銀灰の神楽   作:銀鈴

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死の林檎【06】

 今の状況がどうなっているのか、それは戦闘中ということ以外何一つ分からない。だから後手に回っているのは自覚してるけれど、目の前で死に掛けてる知人を見捨てられるほど私は薄情じゃない。

 それに、この森化した街というマンチニールにとって有利すぎる条件下でここまでリヨンさんを痛めつけた相手について、本人から聞かないといけない。

 

「アイン、そのまま!」

「認識した」

「来ちゃ、ダメよ。アヤちゃん……」

 

 治療に動こうとした私を、ボロボロのリヨンさんが留めた。そして誰が見ても一目で半壊していると分かるマンチニールを支えに、血に染まった身体を起き上がらせる。

 

「コイツは、私が──」

「否、もう遅い」

 

 そうリヨンさんが言葉を紡いでいる時だった。

 届いたのは稲妻の音。次いで風。そして全てに遅れて、一度だけ聞いたことのある男の声。最後に、謎の視線に晒され続けていなければ気付くことすら不可能だったであろう程の、ごく僅かな殺気と視線。

 

「ッ!」

 

 咄嗟に選んだのは()()。魔法行使をわざと失敗させ、なりふり構わず自分の周囲を魔力の爆発で吹き飛ばした。

 

「くっ」

「ガッ!」

 

 だがそれに手応えは一切なかった。それどころか、立ち直りかけていたリヨンさんを吹き飛ばす始末。さらに言えば、いつのまにか膝をついていたクラッシャーの男性と、ピアッシャーの女性も姿を消しており、アインが蹴り飛ばされたかの様に上体を空に晒している。

 

 その現象に、何故とは問わない。何故なら何が起きているか、ギリギリだが感じ取れているから。魔剣の加護と次元魔法の組み合わせという戦時中の再現技術すらブチ抜いて、視認できない程の高速で動いているという結果だけは分かっているから。

 

「ああもう煩い!」

 

 頭の中に煩いほど鳴り響くステータスやスキルの成長報告。今までもずっと意識から締め出してきた思考を回すのに邪魔でしかない(ゴミ)が、今は普段以上に煩わしい。

 (アヤ)であることすら止める覚悟で魔法を構築しようとしているのに、全てがこの相手よりあまりにも遅い。話にならないくらいに速度に差が存在している。(アヤメ)の思考と行動が、敵の速度に追いつかない。

 

「随分と好き放題してくれたな」

 

 届いた声と雷鳴、そして閃光。嫌な予感に突き動かされ、咄嗟に挙げた左腕の腕甲が一瞬で無残に砕け散った。お下がりとはいえ、現時点でもかなりの硬度を誇る防具がだ。

 

 驚愕を押し殺し、痛みと痺れ、衝撃を伴い弾かれた左腕の勢いを利用して身を回す。せめてもの抵抗でコートを羽織る。多分ディフェンダーじゃ秒で砕かれる。受けるのは得策じゃないが逃走も出来ない。さっきみたいな範囲攻撃も、負傷者であるリヨンさんを巻き込む以上使えない。今頃になって銃声が聞こえた。雷鳴、銃声、魔剣。死。

 

 散発的な思考が纏まり、今になって理解する。

 相手の魔剣の効果も。この襲撃犯の正体も。あの夜の襲撃の意味も。そして、全てが手遅れなことも。

 

「ごめ──」

 

 最後の抵抗は行いつつも、頭に浮かんだ数人に謝ろうとしたその時だった。

 栗鼠特有の尻尾を使い、バネ仕掛けの様に跳ね起きたリヨンさんが、何もない虚空に向けて崩れ落ちながらマンチニールを突き出した。

 

ガラスの靴の姫君は、今再び灰を被る(サンドリヨン)!」

 

 そして、指向性を持った力の塊が解放された。限界駆動の解除を代償に、槍が指し示した方向が、力の奔流によって一切合切の区別なく砕かれていく。地面が捲れ上がり粉砕され、大樹と化した家々を崩壊させ粉砕し、突き進む力の波濤がナニカを捉えた。

