銀灰の神楽   作:銀鈴

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北風貪団【03】

 先手を取ったのは、当然のように私たちではなくセプテントリオさんの方だった。そして狙われたのも、私ではなくアインだった。

 

「くっ」

「吹き飛べやァッ!」

 

 コートを翻し四肢の動きを幻惑し、セプテントリオさんが駆ける。そして跳ね上がるように、しなる脚がアインの持つクラッシャーRを蹴り上げた。やっぱり反応が間に合わない。部下のレベルがカンストしていた時点で予想は出来ていたけど、案の定その域にいるらしい。

 

「交代! 魔法支援!」

 

 それを自覚した上で、壊れかけの腕時計型魔道具を全開にして突っ込んだ。判断には早計かもしれないけど、恐らく相手の得手とするのは体術、それも蹴りの方面。しかもまだ目に見える速度な分、バルト相手よりはやり易い。

 

「相手なら、私がします」

 

 蹴りの勢いを利用して距離をとったアインに変わって、セプテントリオさんの前に割り込んだ。アインの魔法支援を受けて少し軽くなった体は、なんとか戦闘の速度に対応出来るようになっていた。

 飛び込みざまに蹴撃を逸らし受け流したのを見て、セプテントリオさんの顔が笑顔に歪んだ。ああ、これはマズイ。

 

 五指を開いた、爪撃とでも言うべき一撃が飛来した。左手で側面を叩き回避する。

 反撃に移る前に、回し蹴りが弧を描くような軌道で襲来した。身を低くして回避する。

 エターナルで切り上げようと右腕を引く。しかしその前に、背の翼で無理矢理に身体を回した踵落としが降ってきた。間に合わないと瞬時に理解して、思わず横っ跳びに跳ね逃げた。

 

「悪くねぇ。惜しいなぁ、炎金の打ち手ぇ!」

「お断りですって、のッ!」

 

 追い討ちとして放たれた氷塊を斬り払い、Noを叩きつけた。同時にアインによる、雷系統の魔法が降り注ぐ。光線と違って逸らすことは出来ない筈の相性だが、あまり良い手ではなかった。

 

「効くかンなもん!」

 

 氷は殆ど絶縁体だ。その性質を強調した防御魔法なら、格下の雷魔法など封殺出来てしまう。けれど対処に処理能力を使わせられるのなら、今は十分だった。

 

「シッ!」

 

 呼吸を整え、しっかりと踏み込み、捻りを加え、力を全て乗せ、拳を撃ち出す。明らかに見覚えのある蹴撃に対する仕返しだ。まだサビ落としは終わってないけど、人を殺すための技術は伊達じゃない。

 咄嗟にクロスして防御されたけど、それごと砕き私の拳は貫いた。腕の骨を砕く感触を拳に残し、セプテントリオさんが大きく飛び退く。

 

「拳か」

「脚ですか」

 

 しかもどちらの技術も、英雄戦争以前の3種族が対立していた時代に端を発するもの。ただし私のは獣人の技術で、向こうのは確か、魔族の方の技術だ。

 

「やるじゃねえか」

「そちらこそ。私はまだサビ落とし中ですが」

「煽るじゃねえか」

「唯一の取り柄なので」

 

 迂闊に踏み込めずに牽制していれば、案の定砕いた両腕は再生されてしまった。予想は出来ていたけど、やはり成果を無にされるのは恨めしい。

 であれば、速攻するしかない。四肢を砕けば、一先ずは諦めてくれるかもしれないから。本来私の方が精霊術を組み合わせて、向こうが魔術を組み合わせる技術だけど……仕方ない。

 

「アイン、私ごとでいいからやって!」

「認識した」

「ハッハァーッ!!」

 

 叫びながら疾走する。同時に単に技術だけで炎を纏い、高温に焼かれながら歩法込みで駆け抜ける。そうだ、もっと、もっと精度を上げていけ。

 氷を昇華させながら踏み込み、蹴りを逸らし、爪撃を躱し、拳を打ち込む。同時にアインが発動させた大規模な焼却魔法をハッキング。私を効果の対象から外しつつ、拳と魔剣に纏わせるようにして連撃を重ねてゆく。

 

「楽しいなァ、炎金の打ち手ぇ!」

「楽しくなんて、ないですよ!」

 

 遊ばれていた。態々私の技術が戻るように、拳と蹴りが衝突し合っている。炎と氷が対消滅を続けている。魔剣が爪撃を傷付けながらも、それ以上に進まない。

 でも正直、思ってはいけないことだが……楽しいと、思っている自分がいるのは確かだった。1秒毎に錆付いていた技術が元の輝きを取り戻してゆく。体術と魔術の混合技術も、格上を相手にすることで今よりも磨かれてゆく。短剣だって、今までより効果的に致命傷を与える動きに洗練される。

 

 そんな自分を研ぎ澄ましてゆくような現状が、本音を言えば楽しくない訳がない。だってそれは──

 

「ッ!!」

 

