銀灰の神楽   作:銀鈴

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北風貪団【02】

 拍手、というあまりに現状と場違いな音が聞こえた。警戒して音の方向に振り向けば、そこに居たのは私の知っている人物だった。

 ファーコートを羽織った長身の男性。黒からオレンジ、先の方は青っぽい黒というグラデーションの男性にしては長めの髪。そして左頬にある毒々しい刺青とくれば、間違えようもない。

 

「セプテントリオさん」

「おう、昨晩ぶりだな炎金の打ち手」

 

 手を振り朗らかに話しかけてきた彼が腰掛けるのは、家が変化した大樹から生えた氷の枝。

 知り合いの実力者にこんな場所で会えたのだから、普段なら安心する筈なのだけど……何故か私の本能は、全力で警鐘を鳴らしていた。ダメだと。この相手と戦っても勝てないと。そんな私の予感は、地面に降りてきたその姿を見てますます強くなってゆく。

 

「セプ、テン、トリオ……?」

 

 私の予感に従うようにして、手を貸していたリヨンさんがその身を震わせた。そして何度も噛み締めるように名前を反芻し、次第にその震わせかたを大きく変えて行く。

 何度も何度も名前をうわ言のように繰り返し、熱病に侵されたような緩慢なうごきで、到底動けないはずの体を、首を動かした。そしてリヨンさんの目がセプテントリオさんの姿を捉え……次の瞬間、大きく目を見開いた。

 

「セプ、テン、トリオ……ボレアス、セプテントリオォォォォォ!!」

 

 塞がっていない傷から血を吹き出しながら、私を振り払いリヨンさんが咆哮する。そして更に、憎悪に顔を歪め地を這うように駆け出した。

 そんな状態であるというのに、無理やり大魔法が行使された。木属性系統の最上位に位置する、簡単に言うとソーラービームのような魔法。生憎の天気による威力減衰を振り絞った魔力で補ったそれは、人1人程度なら確実に焼き殺せる威力を持っていた。

 

「ハッ、相変わらず手前は堪え性がねぇなァ。リヨン?」

「くっ、ぅ……ッ!!」

 

 しかしその一撃は、嘲るような言葉と共に呆気なく防がれた。瞬時に作り出された透明度の高い氷により、照射角度をズラすという方法よって魔法を無効化。振り抜かれようとした拳も、さも当然のように片手で受け止められてしまっている。

 

 明らかに正気じゃない。今になって追いついた思考は、現状をどうにかするにはあまりにも遅かった。

 

「離せ、この化け物!」

「化け物が人の言葉を聞く必要があるか?」

「このぉッ!」

「優しい炎から離れたのが失敗だったなァ!」

 

 受け止められていたリヨンさんの拳が、上から力任せに握り潰される。血と肉の赤と骨の白が視界を侵し、それを隠すようにリヨンさんの腕が一気に凍りついた。更に容赦無く追撃が行われた。悲鳴をあげる直前のガラ空きになった胴に、鞭のようにしなる蹴りが打ち込まれた。人体が鳴らしてはいけない激音を響かせ、くの字に折れるようにしてリヨンさんは吹き飛んでいった。

 

「そこで寝とけ。もう手前にゃ用はねぇ」

「アイン、手を出さないで下さい」

「認識を拒否する」

「いいから!」

 

 後ろで攻撃系の魔法を使おうとしていたアインを手で制する。今のやり取りから察するに、私達より格上の相手だと否応にも理解させられた。そしてそんな相手が、少なくとも今は敵意なく相対してくれようとしているのだ。そこを無駄に刺激して戦いたくはない。

 

「ダメ! 逃げなさいアヤちゃん! そいつは、その男は──」

「ちょっと黙っとけ」

 

 こちらへ向かってくるセプテントリオさんに対し、自然体で向かい合っていると、遠くから咳混じりのそんな声が聞こえた。即座に氷結音が響き声は聞こえなくなったけど、リヨンさんは生きていてくれたらしい。そのことに安堵しつつ、首を横に振って答える。

 

「要するに、貴方が北風貪団(ボレアス)の団長ってことですよね。セプテントリオさん」

「バレてんならつーか、そもそもあんたにゃ隠す気はなかったんだがな。そうだ、俺が北風貪団首領、ボレアス・セプテントリオだ」

 

 物理的な間合いを外した距離で足を止め、凶悪な笑みを浮かべてセプテントリオさんはそう名乗った。半分くらい憶測だったのだけど、当たって欲しくなかった予測が当たってしまった。

 

「それで。そんな首領さんがこんなところに顔を出した理由は何です?」

「ハッ、つれねぇじゃねぇか。わざわざ感謝と謝罪の為に出てきたってのによ」

「え……は?」

 

