「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
コンマ数秒で氷点下まで落とされた空に、魔剣の詠唱が響き渡る。コートの残骸を風に流し、上半身をインナーのみにしたセプテントリオさんが両腕を広げ、三日月のような笑みを浮かべていた。
「夢想に描いた無双の
眼下の街全てに霜が降りた。空気中に煌めく細氷が舞う。急激すぎる気温の低下に、全身が嫌に悴んで、冷え固まって動かない。否、よく見れば服が凍りついている。服を繋ぎとめていた金属は、既に肌に張り付いてしまっていた。
「来たりし天下の太平に、我らの生きる場所はなし。烙印と十字架を背負わされ、闇の彼方へ放逐された」
咄嗟に魔法で炎を呼び出すが、その炎すら発生と同時に凍りついた。
「チッ」
・炎は主人を傷つけない
・炎は凍らない
・炎は燃え盛る
魔剣チョークで刻める回数を3回使用して、ようやく炎が炎として安定した。この寒さを凌ぐには到底足りない熱さでしかないうえ、チョークで刻める文字も残り4回になってしまった。
「ああ許せぬ、無実の子等に罪を担わせるクズ共め
ああ許せぬ、子を殺しのうのうといきるクズ共め
故にこそ、我らは戦乱の御旗を掲げよう」
私がそうのうのうと対策している間に、唯一無事だった脚甲が凍りついた。氷が脚にまで侵食してくる前にスキル内に突っ込み難を逃れたけど、何の解決にもなってない。
「駆動を始める融合炉、自壊し轟く産声が、氷山空母を目覚めさせる
いざ起動せよ超兵器、偽りの平和を焼き尽くし、腐敗した
「ぁッ!」
凍てつき凪いだ空気に詠唱が染み込んで行く。どうにか連携しようとアインを呼びかけて、口を開いた瞬間後悔した。口が痛い、声が出し辛い、長い間口を開けていられない。
震える全身を気合いで抑え込み、ガチガチと鳴る歯を食い縛り、セプテントリオさんに向け跳ぼうとして……諦めた。もう間に合わないし、飛び込んだところで自殺にしかならない。
だから私は、既に心臓の魔剣を起動しているアインの元へ跳んだ。そして背中合わせの状態で呼びかけた。
「アイン、合わせてください!」
「認識、した!」
お互いに全力で炎を巻き起こす。生み出しすは炎の竜巻。私たちを覆い尽くすそれは、攻撃ではなく身を守る為。今できる最大の防御が整った直後に詠唱は完成した。
「
そして、世界が白銀に染まった。
街も、空も、服も、魔剣で強化していた筈の炎も1つ残らず、見渡す限りの一切合切が凍結していく。ただ1つ、人体という例外を除いて。
そして当然、私が空を踏む為に使っていた仕込み靴も、アインが空を飛ぶ為に使っていた箒もその機能を停止させた。
「ろ、
息を吐き切るようにして詠唱、エターナルの右刃に呪いの魔剣を装填した。汗を吸っていた服や下着が、粉々になって砕け散るのを感じながら。代わりに気味の悪い感覚と紋様が右肩まで伸び、魔剣コドクの能力が起動する。守れなかった、或いは殺した数だけ出力が跳ね上げる力が。
「私は、街を守れなかった」
そう認識することで跳ね上がった干渉力で、裸身を見られる前に魔法を行使する。私の持つ他の魔剣と違って、この力はハボクックと言うらしい魔剣の干渉にも打ち勝ってくれた。
本来なら武器として炎を纏う魔法を軽く改変して、粉々になった服の代わりに形作るのは炎のドレス。加えて幾つも炎の塊を呼び出し、ようやく会話が出来るだけの暖を確保する。
「アイン、来ますよ!」
警告した瞬間、私たちを隠していた凍りついた炎の竜巻が砕け散り、鋭い破片となって私たちに向けて殺到した。
捌き切れない。咄嗟にそう判断してディフェンダーの障壁を展開。箒をアイテム欄に収めつつ、私の左腕を掴んだアインを引っ張るように炎で加速した。
「何か手はあるか?」
「マンチニールが使えれば、多分……後は、その、下くらいは隠して欲しいです」
唯一思いついた手段を、現状全裸のアインに向けて言う。別に冒険者稼業をしてるから、見たことがないわけではないのだ。後小さい頃にパパのも。でも、本音を言うとあまり視界に入れたくない。
「認識した」
そう言ってアインが私と同じように炎を纏い、それとほぼ同時に凍りついた街に突入した。炎を吹かし減速して着地すれば、足の裏から突き刺すような冷気が伝わってくる。そして空には、私たちに向けて絶賛落下中の氷塊や氷柱の群れが無数に存在していた。
「アイン、場所は分かりますか!?」
「問題ない。前方を左折、そのまま進めばギルドだ」
「了解!」
アインの手を引きながら、魔剣による強化で普段の600%近くまで跳ねあげられている力で疾走する。降りしきる触れたら終わりな氷の豪雨は、ほぼ毎秒ディフェンダーの障壁を張らないと対応出来そうにもなかった。
