「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
完全転身によって獲得したらしき飛行能力を以って、木の葉が落ちるように地面へ向かいながらリヨンさんが吠えた。同時、辺り一帯全ての植物が動き出す。
「極美を映す魔法の鏡、それは無垢なる乙女に光を当てた
嫉妬に狂いし醜き王妃を、7の小人が迎え撃つ」
拘束箇所が1つだった荊が周囲から発生し、瞬く間にバルトの全身に絡みついていく。物理的拘束は完全転身した獣人には効かないはずなのに。ということは、やはりあの荊は魔剣由来ではなく、転身の技術由来のものらしい。
「腰紐、毒櫛、毒林檎、小人の護りを貫いて、乙女の命は無残に散った」
これまで私を相手にしていた時とは打って変わって、初めて焦りのような表情を浮かべてバルトが動いた。荊を切断しようと、無詠唱の魔法よりも数段早く土系統の魔法が展開される。
「せいっ!」
けれどわざわざ、そんなことをさせてやる道理はない。アインに手を貸してもらって立ち上がりつつ、足から地面伝いで魔法をハッキング。侵食の間に合った部分を、手当たり次第に崩壊させ発動を妨害していく。
「チィッ!」
本物の精霊には遠く及ばない速度な上、干渉力も弱いからすぐに術式は再構成、私のクラッキングも弾き出されてしまった。けれど、このタイミングに限れば、最高の嫌がらせにはなった筈だ。苛ついた表情を向けてきた相手に、笑顔を向けて応える。
「ガラスの棺で眠りし乙女は、来たりし王子がその目を醒ます
三度洛陽を迎えても、我が身が滅びることはなし
さあ、報復の焔を受けるが良い」
ようやく力任せに荊を引き千切り、動き出したようだが手遅れだ。もうリヨンさんはバルトの直上、速度だって十二分。その槍撃を躱せる道理はどこにもない。
「
「……無理か」
魔剣マンチニール、限界駆動開始。そして神速の4連突きが、回避のため動いていたバルトに襲いかかった。それに対し行われたのが、銃撃を行いながら斬撃するという曲芸技。さっきのように舌打ちする時間もない中行われたそれは、見事に胴体に届く一撃だけは逸らし切った。
その代償とでもいうかのように、銃の魔剣を保持していた左腕が飛ぶ。そしてそれを誰よりも早く噛み付いて確保し、人の身ではあり得ない距離を跳躍し後退した。
「アイン、ありがとうございます。でも、もう大丈夫です」
「勝算は?」
「今ならあります。完全転身がどんなものかも分かりましたし」
それに限界駆動を解除させたのだ。あの魔剣を再度限界駆動させなければいいだけの話である。そして難題だった対完全転身についても、さっきのハッキングで理解した。
要は精霊と戦うのと同じ要領だ。それなら、昔からさんざんお義母さんと戦っていたから問題ない。……そのせいで、多分お義母さんとなら私も転身出来た可能性がある、なんてことも分かってしまったけど。
「援護と警戒、お願いします」
「認識した」
回復がてらポーションを頭から被り、余計な考えを巡らせていた自分を落ち着かせる。さっき腕を一本持っていったけど、対精霊として考えるなら無傷に等しい。何せ精霊とは、属性とか概念そのもののような存在なのだから。
「アヤちゃん、さっきはごめんなさい」
「大丈夫です。トラウマスイッチ押されたんでしょう? 誰しもそういう、触れられたくないことはありますから」
現に私も『人の首に刃を突きつける』という行為が、きっともう出来ないくらいにはトラウマだ。実際アインにやった時は、あと一歩で吐くところだったし。
「それより、来ますよ。精霊はあのくらいじゃノーダメージです」
「流石、渡り合っていただけはあって詳しいわね」
「買い被りです。遊ばれてただけですから」
そう言い切ってから、合図もなしに走り出した。さっきまで仕掛けられていた、地属性系統の地雷魔法は全てクラックした。だからもう何の障害もなく、一直線に敵に向かっていくことができる。
