・作戦決行は5日後である
・私達が目的地と思っていた場所は集合場所で、突入する場所はかつてヴォダンと呼ばれていた村である
・私達が指揮をとる冒険者は、山の麓の街で待機している
朝食の後リヨンさんが語った仕事の内容は、簡単に纏めればこの3点だった。字面だけ見れば、そう目新しいことは言っていない。だが、私たちの現在位置と旧ヴォダンの場所が大問題だった。
「私たちも悪かったですけど、何でもっと早く教えてくれなかったんですか」
「アヤに同意する。であれば、当方達はこれ程までに急ぐ必要はなかった」
今朝までの私たちの現在位置は、待機地点である街まで通常の移動手段であれば1週間程度の距離。そして旧ヴォダンの街は山の反対。つまり、大急ぎで向かわなければ間に合いそうもないということだった。
「そんなこと言われても、情報不足だった貴方達が悪いんじゃないの。確かに襲撃を警戒してって言い分は理解できるけれど」
目算で今日か明日中に街に着かなければ、作戦の決行には間に合わない。ということで、私たちは今全速力で箒を飛ばしていた。リヨンさんに関しては、体重も軽いため私の箒の後ろに乗っけている。
「それで、こんな高速飛行中にアヤちゃんは何をしてるのかしら?」
「今朝漸く調整の終わった、自作の魔剣についてレポートを書いてるだけです」
私の手元の紙束を除くリヨンさんに答えつつ、淡々と文字を綴っていく。索敵と移動をしつつというのは難しいように見えるが、一旦慣れてしまえばこの程度なんともない。時間を最大限有効活用しているだけだ。
「嘘!? それってアヤちゃんが、新しい魔剣を作ったってこと?」
「いいえ。ちょっとⅠ型をリビルドしただけです」
例えばスラッシャー・リビルドなら、元のスラッシャーと比較すると光刃の収束が少し甘くなっている。代わりに射程距離が伸びているようではあったけど。
次のクラッシャー・リビルドは、比較すると僅かに能力の安定性が失われ、代わりにある程度の操作性を獲得している。
最後にピアッシャー・リビルドもとい、ディフェンダーと
それらについてを、リュートさんに報告する為レポートだ。リフンの件以降音沙汰なしだったこともあって、定期報告を兼ねて
「それでも十分凄いじゃない。私の知る限り、魔剣を修復なら兎も角打ち直すなんてことを成し遂げたのは、アヤちゃんだけよ?」
「そうですね。でも、まだ実戦で使ってないので机上の空論になるかもしれません」
昨日のような乱戦だと、ディフェンダーはどう作用するかわからない。機能は完成しているけれどそれだけ、近似の結果は分かっても全ては未知数だ。だからこそ、やんわりとリヨンさんの言葉には否定をしておく。
「そんなに難しく考える必要、お姉さんはないと思うなぁ」
「必要ありますよ。それに、技術屋が考えるのを止めたら何も残りません」
そんな軽口を叩きながらペンを走らせ、レポートを締めくくる。現物移送はスラッシャーしか出来ないけど、もしこれが認められれば冒険者稼業とは違った安定した稼ぎか生まれる。それは間違いなく良いことだ。
「さて次は、と」
スキルの中にレポートと手紙をしまいつつ、入れ替わりに取り出したのは私個人で纏めた別の資料。それを読み頭を働かせながら、少しアインから遅れていた箒を加速させる。
「『錬金術によるⅡ型魔剣の人体転用について』?」
暇だからか、さっきと同じようにして覗き込んできたリヨンさんが、私の持つ資料を見てそんな怪訝な声をあげた。それはそうだ。何せ悪魔を殺すための兵器を、人体に置き換えようなんて狂気に近い発想なのだから。
まあその実態は、アインの魔剣を整備している時に気づいたこと程度なのだが。四肢や眼くらいは私でも出来るけど、内臓関連は神業としか言えない物で学ぶものしかないのだ。
「ねえアヤちゃん、読めないんだけど?」
「そりゃあ、こんなもの誰彼構わず読めても問題ですから」
そもそも私以外に見せることを想定すらしていないが、万が一ということもある。なので、共通語・獣人語・魔族語・日本語を混成して書いているのだ。読める人間なんて殆どいまい。
「それじゃあ暇つぶしにできないじゃない……」
そんな考えからの仕掛けだったのだが、それがリヨンさんには不満だったらしい。ぶーぶーと文句を言いながら、私の脇腹を突っついてくる。
「仕方ないですね……これで暇つぶしててください」
集中を邪魔されるのも嫌だし、仕方なく適当な知恵の輪を10個ほど作って渡しておく。これで漸く、いつもの快適な空の旅に戻れる。そう思った時だった。
「アヤ、報告だ。後方の大型魔物に捕捉された。鳥系統だ。恐らくこれから戦闘になる」
「はぁ……わかりました。リヨンさんは何もしないでいいので、黙っててくださいね」
そう告げた直後、箒をインメルマンターンの要領で箒を動かした。高速で飛行してたのが幸いし特に問題もなく反転、視界の先に6枚羽根の鷲のような魔物が迫ってきているのが見えた。
