銀灰の神楽   作:銀鈴

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北風貪団【04】

「なん、で……」

 

 思わず、私はそう言わずにはいられなかった。左手で俵担ぎで抱えられた私の視界には、アインの右手に収まる有るはずのない魔剣が映っているのだから。

 魔剣ペルケレ。つい先ほどまでバルトが持ち、専用の魔剣であったはずのもの。それが限界駆動しながら、反発せずアインが行使できている。端的に言って、それは異常の一言に尽きた。何せ魔剣とは本来、最初の所持者とその配偶者、血縁者しか使えないのだから。

 

「そう問いたいのは当方の方だ。何故当方を放置、戦闘を単独で行った。不合理だ」

「それ、は……」

 

 もう私なんかとは、関わらない方が幸せになれると思ったから。

 そんなこと言えるわけがなく、思わず口籠る。だってそれは、私の独りよがりな意見だし、今まで築いてきた関係性全ての否定に等しいから。

 

「だが今はいい。撤退してから説明を要求する」

 

 口を閉ざした私にアインはそう言って、サーフボードのように乗る箒を飛翔させた。魔剣ペルケレの効果もあり、設計限界を超えた速度でこの空域から離脱が始まり──

 

「おっと、そいつは頂けねぇなァ!」

「くっ」

 

 直後、突入しようとした雲が全面的に凍結した。明らかに、私と戦っていた時とは違う。セプテントリオさんの術は規模も出力も、桁違いに跳ね上がっていた。

 急カーブを描きながらアインが方向を変えるも、今度は突如前方に発生した猛吹雪に動きが止められる。

 

「そォらよッ!!」

 

 そして動きが止まれば、こうなるのは必然だ。転移して来ていたのだろう、凍りついた雲を突き破り空色のグリーヴが迫って来ていた。なんらかの補助がない限り、人型である以上対応が難しい下方からの襲撃。私やアインと違い、己が身1つで空を飛べる者の特権的な奇襲。

 

「想定通りだ」

 

 しかしそれにも、アインは対応して見せた。音速に近い速度で箒を駆り距離を稼ぎ、雷速の銃弾を無数にばら撒いていく。移動面に関しては型落ちとはいえ、攻撃面は私達があれだけ苦戦したものと同一、なのだが……

 

「丸見えなんだよ、軌道がなァ!」

 

 当然のように効かない。部下の魔剣なんて、勝手知ったるものなのだろう。それに経験と技量が伴っていないなら、尚更先を読みやすいと頭では理解できる。

 だがそれでも、全てを回避してこちらに迫ってくる姿には、どこか恐怖と……諦めを覚えてしまう。

 

「くっ」

「温い温い温い、そんなんじゃ手前のお姫様は俺の物だぜぇ!」

「当方とアヤは、そういう関係では、ない!」

「そうは見えねぇなァッ!」

 

 一瞬空色のグリーヴと銃剣が鍔迫り合い、すぐに弾かれるように飛び去る。その一瞬だけだが、グリーヴを間近で見て確信した。あの空色のグリーヴは間違いなく魔剣だ。それもⅡ型の中でも上位……いや、感じる力はその枠を一歩踏み越えてるような異質さ。

 

「アイン、もういいです」

 

 こんなロクに体も動かない状況だからか、思わずそんな言葉が口から溢れていた。アインがピクリと反応したから、聞こえてると判断して言葉を続ける。ギシリと胸が軋んだ。

 

「私を置いて、逃げてください。どうせあの人の狙いは、私だけですから」

「拒否する」

 

 私が我慢すれば全部が丸く収まるのに、アインは認めてくれなかった。胸が軋む。

 

「どうせ、ここで別れる予定だったじゃないですか。目的地は教えますから、アインだけでも逃げてください」

「拒否する」

 

 別れるのがいつかか今かでしかないのに、アインは認めてくれなかった。胸が軋む。

 

「もう奴隷と主人の関係でもないんです。私なんかのことは忘れて、楽しく旅と洒落込んでくださいよ。お願いですから、それで助かるんですから……」

「拒否する!」

 

 そんな私の懇願も、一刀に切り捨てられてしまった。心が軋みあげる。

 

「何故アヤは、そこまで自分を犠牲にしたがる。当方には理解出来ない」

「それは……私なんかより、アインの方が生きる価値がありますから」

 

 私なんか産まれてこなかった方が良かったのだ。もし私がいなければ、ママもパパもお義母さんも死ぬことはなかった。なのに産まれて生きながらえている。そんな奴より、アインの方が生きてるにふさわしいに決まってる。

 

「ふざけるな。なら何故──」

「一丁あがりィ!」

 

 最後まで言葉が続けられる前に、衝撃が私たちを襲った。攻撃されたと気づいた時には既に手遅れ。私がよくやっていたように、魔剣の持ち手を蹴り砕き、握られていた魔剣ペルケレは天高くに蹴り飛ばされてしまっていた。

 

「もう一丁ォ!」

再活性(アンロッ)──がッ!?」

 

 更に追撃として襲いくる、2発目の脚撃。それは私を庇ったアインの右手を完全に砕き、私達を揃って凍結した雲に叩きつけた。

 