「せいやぁ!」
全力の私を追い抜いて、リヨンさんが突撃する。それに対応してバルトも銃剣を振るうが、私が遊ばれていた時と比べると余りにも遅い。リヨンさんと対等の速度のため遅いわけでは決してないけれど、比べ物にならないほど速度が落ちている。
「このっ!」
「完全転身を果たしたようだが、条件が対等になっただけと忘れるな!」
尋常ならざる速度で打ち合わされる銃剣と木槍。マシンガンの如く放たれる土系統と木系統の魔法。そんな激戦の合間に聞こえて来た声から、この戦闘はあの2人の物だと理解する。
話から察するに、同じ実験施設か何かから2人は同じ人物に助け出され、バルトの方は今もその人に従って、リヨンさんは裏切った。そこからくる恨みとかが主題であって、そのどちらにも関係ない私は蚊帳の外だ。
「でも」
だからこそ、出来ることもある。それに何より、なんで街が襲われたのかすら分かっていないのだ。アインの魔剣の効果が途切れたら、きっとリヨンさんの転身は解除されてしまう予感がある。だから、古き良き一騎打ちでもないのだし、蚊帳の外から介入させてもらう。
構築されかけていた魔法を複数同時にクラック。一部を機能不全に陥れ発動を妨害。そのまま気配を殺しながら、背面から強襲した。
「私がいることもお忘れなく」
「ッ!?」
転身していなければ、肺を裂くように刃を滑り込ませ刃を通す。そしてそのまま最高火力の炎を解放。白に近い色の炎がバルトの口から見え、直後に振るわれた銃剣により敢えなく距離を取る。
それは致命傷ではない。ガラス化した身体を切り離して、すぐに何事もなかったように再生されている。だが、息は荒くなっている。消耗させるという点では、魔剣の反動もあっただろうしかなり効いてるようだ。
「ナイス!」
反撃として放たれた銃弾は落ち着いて回避するか弾き、魔法もクラックで時間を稼げばアインが余裕を持って防いでくれる。圧倒的だった相手に対して、1人でいいから対等に渡り合える味方がいる。ここまでそれが頼もしいなんて知らなかった。
「アヤ、敵集団が接近中だ」
「ひゃっ……ゴホン。了解、位置を教えてください。無力化してきます」
隙を伺いつつ魔法のクラックによる補助を続けていると、突然耳元でアインの声が聞こえた。風系統の魔法の応用。知識では分かっていても、思わず変な声が出てしまった。けれど内容は深刻だ。今ここで包囲されて攻撃なんてされようものなら、一気にこの均衡は瓦解する。
幸いエターナルを力場操作の魔剣と勘違いして、それを口に出してもらったのだ。少しだけ私も動きやすい。
「12時から3時の方向からだ。恐らく、最初に当方達が吹き飛ばした相手と推測する」
「分かりました!」
範囲を絞っていた私の探知には引っかかってないけれど、アインが言うならそうなのだろう。信じて一度戦場を離れ、全速で駆け出した。
「
エターナルのシリンダーが回転し、右刃に黒い弾丸が、左刃に2発目の半透明の弾丸が装填された。
装填しっぱなしのディフェンダー。
「敵しゅっ──」
「遅い」
数秒もしないうちに会敵し、大声を出される前にクラッシャーの能力込みで震脚。指揮官っぽい奴に左手で拳を撃ち込み悶絶させる。大丈夫、死んでない。
まだ動揺と混乱で動きの止まった集団の中心で、取り出したのは襲撃の夜を反省して片手間に作っておいた睡眠薬。念のため息を止めて、試験管に入ったそれを地面に叩きつける。
追加でストックしていた風の球を作る魔法陣を取り出し、魔力を込めて軽く上に向け投擲。過剰魔力で暴走した魔法陣が自壊するまでの3秒間、何故か正常に魔法は作動した。当然魔剣の力だけど。
「制圧完了」
全員が眠りに落ちたことを確認しつつ、金属枷を生成し動けないよう拘束する。これで暫くは問題ない。
「アイン、戦況は!?」
「当方も介入し、膠着状態だ」
「了解!」
