「手を出すな、か。庇っているのがナニか知っての言葉だろうな」
「当然だ。飲み込めているとは言い難いが、アヤメの事情は承知している」
背後に転移させたアヤメを庇い立ちながら、機能停止していない右目の魔剣を起動してアインが言う。この場において最弱であることを、直感的に理解していてなお。
「いいや、それは特に問題ない。認知しろと言ったのは、そこの大罪に呑まれ獣と化した状態のことだ」
「
・痛みは炎に消える
アヒムがそう告げた直後、地面すれすれを影が駆け抜けた。それは、5つ目のⅡ型魔剣を装填したアヤメだ。これが正真正銘最後の強化。現状のアヤメが使える、最大出力の突撃だった。
「その程度の力、既に通じることはないと知れ」
だが、アヒムとてこの程度の相手ならば、それこそ腐る程相手にして来ている。魔剣も起動している以上、油断は微塵もありはしない。
ルンペルシュテルツヒェンによる現実書き換えは、既に正体を特定されたことで機能停止。
ユメウツツによる夢の侵食は、絶死の聖域に干渉することが出来ず不発。
マンチニールによる植物操作は、絶死の聖域に侵入した瞬間植物が枯れ落ちて意味を無くした。
残っているのは、チョークによるあと3回の概念追加の補助、コドクによる自己強化、そしてⅠ型魔剣の単純故に強固な能力のみ。そしてそれらを統べる変質したエターナルの能力が、アヤメが今用いることが出来る力の全てだった。
「死、ねぇッ!」
鋭く放たれたエターナルの左刃の突きと、十字に突き出たティタノマキアの
幾ら魔剣でも補えない、普段は装備という点で補っていた重さという単純な問題。それが今、致命的な弱点となっていた。単純に4倍以上重い相手と、真っ向から力比べなんて出来るはずがないのだから。
「それでも、それでも私はぁぁぁぁッ!!」
・無限は夢幻を纏う
瞬間、チョークの能力を受けてエターナルが変質した。まるで幻を纏うように、形がレッドキャップそっくりの形に変化する。叫びと共にアヤメが銃のトリガーを引けば、明らかにその回数に見合わない数の弾がアヒムに向けて吐き出された。
「効かんな」
しかしそれらの弾は全て、アヒムが指を弾いたと同時に弾けた光の粒が相殺した。延々と生産され続けるエネルギーの一部をチャージ、解放する単純な防御だ。眩い光という問題を残して。
・重さは速度に比例する
「シッ」
その光に紛れて、武装を大鎌に切り替えたアヤメが吶喊する。既に普段の10倍を超える身体能力で振るわれるそれは、威力も破壊力も十分すぎる程備わった、地を抉るような
「殺気が漏れていなければ危うかった。誇るといい」
地面に深く足を沈め掲げられた、青白に染まった大剣が受け止めていた。大鎌の先端は大剣の貫き、アヒムの腹筋でその動きを止めている。そして無数の光粒がアヤメに纏わりつき、大爆発を引き起こしてアインの足元に吹き飛ばされた。
最初にアヤメが飛び出してから、ここまで僅か20秒未満。幻影は解けても魔剣だけは握りしめたアヤメがこうなるまで、アインには何1つ行動することができなかった。
「うぎ……でも、わた、しは……」
「戦闘行動の中止を提言する」
そこまで徹底的に痛めつけられ、魔剣を手放した瞬間死ぬような負傷を負って尚、またアヤメは立ち上がった。最早歩くことすら尋常には行えない状態に、漸く追いついたアインが苦言を呈した。
「退いて、ください、アイン。じゃなきゃ、アイツを、殺せないです……! もし、退いてくれないなら!」
それでも止まろうとしないアヤメに手を伸ばした瞬間、アインの首に右の刃が掛かった。アヤメの顔色は見る間に青褪め、土気色に変わって行くが、引く気など一切ない狂った光が目に宿っていた。
「そうか。であれば当方も、相応の対応を取らせてもらう」
