地面を突き破り、戦場へ顕現していく無数の樹。それは私達を避けながら範囲を拡大させ、賊だけを狙い撃ちにしていく。それにより戦況が逆転していく中、一瞬呆けてしまった自分に喝を入れる。
詠唱も能力名を乱戦の音で聞こえないけど、私はこの能力を持つ魔剣を知っているのだから。そして同時に、
盾をスキルに収納、腕時計を起動し身を低くして駆ける。いつのまにか胸部を木材に貫かれたⅠ型使いをすり抜けて、弾き飛ばされたエターナルの元へ。
「
そして掴み取ると同時に、限界駆動を起動。左脚で制動すると同時に身体を返し右脚で踏み込みダッシュ。3振りのスラッシャー全てを回収しつつ、射線が通らなくなった戦場を疾走した。
さっきの探知で、音速超えの射撃を行っていた敵は居なくなったことが分かっている。現状を鑑みるに、撤退と考えて良いだろう。
この場に残っているのは、切り捨てられた雑兵のみ。私が回収した3振りの使い手を除いて、Ⅰ型の使い手すら綺麗さっぱり戦場からは消えていた。どうやら北風貪団にとって、Ⅰ型もそれなりに貴重な変えのない戦力ではあるようだ。
そこからは消化試合だ。
先程までと違って、ここはもう平野ではない。魔剣の力で作られた、通常の武器では破砕し得ない魔の森だ。そんな銃火器の優位性が半減するようなフィールドで、音速超えのようなイレギュラーもいない。
そして相手は魔剣を持たず、こちらには私とアイン、そしてもう1人のⅡ型の使い手がいる。常識的に考えて、負けることはあり得ない。当然順当に全員を拘束し、突発的に始まった襲撃は幕を下ろしたのだった。
「ふぅ……」
「アヤ、無事か?」
最後の1人を地面に拘束していると、血の臭いを纏ったアインがそう話しかけてきた。見た所怪我はなさそうだけど……
「ええまあ。アインはどうでした?」
「怪我は既に修復した。が、2名が当方の目の前で自爆し死亡した。すまない」
「いえ、それはアインの責任じゃないですし構いません」
なるべく殺したくはないけれど、あくまで戦闘とは殺し合いだ。こっちが加減して死んだんじゃ話にならない。私と違って魔法で即効性の高い治癒ができるとはいえ、無茶をする理由にはならないのだ。
でもそうなると問題なのが、今は気絶しているこいつらの取り扱いだ。自爆する可能性があるなら、こうやって拘束してるだけじゃ意味がない。一応相手を仮死状態にする毒薬も睡眠薬も作れるけど、今から作り始めたところで間に合うかどうか……
「それについては、私が対処しておいたよ」
そんなことを考えていると、樹槍群をかき分けるようにして1人の女性が姿を現した。背は私より僅かに高い程度で、薄い茶の髪はショートに切り揃えられている。特徴的なのは小さな三角の獣耳と、対象的に大きな尻尾……つまり栗鼠族というだろうか。あと大きな胸。
その女性を見て、アインが警戒心を引き上げたのがなんとなくわかった。まあ仕方ない、何せ先程まで襲撃があった上で、話しかけてきた見知らぬ人。さらに言えば、この人は魔剣……それもⅡ型を持ち、この惨状を作り出した張本人なのだから。
「大丈夫です、知り合いですから」
故に、安心させるために私はそう言った。実際に知り合いというか、この人は私の同業者であり、数少ない顧客の1人でもある。
「……認識した」
「というわけで、君とは初めましてかな。私の名前はリヨン。今回一緒に依頼を受けることになった、アヤちゃんと同じSランク冒険者よ」
渋々と頷いたアインが、笑顔のリヨンさんと握手した。それを見て、ホッと胸を撫で下ろす。もし不和が起きていたら、これから先が面倒なことになっていただろうから。
「対処しておいたって言ってましたけど、それは魔剣で?」
「ええ、安心してね。この子の能力で眠らせたから、明日いっぱいは目を覚ますことはないわね」
そう言ってリヨンさんは、片手で握った紫の禍々しい線が走る木製の槍を肩に担いだ。