「どうして、私は……ッ!」
地を蹴り、迂回し、壁を蹴り、氷を蹴り、障壁まで蹴って疾走する。そのお陰で未だに私達は無事だけど、マンチニールがあろう場所へ向かう速度は遅々たるものだった。
パパならきっと、もっと速く行けた。それどころか、多分魔剣の発動もさせなかった。理想の影すら踏めずに、歯を食い縛る口の中に血の味が滲む。どうやらエターナルの強化倍率もここが限界らしく、これ以上強さの下駄を履くことも出来ない。
「だと、しても!」
「アヤ、引け!」
今ここで無理をしなくてどうすると、踏み出した瞬間その脚が凍りついた。魔剣ばかりに注意を向けていて、ただの魔法に気づかなかった。後悔も、アインの忠告も遅く、氷の大地に縫い止められた脚にテンポを乱され、私は吹き飛ぶようにして転倒する。
さらに速度が速度だった為、足裏の皮膚が剥がれながら回転するように飛び、勢いよく凍りついた大樹に激突した。
「ぅ……ぇほッ」
更に、凍結した脚と同じように四肢が凍りつく。そうして、私は無様に磔にされたのだった。刺すような痛みを感じながら周りを見渡せば、アインは途中で手が離れたらしく近くにある凍りついた球体に凭れるようにしてグッタリしていた。
そして、そんな私たちのちょうど中間に、翼を広げたセプテントリオさんが降りてきた。ポーションでも使ったのか、傷は癒え切断されたはずの腕も元に戻っていた。満身創痍の私たちと違い、万全の状態だ。
勝ち目は、もう万に1つもなかった。
だからもう、私に出来ることは
「悪ィな、安全に無力化させて貰った」
「女の子を裸に剥いて、いたぶって、こんな拘束までして楽しいですか?」
魔剣の加護込みでなら使えると信じて、長距離転移の魔法陣を脳内に描く。それでも時間が足りな過ぎて……時間稼ぎのために、負け惜しみを口にした。
「これでも男なんでな。楽しくはねぇが眼福だとは思うぜ? そりゃあ、そこで寝てるナーハフートも同じだろ」
「そうですか。私みたいな可愛くもない、胸も尻も薄いしくびれもない相手でも、穴さえありゃいいってことですか」
精一杯汚い言葉を使ってみたけど、特にセプテントリオさんの表情は変わらない。寧ろ表情には疑問が浮かんでいる。
「あ? あんたは十分恵まれた容姿だろうがよ」
「そんなわけ無いじゃないですか。私なんてそこら辺探せばいる程度でしかないです。昔からブスだなんだ言われてるので、今更2、3人にそう言われても信じられませんね」
「歪んだ自認してんなァ。それとも、時間稼ぎのための戯言か?」
表情も声もポーカーフェイスで隠したけれど、炎のドレスは大きく揺らいでしまった。魔法は精神が直結する技術だけに、隠し通すことができなかった。
「当たりか。この状況からして、逃亡……それも転移か。逃がすのはナーハフートってとこだろう?」
「分かってて、放置するんですか」
「ああ、どうせ失敗するだろうからな。転移なんてもん」
嘲笑うセプテントリオさんに反抗するように、一気に脳内で魔法陣を完成させた。転移場所はギムレーを選択。隠す必要もなくなった射出成形で、魔法陣を出力。噛みついて保持。魔力を充填。対象はアインに決定。後は魔法陣を起動して──
「ぃがッ!? ゲホッ、コホッ」
魔法陣全体に紫色のスパークが走り、内側から魔法陣が爆発した。口の中を蹂躙した金属片を吐き出しながら、感じるのは何故?という疑問。不発、暴発、結果は理解してるけど理由が理解できない。魔法陣は間違いなく完璧だった、魔力の動かし方も完璧だった、設定もなにも間違っていなかった。なのに、なんで……
「こいつは次元魔法を使える奴にしか分かんねぇ感覚なんだが、転移する際場が強大な力場で覆われてると、魔法は暴走する。魔法を重ねでもしねェ限り、正常に作動なんざ出来ねェんだよ。覚えとけ」
言葉を話すことさえできなくなった私に、そう告げてセプテントリオさんは背を向けた。そして、意識がないのか動かないアインに向け歩いて行く。
また届かない。守ると決めたのに。力も手に入れたのに。それでも私は、██なら人だけは守れない。心が壊れる、崩れる、取り繕うことができなくなる。何もかもが消えて、絶望しか残らない。果てしない悲しみと、何もできない自分への底知れぬ怒りだけが胸の中に渦巻いていた。
「あぁ……」
力が欲しい、初めてそう思った。██な人くらい守れるような、理不尽を退けられるような力が欲しい。気がつけば流れていた止まらない涙を凍らせながら、天を仰いだ。
《ざ、ざざ、ざ……》