仕方ないと首肯し、一度アヒムを睨みつける。その後、同質の狂光を目に宿してアインが一歩踏み出した。そうすれば当然、首に触れていた刃が滑る。試作型魔剣をも貫く刃は、当然人体など容易く斬り破り、ぷつりと肌に浮かんだ血の玉が刃に乗った。
「ひっ」
それだけで、ただでさえ土気色だった顔色は一気に白く染まった。どころか今までの威勢はどこに行ったか、歯はガチガチと、足はガクガクと震えてしまっている。腰も引け、明らかに怯えている中何1つ変わらないのは、突きつけたまま微動だにしない剣先だけ。
「どうした、何を恐れる。たった今、当方を殺してでも彼奴を殺すと言ったと記憶しているが」
「ち、ちがっ……」
涙を流し首を振るアヤメに、もう一歩アインが歩を進めた。刃は更に首に食い込み、刃に血が伝い始める。その自ら死にに行くような様には、
「否定する要素は無かったと断定する。当方はアヤメに戦って欲しくない、アヤメは当方を殺してでも彼奴を殺したい。互いの主張が異なる以上、こうするしかあるまい」
「ちが、わたし、私はアインを殺したくなんて」
「否定する。魔剣を退けないのがその証左だ」
一歩アヤメが退き、それを許さないとアインも一歩歩みを進める。無言の睨み合いが続く中、威嚇する様に立っていたアヤメの獣耳がペタンと倒れた。毛が逆立っていた尻尾も萎れて怯える様に垂れ下がり、広がっていた翼の様な長髪も普段のように萎んでいく。
「当方を殺すことは簡単だ。今この魔剣を引けば、それだけで事足りる。当方も、アヤメに殺されるなら否はない」
そうしてアインは血塗れの首筋を曝け出し、それが決め手になった。血に濡れたエターナルの右刃が、アヤメの手から滑り落ちる。同時に黄に染まった瞳が元の紺碧へと還り、獣性を示す縦割れの瞳孔が人らしいソレに戻っていった。
◇
私が意識を取り戻した時、感じたのは哀しみばかりだった。意識がない間、自分がやったことは覚えている。感情任せの本能は、最低限のやりたいことは守ってくれた。でも、だけど……
「なんで、こうなるんですか……」
自然と大粒の涙が溢れていた。でもそれは、身体にいくつも刻まれた致命傷や、身体を焼く絶滅剣の痛みではない。これは無茶に相応しい報いだし、幾らでも我慢できる。それにそもそも、私なんかが傷ついたってどうでもいい。
「なんで私みたいな屑の為に、アインがそこまでするんですか!」
私の魔剣の毒と絶滅剣の毒、双方に侵されたアインに縋り付く。本来なら
「そうしたいと思ったからだ。それ以外の理由は存在しない」
「冗談言わないでください!」
微笑みながらそう言ったアインに、気がつけば私は声を張り上げていた。普段ならそんなことしないのに、溢れる感情が抑えられない。最高精度最高純度の治癒と解毒魔法を使いつつ、堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「私みたいな生きてちゃいけない屑を、打算抜きで助けるなんてありえないです! あっちゃいけないんです!」
何故アヒムさんが無防備な私たちを殺さないのか。冷静な頭の部分が問いかけるけど、そんなことどうでも良かった。一度口から溢れた本音は、吐き切るまで止められない。
「恩ですか? 1ヶ月も私の都合で振り回しただけなのに? 迷惑ではあっても、そんなのに恩なんて感じる訳がない!
アインには私に手を貸すメリットでもあるんですか? ないですよ、私は生きてるだけで迷惑な、厄介事を持ってくるだけの存在ですからね!
それとも何か見返りが欲しいんですか? お金? 武器? 防具? 道具? それともこの貧相でちっぽけな体? 私から奪えるものなんて、所詮そのくらいですよ!
