酒場でセプテントリオさんと出会った翌日。リヨンさんと合流した私は、街のギルドにある一室でお偉いさんと会議を行っていた。いや、正確に言えば会議と言うには些かの語弊がある。
「ということで。以上のプランで以って、担当区域である旧ヴォダン村の拠点制圧を行います」
「2日前の夜、私が北風貪団と思われる賊に襲われたことから何者かが潜んでいることは確実です。それもⅡ型の使い手が」
なにせ行なっているのは、立案した作戦の実行許可を得る行為でしかないのだから。
作戦の内容は簡単だ。私とアイン、そして数名の冒険者でまずはヴォダン内部を捜索。痕跡が見つかればよし、見つからなければそれもよし、襲撃された場合リヨンさんの魔剣で介入して時間稼ぎ。本隊を突入させて制圧するという流れになっている。
「だが、いいのですかアヤさん? この作戦の通りなら、貴女が釣り餌になるということですよね?」
「ええ。私みたいな非戦闘系の冒険者なら、それが一番役に立ちますから」
これは、事前に冒険者だけで集まって決定した内容だ。セプテントリオさんは見当たらなかったけど、Sランク2名とAランク冒険者二十余名で話し合いすんなりと決定した。
まあ白状すると、私は殆ど会話に付いて行けず置いていかれてしまっていた。リヨンさん主導でトントン拍子に会議は進み、私が口を出す間も無く作戦は決定したのだ。合理的だと思ったから受け入れたけど、アインに何故か説教されてしまったが。
故に、私がこの場に同席している理由はただ1つ。一応代表としての権利がある、それだけでしかない。
「だが、しかし……」
「問題ないです。きっと上手くいきます」
そう言ってお偉いさんが顔を顰める理由も、理解できないこともない。なにせ私はまだ15歳でしかない上こんな見た目だ。話し合ってきたAランクの人達と同様、実力はあっても私を子供にしか見えないのだろう。よくこの目は向けられるから、考えないでも分かる。
現に、こんな見方を変えれば捨て鉢みたいな作戦となった理由もそれだ。信用がない、私をよく知る人物以外誰もついてこないのだ。加えてそもそも私自身大人数を指揮した経験が一切ない。だったら、まだ動きやすい単独行動の方がまだマシという判断だ。
「それに、アヤさんとアインさんの2人であれば機動力も十二分です。他にも飛行可能な冒険者を随伴します、撤退も容易でしょう」
「探知系の魔導具も所持しているので、偵察の役割も十分に果たせますね」
とは言っても、そうそう簡単に意見が決まることなどない。多分昨日の夜、アインが寝て私がお酒を飲んでいた間に根回しでもしていたと思われる。特に冒険者なんて、お金を握らせれば買収できるし。
「……わかった。承認しよう」
そんなことを考えていると、渋々と言った様子でお偉いさんが頷いた。言い合っても意味がないと判断して折れたのだろう。憎しみすら感じられる嫌悪の目をリヨンさんに向けお偉いさんは言った。
「今度はどう騙した《毒林檎》」
「いやですね、私は何1つ違法な事はしていませんよ? 少しお話しをしただけですわ」
まるで貼り付けたような笑みを浮かべ、リヨンさんが言葉を返した。毒林檎というのは、私の炎金の打ち手と同じ冒険者としての2つ名だ。人を騙して成り上がったとか、自分すら餌にしてどこかの秘密組織を崩壊させたとか、そんな噂から来ているらしい。
だからこそお偉いさんは、今回の作戦立案についてもそう考えたのだろう。この反応から察するに、もしかしたら過去に煮え湯を飲まされているのかもしれない。
「……これだからSランク共は。
まあいい、許可は出した。やりたいようにやるといい」
