答に、そんな自虐的考えから気を引き締め直した。なんだが嫌な予感がする、面倒ごとが回ってくるような。

 

「血で書かれていたのは、誰かに致死の呪いを掛ける魔法陣。そして……いえ、これは直接見せたほうが早いですね」

「これは……!」

 

 手渡されたのは獄中の写真。写っていたのは、職員さんの言っていた通り呪詛の魔法陣と、魔族語で書かれた1つの文。そして冒険者の(アヤ)として非常に見覚えのある、『蛇の絡みついた翼』のエンブレムだった。

 

「『我ら北風貪団に栄光あれ』、ですか」

「きたかぜ……これはどう読めばいい?」

「これで北風貪団(ボレアス)って読みます。かなり悪名高い傭兵崩れの盗賊団で、まあ文字は当て字ですね」

 

 アインに説明しながら、私もこの団についての情報を思い出す。

 

 北風貪団の成立は、確か英雄戦争集結後すぐ。生き場を無くした傭兵が集まったのが始まりだった。それから盗賊行為に手を染めた結果、犯罪集団として成長、大戦闘集団と化した。今では相応の金さえ払えばどんな汚い依頼でも受け、悪虐であろうと実行する最悪の集団として有名となっている。

 その最大の特徴が、複数本のⅡ型魔剣と大量Ⅰ型魔剣を抱えているということ。そして、戦争の時代に時計の針を巻き戻すこと。その2つが、確か団の基本理念だと聞いている。

 

 頭を仕事モードに切り替える。

 心に浮かぶ罵倒は置いておいて、心の軋みも押し潰す。そうして平静を装って、職員さんに問いかけた。

 

「それで、私たちに何をしろと」

「はい。お二人の顔は、記者の方の『情報を指定した場所に届ける』という秘呪によって、彼らに知られたと思われます。ですので、以前から準備していた計画が前倒しになりました。これがその依頼書になります」

 

 そうして依頼書を手渡して、職員さんは去っていった。

 

 依頼の種別は、指名兼緊急依頼。

 書かれていたのは単純な内容だった。北風貪団(ボレアス)の根絶及び、所持している魔剣の奪取という、難易度を無視すればの物だが。

 依頼者は王城・ギルドの連名、報酬はⅠ型の魔剣を一振りと金貨5枚。

 各地にある拠点に、それぞれSランク以上の冒険者が2名以上+Aランク冒険者多数で攻め込むものらしい。

 総合的に見れば、破格と言える依頼ではある。巻き込まれる以上、受けた方が良い依頼ではある。そう、あるのだが。

 

「なんでこう、いつもいつも……」

 

 この依頼は、立場上私に断ることはできない。

 最悪のタイミングで到来した問題に、私はクリフォトが覆う空を仰ぎ見ることしか出来なかった。

 




上下で終わらせるつもりだったのに、思った以上に話数続いちゃったので数え元に戻しますね……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。