銀灰の神楽   作:銀鈴

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絶滅神話【終】

 何処からか女性が降ってきて、致死の一撃が花弁に変わった。そうとしか言い表せない現象に、この場にいる誰もが動きを止めた。いや、止めざるを得なかった。

 なにせ、正体がわからない上に危険度が未知数だ。武装と言えそうなものは手に持ったメスくらいのものだけど、絶滅剣の一撃を無力化した時点で警戒せざるを得ない。さらに言うのであれば、私の知る限り魔剣の中で絶滅剣の一撃をあんな風に防御できる物は存在しない。

 

「貴様は何者だ」

「さあな。知りたきゃ力尽くで来りゃあ良いんじゃねぇの? ま、今のお前には無理だろうけどな」

 

 直後、激音が響いた。掠れるほどの速度で絶滅剣が振り下ろされ、それを医療用メス一本で正面から受け止めたのだ。そんな現実が嘘をついているような異様な光景に、開いた口が塞がらない。メスは恐らく魔剣と見て取れるけど、それであっても理解しがたい光景だった。

 

「おいおい、がっついてくんなよ。童貞じゃあるまいし。つーかそもそも、私にそうしていいのはバカ弟子と子供だけだっての」

「戯言を!」

 

 そうして、剣戟と精霊術の応酬が始まった。2mを超える魔剣と、医療用のメスがぶつかり合う。光の粒が爆破すれば、それも小さな花弁の群れになって無力化される。まるで意味のわからない、原理も理解できない能力だった。

 

「アイン、あと転移までどれくらいですか?」

「推定30秒だ。行き先はランダム」

「分かりました、続けてください」

 

 でも、取り敢えず今は、あのフードの女性が私達を害することはないらしい。最初の「芽が出た」という言葉からして、私達が何かに利用されてるのは確かなんだろうけど。

 それでも、この状況から脱出できるなら僥倖だ。転移先は完全な運任せだから、無事に済むかは怪しいところだけど。何せ私達はもう、獣人界全てから追われる身なのだから。

 

「逃すか!」

「させねぇっての」

 

 光陣を展開している私達に向け、再度光の波濤が放たれ──同じように花弁に変わる。しかしそのせいで女性に隙が生まれ、光の粒による爆発が1つ直撃してしまった。

 

 そうして露わになったその素顔に、強烈な違和感と()()()を感じた。額には輝きの濁った宝石が存在し、髪の色は燻んだ青。かつては綺麗だったであろう青の双眸も、今は見る影もなく濁りきっている。肌の血の気は失せ、動いていなければ死人と言っても信じられるくらいだ。

 そんなことよりも最も目を引くのは、その顔に走る()()()()だった。生者には存在し得ない、クリフォトと同じ色のヒビ割れ。例えるならそう、まるで人間の《結晶憑き》のようなそれは──

 

「う、ぎ……ッ!?」

 

 そんな顔を認識した途端、強烈な頭痛と吐き気に襲われた。()()()()()()()()()()()。それだけでなく、一緒に行動していたこともある……筈だ。なのに、何も思い出せない。思い出そうとしても、何かに邪魔されて絶対にそこに辿り着けない。

 でもそれは、知っている魔法の論理だ。何せ私はその魔法が込められた魔導具を、何年も使い続けていたのだから。

 

「認識阻害!」

「正解だ。ま、あのペンダントみたいな生易しいもんじゃねえけどな」

 

 壊れかけているような笑顔を浮かべて、謎の女性はそう言った。そうして合ってしまった視線に、いつも私に向けられていた物と同じ気配を感じた。粘つくような、気味の悪い気配を。

 

「さあて。魔法を暴いたアイツの娘に免じて、私らの呼名くらいは教えてやるよ。まあ認識阻害を抜けりゃ、そこの絶滅剣の担い手は知ってるだろうがな」

 

 剣戟から逃れた謎の女性がそう言うと同時、アインが私の服の裾を引いた。多分転移の準備が完了したのだろう。軽く頷いて合図をすれば、転移の光が私を包み始めた。

 そんな私達を見て今度は挑発するような笑みを浮かべ、大仰に両手を広げて謎の女性は言う。

 

「私らは、私らこそが聖剣の担い手。()墜星(ついせい)、墜ちた星と書いて墜星だ。あばよ、愛し子と廃棄躯体」

 

 そのどこかて見たことのある気がする名前を頭に刻み、私達は一瞬の暗転に包まれた。そして転移特有の浮遊感が発生し──次に視界に移ったのは、無惨に崩落し破壊され尽くした橋だった。

 見渡す限りあるのは瓦礫ばかり。眼下には荒れた海が広がり、左手には快晴の空の下広がる肥沃な大地が、右手には暗雲立ち込めた日の差さない枯れた大地が見える。

 

「ここは、何処だ?」

「多分ですけど、獣人界と魔界を繋ぐ連絡橋だった場所です。危険ではありますけど、多分転移場所としては上々です……かね?」

 

 かつては存在していた、大陸間連絡橋。人間界ー獣人界ー魔界ー人間界と大陸を繋いでいた3つの内、私たちが今いるのは獣人界ー魔界の連絡橋だと思う。数瞬前まで戦っていたあそこから、凡そ数百km以上離れた地点だ。