その魔剣の銘はマンチニール。能力はざっくり言うなら植物操作と毒物操作の2種類と、もう1つ整備時にいつも壊れているブースト機能の3種類。他の何かに特化した魔剣と比べると、一芸特化ではなく汎用性特化の方向に寄った珍しい魔剣だ。
「そうですか、ありがとうございます」
「いいえ。この子にできることは、アヤちゃんの錬金術でも出来るでしょう?」
「まあそうですけど、速さが命な状況でしたから」
実際私がやったら、数名を確保するのが限界だったと思う。それに魔剣の毒と違って、単純に抵抗される可能性が高い。それがどう足掻いても覆せない、既存技術と魔剣の差だった。
「褒められるのは、そう悪い気はしないわね。私も急いで駆けつけた甲斐があるってものよ」
「急いできたって……まさか」
「そう、その通り」
そう言って笑みを浮かべると、ドサリとリヨンさんはその場に崩れ落ちた。その拍子に魔剣がその手から離れ、吸い寄せられるように地面に突き刺さる。それにより魔剣の加護から外れ、今まで感じていた強い気配が一気に小さく弱々しくなった。その代わりというように、腹の虫が大きな声でその存在を激しく主張してきている。
「眠い、お腹、すい、た……」
最後にそう言い残し、窮地に助けに来た頼れたはずの同業者は気絶したのだった。
さっきまで話していた内容もあり、この症状の原因は分かっている。単純に魔剣の使い過ぎによる過労、これがこの気絶の原因だ。魔剣の起動中は無限の体力が得られるが、それは体力を先払いして得る有限の無限だ。体力を敵から吸収する機能があるとはいえ、その割合が釣り合わなければこうなる。
「まあ、ということで詳しい話は明日、ですかね」
「認識した。が、信用していいのか?」
「私は信じたいですけど、念のためアインは警戒を。2人揃って信じきっているよりは、その方がいいでしょう」
アインの疑問に、申し訳なく思いつつもそう返した。リヨンさんとは何度か一緒に仕事をしているけど、回数も少ないし私は彼女のことを殆ど知らないのだ。手のひらを返すようだが、タイミングよく現れたことからも、最悪に備えることは決して間違った判断じゃない。
「認識した。当方は彼女の警戒を続けよう」
「ありがとうございます。そして、ありがとうがてらなんですけど……すみません、私も限界です」
言い切ってから、私もその場にへたり込む。一度限界駆動を強制中断されてから、再度限界駆動を使用して戦闘を継続したのだ。吸収も不十分に2度使用した体力を支払わされて、もう私も体力が欠片くらいしか残ってない。
「多分今日はもう大丈夫ですけど、もし何かあったら叩き起こしてください……寝てる時は、アインの方が認識早いです、から」
「認識した」
大きく欠伸をしつつ、最小規模だがいつもの結界を展開し、エターナルを納刀する。瞬間襲い来る魔剣の反動。それに逆らうことなく、私も安寧の眠りに身を任せたのだった。
◇
私の目が覚めたのは、まだ日も昇らないような時間だった。時刻にして午前3時ちょっと過ぎ、寝てから数時間程度しか経っていない。
「んー……まあ、丁度いいかな」
周りを見渡せば、既に焚き火は消えアインも杖を抱えるようにして座り寝息を立てている。リヨンさんも言わずもがな、その大きな尻尾を抱いて爆睡していた。
大きな変化としては、寝る直前マンチニールが刺さっていた場所に大きな木が存在していることだろうか。何度か見たことはあるけれど、魔剣マンチニールの自己修復機能にはやはり驚嘆せざるを得ない。
「これで土地の栄養を吸ってないんだもんね」
適当に土に挿しておけば周囲の魔力を吸って、一晩程度で内部構造を除き完全修復するとかいう鍛冶師殺しの能力だ。それでも内部構造を修復する時はあるから、完全に整備不要って訳じゃないんだけど。
そんな風に頭を働かせていれば、自然と眠気もどこかへ消えてなくなる。もう一度寝る気はないし、1度頬を叩いて結界を壊し立ち上がった。
