「刃金に満ちよ、我が絶望──希望の
背負わされた罪業と内に秘め続けていた悪意がぐちゃぐちゃに、滅茶苦茶に、支離滅裂に、愚呪愚呪に混ぜ合わされた結果生まれたのは、これまでに類を見ない異質な詠唱だった。
希望の未来を願う魔剣の祈りでもなく、絶望の過去を想う聖剣の呪いでもない、絶望で
「運命の輪は輪転する
切なる願いを積み重ね、築き上げた祈りの塔は、神威の雷霆に砕かれた」
無垢であったエターナルの双刃が、詠唱の言葉が紡がれる度に変質していく。握りの美しい黒は濁り、鋼の色を示していた刀身にも色が滲み出す。右刃は空気を求める焔のような赤に、左刃は深い水底のような青に。そしてアヤメを象徴していた左右それぞれにあるミスリル色の3本線は、本心を偽るような黄金色が2本分を塗り潰した。
「使わせるものか!」
当然アヒムとて、それを黙って見てはいない。高まり続ける出力が己の試作型魔剣と同等だということ以前に、あんな言葉をぶつけられて何も感じないわけがないのだ。
最も簡単な方法は殺して処理することだが、それ以外の手も尽くしたい。先王であれば、必ずそう考えただろうと理解できるから。だがその為には無力化の前提があり、加減して相手できるほど敵は易くない。故に守り助ける為に武器を取り、殺しに行くという矛盾が発生する。
しかしそれでは、まるで意味がない。否定に否定をぶつけたところで、反発以外発生しようがない。そんなもの、アヤメ自身なら兎も角、今の本能だけで動いている状態は受け入れない。
アヒムの踏み込みは最速。魔剣のブーストもあり、剣先は雲を引く速度に達している。だがそれくらいなら
「嘆きの唄よ総てを呪え、相互理解の道はない」
振り抜かれる剛剣にそっとエターナルを当て、そのまま軌道をやんわりとズラす。アヤメに母や義母の持っていた『未来を見通す眼』が受け継がれることはなかったが、それでも経験と知識で近接戦闘においては未来予知に近いことが出来るポテンシャルが、本人は決して認めないが完成していた。
「赫怒の炎よ天を穿て、復讐の
歌うように詠唱を続けながら、逸らした剣閃を潜り抜けてアヤメがアヒムに斬撃する。しかし刃は通らない。
「シィッ!」
反撃として放たれた、発射という言葉が正しい勢いの膝蹴り。腕をクロスして防御したアヤメに、それは勢いよく突き刺さった。骨が砕ける鈍い音と共に吹き飛ばされながら、それでも歪な笑みを浮かべて詠唱が続けられる。
「移らず、惑わず、揺らめかず
終末へ向けて飛翔しろ!
未来の零落を吼えるのだ」
そうして、詠唱が完成する。魔剣のロックが崩壊し、限界駆動の回路が限界を超えて唸りを上げる。既に魔剣エターナルとして、限界駆動の状態にあるというのに。
安定性などなく、安定と崩壊の間を綱渡りするこの剣は既に魔剣に非ず。だが聖剣と呼ぶには、願いの形も異なり出力も劣る。故にどちらの枠組みからも外れたこの剣は、試作型の試作型……かつて義母の振るっていた《占錬回帰 カドケウス》に近い形に回帰していた。
「
地面に両手の魔剣を突き立て停止したアヤメの姿に、剣以外さしたる見た目の変化はない。ただその身に纏う空気は、誰が見てもわかる程酷く暴力的なソレに変化していた。
「先ずは、お前からぁッ!!」
そして、獣のような姿勢で吼えたアヤメの姿が掻き消えた。地面に残った亀裂から、咄嗟に盾のようにアヒムが魔剣を構えた直後、撃音が響き大きく後退させられた。力任せに跳躍したアヤメが、先程までとは比べ物にならない力で殴りつけたのだ。折れたままの腕で。
「くっ……」
普段なら意味すら為さないそれを成立させているのが、
アヤメが背負わされた3つ大罪のうち1つは、今は存在しない《憤怒》と呼ばれていたモノの残影。かつて『一時的な全能力の増大』を効果としていたスキルの残影に当てられて、変質したエターナルが得た能力はその劣化コピー。
『起動中、常時魔剣の出力と使用者の能力が上昇し続ける』
という単純な能力だった。但し、本来あるはずのリミッターは存在せず、反動に対する強化もない為反動も激増している欠陥成長だが。
「シァッ!!」
本来ならとんだ欠陥でしかない能力ではあるが、それはアヤメの持つ致命的な欠点である“膂力不足”を解消していた。