 浮かびかけた考えを振り払う。思っちゃいけないのだ、こんな状況が懐かしいだなんて。(アヤ)(アヤメ)でいられた頃のようだなんて。氷と炎の激突で溢れる蒸気が、一瞬浮かびかけた涙を掻き消した。

 

「余所見してんじゃねぇ!」

 

 咄嗟に生成したアダマンタイトの金属壁をぶち抜いて、氷霧を纏う蹴撃が私を吹き飛ばした。咄嗟に飛んで衝撃は逃したけど、それでも間に合わず受けた左腕が砕け凍りつく。

 

「ハァッ、はぁっ……」

 

 アインに魔法で再生してもらいつつ、自前の炎で解凍。荒れた息を整えながら、左手の感覚を元に戻してゆく。

 今のはダメだろう。目の前の相手から意識を逸らして考えごとだなんて、殺してくれと言ってるようなものだ。目的が目的だから殺されはしないだろうけど。

 

「すみませんね、気合いが入りました」

「ああそうかい。一応言っておくが、時間を稼いで俺を窒息させようなんて狡い考えは捨てた方が良いぜ?」

「バレてましたか」

「ったりめぇだ」

 

 そうやって会話を引き延ばして、酸欠に陥らせようとしていたけれど無駄だったらしい。多分、魔族的体質が由来だろうとあたりをつける。アインの魔法による炎上状態は、攻撃にも防御にも転用できるから続けてもらうけど。

 

「これだから魔族は……」

「残念、ハズレだ。生憎俺はハーフだよ、クォーター」

「そうです、かッ!」

 

 蹴撃をスウェーバックで躱し、斬撃しようとしたところを何故か燃えていないコートに邪魔された。仕方なく炎を槍状にして放つも、それも氷で相殺される。不意をついて放つアインの魔法群も、見えているかのように回避や相殺を繰り返されてしまう。嗚呼、腹が立つほどやり難い。

 

 そう歯噛みしながら、私にとっては本気の、向こうにとっては遊びの戦闘を続けさせ()()()こと数分。

 

「隙ありィッ!」

「しまっ」

 

 遥かな格上との休みなしの2連戦。魔剣のお陰で体力の消耗は誤魔化せるけど、精神疲労はそうはいかない。途切れた集中と探知魔導具の不具合も重なり、一撃をもろに受けてしまった。

 

「か、ひゅ……」

 

 咄嗟に出した左腕が完全に凍りつき、私自身も大樹と化している建造物に叩きつけられた。同時に今まで戦闘を支えてくれた、時計型探知魔導具の崩壊を確認した。そしてそれは、最低限の勝ち目がほぼ0になったことを示していた。

 

「決着だな」

「そう、ですね……」

 

 目を伏せ諦めたように呟きながら、解禁した青白い炎で辺り一帯を焼き払った。同時に腕の氷もハッキングで解除、アインによる再生を受けて完全に元に戻した。

 でも、これを避けられた以上かなり厳しい。炎以外の魔法は土系統は遅過ぎて意味がないし、その他の属性は(アヤ)には使えないことになっている。魔剣も、バルトは勝手に勘違いしてくれていたけど、この人相手だとバレる気しかしない。そもそも使うと技術がブレるし、そうそう使うことができるものじゃなかった。

 

「どうです? 諦めてくれる気にはなりました?」

「その行き汚なさ、寧ろ益々引き込みたくなった!」

「ですよねぇ!」

 

 叫びながら加速して、スタイルを切り替える。拳でダメなら剣へ。今までの体術メイン剣術サブのスタイルから、私の本職の剣術メイン体術サブのスタイルへ。

 

「シィッ!!」

 

 順手に持ち替えたエターナルで、ブーツを斬り裂きながら蹴撃を逸らす。そのまま距離を詰めながら、身に纏った青白い炎で氷を相殺。そのまま引き絞った左の拳撃を放つ直前、間に合わないと判断してスライディングで通り抜けた。

 相手の脚を焼き焦がし移動する中、風を切る鋭い音が後ろから聞いた。気配からして風系の魔法。私のような例外を除いて、使える魔法が1つだけという可能性はほぼ0なのだ。そしてセプテントリオさんの使える魔法は、今のところ判明しているのは3種。

 

「氷、風、次元……厄介な」

 

 次元属性を使えていると判断できる理由は簡単。そうしないと、英雄戦争では生き残れなかったと聞いているから。最低限自分の周囲を常時認識出来ていなければ、あの戦争では秒で死んだと聞いている。

 

「そう言うあんたも、炎、土、次元の3種……いや、次元に相当してた時計は壊したから2種か」

「それがどうしたと」

「こうなる」

 

 瞬間、私の足元に複雑な魔法陣が出現した。咄嗟にクラッキングをかけるけど間に合わない。辛うじてそれが転移魔法だと判別できた瞬間、視界が暗転した。

 

「こっの!」

 

 コンマ数秒の暗転が晴れた後、私が出現した場所は街の遥か上空だった。高度を上げで逃げることも出来ないし、何より360度全部に警戒しないといけない最悪の状況だ。

 

「《着装》、ファイア!」

 

 だとしても、迎撃を辞める理由にはならない。

 強化外装を展開しながら箒を取り出し、エターナルを片方ハンドルとして差し込みシステムを起動。箒本体を脇で抱え込むようにして、後部を地表のセプテントリオさんに照準。落下中と限界駆動中なのをいいことに、反動を無視して主翼内部の砲弾を一息に吐き出した。

 

 爆薬とかは一切入っていないただの砲弾のため、爆発は起こらない。しかしそれでも、大質量の金属砲弾は直撃すれば死ぬ。掠っても四肢は捥げる。外れても衝撃で時間は稼げる。というのが、開発時の想定だけど!