「くっ!」

「あッ!」

「さて、と」

 

 私は未だに身体が動かせず、アインも反動でロクに動けない。そんな私達を見下ろすようにして、羽根を広げたセプテントリオさんは降り立った。

 

「確かアイン、だったか? 手前に1つ聞いておきてぇことがある」

「なん、だ」

「手前の姓はなんだ。フォーアフート、ナーハフート、ズーへ、アナリューゼ、エンヴィングにプロヴィング……俺はフォーアかナーハフートと見てるが」

 

 そうして、セプテントリオさんは聞き慣れない言葉を列挙した。言ってる通り姓なんだろうけど、それが何を意味しているのかわからない。

 

「拒否する。何故当方が、名乗る必要がある」

「主従揃って頑固たぁ仲が良いのは悪くねぇ。が、そういうのは自分の立場を考えて言わねぇとな」

「く、あっ!」

 

 言葉と同時、私の両腕が凍りついた。それに伴う突き刺すような激痛に、思わず声が漏れる。炎とハッキングを駆使すれば解除出来ないことは無さそうだけど、都合が良いので抵抗はしなかった。

 

「アヤッ!」

「どうだい、これで吐いてくれるか?」

「認識した。だが、アヤの拘束は解いてもらう

 当方はアイン・ナーハフートだ」

「なるほどな。見たことねぇ色だったが、ナーハフートか。……そうか、まだ生き残ってたのか」

 

 アインの名前を聞いて、一瞬感慨深そうにセプテントリオさんは目を細めた。しかしその表情もすぐに消え、代わりに憐れむような視線をアインに向けた。

 

「どういうことだ」

「あん? 手前らエクスプローラーならその程度のこと分かるだろ?」

「理解不能だ。当方にそのような記憶はない」

 

 私を庇うように、またアインが震えながらも起き上がる。そして膝立ちで私の前に立ちはだかり、視線を遮ってしまった。

 

「記憶喪失か……なら、悪いが予定変更だ。

 アイン、手前はここで死んでおけ。それが手前の幸福だ」

「なんで、ですか。私が目的なら、私だけ攫って行けばいいじゃないですか!」

 

 湧き上がった莫大な魔力を感じて私は叫んだ。だって私は生きる価値がなくて、アインにはある。なのに死ななきゃいけないなんておかしいのだ。駄目だ、駄目だ駄目だ。それじゃあまた、お義母さんの時と同じになってしまう。

 

「あんたも知らねぇ……いや、そうだよな。知るわけがねぇか」

「さっきから1人で、何の話をしてるんですか!」

()()()()。その中でも最悪に近い場所の話だ。今を生きる奴等は、知る必要がねぇくらいのな」

 

 そう言った後、周囲の気温が一気に低下した。

 大技が来る。そうと理解できるだけの知識と感覚だけは、無駄に備わっている。

 

「アヤ、先程言いかけていたことを伝える。

 ふざけるな。自分に生きる価値がないというのなら、何故アヤは泣きながらそう言った」

 

 こちらに背を向けたまま話すアインの姿が、あの時のお義母さんの姿に重なる。

 

「それは本心ではない。そしてアヤの基準は分からないが、当方からすればアヤの方が生きる価値がある」

 

 明らかに死にゆく者の気配をアインが纏う。駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。

 

「些か芝居掛かった台詞だが言葉を残そう。

 短い期間であったが、アヤとの旅は心が踊った。アヤは生きろ、其方はその価値がある」

 

 また私は目の前で██な人(アイン)を失うのか。

 

「言葉は残したな? 来世ってもんがあれば、そこで幸せになってくれ」

 

 胸の中の軋みが、経験したことないくらい強くなり──呆気なく壊れる音が鳴った。灰色に染まった視界の中で、いやにゆっくりと世界が動く。

 魔法を発動させるために魔力が走り、魔法陣を形成し、██な人(アイン)の体内を起点に術式が成立する。発動すれば体内から殺し尽くす、必殺の大魔法を目撃して、私は……今度こそ、助ける力のある私は──

 

「あぁぁぁぁぁッ!!?」

 

 絶叫する。気がつけば、(アヤ)としてのカバーも忘れて全力を行使していた。

 起動したままだった魔剣ルンペルシュテルツヒェンで、クラッキングの速度と干渉力を100倍にまで改変し実行。私の腕を覆う氷も、██な人(アイン)の体内の魔法陣も須臾の内に破壊する。

 

「なにッ!?」

 

 セプテントリオさんが驚愕し距離を取るまでに、自己再生系の能力の効果を100倍に改変し無理矢理に身体を再生。また同様に諸々を書き換えた爆炎で、██な人(アイン)を除く辺り一帯を全て焼き払った。

 

 これまでずっと胸元で揺れていた、変装用のペンダントを代償にして。

 

「アヤ……?」

「ごめんなさいアイン。私今まで、ずっと隠し事をしてました」

 

 雲を突き破り、街に向かって私たちは落ちて行く。そんな中、過負荷で壊れたペンダントが崩壊を初め、本来の姿が晒されてゆく。

 