技術はある、知識もある、読みも十分、だが膂力がないから一蹴される。魔剣を持っても変わらなかったその事実が瓦解した今、獣人界最強と渡り合える地点までステージが引き上げられていた。
時折薙ぎ払われる剛剣を紙一重で躱しつつ、灰と火の粉を振り撒きながらアヤメは連撃する。かつて剣聖と呼ばれた
「読めてきたぞ」
その2つは現在は失伝してるとはいえ、アヒムにとっても近しい技術であれば積み重ねてきた年季も違う。十と数合も剣を合わせれば、自ずと先が見えてくるものだった。
「だったらぁ!」
翼のような髪を大きく広げ、後退したアヤメは爆発的に火力の増大した炎を解放した。身を焦がす怒りを現出させるように、天まで焼き尽くせと半ばプラズマ化している炎で街ごと炭に変えて行く。確かにそれはアヤメにとって間違いなく最高出力の術だが、現状では最も悪手であった。
「他愛ないな」
一瞬にして完全転身を成したアヒムに、プラズマは全て透かされた。そして魔法を放った直後の硬直を狙われて、ばっさりと袈裟斬りに魔剣ティタノマキアが振り抜かれた。
光に分類される魔法とは、本来敵を阻み味方を癒す力。その転身には凡そ2つの種類がある。1つは、カンザキ公爵のような速度と妨害に特化した必殺型。もう1つがアヒムのような、傷付かず傷付いたとしても即座に癒える不沈型。後者の方が、単体戦力としては圧倒的に厄介だった。
「がっ……でも、まだァ!」
腕は折れ砕け、足は凍結の後遺症で壊死し、内臓の再生は追いつかず、果てには
轟く怨嗟に塗れた叫びと共に、そのままアヤメが前進した。2歩目には加速して、3歩目には地面を砕く程の震脚。そして死ななきゃ安いと、これまで一度も振るわなかった
「届いた」
犬歯を剥き出しにて笑いながら、アヤメが笑う。その手に握られているのは、Ⅰ型魔剣の光刃を纏った左刃。それが、防具も皮膚も突破してアヒムの腕を貫いていた。
新たな能力を得ても、本来のエターナルの能力は消えてなどいない。寧ろ、調律して起動していた以前より本来に近しい出力になっている。しかしその程度では、最強には届かない。であれは今この現象を起こしたらしめているのは何か? それこそ、背負わされた罪業の残り2つに他ならない。
《虚飾》と《悲嘆》、後にそれぞれ別の大罪にまとめられていた筈の力が混ざり合い、
「成る程、考えを改める必要がありそうだ」
言葉と共に、動きの停止したアヤメが魔剣の腹に吹き飛ばされた。遠く市壁の方で上がった粉塵を見ながら、斬り裂かれた腕を切断して再生したアヒムが目を細める。同時、今までアインの回復に努めていた精霊術が停止した。たった今、傷の再生は完了した。ここから意識を取り戻すかは本人次第。もうそちらに拘う必要は存在しない。
「認めよう、アヤメ・キリノ。貴様は今から制圧対象ではなく、俺の敵だ。
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
アヒムが詠唱の基句を口にした瞬間、戦場の全てが切り替わった。流れも、空気も、緊張感も、圧迫感も、何から何までが静寂に満ちる。
「王権の簒奪と共に、終滅の戦が幕開けた
終わりなき闘争の円環が、無限に広がる悲劇の焔が、世界を軋ませ崩壊させる」
辺り一帯に青白い光の粒が発生し、戦場に例えようのない圧迫感が満ち溢れた。キィンと甲高い音を鳴らしながら、周囲の粒の増加に比例して怖気の走る青白に魔剣の中心が染まっていく。
「されど戦の終局に、勝利の予言は成就した
百手と単眼の巨人は解き放たれ、力と神器は我が手の内に 」
氷の大地の上、青白い光が舞う光景はある種の聖域のような雰囲気すらあるが──其の実、ここは既に絶死の空間だった。
「隠れ身の兜を、支配の三叉槍を、絶滅の雷霆を見るが良い
大地を、
常人や悪魔が踏み込めば、それだけで死が確定する絶滅の光。それを刀身内部で発生、生み出す莫大なエネルギーを蓄積し、完全制御・解放する。その単純な能力が《絶滅剣 ティタノマキア》という試作型魔剣の能力なのだから。
「死ねぇ!」