 

「当然、そうきますよ、ね!」

「チィッ!」

 

 落下しながら身体を回して箒に騎乗。転移特有の空間の歪みに向けて、機首側の重火器を連射した。目論見通り誘導魔力弾はその空間に殺到し、セプテントリオさんもその姿を現わす。が、魔力弾はその空間に発生した地震のような大爆発に全てかき消されてしまった。

 

 確か攻性転移(アサルトジャンプ)なる戦闘用転移だ。そしてこの魔法が使えるということは、練度がシステムの頂点の1つ手前ということでもある。

 

「だったら!」

 

 転移妨害の魔法の陣を左手の中に生成。起動させながら、箒のエンジン部分にありったけの魔力を叩き込んだ。結果、即座に艦首にセプテントリオさんを突き刺すようにして私は雲の上まで飛翔した。

 

「あんたまさか!」

 

 そして、雲の上に昇れば龍が来る。人の身1つでは抗えない怪物がやって来る。

 現れた龍は、ママの故郷である地球の日本という土地に伝わるような姿をしていた。胴は長く無数の三角形の背びれを持ち、緑色の堅牢そうな鱗に包まれている。それに対して四肢は異様な程に短いが、それでも人の体躯の2倍はある。そして立派な角と牙を誇り、怒りに満ちた表情を浮かべる頭部は紫電を纏っていた。

 

 恐ろしいけど、速度を一切緩めず龍に向けて飛翔を続ける。龍が纏う紫電の密度が上昇する、喉奥に明らかな高エネルギーが溜まって行く。しかしそれも承知で突っ込んで──

 

「相打ち狙いか!」

「《転移》!」

 

 そもそも自分を対象にしていない転移阻害の魔法陣から手を離し、出力したマオさん式の短距離転移で私は逃走した。当然、セプテントリオさんを置き去りにして。

 転移の暗転を抜け、私は見た。放たれた雷のブレスが、人影に間違いなく直撃する瞬間を。それにより焦げたように見えるものを、龍が一息に飲み込む瞬間を。そして、極大の氷刃が龍の内部から発生して、その首を一撃で両断するのを。

 

「は……?」

「今のは、効いたぜ!」

 

 一瞬思考が真っ白になっていた私の前に、再度攻性転移でセプテントリオさんが出現する。爆発により体勢を崩しながら見たのは、所々が焦げ付きながらも瀕死にすらなっていない姿。そして、初めて見た傷1つない空色のグリーヴと、ハーフなら使えないはずの秘呪の気配。

 

「ッ!」

「あんたも、喰らっとけ!!」

 

 咄嗟に箒をスキルに収納、エターナルからディフェンダーを展開。絶対に手が魔剣から離れないよう、対氷金属で右手と魔剣を固定。直後、()()()()()()()()()()()ブレスが放たれた。

 光陣自体が壊れることはなかったけれど、ブレスというものは拡散する。展開していた半球面に沿うようにブレスが拡散し、舐めるように全身を紫電が蹂躙した。

 

「──ッ!!!!!」

 

 服や皮膚に焼け焦げた傷が幾つも生まれ、脚が意思に反して痙攣する。耳も視界も少し異常を示している。この分だと、内臓の方もおかしくなっているかもしれない。

 だが死なない。魔剣を握ってる限りその加護は途切れることなく、首を飛ばされない限り死ぬとはないのだ。痛みは別の問題だが。

 

「どう、し、て……」

「企業秘密だ」

 

 力なく落下して行く私を、セプテントリオさんが掴み取った。その背の小さな翼を広げ滞空しながら、片手で掴み取った私に目線を合わせて告げる。

 

「なに、安心しろ。うちのやってることは気に入らねぇんだろうが、労働環境はホワイトだ」

 

 そのまま抵抗も出来ず、構築されて行く長距離転移の魔法を見て目を瞑った。アインには迷惑と心配をかけるだろうけど、(アヤメ)と一緒にいたと知られるよりは、この結末の方が良いのかもしれない。

 あとは私が我慢して、耐えれば全てが丸く収まるのだから。そう諦めた時だった。

 

 雷光一閃。血の臭いを纏った何かが通り過ぎて、私を掴んでいた腕を切断。私を抱えて連れ去った。そしてセプテントリオさんを見下す位置に飛翔して、普段からはあり得ないような感情がこもった声で、アインが告げた。

 

「これ以上、当方の主人に触れるな」

 

 その右手に、()()()()()()()()魔剣ペルケレを握って。

 

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