走りながら腕時計の竜頭を回し、負荷を承知で探知範囲を拡大。頭痛に耐えながら戦場を視れば、状況はこの30秒であまり良く無い方向に傾いてしまっていた。それに精度が低いから分かりづらいけど、若干アイン達が押されている。多分だけど、慣れられている。長引かせるのはこっちの不利にしかならない。
「私も……」
全力で戦えたのなら。
今の制圧のせいで、そんな栓無い考えが浮かんできてしまう。首を振って頭から夢想を追い出した。そんなことを考えるより、今出来ることを考えた方がよっぽど有用だから。
何かが軋む音を聞きながら、私はそう自分に思い込ませる。
「クラック……の前に行った方がいいかな」
出来る限り気配を断ち、戻ってきた戦場に足を踏み入れる。そして同じように背後から敵に接近し、順手に持ち替えたエターナルを突き出した。
「2度も同じ手を、」
「喰らうわけないですよね!」
当然のように、迎撃として銃剣が振るわれた。しかしこちらもさっきまでとは違う。装填しているクラッシャーの能力により、本来ならあり得ない衝撃と激音が轟いた。
跳ね上がる銃剣の握られた左腕。不快そうに歪む敵の顔に笑顔を返しながら、背後のリヨンさんがマンチニールを引き絞るように構えるのを見て撤退。魔法発動妨害のクラッキングを再開させ、外様でも出来る最大限の嫌がらせを続行する。
「シィッ!」
そうして私が注意を引いた刹那、腰の入った突きがバルトの胸を貫いた。
「咲きなさい、マンチニール!」
更にそれだけには止まらず、バルトの内側から突き破り無数の木が発生した。血こそ流れないものの、悍ましい光景に思わず足が止まる。マンチニールを引き抜きリヨンさんが距離を取った後、地面から勢いよく6本の巨大な木の根が出現し、追い討ちとしてバルトを押し潰した。
「これで、トドメ!」
それでもまだ足りないと、リヨンさんがマンチニールを片手で回して力を行使した。内部にいる存在を捻り潰すように、衝突した根達が捻れ天へと伸びて行く。ギチギチと鈍い軋みを鳴らし、やがてそれは一本の大樹へと変化してゆく。内部の存在の力を吸い取り、次々と青い葉を茂らせ成長していく姿には少しだけど恐ろしさすら覚えた。
「近づかない方が良いわよ、アヤちゃん」
「知ってます。確かこの木、全てが毒ですよね」
アインを買った街で買った、世界薬草大全にも載っていた。林檎によく似た果実と茂った葉の形から、この木がマンチニールの木であることが分かる。
だからこそ魔法で燃やそうとして──出来なかった。
木の毒性も、自分の魔法の火力も、精霊の耐久力も知っているからこそ、間違いなく殺すことになる魔法を使えない。
今が魔剣を使わせずに倒す千載一遇のチャンスなのに、ジャイアントキリングが成立する唯一のタイミングなのに。魔法を使えない。私が使える数少ない魔法なのに、炎を放つことが出来ない。
「ッ、この」
震える右手を掴み抑え、エターナルの柄尻を大樹に向ける。大丈夫、まだリヨンさんには気づかれてない。それに脱出もされていない。だからまだ間に合う。だからまだ間に合うと理解しているのに、どうしても魔法が放てない。
気持ちが悪い。吐き気がする。嫌な汗が噴き出てきて、心臓が変なリズムで脈打ち始めた。手足の先が冷たくなって、感覚がなくなる。視界が変に歪んでくる。訳の分からない涙が出てくる。そんな不調を全部気合いで押さえつけ、漸く魔法を放とうとした時のことだった。
「ぁっ……」
私じゃない魔法の炎が、マンチニールの木を中心に渦巻いた。轟々と音を立てて燃えるその渦を見て、思わず膝から崩れ落ちる。ああ、この火力なら確実に仕留めた。そんな異常に冷静な結果観測だけが、ポツリと頭の中に浮かぶ。
「非合理だ。アヤには出来ないことをするのが、当方の役目のはず。そこまでアヤが心を削ることは、無意味と断定する」
呆然としている私に、すぐ隣からハンカチが差し出された。見上げれば、いつのまにか近くに来ていたアインが、こちらを見ないようにかつ、リヨンさんに私が見えないように立ってくれていた。
