「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
砂塵が逆巻く。
「我が栄光は地に失墜し、我が名誉は闇へと消え、かつての信仰さえも罵倒と化した」
膨れ上がる魔力に感応して、辺り一帯全てが揺れ始める。その原因は大地そのもの。転身と魔剣解放の相乗効果によって、爆発的に膨れ上がる土属性の魔力に大地が共振している。
「されど我が心に翳りなし」
リヨンさんが放った魔剣による攻撃は、突如その場所だけ地面が崩落したことに大きく狙いを外してしまう。脳内で煩いほどなる警鐘に従ってこの過重力の魔法をハッキングするけど、干渉力が桁外れで遅々として進まない。
「猛き雷帝、戦の籠手、無双の力帯をこの身に纏い、神威の槌を携えて、穢れを禊ぎにいざ行かん」
こうなったら仕方ない。未だ装填したままのルンペルシュテルツヒェンの効果でクラッキングの効果をリライト。一気に100倍にまで押し上げて、なんとか干渉力を上回る。
「さあ、霹靂に散るがいい」
けれど嗚呼、あと少しのタイミングで間に合わなかった。私が魔法を破壊しきるのとほぼ同じタイミングで、魔剣の詠唱が完了してしまった。
「
「防御して!!」
魔剣の限界駆動に含まれた銘を聞いて、反射的に私は叫んでいた。この魔剣はダメだ。もう使い手がいない筈の魔剣の中でも、使用者敵対者双方に致命的な能力を持つ魔剣だから。そして、試作型にも劣らない一種の到達点たる魔剣だから。
確かに能力自体は超加速で相違ない。けれどその速度が違う、文字通り桁が違う。音速? 違う。音速超え? まだそれより速い。
Ⅱ型魔剣ペルケレ。限界駆動の能力は「指定した物体を雷速にまで加速すること」。その最大速度は、秒速150kmに達する。完全転身が行われていない場合、使用した瞬間反動で即死する獣人種専用の魔剣だ。
「すまない、もう、保たない」
「が、ッ……」
その最初の一撃をリヨンさんがなんとか捌いた時に、アインの魔剣の効果が解除されてしまった。結果、魔剣リベルタスの効果で維持されていた転身が解除。咄嗟に展開したらしき分厚い木の壁を抉り取られ、瞬きした瞬間にリヨンさんは崩れ落ちていた。
リヨンさんは地面に押し付けられた状態で動かなくなり、握られていたマンチニールは踏み折られた。滲む血を刻一刻と広げピクリとも動かないその姿は、まるで死んでしまったかのよう。
遅れて聞こえてきた幾重にも重なった銃声だけが、これが現実に起きたことであると示していた。
「ふん……」
木屑を払うように銃剣を払い、反対の手の調子を確認していること、そして地面に残った弾痕から、バルトがやったことは大体分かる。木の繭のような物に閉じこもったリヨンさんに対し、最高速の銃剣の打撃で繭の一部を破砕。中から無理やり引きずり出して地面に叩きつけ、追い討ちで銃撃。こんなところだろう。
問題なのは、それらの行為が何1つ目にも魔法にも映りすらしなかったことだ。
ああ、ダメだこれは。
勝てないどころじゃなくて、手に負えない。相手を理解してしまった以上に、私達に手の打ちようがないことも同時に理解出来てしまう。
「どうする、アヤ」
「……アイン、命令です。これから見ることは、何があっても他言無用です」
この場の全員が確実に死ぬのを座して待つか、私が社会的に死ぬ可能性が高い代わりに私以外が生き残るか。だったら、だったら私がすることは1つしかない。
奴隷契約から派生した秘密尊守の呪いを、初めて使いアインに口封じを行う。それから、覚悟を決めて立ち上がった。大丈夫、私ならきっとやれる。いいや、やらなくちゃいけない。
だってお前は、英雄の娘だろう?