「アヤ・ティアードロップなんて人、この世界にはいません」

 

 髪の色が変わる。

 燃え上がるような赤からミスリル色(強く緑がかった銀)に。

 眼の色が変わる。

 燃え尽きたような灰色から紺碧の色に。

 

 大罪人の娘と世間一般に認識されている(アヤメ)の姿が、ここに完全に晒される。冒険者アヤ・ティアードロップは死んだ。もう2度と戻ることは出来ない。

 

「私の本当の名前は、アヤメ・キリノ。世間一般で言う、大罪人の娘です。軽蔑したいならしてください。それでも私は、今度こそ守りますから」

 

 蒸発させてしまった箒の代わりに、アインに私の箒を投げ渡す。

 私自身はもう隠す必要もない魔法陣の打ち出し成形で、飛行用の魔法を行使。道具に頼らず空に立ち、アインの目を見て宣言した。今度こそ、今度こそ守るのだ。もう目の前で██な人(アイン)を失わせたりしない。

 

「軽蔑はしない。するものか。当方の主人はアヤ……いいや、アヤメ1人だ。それが変わることなどない。だが、そういう言葉は、しかと当方を見て言って欲しいと要求する」

 

 そんな私に並ぶようにして、アインがそう言った。否定されないどころか、必要とされている。そのことに、どうしようもなく胸の奥が暖かくなる。

 

「? 私、ちゃんとアインを見て言ったと思うんですけど」

「そういう意味ではない。が、今は後回しで良いと断定する。来るぞ」

「は、はは、ハハハハハハ──ッ!!」

 

 アインの言っていることはよく分からなかった。けど、哄笑をあげる薄紫色に染まった氷塊が出現したことで気を引き締める。

 

「おいおいマジかよ! とんだ大物じゃねぇか!」

 

 氷を砕きながら現れたセプテントリオさんが、とても楽しそうにそう言った。次元系と氷の入り混じった氷塊から分かってたことだけど、やっぱり殆ど完全に防御されてしまっていたらしい。けど、今回は向こうも無傷じゃない。

 

「戦争の遺物に英雄の遺児、最高だあんたら!」

 

 今まで羽織っていたコートの姿がどこにもない。否、正確には焼け落ちたと思われる断片が、僅かに肩に残っているのみとなっていた。

 

「今度は、無傷じゃないみたいですね」

「おう、お陰で一張羅が台無しだ!」

「こっちもですよ!」

 

 今までフリーだった左手にもエターナルを握り、氷を纏うセプテントリオさんの逆張りに圧縮した炎を纏う。そしてアインが箒の機首から放つ銃撃をバックに、空を踏んで突貫した。

 

装填(ローディング)

 限界駆動(Over Drive)──全てを薙ぎ払えるように(スラッシャー)

 限界駆動(Over Drive)──全てを貫けるように(ピアッシャー)

 

 エターナルの左刃のシリンダーが回転し、2つの半透明な弾丸が装填された。Ⅰ型魔剣全てを装填したことで、エターナル自身が僅かに軋みをあげた。

 

「無理させてごめん。でもっ!」

 

 順手に持ち替えた左刃を、こちらに向け落下するように迫るセプテントリオさんに向け突き出す。瞬間、発生する光の刃と4つの光の槍が殺到する。間違いなく必殺の一撃だけど、それだけじゃ間違いなく転移で回避される。だから

 

・転移を禁ずる

 

 右刃に装填している魔剣チョークの能力で、転移を使用不可能にした。調律されたチョークの能力が及ぶ範囲内で、私が魔剣を持つ限り転移を行うことは私含め出来ない。

 

「吹き飛べぇッ!!」

 

 その上で、私が今扱うことのできる最大火力を解き放った。温度を上げすぎた結果、半ば雷と化した……確かプラズマとかいう形態の炎。あくまで本に載っていた金属製生用の代物を、一切の容赦なく叩きつける。

 

「ハッ」

 

 楽しそうな笑みを浮かべた次瞬、セプテントリオさんを魔剣の光とプラズマの光が包み込んだ。そして何故か、大爆発が巻き起こった。

 

「やったか?」

「いえ、多分やれてません。だって、まだ魔力を感じます」

 

 転移を禁じ、アインの銃撃で退路を制限し、全方位から押し潰すように最高攻撃力と最大火力を叩きつけたのだ。普通のレベル300であるなら、精霊化していても数度殺して余りある暴力だ。

 その事実を認識した途端吐き気が込み上げてきたけれど、死んでなんていない事実を刻み込んで押し留める。

 

「いいねぇ、懐かしい空気だ。まだまだ未熟だが、ナーハフートと実力者が組みゃこうもなる」

 

 何せ、目の前では炎が凍りついているのだ。魔法でも本来ならあり得ないけど、嗚呼魔剣ならあり得る。あり得てしまう。

 

「ハハッ、うっかり死んじまわねえよう気ぃつけな!

 鋼に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を紡ぐため

 

 それを証明するかのように、一気に氷点下まで気温が落ちた空に、魔剣の詠唱が響き渡った。




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