「故に、今は当方に任せ、アヤは調子を整えることを推奨する」
「……ごめん、ありが…ありがとう、ございます」
ハンカチを受け取って、人様には見せられない顔になっていたのをどうにかしようと深呼吸した。涙も汗も拭いて、本当に最低限度調子を整えてゆく。
そんな最中だった。
「ッ、アイン防御!」
こんな調子だからか、その魔法への対処が遅れてしまった。もうクラックが間に合わない域で展開された、精霊特有の大魔法。過剰出力で行使された過重力の魔法によって、術者以外の全員が地面へと叩きつけられた。
「ぐッ……」
アインが展開した防御ごと地面に押し付けらる。けれど私は、アインが覆い被さるように庇ってくれたからか、まだ物を考えるくらいの余裕は残っていた。
そんな中聞こえて来たのは、木材が力任せに千切られる異音。嫌な予感がしてなんとか顔を向ければ、崩壊した大樹の中から、毒で焼け爛れた姿のバルトが姿を現していた。
「まだだ、この程度で、終わっていいはずがない。俺が団長に受けた恩は、この程度で返せるものじゃない……」
周囲に残った木材も銃剣で薙ぎ倒し、大樹の中から出て来たその姿は間違いなく満身創痍だ。けれど、嫌な予感がする。放っておいたら駄目だと、本能が警鐘を鳴らしている。
「お前なら分かるだろう、M164番。同じ後天的魔剣適合研究所のモルモットだった貴様なら」
「分からないわよ、B8610番。助け出された恩はあるけど、あんな理想に手を貸す理由はないわ」
この過重力の中、力尽くで立ち上がりながらリヨンさんが吠えた。
「世界を戦争の時代に巻き戻すなんてこと、実行しようだなんて正気の沙汰じゃないわ。だって、私達みたいな物を生み出した戦争よ!?」
「俺や貴様のようなモルモットが、唯一生きられる場所だとしてもか?」
返答は無言の攻撃だった。突き出た鋭い根による刺突。更にはそこから生えた、植生の違うタネを爆発して飛ばす植物による散弾。しかしそれらは全て回避され、恐れていた自体が起こった。
「そうか、残念だ同輩よ。貴様とはここで、完全に道を分かつとしよう。
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
魔剣解放。私とアインを蚊帳の外へと追い出して、2人だけの戦場の戦端が切って落とされた。
《Ⅱ型魔剣 : マンチニール》
紫の禍々しい線が走る、木製の槍型魔剣。槍の穂先の根元部分に存在する、1つの三日月型の刃が特徴。魔剣自体の強度は木製であるが極めて高く、同じⅡ型と打ち合っても刃毀れしないほど。
また地面に刺しておくことで、この魔剣の損傷は自動的に再生する。
所有者 : リヨン (被験体 : M164番)
【能力】
基準値 : C 限界値 : A
照準 : C 範囲 : A 操作 : B
維持 : B 強度 : A+
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
極美を映す魔法の鏡、それは無垢なる乙女に光を当てた
嫉妬に狂いし醜き王妃を、7の小人が迎え撃つ
腰紐、毒櫛、毒林檎、小人の護りを貫いて、乙女の命は無残に散った
ガラスの棺で眠りし乙女は、来たりし王子がその目を醒ます 三度洛陽を迎えても、我が身が滅びることはなし
さあ、報復の焔を受けるが良い
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇90%
・生物特効100%
・悪魔特効500%
②限界駆動
・任意に対象を選べる毒を、自由に発生させることができる。
・自身が大地と接している場合、自在に植物を発生・操作することができる
・限界駆動発動時から、受けた痛みの量だけ力を蓄積する。蓄積した力は任意のタイミングで解放できるが、容量を超えると自壊する