……お昼ご飯、あれ解体してそれでいいかなぁ。多分毒はないだろうし、あってもこの場に問題が起きる人もいないし。
◇
そんな風に面倒に巻き込まれつつも、なんとか街の門が閉じられる前に私たちは目的地に到着することができた。とは言っても作戦会議などを行うにはあまりに遅い時間だ。ギルドへ報告等を済ませた後に返ってきた言葉は、明日に会議は持ち越しというものだった。
したがって、明日からは忙しくなる代わりに今暫くは自由に過ごせる。そんな最後の休みに私が訪れていたのは、ギルドとは別にある酒場だった。最近色々とあり過ぎて、酔えないと分かっていても少しは1人でそういう気分に浸りたかった。
ママの出身世界の法では当然違法だが、獣人界に飲酒の年齢制限はほぼない。何せ私みたいな毒物に対する耐性を獲得できたり、毒物に対して種族単位で耐性を持つような人物もいる世界なのだ。全てを一括りに設定なんて出来るはずがない。
私は1人しか知らないが、ラーテル種の獣人なんてその最たるところにいる。あの人の種族は、生まれた時から毒や病気に罹患することがないらしいし。
「はぁ……」
ため息が溢れると共に、カランとグラスに入った氷が鳴った。それなりにキツイものを飲んでるはずなのに、ほぼ酔いが回っていない。折角1人になって来たのに、これじゃああまり意味がない。
「どうしたよ嬢ちゃん、酒場でそんな辛気臭い顔して」
そんなことを考えながらカウンターで足をブラつかせていると、隣からそんな声を掛けられた。誰だろうとそちらを見れば、私と同じように1人で飲んでいるファー付きのコートの男性がこちらを見ていた。まだ寒い季節でもなのに。
「ちょっと最近、色々ありまして。気晴らしに来たのに酔えなくてですね」
髪は男性にしては長め。黒からオレンジ、先の方は青っぽい黒にグラデーションのように変化している珍しい髪色をしている。左頬のの毒々しい刺青はいいとして、小さめだが背中に鳥系獣人特有の翼の盛り上がりがあるのが特徴か。
いけない、いつもの癖で変に観察するような目を向けてしまった。手元のお酒を飲み、喉を焼くようにして考えを振り払う。
「なんだ嬢ちゃん、やっぱり同類か」
「ええまあ。同類ってことは、貴方も耐性持ちなんですね」
「ああ、このスキルを得てからロクに酔えやしねぇ」
そう会話を交わしつつ、離れてても話し辛いので近くに席を移した。とりあえず乾杯をして、お互い注いであったお酒を飲み切った。酒の席なんだ、見知らぬ人との交流があってこそだしね。
「嬢ちゃんは酒場はよく来るのか?」
「いいえ、普段は全く。偶に気晴らしに来たり、依頼主に付き合ってくらいですね」
「依頼主ってことは冒険者か。かぁ〜ッ、よくその歳であんな仕事やってんなぁ嬢ちゃん」
「そんな歳って言いますけど、これで15ですよ? こんなちんちくりんを雇う誰かを探すより、冒険者になった方が手っ取り早いです。それに、そうしないと生きられませんでしたから」
思ったより会話に花が咲く。何というかこの人からは、私と似たような雰囲気を感じるのだ。波長が合うとはこういうことなのだろう。アインとも話しやすいけど、この人はなにかが違う。うっかり口が軽くなって、必要のないことまで話してしまいそうだ。
「戦争で何かあったクチか?」
「ええ、両親が」
「そうか……嫌な時代になったもんだ」
「全くですよ」
本当に酷い時代だ。いいことも少しはあるけど、時代は私から色々なものを永久に奪っていった。それも、私の大切なものばかり次々と。
「嬢ちゃんは知らないだろうが、昔は随分といい世界だったんだぜ? 空にはクリフォトなんてものは無く青空が広がっていて、今みてぇなシケてない良い風が吹いていた」
「話には聞いてますし、私も少しだけは覚えてます。もう今の世界が、当たり前になってますけどね……」
「ああ、俺はそれが気に食わねぇ。本当は子供ってのは元気に外を駆け回ったり、自由に勉強に励める自由があるはずなんだ。どっかの英雄みたいな例外もいるけどな」
どっかの英雄……多分それはママやパパのことだろう。転生者ということもあって、ママは本当に子供の頃から活躍してたらしいし。
「そんな時代が戻って来れば良いですよね。目下悪魔なんて奴らがいるせいで、多分無理でしょうけど」
「ああ、あの化物達のせいで全てが壊れた。本来なら、生き残った連中で結束して奴らを滅ぼすべきなんだ」
「完全に同意です。とは言っても、7英雄が揃って勝てなかった相手に今の時代立ち向かえる人がどれだけいるか……」
それに決戦兵装たる魔剣も多くが失われている。Ⅰ型なら兎も角、Ⅱ型以上の再生産が出来ない現状、かつての戦争と同じ規模で攻められたら……まあ順当に世界は滅亡する。
「俺や嬢ちゃんなら兎も角、ロクに戦える奴なんていないだろうよ。何せ今の女王は、虎の子も使えねぇらしいしな」