 

「効いて……ないッ!?」

「当然だ。俺とお前では、相性が悪い」

 

 崩壊した射線上に、身体から砂を舞わせている獣人の男性が実体化した。

 手に持っているのは黒地に金色の装飾が施されている、銃剣の取り付けられたマシンガン。魔剣だ、形状からしてⅡ型。それだけで今までの銃撃主がこいつだと特定できる上、獣人界に長く住む人なら精霊術の奥義である『転身』状態にあることも察しがつく。加えて、それが出来ている相手の実力も。

 

「アヤ」

「どうしました?」

「進言する。戦闘よりも逃走を選ぶべきだ」

 

 体制を立て直したアインが、深刻な表情でそう告げた。それでいて、解放中の魔剣オオテングの力をいつでも放てるようにしている。多分オオテングで吹き飛ばすか何かをして、逃げ出す算段なのだと思う。けど、

 

「ごめんなさいアイン。私もそうしたいですけど、多分無理です」

 

 私はその提案に首を横に振った。ああ何せ、見えてしまったのだから。ステータスは大嫌いだけど、こういう場合だけは役に立つから腹立たしい。

 個体名 : バルト、性別 : 男性、種族 : 狩猟豹族、そして()()()3()0()0()。所謂成長限界、到達点、カウントストップ。見えたのはここまでだけど、これだけで彼我の実力差は明確だ。

 

「ほう。そこの小娘が一番よく状況を理解出来ているらしいな」

「ええ、これでもSランクに任命されてますので」

 

 私のレベルは200弱、アインのレベルは180弱、リヨンさんのレベルも200弱。単純に考えて、万全の条件であろうと勝てるわけがない。もし、こちらだけが魔剣を持っているなら、それなりにいい勝負にはなっただろう。しかし向こうも魔剣を、Ⅱ型を持っている以上たらればでしかない。

 加えて状況判断。本気かは分からないが、私もアインも魔剣の限界駆動状態で、敵の動きに追いつけなかった。リヨンさんも、ここまで痛めつけられている以上期待は薄い。

 

「なるほどな。この状況でも諦めを認めない辺り、程々に優秀だ」

「それはどうも」

「故に、貴様から殺す──というのが定石なのだがな」

 

 不意に、今まで私に向けられていた殺気が0になった。困惑し、けれど僅かに安堵から身体と精神が弛緩してしまった。目の前に、どうあがいても勝てない敵がいるというのに。

 

「貴様は後回しという命令だ。だが被験体M164、今はリヨンと名乗っているのだったか? 貴様は殺す。我ら暴風貪団(ボレアス)を裏切った落とし前、ここで付けさせてもらう。出会った以上、その覚悟はあるのだろう? M164(リヨン)

「そんなの、こっちこそよ!」

「ほう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうバルトが言葉を発した直後、リヨンさんの纏う空気が変わった。限界駆動が停止してなお、保たれていた殺気と闘気が霧散する。代わりに伝わってくるのは恐怖と怯えのような感情。

 

「ちが、私は、私は。もう、そんな名前じゃ。モルモットじゃ……違う……違う……!」

 

 まるでそう刷り込まれているかの様に、劇的に反応が切り替わった。

 リヨンさんの手から壊れかけのマンチニールが零れ落ち、目の焦点は僅かずつだが狂い始め、足は微かに震えていた。声も同様に震え、すぐに気を失ってしまった。

 

「被験体M164?」

 

 一連の言葉の響きの感じと、リヨンさんのモルモットという言葉。そして今の、何か……多分人をもの扱いする言葉。それから察するに──

 

「知らなくて良いことも世界にはあるのだよ、小娘」

「アヤ!」

「分かってる!」

 

