銀灰の神楽   作:銀鈴

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死の林檎【05】

 今の私には、多分人を殺めるということが出来ない。この前リヨンさんに助けてもらった戦場で、無意識に「殺害」ではなく「拘束」を選んだ時点でそれは薄々気づいている。

 そしてそんな思考の人物が戦場において邪魔にしかならないことは、冒険者として十分に理解しているつもりだ。それでも、私のちっぽけな傲慢さが逃走や放置を許してくれない。(アヤメ)を拒絶した他人(ひと)なんて嫌いなはずなのに、見捨てられないと独善が叫んでいる。

 だからこそ私は、やる必要がない筈の戦闘に身を投じていた。

 

「シッ!」

 

 抜剣、跳躍、天井を蹴り、強襲。

 明らかに相性の悪い魔族の男はアインに任せ、一呼吸の間に獣人の女性に私は斬りかかった。

 

「あら、生きのいいのがいるじゃない」

 

 限界駆動ではないが魔剣によるブーストもあり、今までの相手であれば必殺であった筈の一撃。しかしそれは女性を大きく吹き飛ばしはしたものの、無傷で受け止められてしまった。

 

「お返し、よ!」

 

 そうして名も知らぬ彼女がピアッシャーを無造作に振るった瞬間、5つの光柱……光槍が発生し私に向けて飛来した。

 これが本来の魔剣ピアッシャーの能力。最も汎用的なスラッシャーとも、一点破壊に特化したクラッシャーとも違う、範囲殲滅用の魔剣。貫通率と射程に特化したこの一撃は、普通の防御では容易に私ごと背後の負傷者だった人達を殺すだろう。だから──

 

限界駆動(Over Drive)──全てを守り抜けるように(ディフェンダー)!」

 

 エターナルに納刀していたディフェンダーを、スキルから取り出したように偽装しながら展開。エターナルをスキル内に格納し、限界駆動を起動した。

 展開する薄青の結界。光陣と名付けた私を中心に球形に展開した力場は、小揺るぎもせずに投射された5つの光槍を防ぎきった。

 

「防がれたッ!?」

 

 目を見開いて、ピアッシャーの彼女が動きを一瞬止めた。盾としての面目を果たしたディフェンダーのお陰で、相手の攻めの起点は潰せた。ならば、こちらから打って出る!

 

「そこぉ!」

 

 動きの止まった彼女に向け、ディフェンダーを投げつけた。私の手から離れたことで、軽い反動に私は襲われ、彼女には単純な大質量が高速で飛翔する。

 それに対し選べる選択肢は、回避、迎撃、無視の3つ。でも幾ら魔剣の加護があるとはいえ、クラッシャーの男性ならともかく彼女では無視は選択できない。そして動きが止まっている以上回避も不可。

 

「この程度!」

 

 故に選択されるのは迎撃。下段から上段に向け払うようにピアッシャーが動き、何の力も発揮していないディフェンダーは呆気なく弾かれる。そんな動きをすれば、当然胴はガラ空きになる。予想通りの結果だ、私の賭けは成功したらしい。

 

「もらった!」

 

 胴がガラ空きになった彼女に向け、ディフェンダーの影になっていた部分から吶喊する。

 無手の右手で動作の途中にあるピアッシャーを掴み、Ⅱ型の強化倍率に任せ強引に手前に向け引き寄せる。体制の崩れた彼女の脚を、通り抜けざま左刃で斬りつけ背後に回り制動。目視できるようになった鳥系獣人種の翼に、製鉄用の1000℃を超える炎の魔法を叩きつけた。

 

「ッ!!?」

 

 声にならない悲鳴をあげ、彼女の背にあった翼が魔法から自然現象へ移行した炎によって燃焼する。魔法ではなくなって温度は下がったし、この程度で獣人は、ステータスというシステムにおいて身体的優位を誇る種族は死にはしない。

 

 だから追撃に移ろうとしたその時、ようやく魔剣の加護がない異形の集団が動き始めた。

 

「バラ殿を守れ!」

「これ以上やらせるな!」

 

 そうして私に向け放たれる、凡そ15個程の魔法。確かに炎と金属を生み出す以外の魔法をろくに使えない(アヤ)にとって、それは取られる手段として最悪の1つとなり得る。けど、この今だけは別だった。

 

装填(ローディング)

 限界駆動(Over Drive)──全てを守り抜けるように(ディフェンダー)

 

 弾かれて地面に転がっているディフェンダーを回収し、今度はエターナルを介して限界駆動。先程とは違って前面にだけ展開された力場が、魔法群を正面から掻き消しきった。

 

「すまない、抜かれた!」

 

 そのことに安堵する間も無く、アインの切羽詰まった声が背後から聞こえてきた。先程まで僅かに聞こえていた打撃音もなく、代わりに届いたのは踏み込みによって床が軋む音。

 

「やりやがったなガキィ!!」

「きゃっ!?」

 