2人が眠る場所から少し離れ、大きく深呼吸して精神を整える。やっぱり私は、まだまだ弱い。体術も、剣術も、鍛冶も、何もかもが理想の影すら踏めてない。
今まであまり使ってこなかった体術なんて、そもそも劣化が酷い。ただでさえ受け継げたなんて言えない技術なのに。拳、蹴り、投げ、払い、回避、歩法に重心移動など思い出さなければいけない技術が山ほどある。殺すことを目指した術で、相手を殺さないなんて矛盾を通す為に。
「ふぅ……」
一通りの動きを繰り返し繰り返し再現していると、気がつけば1時間は時間が経っていた。夜明けと2人が起きるまでに、まだ数時間は猶予がある。
そのことを確認しながら、身体を休める為に腰を下ろす。しかし当然頭は休ませない。やることは魔力操作の修練。小型の魔力塊を20個ほど生み出し、全てをぶつからないよう高速で旋回させるのだ。
そして1つずつその軌道に、別の魔力塊を追加していく。ぶつかったら最初からやり直しだ。こうしないと、
その次は短剣術。次は短剣と体術の融合形。次は体術と魔法。次は次は次は次は次は次は次はと、いつもより少し激しく鍛練を重ねる。今度こそ、昨夜みたいなヘマをしない為に。
「《クリーン》」
朝の光が顔を出し始めたタイミングで、渋々私は鍛練を切り上げた。さらに魔法で身なりを整え、雑に縛っていた髪をリボンで綺麗にまとめた。何故なら朝ご飯の用意をしなければいけないし、それに──
「見てたなら、一声くらい掛けてくれても良かったんじゃないですか?」
「あんな鬼気迫った様子の相手に、声なんてかけれないわよ」
気がつけば近くで私を観察していた、この人の対処をしなければいけないから。
「仕事の話なら、朝ごはんの後にしてくれませんか? 昨日の様子からするに、リヨンさんもお腹減ってるでしょう?」
「それはそうよ。まだあのアインくん?も起きてないのに話はしないわ」
「なら何の用です? 朝ご飯作るので忙しくなるんですけど」
魔法で適当に作った長方形の金属塊を、即席の台所代わりにしつつ答える。別に私は携帯食料でも良いけど、誰かが一緒にいるからにはちゃんとした物を作らないといけない。その献立とかを考えて料理しなければいけない以上、割と忙しいのに。
「その、あの子のことなんだけど……」
申し訳なさそうにリヨンさんが指差したのは、青々とした葉を茂らせるまでになっている魔剣マンチニール。自己修復中だというのにこの態度、まさか。
「昨日の戦闘で内部が壊れちゃって……ごめんなさい、修復お願いできるかしら」
「はぁ……私に断る権利ないの知ってて言ってますよね、それ」
昨日の戦闘で助けてもらった以上、私に断るという選択肢はない。単純に魔剣に触れることもプラスであり、これから依頼を行う上でもリヨンさんという戦力は外せない。
「普段の半額から更に割り引いて、金貨2枚でどうです?」
「えっ、そんな安くていいの?」
「今回だけですけどね。そもそも、普段の金貨5枚ですら破格も破格なんですよ?」
そんなことを言いながら、軽く野菜を炒めた物を完成させる。次に卵を右手で割りつつ、左手で何かのベーコンを適当に切って同じフライパンに入れて炒め始める。
「というか。いつまでもそこに入られると邪魔なので、アイン起こしてきてくれます?」
「おっけー。お姉さんに任せなさい」
数秒後、寝起きのアインに吹き飛ばされ空を舞ったリヨンさんを横目に、私は生い茂った魔剣マンチニールを見ていた。多分壊れているのは、いつもと同じ限界駆動の部分だろう。
「もう少し簡単に整備できれば良いんだけどなぁ……」
どうせこれから依頼をこなすうちに、また何度か壊れてしまうだろう。戦場でいちいち整備は出来ないから、なんとかならないものか。
魔剣の整備、依頼の確認、ならず者の移送に、盾の魔剣の完成。ざっと挙げるだけでこれだ、今日はやることが山の様に積み重なっている。そのことを思うと、どうしようもなく深いため息が出てしまうのだった。