 そんな私の思考を見透かしたかの様な笑みを浮かべて、バルトの姿は搔き消える。

 あの魔剣の能力は推定超加速。限界速度は分からないけれど、少なくとも目を追えない速度だと理解している。アインの認識も私と大きな差異はないらしく、忠告が飛んできた。とは言え私達が打てる手は少ない。

 

 守るか、見捨てるか。見知らぬ相手ならまだしも、現状では愚問でしかない。

 

 アインがオオテングによる暴風を周囲へ向け放射しながら、光系の魔法の展開を始めた。それが正気を取り戻す魔法と回復系の魔法の複合と判別し、私も特性がバレることを承知でエターナルを介しディフェンダーを限界駆動。

 光陣を展開してアインとリヨンさんを庇い──砂混じりの風が吹き荒れ、削り取られる様な異音を発した防壁は瞬く間に砕け散った。

 

「それでも!」

 

 叫びながらディフェンダーを再展開。この場で唯一この敵に勝てる可能性があるのは、今は使い物にならないリヨンさんだけだ。精霊術と魔剣の相乗、全てを捨て(アヤメ)として戦う以外だとそれしか勝ち目が見えない。

 だからこそ、少しでもアインが治療してくれる時間を稼ぐ。そう決めて私は、勝ち目のない戦いに身を投じた。

 

 

 雷鳴が聞こえる。何かの砕ける音が聞こえる。銃声が聞こえる。

 戦闘の音だ。昔嫌になる程聞いた、一方的に相手をいたぶる音色だ。ああ、そうだ。昔の私もこんな風に……

 

「うっ……私は」

 

 最悪の過去が意識をなぞり、リヨンは意識を取り戻した。

 意識の覚醒により、同時に現状認識も取り戻す。確か自分は、ヤツが相手だと思って飛び出して、手も足も出ず負けて。アヤちゃん達と合流して戦おうとしたのに、不意打ちの奥義も意味がなかった。そして、あの記憶を抉られて。

 

「目を覚ましたか」

「え、えぇ。ごめんなさい、迷惑をかけて」

 

 気がつけば、リヨンを己と同類の気配を感じる少年が見下ろしていた。燃え尽きたような灰色の髪に、感情の読み取れない紫色の目。そして張り付いたような表情。まるで人形のような、確かアインという名の少年。

 

「謝るのであれば、当方ではなくアヤするべきだ。現に今も、当方がリヨンを治療中なのに対し戦闘中だ」

「ッ!」

 

 ヤツを相手に、1人にしちゃいけない。そう思って飛び出そうとした身体は、全くと言っていい程言うことを聞かなかった。立つこともままならず膝から崩れ落ちたリヨンに、アインが無感情に語りかける。

 

「戦闘への介入は非推奨だ。その身体では肉盾にもならない」

「じゃあ、どうすれば良いのよ!」

「逃走手段の検討を推奨する。現状、当方やリヨンが戦闘に参加した場合であっても、勝率は0%と推測する」

 

 八つ当たり気味に叫んでも、冷淡に言葉が返って来た。それでは面白くなく、こちらも冷静にならざるを得ない。そして事実、勝ち目がないということは真実なのだ。

 

「私にも、アレが使えたら……」

 

 転身。己が契約した精霊と一体化し力を得る、精霊術と呼ばれる獣人固有の術技の最秘奥。契約→力を借りる→協力→部分的な転身→完全な転身と、段階を踏み練度を高めていく精霊術。リヨンが収めているのは、部分的な転身までだった。

 

「アレとはなんだ?」

「完全な転身よ。私は部分的にだけ、バルトは全身を。獣人じゃない貴方には分からないと思うけど、出力が全然違うのよ」

 

 自分の力を10だとすると、部分転身が2を掛けるような物。完全転身は2乗するようなものだ。厳密には精霊と合一する本人の相性などを始めとしてもっと条件は細かいが、大体それ程の差がある。

 

「質問がある。その完全な転身とやらが使えれば、現状は変わるのか」

「ええ、変えられるでしょうね。でも無理よ。今まで1度だけ、しかも数秒だけしか成功したことがないもの」

 