感情のままに、技術の乗った力任せで突進してきたアヤメが、幻でも相手しているかのように受け流される。普段であれば気づけたような、単純な幻惑。最大の一撃を躱されたことで、もう詠唱は止められない。
「剣の誓いを今ここに
遍く全てを討ち滅ぼして、災禍渦巻く世界を斬滅し、命安らぐ楽土を創生せん」
魔剣が染まる。黄金の刃が、漆黒の中央部が、青白い光に染まって変生していく。臨界、そう表現するのがふさわしい威圧感を纏い、絶死の聖域に絶滅の魔剣が完成した。
「
そうして、数瞬前とは格の違う速度でティタノマキアが振るわれた。幾ら巨大な剣であろうと間合いの外、そう判断して突撃を仕掛けたアヤメが全ての予定を却下して横に飛んだ。
直後、氷の大地を消滅させながら青白い極大斬撃がアヤメのすぐ隣を通過した。そして斬撃はそのまま飛翔し、家も、大樹も、市壁さえ消滅させて、山に巨大な一文字を刻んで消滅した。
「は……?」
さらにその地点から、生い茂っていた木々が急速に枯れ果てる姿を見れば、そんな反応しかできなかった。崩壊する山から逃げ出してきた鳥型の魔物は、光の粒が舞う空間に入った瞬間絶命し墜落を始める。正しく、生あるものを絶滅させる為の力がそこにはあった。
「安心しろ。あの少年は対象から外している」
「ッ!!」
受け止めることも受け流すことも放棄して、全力で振り下ろされる青白の魔剣を回避する。嗚呼だがしかし、ここから先は予定調和的流れは避けられない。万全対満身創痍、理性的対感情的、熟練対新参、魔剣の出力は変わらず相性も悪くないが、それまでだった。
「イ゛ぁッ!?」
たった一太刀、壊死して感覚のない足に絶滅剣が掠っただけで、アヤメの思考は沸騰した。痛み、痛み、痛み痛み痛み痛み。総身を激痛の嵐が吹き荒れて、脳内をそれ1つに埋め尽くされ行動が出来なくなる。
「アヤ……?」
そして、そんな状況を見ている人物は2人。遥か彼方天の上から眺める女の視線と、すぐ隣地の底で目覚めた少年の視線。
言うまでもないが、少年……アインはアヤメに惹かれている。恋も愛も知らないが故に自覚はなく、アヤメ自身は意識すら出来ない精神状態故なにも言わず気付くこともない淡い想い。
だがその想い自体はそこにあり、目が覚めた直後視界に入ったのは、満身創痍で蹲るの想い人と、今まさに想い人に光剣を振り下ろそうとする偉丈夫。何故か
「《転移》」
いつかアヤ……否、アヤメと出会った時にいた少女が使っていた転移術。短距離であれば世界最速の転移を、アインは完全な力技で成立させた。
「そこの男性、当方を治療したのは貴方だな。感謝する。だが、当方の主人には手を出さないでもらう」
再度山を刻んだ斬撃が着弾点付近にあった花畑を枯らし、環境を破壊し尽くしたことに気付く人物は、この場にはいなかった。
《絶滅剣 ティタノマキア》
刃渡り2mを超える両刃の大剣型の魔剣。金色の刃と、使用中に青白く染まって行く中央部で構成されている。十字架のような鍔と柄、無骨なボルトで留められた柄尻が特徴。
所持者 : アヒム・ロイス・ケラウノス
【能力】
基準値 : A 限界値 : EX
照準 : EX 範囲 : D 操作 : E
維持 : A+ 強度 : A++
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
王権の簒奪と共に、終滅の戦が幕開けた 終わりなき闘争の円環が、無限に広がる悲劇の焔が、世界を軋ませ崩壊させる
されど戦の終局に、勝利の予言は成就した
百手と単眼の巨人は解き放たれ、力と神器は我が手の内に
隠れ身の兜を、支配の三叉槍を、絶滅の雷霆を見るが良い 大地を、
剣の誓いを今ここに
遍く全てを討ち滅ぼして、災禍渦巻く世界を斬滅し、命安らぐ楽土を創生せん
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇500%
・生物特効300%
・悪魔特効800%
・致命的な毒性を持つ青白い燐光を纏う
②限界駆動
・半径10km以内の悪魔を弱体化
・使用者の意思がある限り、無限に核分裂反応を刀身内部で発生/それによるエネルギーを蓄積し続ける
・エネルギーを完全制御し、指向性を持って解放する