 告げられた言葉に思わず固まった。意味がわからない。戦いに来たとかならまだしも、なんでそんな理由が出てくる。アインも同意見だったらしく、後ろから動揺する気配が伝わって来た。

 

「何鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんだよ。相応の行為には礼を以って応える。部下の非礼には謝罪をする。常識だろうが」

「あ、えと、はい、確かにそうですけど。それにしてもタイミングがおかしいのではないかと……?」

「はぁ? 知るかンなもん。今しかタイミングがねぇなら今言うしかねぇだろうが」

 

 確かに一理あるし、礼儀としてそれはそうだ。だが、状況が言葉と明らかに噛み合っていない。なにせ今は戦闘直後。しかも相手は直前まで戦っていた敵の首領なのだ。頭の回転が追いつかなかった。

 

「つーわけでだ。うちの奴らの小競り合いに付き合わせちまって悪かったな」

「それについては、望んで巻き込まれたようなので別に気にしませんよ」

「当方もアヤに従ったまでだ。後悔はない」

 

 頭をガシガシと掻きながら告げたセプテントリオさんに言い返す。そっちに関しては、本当に何も言うつもりはないのだ。リヨンさんに手を貸したのは、成り行きとは言え私自身が望んだことだから。

 

「謝罪を受け取ってくれねぇとは辛辣だな」

「代わりに聞きたいことがあるので」

「そう言うことか。いいぜ、答えられるもんなら答えてやる」

「なんで突然この街を襲撃したんですか?」

 

 本音を言えば不満も愚痴もあるけれど、何が変わるわけでもないし。だからこそ、発端くらいは聞いておきたい。そんな考えからの質問だったのだが……

 

「特に理由なんてねぇな。ギルドが襲撃しようとしていた場所全てに、やられる前にやれと指令を出した。俺がいるのは単に偶然だ」

「不運ですね」

「俺はあんたに会えて幸運だったよ」

 

 交錯した視線が向こうから外された。どうやらこれ以上この話を続ける気はないらしい。警戒しつつ耳を傾けていれば、信じがたいことにセプテントリオさんが私達に向けて頭を下げた。

 

「それと、うちのバカ共を殺さねぇでいてくれたこと感謝する」

「運が良かっただけです。何か1つ間違ってたら、私達が死ぬかこ、ろしてました」

 

 思わず詰まりかけた言葉を、意思で無理に吐き出した。手遅れかもだけど、弱みを見せるわけにはいかないのだ。敵対することを考えると、伏せ札は1つでも多いほうがいいに決まってるから。

 

「それでも勝ち残ってんだ。運も実力のうちって言葉もある。誇れや」

「無理ですよ。私は手を貸した以上のことはしてませんから」

「そうかい。だが、男なら分かるんじゃねぇのか? さっきから黙りこくって、魔法を練り上げてる手前なら」

 

 冷たく凍りついたような、けれど期待するような視線が奥にいるはずのアインを捉えた。気づけなかった。腕時計型魔導具の調子がおかしいのか、探知が上手くいってない。後で作り直す必要がありそうだ。

 

「いいや。当方も手助け以外の貢献をしていない。主だった功績はリヨンに与えられるべきだ」

「ハン、そうかい。いつ終わるかも分かんねぇ世界なんだ、もっと楽しんだ方が有意義だぜ?」

「私には、そんな権利ないですから」

 

 思わず口をついて、自嘲気味の否定が出た。私にとってはなんてことのない一言、だけどセプテントリオさんにとっては違かったらしい。目の色が変わった。激怒、そうとしか言いようのない念のこもった目が私を射抜いた。

 

「権利だ? 巫山戯たことぬかしてんじゃねぇ」

「ですけど……」

「古今東西老若男女、人間獣人魔族畜生、何であろうと生を楽しむ権利は持ってんだよ例外なんてあるわけねぇだろ!!」

 

 その言葉から感じる圧に、二の句が紡げなかった。パクパクと魚か何かのように口が動くだけで、言葉を発することが出来ない。何か、人として絶対的に負けているような、そんな気がしてならなかった。

 

「だが、貴様にそれを言う権利があるのか? 時代を戦争に逆行させようと言う貴様が。当方には、甚だ疑問だ」

「人伝ての評価で人を断ずるたぁ、随分浅はか……いや、熱くなってんのか。で、戦争の時代に戻す? ああ、確かに目的の1つだよ。だが、誰がそこが最終目標だなんて言った?」

 

 いつのまにか隣に立ったアインが問いかけた疑問に、嘲笑と共に言葉が返された。そしてたじろいだこちらに向け、大きく手を開くようにして宣言する。

 