最後私にもそんな視線を移し、お偉いさんはそんな言葉を残して去って行った。取り敢えずこれで、作戦の実行は問題ないと上の承認も得ることが出来た。だからこそ、心配ごとは殆ど無いのだが……
「ぷはぁー、疲れたぁ……ごめんねアヤちゃん、こんなのに付き合わせて」
「いいえ、別に。仕事ですから」
お偉いさんが退室した途端にこうなるリヨンさんを見ていると、果たして本当に任せて大丈夫なのか疑いたくなってくる。少なくともあの音速超えの銃撃主は、確実に潜んでいるだろうし。
「ふーん、いつもアヤちゃんってそうやってクールよね」
そんなことを考えていたら、頬杖をついたリヨンさんがそんな声を掛けてきた。
「何か問題ありますか?」
「いいえ。でも、ずっとそんなに肩肘張って苦しくないのかなって、お姉さん少し心配になっちゃってね」
「そういうことなら大丈夫ですよ、これが素ですから」
笑顔で嘘を吐いた。
本音を言っていいなら、私だってこんな態度を続けるのは辛い。けど、私の本質は結局アヤメだから。こうしてアヤになりきっていないと、いくら魔導具の効果があっても繋がりを見出されかねない。だから、我慢すればいいだけの今のスタイルが、アヤとしての私なのだ。
「でも、最近辛そうよ?」
「そうですか?」
「ええ。前会った時とは、悪い意味で見違えたわね。今にも壊れそうよ?」
「そんなにですか」
思ったより、これまでの旅が精神的にキテるのかもしれない。なら私の予定は、タイミングが丁度良かったのかもしれない。
「ええ、私がダメになりそうだった頃に雰囲気がそっくり」
「はぁ……というか、リヨンさんにそんな時期あったんですね」
「この子を手に入れる時にちょっとね。ナイショよ?」
リヨンさんは魔剣マンチニールを撫でながらそんなことを言った。ナイショというなら、気にはなるけど触れないでおこう。今関係を拗らせても、悪いことこそあれ良いことは一切ないのだし。
「わかりました。じゃあ、そろそろ戻って出発を──」
と、そこまで口にして立ち上がった時だった。ズンとお腹に響く衝撃が、私達を突き抜けて行った。思わずバランスを崩し転んでしまったが、お陰で頭が切り替わった。今は非常事態だ。それもとびっきりの。
「降りるわよ!」
「了解!」
リヨンさんが魔剣を握ったのに合わせ私もエターナルを握り、直後ギルドの床をブチ抜いて私達は階下へと降下した。そして、そこで見たのは変わり果てたギルドの姿だった。
砲撃か爆弾か魔法かはわからないが、焦げ付き大穴が開いた壁。爆炎が吹き荒れたとおもわれる、今もなお燃え続ける床、天井、備品。そして重傷軽傷死者問わず、無数の人が横たわっている。
「アイン、いる!?」
「ああ」
火属性と風属性の混合魔法陣を作りながら呼びかければ、近くのテーブルの下からそんな声が聞こえた。そしてそのテーブルを吹き飛ばし、煤にまみれてはいるが無傷のアインが床から這い出て来た。握っているのはクラッシャー・リビルド、しかも起動中。成る程、無事でいてくれた理由はそれか。
「リヨンさん、私とアインで消火と救助を!」
「わかったわ。私は……そうね、その間ここを守るわ」
そう言ってリヨンさんは、壁に開いた穴から見える黒煙の上がる街へ飛び出した。直後視界に樹皮のような物が見えたから、きっと魔剣の力で壁を作ったのだろう。
「アヤ、当方は何から手をつければ良い?」
「とりあえず私が鎮火した後、治療優先順位つけるので広域回復魔法の準備を!」
「認識した」
アインが頷き魔法の構築を始めた辺りで、私が作っていた魔法陣が完成した。効果は「火」を対象に、周囲に風の壁を作り酸素を奪い、熱量も奪うこと。咄嗟に創作した魔法だから効果は……とりあえず信じるだけ!