瞬間、心の底から怖気の走る音が聞こえた。例えるならば、ママの世界にあったというテレビの砂嵐のような怪音。そして、聞かないようにしているステータスの音と同じ、聴覚ではなく魂に語りかけてくるような音。
「な、に……これ?」
「手こずらせやがッ!?」
そんな音に気持ち悪さを感じ、アインのことすら一瞬意識から消え動きを止めた時のことだった。セプテントリオさんの周囲に、異常重力を放つ黒い球体が無数に出現した。
「当方、は、当方は、守られるだけの、存在ではない……!」
フラつきながらも立ち上がったアインが、魔法を行使しながらその広げていた五指を握り込むように狭める。それに連動して無茶苦茶な魔力が魔法に供給され、視界が歪むほど黒球の重力が強くなる。
「分析は、出来ていた。凍るのならば、氷ごと飲み込めばいい、のみ」
「ハッ、正解だナーハフートォ!」
魔法同士が共鳴したのか、出力が桁違いに跳ね上がって行く。それにより拘束されたセプテントリオさんが、笑みを浮かべて答える。そしてそのまま、全身の肉を抉られながらもアインに向け前進する。
「アイン!」
「潰れ、ろ!」
私が声を上げると同時、アインが五指を握り潰した。結果、生み出されるのは超重力の嵐。人間を鏖殺出来る必殺の空間。魔剣使いであろうが例外なく、どころか魔剣さえ崩壊させられるその空間は、ハボクックというらしい魔剣の効果すら跳ね除けて起動する。
「消し飛ばせ、《傲慢/残影》」
「う、そ……」
そんな逆転が、もう一度逆転された。爆発的に高まった力が魔剣に注ぎ込まれ、極大の一撃となって解放される。それによって、相性差すら乗り越えて魔法が凍結した。
聞き間違いじゃなければ、今聞こえたスキルの宣言は、確かもう失われたはずの……
「チッ、胸糞悪いもん使わせやがって。いや、流石ナーハフートのアインスなだけはあるというべきか」
「か、は……」
最後に立っていたのは、心底不快そうな顔をしているセプテントリオさんただ1人。私は何も出来ず、アインも心臓の魔剣が起動限界を迎え停止。こうして私たちは、事実上たった1人に完全敗北を喫したのだった。
《……ざ、ザザ、ざ》
砂嵐が聞こえる。
《……が、ざ、ざ……か?》
問いかけが聞こえる。
《力……ザ、ざざ……しい……》
合ってはいけないチャンネルに、意識が調律されて行く。手を伸ばしたら何かを失う、そんな漠然とした直感だけは認識出来る。だとしても、目の前でむざむざ殺されるくらいならと、想像の手を伸ばし──
「どうやら、間に合ったようだな」
ナニカを掴み取る前に、戦場に軍靴の音が響いた。転移なのだろう魔法陣から現れたのは、
「おいおい……マジかよ。なんでアンタみたいな大物か出て来てんだ」
アインの首を掴み、今にもへし折ろうとしていたセプテントリオさんすらその動きを止め、驚愕と歓喜に染まった顔でその名を呼んだ。
「アヒム・ロイス・ケラウノス!」
獣人軍大将、獣人界最高戦力。この大陸で暮らしているなら、一度は耳にする人物。そんな大物が、
《Ⅱ型魔剣 : ハボクック》
空色のグリーヴ型の魔剣……ではなく体内に埋め込まれた、切り出した氷のような八面体型の魔剣。
生体融合型魔剣の特徴として、常時通常駆動にあり、限界駆動の能力も一部解放されてしまっている。装着者の負担も周囲への影響も鑑みることなく。
長年同質の氷の魔力を浴び続け、本人の手によって改造された結果全能力が1段階上昇したが、その代償に詠唱が追加されている。
所持者 ボレアス・セプテントリオ
【能力】
基準値 : C 限界値 : A++
照準 : B 範囲 : A+ 操作 : A
維持 : C 強度 : A
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
夢想に描いた無双の
来たりし天下の太平に、我らの生きる場所はなし
烙印と十字架を背負わされ、闇の彼方へ放逐された
ああ許せぬ、無実の子等に罪を担わせるクズ共め
ああ許せぬ、子を殺しのうのうといきるクズ共め
故にこそ、我らは戦乱の御旗を掲げよう
駆動を始める融合炉、自壊し轟く産声が、氷山空母を目覚めさせる
いざ起動せよ超兵器、偽りの平和を焼き尽くし、腐敗した
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇120%
・生物特効100%
・悪魔特効500%
②限界駆動
・人型知的生命体を除く、自身の認識している範囲内の分子運動を瞬時に減退、停止せることが出来る
・認識した魔法を凍結・停止させることが出来る
・凍結させた物体を自在に飛行させることができる