そんなクソほどの価値もない物の為に、折角の命を捨てないでくだ」
言い切る前に、頬に痛みが走った。頭が真っ白になって動きが止まった間に、アインに頭を掴まれて無理矢理目を合わせられた。
「否定する。アヤメの言葉全てを否定する。己を低く見ているのはアヤメの方だ」
「昔からずっと言われてるんです! みんなそう言ってたんですから間違ってる訳がない!!」
「否定する。ならば間違っているのは、その顔も知らぬ“みんな”の方だ!」
顔を逸らしたくても、目を逸らしたくてもさせて貰えない。無理矢理振り切るくらいは出来るけど、それは自分からもアインからも逃げるようでしたくなかった。
「じゃあ何ですか? 誰かが私を認めてくれるとでも? 生きてていいなんて言葉、本心からかけてくれるとでも!? 生まれてこの方、誰にもそんなこと言ってもらってない! それに、私自身そんなこと少しも思ってないのに!!」
「ならば、当方が認めよう。アヤメは生きてていいと」
「嘘をつくなぁッ!!」
本来なら秘密を守ってもらう為に、アインに掛けていた奴隷契約の改善版魔法。それを全力で起動させて、嘘をつけなくした。言おうとした瞬間喉が締まる。どうせこれでもう、あんなことは言えなくな──
「何度でも言おう。当方が、アヤメの生存を認めよう」
「なん、で。なんで言えるんですか……」
一切の呪が発動した気配なく、アインはそう言い切った。訳が分からない。なんで言える。
「当方はアヤメに生きていて欲しい。己の価値を貶めることなく生きて欲しい。欲を言うのであれば、それを見せて欲しい」
「なんですか、なんなんですかそれ……」
自分の掛けた呪いのせいで、アインの語る言葉全てが本心だと証明されてしまっている。だからか、涙が止まらない。前が、視界が歪んで何も見えない。声が詰まって、もう否定も出来やしない。
そんな中、アインが私のことを優しく抱きしめた。
「やめてください」
「拒否する。ストレスの1/3を解消できるという例も存在している」
「汚い血で汚れます」
「拒否する。当方とて、既に血塗れだ」
覚えているものより遥かに冷たいけれど、久し振りに感じる誰かの温かさ。アインの肩に顔を押し付け、そのまま意識が優しさと眠りに溶けそうになり──感じた殺気に、現実へと引き戻された。
「ッ!」
アインを突き飛ばして、左手の魔剣を突き出した。咄嗟にディフェンダーの光陣を展開した直後、飛来した光の斬撃が光陣と対消滅する。
「感動のシーン中悪いが、こちらも仕事だ。たった今、王宮から貴様には捕縛、最悪の場合は抹殺命令が、少年には抹殺命令が出された」
「私は、ともかく、どう、してアインまで……」
涙を拭い、つっかえながらも疑問を口にした。
「貴様の母である英雄イオリ・キリノ及び、クラネル・レイカーと交わした盟約だ。我等獣人界の者は彼等を作り出した罪を刻み、全てのエクスプローラーをその命尽きる前に永久に眠らせると」
「えくす、ぷろーらー?」
「セプテントリオも、その言葉を口にした。その言葉と当方に、なんの関係が存在している」
立ち上がったアインの言う通りそれは、セプテントリオさんも口にしていた単語であり、ママの世界における言語の1つ。英語の1単語だった筈だ。その意味は……探検家、探索者、或いは冒険者。
「知らぬというのは幸福だな。獣人族が侵した禁忌のことを」
作り出したという言葉。異様に整いかつ左右対称なアインの容姿。そして整いすぎているステータス。禁忌を侵したという言葉。あと少し、あと少しで何かが繋がりそうな……
「こんな業は、俺たちの世代だけが背負うべきだ。何も知らぬまま、痛みもなく消えて逝け」
考えが纏まる前に、青白い光線が放たれた。