 間に合えと念じながら翳した障壁は、目の前に迫るクラッシャーと僅かに拮抗した後、呆気なく爆散した。同時に私も店の奥へ押し戻すように吹き飛ばされ、なんとか体勢を整えて着地する。

 

「はぁ……はぁ……ッ、けほっ」

 

 けれど限界駆動の強制解除によって、ごっそりと体力を持っていかれてしまった。しかも王都の時とは違って、気力だけで動いてなんとかなる状況でもない。

 追い討ちをかけるように、侵入してきた異形の集団が私たちに狙いを定めた。同時にピアッシャーの彼女の治療も始めており、刻一刻と私たちの有利が消えていく。

 

「どうする、アヤ」

 

 私を庇うように立つアインがそう聞いて来るけれど、すぐに答えを返すことができない。

 考えろ。考えろ。どうすればこの人達を守りきって、かつ私たちも生き残れる。手札は少ない、鬼札はあるけど使った時点で社会的に死ぬ。

 

 そう考える間にも、周りを取り囲む異形の集団の魔力は高まっていく。概算数秒後に魔法の一斉射は放たれる。魔剣の加護で重傷で済むだろう私とアインと違い、ギルド職員や気絶したままの冒険者たちは間違いなく死ぬ。

 

「10秒稼いで!」

「認識した」

 

 状況解決は無理と判断して、アインにそんな無茶をお願いした。そんな自分に嫌悪を覚えつつ、こちらも疲労度外視でディフェンダーを仲介なしで限界駆動。最大出力の光陣で攻撃をシャットアウトしつつ、飛び出していくアインの背を見送った。

 

「冒険者なら、そろそろ起きてください!」

 

 こんな状況で、たった2人の防衛戦なんてやってられない。指揮系統や場の混乱が起こることを承知で、私は意識のない冒険者たちが転がる場所に取り出した試験管を投げつけた。

 それは古来より使われるきつけ薬であり、私にとっては調薬などで使う薬品であるアンモニア。試験管が割れて漏れ出し、充満し始めた刺激臭に数名の気絶していた冒険者がはね起きる。それに釣られて、衝撃か臭いのどちらかによって次々と気絶していた冒険者たちが起き出した。

 

「ッ! ここは、いや、俺は確かあの時──」

「なんでも良いですから、状況見て動いてくださいね!」

 

 実際に出力が足りるかはともかくとして、またアインに負担を掛けることになるけど打開案は1つ思いついた。けれどそれをするには、少なくともこの冒険者の人達が邪魔になる。

 何せ現存する本数の多くないⅡ型魔剣を使うのだ。目撃者は少ない……いや、むしろ居ない方が良い。その方が、私にとってもアインにとっても後が楽だから。

 

「状況は把握した。予定とは違うが、俺たちはあんたの指揮下に入る」

「なら負傷者を連れて二階に撤退、その後は各自の判断で勝手に動いてください邪魔です!」

 

 もう10秒経ってしまった。これ以上は約束を破ることになる。けれどまだ攻撃の手は途切れないし、迂闊にディフェンダーを解除出来ない。

 

「手厳しいな、だが了解した」

「3、2、1でこの障壁を消すので、そのタイミングで行ってください」

「ああ」

 

 オーバーしていく時間に内心舌打ちをしつつ、受け答えしてくれている暫定リーダーに目配せをする。撤退準備は出来ているらしい、いつでも良いと頷いてくれた。

 

「3、2、1!」

 

 ならば後は知ったことかと、合図をしてディフェンダーの限界駆動を解除した。それと同時に腕時計を起動しながら気力で疾走。アインの無事を確認し、後方で通常の防御系魔法が展開されたのも確認できた。

 

限界駆動(Over Drive)──突き進め、無限に繋がる廻廊を(リボルビング・エターナル)

 

 並行して今度はエターナルを限界駆動。先程までと比べて数倍の域にまで加速しながら、アインの周囲を囲みかけていた異形の集団の中に斬り込んだ。

 

「すみません、数秒遅れました」

「問題ない。当方に被害はなく健在だ」

 

 それでも変わらない包囲された状況の中、背中合わせのアインに謝罪した。口では平気と言ってくれたけれど、感知している情報としてはアインの消耗はかなりのものだ。傷こそないけど、体力は私同様かなり消耗させられてしまっている。

 

「打開案は?」

「オオテング で有象無象ごと外に」

「いいのか?」

「撤退してもらってますから」

「そうか」

 

 問答の中、ふっとアインが笑った。

 

「認識した」

 

 そして次の瞬間、クラッシャーが駆動限界で停止すると同時に感じる力が膨れ上がった。それに気づいて、魔剣持ちの2人が行動を始めるがもう遅い。私もアインも、準備はとっくに整っている。

 

再活性化(アンロック)──世界を巡れ、山神たる大怪異よ(テンガイグフウ・オオテング )

 