「獣王剣 ライオンハート……」
もしあの時、お義母さんのお陰で生き残れたあの時、あの剣が使われていたら。きっと結果は今とはまるで違ったものになったのは目に見えている。その事でミーニャ女王を責めたくはないけど、それでもを夢想してしまう自分がいるのもまた事実だった。
「第一、こんなステータスとスキル、レベルなんてもんがあるからダメなんだ。中身が腐る。こんな弱者や敗者の為のシステムが幅を利かせてるから、本物の強者も勇者も生まれてこねぇ」
「……そこまでは言いませんけど、私も嫌いですよ。こんなシステム」
流石に瓶を数本開けたせいか、軽く酔いが頭にまで回って来たらしい。それと、話が合う相手だったからだろう。そんなお義母さんにも言ったことのない本音を、私はつい言ってしまった。
「ほう? 嬢ちゃんみたいな高レベルの奴が言うのか」
「ええ。良い面だってあるのは認めますけど、それでも嫌いですよこんなシステム」
そうして言ってしまってからは早かった。今まで蓋をしていた栓が抜けたように、本音がポロポロと零れ落ちていく。
「技術者や冒険者としては、同じ技量の相手がすぐ見つけられますし便利です。多分統治者にとっても、そうとう管理はしやすいでしょうね。何せ能力が全て数値で示され、不正を行えばその称号がステータスに刻まれるんですから」
一見便利な風に見えるし、実際便利な点も多いことは認めないわけにはいかない。他にも性別や年齢、出身地、己の実力や成長を確固たるものとして確認できる点も挙げられるか。でも、でもだ。
「でもその代わり、出来ることは出来て、出来ないことは絶対に出来ない。不可抗力で犯罪者の烙印を押されても、それを拭う機会すらないんです。そんなシステム、嫌いです」
例えば私は、他の魔法使いより炎と土系統の魔法は応用も強度も効果範囲も精度も上回って使用できる。それが私のステータスに刻まれている《鍛冶魔法》という文字が示す能力だ。
しかし、私は基本的に他の魔法を一切使えない。適性がないとステータスが示しているからだ。それは例えどれだけ努力しても、決して覆らない。
称号に関してもそうだ。私のステータスに刻まれている《大罪人》や《大罪人の娘》とかは、2度と消せないものとしてそこに鎮座している。当然相手から見られただけで、信用も何もかも失──いや、そもそも私の場合は殺されるか。
「中々言うじゃねえか」
「誰にも言ったことない考えだったんですけどね……あっ、新聞社とかには持ち込まないでくださいよ?」
「酒の席での事を後に持ち込むほど、俺だって落ちぶれちゃいねぇさ」
「それなら良かったです」
もう記者や新聞社を相手にするのなんて懲り懲りだ。何が出てくるか分かったもんじゃない。安堵の溜息を吐いていると、男性は懐から取り出した時計を見てゲッといったような感じで顔を顰めた。
「悪りぃな、もう少し話していたかったが時間だ」
「そうですか。ではここまでと言う事で」
「ああ、残念だが」
そう言いつつ、軽く握手を交わした。
「じゃあな、炎金の打ち手殿」
「気づいてましたか」
「当たり前だ。その見た目と実力で見抜けなかったら、そいつは生きてる価値もねぇよ」
思ったより強烈な意見に思わず苦笑いが浮かぶ。普段からずっと実力を舐められる機会が多かったから、そんこと考えもしなかった。
「なんかこっちだけ個人情報知られてるのは割りに合いませんね……貴方の名前は?」
「セプテントリオだ。貴重な時間だった」
ヒラヒラと手を振りながら去っていく姿を見送り、私もいい時間だし宿に帰ろうとコップに手をつけた時だった。
「冷たっ……!?」
さっきまで常温だったはずが、まるで氷のようにコップは冷え切っていた。そしてよく見れば、セプテントリオさんがさっきまで座っていたカウンター席の一部が凍りついている。私の飲んでた清酒と違って、蒸留酒はそういう飲み方もあるって聞くしその装置でも誤作動したのだろう。
ちょっとした疑問をそう結論付け、私は宿に帰ったのだった。思ったよりいい気晴らしになった、良い気分をそのままに。
《Ⅰ型魔剣 : ディフェンダー》
なんの変哲も無いような、鈍い鋼の色を持つ大盾。別の世界において使用されていた、スクトゥムという盾の形を参考に形成されている。圧縮合金製で重く、その分Ⅱ型の攻撃であろうと数回は凌ぐ防御性能を誇る。
現在では製作可能な人物がアヤのみの為、量産性は極めて低い。
【能力】
基準値 : D 限界値 : C
照準 : C 範囲 : C 操作 : E
維持 : B 強度 : A
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇50%
・悪魔特効500%
②限界駆動
・時間限定自己強化100%
・時間限定性能上昇100%
・複合範囲防御結界《光陣》発動可能