直接見たのは始めてだけど、何回か整備もしたことがあるから性能は知っている。絶滅剣ティタノマキアは、要は剣の形をした核分裂炉だ。そしてそのエネルギーを、魔法的手段でロスなく取り出し制御・解放する。毒性のクリアリングなんてなしに。
「打ち消して、エターナル!」
回避するには光は速すぎて、防御するには威力がありすぎる。流石全てのⅠ型魔剣の祖だと感嘆しつつ、エターナル左刃の能力を乗せてディフェンダーの光陣を展開した。
須臾にして私達は青白い光の波濤に呑まれ、しかしまだ死んではいなかった。ぶっつけ本番、間一髪展開が間に合った銀灰色の防壁が、灰を撒き散らしながらもなんとか青白い光に抵抗していた。
「右刃! あと長距離転移!」
「認識した!」
アインから右刃を受け取った瞬間、赫怒の炎が再点火した。けれどそれを捩じ伏せて、爆発的に上昇している身体能力で爆圧に抵抗する。耳と尻尾がある感覚は新鮮だけど、妙に馴染むしバランスが取りやすい。後が怖いけど、今は助かった。
「責任……」
「?」
「責任、取ってもらいますから」
銀灰色の防壁に、無残なヒビが入り始める。もう長くは保たないと確信しつつ、傍で魔法陣を展開するアインに話し掛けた。
「私に生きてていい、なんて言ったんです。アインが死んだら、私も死にますから」
「認識した。責任重大だな」
少し笑みを浮かべながらアインが答えて、障壁が砕けると同時に光の波濤は収まった。目が変に慣れたのか見辛い視界の中、集中力をゴッソリと削られて膝をつく。今のはなんとか凌ぎ切ったけど、もし次同じものを撃たれたら……
「耐えられたか。なら、次は2倍だ」
何とか上げた顔の先では、既に魔剣のチャージが完了していた。その輝きは宣言通りさっきの倍近くあって、一目で凌ぎ切れないと分かった。
「では死ね」
無情にも、再度光の波濤は放たれて──
「おっと、そいつはNGだ。折角出た芽が潰えちまう」
聞き覚えのない声がした。そして光の波濤が全て、舞い散る花の花弁になった。到底理解不能な光景の中、私達とアヒムさんの間に降りてきた影が1つあった。
羽織っているのは、元は白色だったであろう薄汚れたローブ。顔はフードを目深に被っていて見て取れない。理解出来たことは、シルエットから女性だろうことと、この異常現象の下手人がこの人だと言うことだけだった。
《剣琴憤嘆 エターナルツヴァイ》
40cm程の
右の刃は焔のような赤に、左の刃は水底のような青に、装飾として2本の金線と1本のミスリル色の線が斜めに入っている。
長時間使い続けると、《悲嘆》と《憤怒》に精神を汚染される。
【能力】
基準値 : B 限界値 : A+(EX)
照準 : A 範囲 : C 操作 : C
維持 : B 強度 : EX
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が絶望──希望の
運命の輪は輪転する
切なる願いを積み重ね、築き上げた祈りの塔は、神威の雷霆に砕かれた
嘆きの唄よ総てを呪え、相互理解の道はない 赫怒の炎よ天を穿て、復讐の剣は解き放たれた
移らず、惑わず、揺らめかず
終末へ向けて飛翔しろ
未来の零落を吼えるのだ
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇666%
・生物特効666%
・悪魔特効900%
②限界駆動
・収納している魔剣の能力を解放
《右刃》
・起動中、常時魔剣の出力と使用者の能力が上昇し続ける。但しリミッターは存在せず、使えば使うほど反動は増大する
《左刃》
・刃が斬り裂いたモノを全て死滅させ銀の灰に変える。また残存物質である銀灰には強烈な毒素が残る