 そして、力に対し余りに狭いギルド1階に大嵐が巻き起こった。私とアインの立つ場所以外全てを対象として、小型であろうと100kgはある悪魔すら拘束し持ち上げ得る念力の風が吹き荒れる。

 Ⅰ型ではどうあがいても抗えない力に、洗濯機の中身の様に異形の集団ごと魔剣持ちの敵も掻き混ぜられていく。誤射の可能性があるからか向こうからの干渉もなく、形勢を覆し一方的な展開に持ち込めてしまった。

 

「吹き飛べ」

 

 暴風とそれに巻き込まれた敵は、アインの号令によってギルドの外へと投げ捨てられていく。それだけに留まらず、遠くまで吹き飛ばされていくさまを見ながら、私とアインもギルドから飛び出す。

 

「なるほど」

 

 飛び出したギルドを見上げれば、そこに鎮座していたのは見慣れた建造物ではなかった。というよりも、町中が『街』という印象を感じさせないものに変質していた。

 

 その様を一言で言うのであれば、『森』以外に言葉はない。かつて建造物があった場所には全て大樹が聳え、空を覆うようにして青々とした葉を茂らせている。

 これは間違いなく魔剣マンチニール……ひいてはリヨンさんの能力によって引き起こされた事象だ。こんな感染災害(バイオハザード)ならぬ植物災害(プラントハザード)を現実にできるのは、ふらっと最高位の木属性魔法使いが訪れた以外ならマンチニール以外ない。

 

「封鎖!」

 

 そんな思考を巡らせながら、元々準備していた魔法を起動する。とは言っても、ギルド樹の穴が空いている部分に鉄格子を嵌めるだけの魔法だ。気休め程度の侵入防止効果しかないだろうけど、ないよりはきっと良い。

 

「さて」

 

 飛来した光槍を装填していたディフェンダーを展開して防ぎながら、息を整えアインの隣に立つ。

 

「全く、やってくれたわねクソガキ共。アイツがいないってわかったときに、すぐに撤退しておくべきだったわ」

「全くだ。だか俺はアイツらをブチ殺さねえと気がすまねえ」

「私もよ。自慢の羽根を燃やし尽くされて、黙ってなんていられないわ」

 

 そんな苛立ちの篭った声音が、敵の一団を吹き飛ばした方向から聞こえてきた。やはりあの程度じゃ、魔剣持ちには怪我の1つ与えられないらしい。

 

「彼奴彼奴って、そんな誰とも知らない人のせいで……」

「アヤに同意する。いい迷惑だ」

 

 言葉を吐き捨て、エターナルの右刃を逆手に構え直す。左は無手のまま、何が起きても対応できるように開いておく。

 

「魔剣奪取の後、無力化して拘束します」

「認識した。戦闘行動を開始する」

 

 さっきまでとは状況がまるで違う。守るべき対象が自分だけの今、もう万が一すら起こさせない。決意と共に踏み込み、アインを置き去りにする勢いでピアッシャーの彼女に斬撃した。

 

「同じ手は食らわないわ!」

「オラァ!」

 

 しかしそれは、割り込んできたクラッシャーの男性に防がれた。最大膂力では私が上の感覚があるけど、平均的な膂力では下回っている。それに加えて、技術と得物の差もある。

 

「でもその程度!」

「想定済みだ」

 

 振るわれたクラッシャーを躱し、一歩遅れていたアインがその隙に滑り込んだ。私の下手な一撃よりずっと重い、風を纏ったアインの蹴撃。

 

「ご、がぁ……」

 

 それは人体を蹴り砕く異音と共に、クラッシャーの男性を一撃で地に沈めた。血を吐いて膝をついた男性の腕を飛び上がり際に蹴り上げ、クラッシャーを回収しつつポーションを投げつける。

 砕けたポーションの効能で最低限の治癒が始まったことを知覚しつつ、アインの作った風の足場を踏み込み急降下。向けられたピアッシャーと光槍の下を潜り抜け、着地の衝撃を反発させるようにしてアッパーカットを繰り出した。

 

「アイン!」

「認識した」

 

 殴り砕いた腕からピアッシャーを取り上げ、「殺す」という手段を取れない私に変わってアインがその首に刃を突きつけた。オオテング の念力による拘束も行いながら。

 

「投降してください。あなたを殺したくありません」

 

 故に、私もエターナルの刃を向けながらそう告げた。そうしているだけで、腕時計の反動もあり込み吐き気が込み上げてきたが、気合いで堪える。

 数秒彼女は私たちを睨みつけていたものの、すぐにフッと力を抜いて大の字に横たわった。そうして彼女が言葉を紡ごうとした時だった。

 

「え……?」

 

 探知圏内に、高速で何かが吹き飛んできた。

 

「あっ、く……」

 

 私たちの足元に転がってきたそれは、ボロ雑巾より酷い有様にまで痛めつけられたリヨンさんだった。

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