「
小声の詠唱によりエターナルのシリンダーが回転し、右刃に白い弾丸が装填される。使える言葉は9つだけ。でもどうにかやりくりすれば、多分やれないことはない。懸念点は、最初の一撃で終わらせられるかそうならないか。
「貴様には手を出さないと言ったはずだが?」
言葉を無視する。
要は現在のバルトは『雷の速度と性質を持った、人としての能力を持った砂』なのだ。自分で言っていて意味がわからないけれど、だからこそ勝ち目を作り出せる。
だって私は、自分で言うのもなんだけど、所謂初見殺しの性質が強い。複数の魔剣の力を使える点、炎と土系の魔法以外も遅いけど使える点、そしてまだ私も最高速度では動いていない点。
だから、最初だけは確実に動きを止められる。その後直接封印……いやまずは魔剣を処理が先かな。魔剣は転身下でも精霊の影響を受けないから、本体の封じ込めよりは少し楽なはずだ。
「アヤ……?」
「あくまで話を聞かないつもりか」
深呼吸して、一気に頭を回す。
魔法構築開始。
対雷、絶縁体、ゴム?いや、大気そのもの。雷の性質は持ってても電圧は持ってない。それだけじゃ足りない。木剋土。相手は砂、有効性が高いのは木系統の封印魔法。風と木系統の混合、封印魔法系を選択。大全参照、類似魔法例なし。新規魔法製作開始……完了。
耐用時間計算、完了、推定最大5秒。却下、要素追加。重力球から要素抽出、中心への力の収束。プラスして空間指定も組み込み開始……完了。推定耐用時間8秒。消火魔法転用、組み込み開始……完了。推定耐用時間15秒。妥協。決定。
魔法構築完了。
風・木・闇・空間・雷の5属性複合封印魔法。命名は単純にシールだと弱いから、《シールⅤ》に決定。本当の封印魔法なら工程のリピートとかが入るけど、そうすると私じゃ制御できなくなるからここで中断。
「大丈夫、私が、私がみんな守るから。アインも、リヨンさんも」
左手の中に魔法陣を成形し、脳の高速回転を中断。アインに言葉を掛けながら、エターナルを逆手で構えた。さあ、機会は一瞬だ。それを逃したら負け、そして死ぬ。
怖いし恐ろしい。本音を言ってしまえばやりたくない。でも、それくらい分かりやすい無情が、今だけは有り難かった。
「……いいだろう」
バチッという電気の弾ける音を残し、バルトの姿が消失する。予想通り乗ってきてくれた。そして案の定、さっきの最高速は出ていない。ペルケレの反動なのか本人の余裕なのかは分からない。けど、私にとって良い方向に天秤は傾いていた。
「ッ!」
そして、魔法で感知していた反応消えた。タイミングは今、この行われるだろう直前しか無い。チョークの能力で文字を刻見ながら鉄串を生成。殺気、雷音、風。感じたそれらが届く前に、串を大地に突き刺した。
・避雷針
刻んだ文字が効果を発揮する。生み出したのは、この世界では通じないママの故郷の世界にある物体。事実の一端としてはそうであり、私が「雷を誘引する物」と認識している結果、そういうモノとして鉄串は避雷針と化した。
「ッ、これは!?」
地面に突き刺さったそれに雷砂が蟠る。本来あるべき条理や道理を蹴り飛ばして、雷を誘引するという結果だけを引き起こす。とはいえ避雷針に雷を留める性質はない、故にこそチャンスは今だけ!
「《シールⅤ》!」
そしてその蟠ったバルトという雷が拡散する前に、陣を握り締め魔法を無理やり起動した。風の球体が生成され、封印が始まって──
「えっ……?」
腹部に感じた激痛によって、魔法が崩壊した。
焼けた鉄でも突き入れられたような痛みに、思わず魔法陣を取り落す。反射的に手でお腹を抑えれば、溢れ出た血が手も服も赤く染めてゆく。雷鳴と銃声が、遅れて聞こえてきた。
「なるほど、確かに優秀だ。獣や悪魔を相手にするには十分だろう」
砂が紫電を散らし人型に戻る。何かを喋っている、けど何も耳に入ってこない。銃創は11箇所、全部貫通してるけど、太い血管とか臓器とか諸々を貫いている。魔剣の加護ですぐ死にはしないけど、確実に致命傷。
「だが、残念だな。人は欺瞞と欺きで出来ている」
治療、防御、逃走、封印。全てをやろうとして、全てが遅れた。
そして、刃の冷たい感触を感じた。左肩から断ち切り、右の脇腹に向けて通り抜ける一閃を。血が滲む。血が流れる。命が溢れる感触がする。
でも同時に、その後ろで幽鬼のように立ち上がった存在も見えている。半分に折れようと、電撃を浴びようと、マンチニールは壊れない。そして魔剣を持ち続けられるなら、意思を持ち続けられるなら、人は死なない。
「《知ってるよ、クソッタレ》」
優先順位を変える。
普段使わない魔法の詠唱を、口語で意味を形作り使用。木属性の中位程度だけど、封印魔法を起動する。それをブラフに私の血を触媒にして、呪い系統の魔法を起動。更にそれらをブラフにして、本命に見せかけた落とした魔法陣を起動させる。
「その程度の魔法!」
私を殺せば全て収まるのに、バルトの魔剣は私ではなく魔法を壊すことに振るわれた。その理由は分からない。分からないけど今の私はただ、敵が私だけを見るようにすれば良い。
「つかまえました」
血塗れの手を敵の胸元に叩きつけた。力が入らないからダメージはないけど、これで良い。私の血が触れていて、精霊契約に必要な条件*1も整っている。