「起動!」
腕時計を起動し精度を上げながら発動した名もない魔法は、単純な作りだけあって、十全に想定していた効果を発揮してくれた。感知している範囲から、一斉に熱量と揺らめきが消滅する。
消滅させた分のエネルギーの変換・排出経路がないからか、魔法陣は壊れてしまったが。欠陥だらけで改善の余地しかないけど、多分これ色々応用出来るし便利──じゃなくて。新たな簡単な魔法陣を作り、もう1つの魔法を行使する。
「《トリアージ》」
僅かな頭痛を感じながら、戦時中よく使用されていた光属性の魔法を使用する。これの効果は名前の通り、効果範囲内にいる人間・獣人・魔族の負傷度を色付きのマーカーで示すというもの。黒は死亡、赤は要緊急回復、黄色は要注意、緑色は軽傷の4種類あり、現状で一番数が多いのが……
「殆ど、黒と赤ッ」
まず大穴が開いた壁付近にいたであろう人たちは全滅。中距離にいた人たちは浮き出ているマーカーは赤。そしてギルドの受付付近になると、緑や黄色の方が黒赤を上回る。
私達がいた2階も、同じ側から攻撃を受けていたらしい。こちらは部屋として別れていたから被害は少ないが、それでも黒赤は十数個存在するし緑も多い。
「《ワイドエクスヒール》」
そんな状況に歯噛みしている中、アインの回復魔法がギルドを覆うように発動した。魔法による回復により、マーカーの色が切り替わっていく。黄色や緑はマーカーが消え、赤は一部を除き黄色にまで持ち直した。
逆に、黒に転じていく赤も多数感知できた。2階は職員の人たちが動いてるのか少ないけど、私達しか万全に動ける人のいない1階だとそれが顕著で……
「アイン、もう止めていいです。これ以上は無駄になります」
「認識した」
私もポーションを持って救助に参加したけれど、多くを助けることは出来なかった。余ったポーションをアインに渡しつつ、発動し続けていた《トリアージ》の魔法と腕時計の効果を解除する。
救えなかったのは13人。その中には多分、これからの状況を考えて私が魔法を出し惜しみしなければ、救えたかもしれない人も数人いた。
私が殺したわけじゃない。理屈ではそう分かっている。でも、どうしても、助けられなかった人の顔が頭にこびりついて離れない。ギシギシと、軋みをあげる胸が痛む。
「落ち着けアヤ」
思わず心臓を抑えていると、アインに優しく肩を叩かれた。
「現状この街にいる最大戦力は、彼女とアヤ、一歩劣るが当方の3人だ。であるのに冷静さを失えば、敵の策略に嵌り死ぬだけだと推測する」
「そう、ですね……そうです、よね」
心臓を押さえながら、深く深呼吸する。落ち着け私。実際アインの言っていることは正しい。リヨンさんが作ってくれた防壁だっていつまでもは保たないだろうし、何より最大戦力だった作戦メンバーの中で、まともに動けるのはもう殆どいないのだ。
魔法で傷が癒えた人も、まだ体力的に万全とはいかない。私達が動かないと、合理的じゃないし非効率だ。だから、これくらい我慢しないと。私がやらないと。
そう思い込み、漸く軋みが気にならなくなってきた頃だった。ゾクリと、背筋に氷を入れられたような悪寒が走った。
「ッ!」
悪寒に従って、アインを突き飛ばしその反動で私も今いた場所から距離を取った。直後その空間を、一条の槍のような光柱が通り過ぎた。見間違えようもない魔剣の光。それに警戒心を一気に引き上げ、私もアインも物陰に隠れ気配を断つ。そうして私達の前に現れたのは、異形の集団だった。
「ったく、漸く打ち抜けたぜ」
「魔剣で何度も突いて、漸く壊せる強度とはね」
大斧型のクラッシャーを握っているのは、捻れた角を持つ浅黒い肌色の魔族男性。簡単に言えばマッチョで、その黄色の目は爛々とした光を映している。もう1人は、長槍型ピアッシャーを持つ羽根を広げた獣人女性。こちらは細身かつ小柄で、無機質な光を湛えた黒色の目は私達を見てすらいない。不気味ではあるが、その2人は別に構わないのだ。
問題なのは、その奥に見える集団だ。
様々な種族の特徴が混在している。その様子は異様としか言いようがなかった。何せこの世界には、本来なら異種族の混血児はいても、両親の種族特徴を同時に持ち合わせ生まれる子はいないはずなのだから。
垂れたロップイヤーを持ちながら、下顎から突き上げるイッカクのような角を持った女性。大鷲の翼と特徴が強く出た鳥系の頭を持ちながら、四肢は獅子のように筋骨隆々な男性。腕が6本、顔が3つ存在する男性。見れば見るほど、世界の摂理が狂ったような光景だ。
「あら、ここにアイツはいないのね。こんな目立つ物を作ってるんだから、てっきり引きこもっていると思ったのに」
「あぁ? ハズレ引かされたってのか?」
「そうみたいね。腹立たしいわ」
受けた衝撃はそのままに、アインに合図してお互い魔剣に手をかける。少しは動けるようになったらしい負傷者たちも、幸いにも大人しくしてくれている。だから、このまま立ち去ってくれたのなら嬉しいんだけど……
「憂さ晴らしにコイツら冒険者、一通り殺していきましょう。どうせ私達を殺そうとしていた相手だもの。それくらいの覚悟はあったでしょう」
そうは問屋が卸さないらしい。今助けたばっかりの人たちを殺されるのは、流石に見過ごせない。同時に敵の所属と、情報を流していたスパイがいることも分かってしまった。
最悪の気分だ。しかもやらなければいけないことが追加されて、更に憂鬱な気分になる。それでも、軋む心臓を引き連れて、私は一歩足を踏み出した。