 付け加えるのなら、かつての1回は半ば事故そのものであった。無理に行おうとして反発し、暴発。大規模な破壊を齎しただけに終わった失敗だ。

 

「だから、別の手段でなにか……」

「いいや、それなら当方に良い考えがある」

 

 横に首を振り続けられた言葉を、アインが否定した。そして、表情は変わらないが、少し明るくなった声音でそう告げた。

 

 

「このっ!」

「貴様は後回しと言った筈だが、死にたいのか?」

 

 同じⅡ型の風による足止めも、防御特化のⅠ型による防壁も関係なし。いつだったかの文献で『転身した獣人は人型の災害である』なんて記述を見た記憶があるけど、それに魔剣が加わるとこれだ。手に負えない。

 姿は見えない、なのにこちらの防御はゴミの様に砕かれる。そもそも敵の言が本当なら、私達相手には本気を出していない可能性すらある。本音を言っていいなら、怖くてたまらない。

 

「いいえ。でも、見殺しには出来ません」

 

 それでも、また私の所為で人が死ぬのだけは嫌だ。絶対に。だからこそと再度光陣を展開したが、また秒と保たず砕かれる。私自身には負荷は掛かってないけど、エターナルには相当無茶をさせてしまっていた。

 

「甘い考えだな」

「自覚はしてます。でも私は、武人じゃないので」

「例え相手が、己が事情に口をつぐみ、震えているだけだとしてもか?」

「ッ……!」

 

 思わず、防御のための手が一瞬止まる。分かっている、私が言われているんじゃないことくらい。それでも、私自身の現状がそれそのものである以上、無視なんて出来なかった。

 故に結果は無情に訪れる。右腕を防ぎ損ねた風が通り抜け、腕甲を崩壊させながら裂傷が刻んで行った。痛みに僅かに思考が割かれ、元々得手でもない防御が崩れる。

 

「どうやら力場を作る魔剣の様だが、出力が足りなかったな。これで終わりだ」

 

 最後に言葉を伴い、胸部に打撃が来た。胸当てが砕け、為す術もなく後ろに吹き飛ばされる。肺の中から空気が吐き出され、呼吸が詰まる。骨こそ折れてないけれど、やはり太刀打ちができないことを実感させられて──

 

「先程の提案を訂正する。確かにこれでは、リヨンを見捨てても撤退は不可能だった」

 

 待ち構えていたようなアインに、何事もなく受け止められた。近くには、既にリヨンさんの姿はない。間に合わなかった、多分そういうことだろう。

 

「なら、どうするんです?」

「既に賽は投げた。あまり褒められた手段ではないが、緊急時として許してほしい」

 

 一拍おいて、アインが少し申し訳なさそうにして言葉を続ける。

 

「当方個人の判断で、リヨンに魔剣パナケイアを使用した。そして魔剣リベルタスの効果を、現在も使用中だ」

 

 アインがそう告げた時のことだった。

 ざわりと、周囲の植物が騒めいたような感覚が走った。例えるなら、己の上位種の何かが顕現したような。そんな気配を感じていたからだろう、次の瞬間起きた現象に違和感を感じなかったのは。

 

「1つ話をしてあげる」

 

 声とともに生まれた荊が、砂の舞う空間を打撃した。姿の見えなかった敵が実体化し、荊の巻き付いた腕からはあり得ないはずの血が流れている。

 

「貴方達と同じ実験動物で、同じように助けられた哀れな女の子の話を」

 

 地面を突き破って一振りの槍が空へ向けて発射された。その向かう先はただ1人。特徴的な尾から新芽を生やし、花の冠を被った、濃い緑の匂いを纏う幼く見える女性の元へ。

 

「そして、今度こそ貴方達との関係に終止符を話を!」

 

 森羅転身。精霊変性。

 完全転身を遂げたリヨンさんが、同じく再生の終わったマンチニールを握り吠えた。

 




アヤメちゃんの主観で進んでるから、バックポーンが薄い弊害。
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