「俺の目標はハナっから1つだけだ。この世界からクソ悪魔共を絶滅させ、あるべき世界へと再生する。その為の戦争だ。でもなきゃ誰が好き好んで災禍を振りまくか!」

「信用に値しないと断定する」

「だろうなァ。だが、あんたなら分かるだろ? 炎金の打ち手殿」

 

 信念のこもった視線と、懐疑の眼差しが突き刺さる。ああだけど、私はセプテントリオさんの言葉が嘘じゃないと分かっていた。理解できてしまっていた。その言葉に、その宣言に、何1つ嘘がないということを。

 正直アインと比べても、目の前の人物との関係性は薄い。何せ昨晩、ほんの僅かな時間、一緒にお酒を飲んだだけの相手なのだから。それでもあの時思わず零した本音に、本音で意見を返してくれたことは理解できている。そしてこれまでの対応から、基本的にこの人は嘘をつかない……いや、正確には己の芯から外れるようなことは一切しない人だと理解できてしまっている。

 

「そう、ですね。確かに、理解は出来ますよ」

 

 戦争が起これば、確かに無数の命が失われるだろう。でもその過程で、必ず無数の強者が現れる。レベル概念で言うのなら、200オーバーか300のカウントストップに辿り着く強者が。

 そしてその数が一定を越えれば、悪魔を駆逐することも夢じゃない……と、思う。Ⅱ型魔剣を持ったレベルカンストの人の強さは、身に染みて実感しているから。

 

「なッ!?」

「だと思ったぜ。何せ俺とあんたは、経緯はどうあれ思想が似てるからな。理解は出来るはずだ」

 

 私を見るアインから、思わず目を逸らした。何せその通りだったから。あの時話してしまったのは、(アヤ)じゃなくて(アヤメ)としての本心だけど、

 

 かつての平和の帰還を望んでいて、悪魔の駆逐を望んでいて、スキル/レベルシステムを憎んでいる。

 

 その点だけは、一致しているのだ。公の世界に生きる(アヤ)には、表に出すことすら許されない危険思想だけど。それに最短で決着を付けるなら、多分セプテントリオさんの案が1番早いと、一定の理解もできてしまう。

 

「そこでだ。うちに来ねぇか? 炎金の打ち手。少なくとも、そっちの世界よりは生きやすいぜ?」

 

 それが向こうも理解出来ているからなのだろう。沈黙せざるを得なかった私に、手を差し伸べたのは。今あるしがらみも何もかもを捨てて、悪魔を駆逐しようと言う。本当なら、今すぐにでも手を取りたい誘いだった。でもそれは、絶対に取ってはいけない手だ。

 

「すみません、お断りします」

「何故だ?」

「本当なら、私だって手を貸したいです。でも、自衛程度なら兎も角、他人(ひと)を殺すために武器を鍛えて、自分の鍛えた武器で血が流れるのは見たくないんです」

 

 他人を害する為だけの武器は作らない。それが私の鍛冶師としての、兵器を作れる者として受け継いだものだから。それを破った瞬間、私は私じゃなくなる。何もかもが半端な私だけど、そこだけはずっと自覚しているのだ

 

「そんな未来を経由するなら、どれだけ良い未来が待っていても、受け入れられません」

 

 それに、人が死ぬのことはもう嫌なのだ。自分で手を下すなんて以ての外だし、目の前で死ぬことも嫌だ。況してや鍛えた作品が何処かで誰かを殺し続けるなんて、きっと心が耐えきれない。

 

「そうかい、残念だ」

 

 告げた瞬間、雰囲気が変わり始めた。今までの会話を楽しめるような空気から、一転して乾きヒリついた戦場特有の空気に。それに加えて今は、周囲の気温が僅かに低下を始めていた。

 

「だが、こっちとしてもあんたみたいな人材は惜しいんだ」

「自分で言うのもなんですけど、でしょうね。この時代、魔剣を整備できる人はもう殆どいませんから」

 

 アインに合図を出しつつ、逆手でエターナルを構える。アインは最初から戦闘態勢らしいから心配ない。それより問題なのは、セプテントリオさんが未だ武器も持たず、構えらしき構えも取っていないことだ。

 情報が少なすぎる。次の手が読めない。体格的に攻撃を受けられない私にとって、それは致命的な危機を呼び込む原因になる。その上で、格上相手に戦わなければいけないようだった。

 

「いいねぇ、そのふてぶてしさ。益々うちに引き込みたくなった」

「お断りです」

「であるなら、当方はアヤに従うまで」

「なら賊らしく、力尽くで奪っていこうかァッ!」

 

 そうして激戦の疲労も癒えぬまま、私達は第2戦へと突入したのだった。

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