「介入!」
そして本命であるかのように、逆転の一手を打った。
それは、他人の契約精霊に再契約をかけるという邪法。そして過去の事例では、干渉者被干渉者共に重傷を負って確実に失敗している外法……いや、この状況では自爆特攻が近いか。
4分の1だけど私にだって獣人の血は流れているのだ。だから干渉は……理論上、干渉もどきは行える。
「チィッ!」
「あんまり、舐めないでください」
叩きつけた腕が内側から弾け、依代に指定していた佩楯は砂となって崩壊した。瀕死の傷を負う代償を払っても、私では精霊術は砕けない。でも、精霊ごとバルトの転身が揺らいだ。
完全転身から一部だけの転身にまで、バルトの術がランクダウンする。これで一時的に物理的な攻撃が少しは有効になるし、魔剣の最高速度も封じることが出来た。
こんなもの側から見れば、引き分けにもならない私の負け。でも真実は、
「私の、勝ちですね」
血と共に言葉を吐き捨てると同時、バルトの胸を貫いて木製の槍……マンチニールが顔を出した。その担い手は言うまでもない。アインが魔法で気配を絶たせ、自前の術技も含め傷を癒し、接近していたリヨンさんだ。
「
そして、力が爆発した。大部分が破損して制御できない溜め込まれた力が、マンチニール自身と担い手の腕も壊し暴発。全てを巻き込み大爆発を引き起こした。
巻き込まれて吹き飛ばされながら見たのは、胸に大穴を開けながらも瀕死のリヨンさんを組み伏せるバルトの姿だった。部分だけとはいえ、転身と魔剣が揃っているのだからこうなる可能性もあったのだ。
「死なば諸共。せめて、貴様だけでも……!」
「否定する。終わるのはお前だけだ」
自分の予想の甘さに歯噛みしていると、強烈な蹴りがバルトの顎をかち上げた。そしてほぼ意識を飛ばしたバルトに、私がさっき設計した《シールV》が、リピートの工程まで組み込まれて発動した。
風の球体が対象を覆い、そこを細い木の枝が内側にも展開しつつ侵食。内部の存在の力を吸収しつつ中心に向け封印が伸び、その出力で外界から遮断。それが数回繰り返され、最終的に成人男性サイズのタンブルウィードのような物体が完成した。
「っ、はぁ……」
想定通りの魔法効果に気が抜けた。その所為でぶり返した激痛に顔が歪むけど、大の字に転がった状態から動けそうにも無い。今回は、流石に無茶をし過ぎた。
「アイン。私より、リヨンさんを治してあげてください」
回復系の魔法が掛けられるのを感じ、なんとかそう声を出した。どうせスキルのお陰でもう出血は止まっているし、自分で治療も出来るのだ。だから、私よりよっぽど怪我の重いリヨンさんをと思ったのだが──
「拒否する」
「へ?」
「アヤの命令であろうと、それは了承できない」
初めて明確に拒否されて、少し驚いた。そうして呆けている間に、私の傷は痕1つ残さず綺麗に治癒されていた。とりあえず生成した金属のチェーンで斬られた服を繋ぎとめつつ、エターナルは握ったまま立ち上がる。
「あの、アイン。どうして私を先に……?」
「解らない」
驚きのまま思わず私は問いかけたが、返ってきたのはそんな疑問の声だった。
「当方も、よく分からない。だが、アヤの治療を優先するべきだと、判断していた」
「不思議ですね」
歯切れの悪い言葉だったけど、どうやら私はそう思って貰えていたらしい。アインなら
そんな風に話しながら、アインは封印魔法内のバルトに最低限の回復魔法を、私はリヨンさんに傷を癒すものと体力を回復させるポーションをブレンドした液体を飲ませる。
「詰めが、甘かったわ……」
「私も予想が甘々でした。でも、お互いこうして生き残ったんですし」
そんな風に話しながら容態を確認するけど、リヨンさんはもう無理そうだった。死にはしないけど、魔剣がない以上動けはしない。結局動けるのはもう私とアイン、後は多分散らばっているはずの冒険者の人たちだけ。
こういう時、私はどうすればいいのだろう?
そんな疑問が浮かんできた時だった。
パチパチパチパチと、小さいが確かな拍手が聞こえた。
バルト戦結果
バルト : 無力化
リヨン : 戦闘離脱
アヤ : 精神疲労大(体力は魔剣により無視)
アイン : 左腕魔剣使用不可・体力/魔力消費大
《Ⅱ型魔剣 : ペルケレ》
黒地に金色の装飾が施された、軽機関銃型のⅡ型魔剣。銃剣付き。特筆すべき点は本体にはない。能力にリソースを割かれ、本体の性能は低めとなっている。
所有者 : バルト(被験体B8610)
【能力】
基準値 : D 限界値 : C
照準 : B 範囲 : B 操作 : D
維持 : D 強度 : A+
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
我が栄光は地に失墜し、我が名誉は闇へと消え、かつての信仰さえも罵倒と化した されど我が心に翳りなし
猛き雷帝、戦の籠手、無双の力帯をこの身に纏い、神威の槌を携えて、穢れを禊ぎにいざ行かん
さあ、霹靂に散るがいい
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇75%
・生物特効100%
・悪魔特効500%
②限界駆動
・指定した物体を雷速にまで加速する