 だが英雄戦争の時、3つの大陸を結ぶ連絡橋は例外なく全て落ちている。技術者も資源もないため今尚復旧はなされておらず、それ故のこの惨状だ。最も、人間界は嵐に包まれ侵入不可能&危険地帯のため橋を繋ぐ意味はなく、魔界も大陸や大気が致命的に汚染されていて、資源もクソもないので繋ぐ意味は無さそうだが。

 

『KISYAaaaa!!』

 

 復旧が進まない理由の1つとして、橋の崩壊以来こうして水の中に生きる生物、特に龍がよく襲ってくるようになったこともある。魔剣を起動していなければ、作業中の安全すら確保できないのだ。態々リスクを負ってリスクを得るなんてバカだし、誰もするわけがない。

 

 そんな思考を回しながら、両手のエターナルを無造作に振り、装填したままのスラッシャーの力で光の斬撃を飛ばす。一切の抵抗なく光刃は走り、龍は3枚におろされ絶命した。コドクの効果で呪われてて、食べることはできないだろうけど。

 

「少なくとも、安全ではないと認識した」

「そうですね。だから早くここから──!?」

 

 続く言葉を紡ぐ前に、急に膝が折れ視界が黒く染まった。それだけに留まらず、今まで先送りされていた不調が突然襲ってきた。頭痛、吐き気、フラつきに認識能力の低下……ダメだ、立ってすらいられない。まるで魔剣の加護が消えたかのようだ。

 

「そう、そういう……」

 

 私が握る変質したエターナルに探りを入れれば、正にその通りの状況だと分かった。なるほど、詠唱が限界駆動(Overdrive)から炉心融解(Meltdown)になったと言うだけはある。

 確かに魔剣としての出力は跳ね上がっているけれど、魔剣なら等しく搭載されている筈の安全装置から、Ⅱ型や試作型には標準搭載されている駆動時間無限化の回路までが全て融け消えている。

 

「行く、なら、魔界です。光の結界を、貼り続け、て……」

 

 今日全ての代償が一気に押し寄せ、もう意識を保っていられない。意思を振り絞って魔剣をスキル内に収納、アインに伝言を伝える。だけど、声が震えて上手く出なかった。ちゃんと伝わっただろうか。

 そんな心配を他所に、言うことを聞かない身体は瓦礫に横たわり、意識は底知れぬ闇の中に散っていく。ああ、なんか、私なんかを心配する声が聞こえ

 

 

「墜星、思い出したぞ」

 

 一方アヤメ逃走した戦場では、墜星と名乗った女性と絶滅剣を構えるアヒムが相対していた。

 

「英雄戦争後、世界が混乱している時期に突如として現れ、人間界を滅ぼし嵐に包んだ4体の人外共。俺が遭遇した虹を纏う奴とは違うが、貴様がそうか!」

「五月蝿えんだよ劣等が。子供の手前許しちゃいたが、不愉快なんだよお前みたいな存在。いつまで経っても先王の、ネイオン王の影に縛られてうじうししやがって。戦力的支柱のお前がそうだから、いつまで経っても獣人界は腐り続けてんじゃねえか。女王1人に全てを背負わせやがって屑が」

 

 怨敵を見つけたと言った様子のアヒムに、苛立ちを込めた様子で墜星が言葉を吐き捨てた。そして苛立ちを抑えるかのように、墜星は虚空から取り出した煙草に火を付けた。

 

「余裕のつもりか?」

「あ゛? 当たり前のことを聞くんじゃねぇよ塵。つーかよ、そもそもお前弱くなってんじゃねえか。この程度の幻術にすら気付けねぇとか、獣人界最強が笑いもんだぜ?」

 

 パチンと指を弾く音が鳴り、目の前から墜星と名乗った女性の姿が掻き消えた。本体である彼女は、最初から最後まで樹上から動いていない。地上で戦っていた彼女はただの写し身。幻術で軽く世界を騙して生み出した、幾らでも作り出せる操り人形でしかない。

 

「いつかのお前なら、今私がいる場所にも気づいて殴り込みをかけられただろうにな。これだから歳食った奴は嫌いなんだ。無駄に自分を雁字搦めにして、昔出来たことすら出来なくなる」

 

 お手玉でもするようにメス型魔剣を弄びつつ、墜星の女性は呟く。一瞬だけその目に懐古が宿り、しかし次の瞬間には消えていた。その目はもう、興味すらない屑ではなく逃げ延びたアヤメとアインの2人に向けられている。

 

「心拍数低下中、呼吸音減少、体温低下を確認。生命活動に支障を来すと認定。蘇生法の実行は不可、専門機関への搬送及び治療が適切と断定。だが、どこに?」

 

 髪の変色は消えたが獣の特徴を残すアヤメを背負い、状態を分析しながらアインは崩壊した連絡橋を魔界方面へ進んでいた。

 

「状況分析。獣人界に運び込む、否定。国の最高戦力とやらが当方たちに敵対した以上、治療の可能性は無いに等しい。魔界に運び込む、危険性大。ノーマーク、アヤメの助言通りだが、ダンジョン集落を発見できる可能性は低い。

 状態分析。アヤメは危機的状況、早急な治療が必要である。対し当方は、ホルスとパナケイア以外の魔剣が機能を停止。常体で活動こそ可能だが、戦闘行為は不可能と断定。結界使用前提であれば、箒による活動限界は2時間と推定。

 結論。獣人界へ侵入した場合のアヤメ及び当方の生存確率は5%未満。魔界へ侵入した場合のアヤメの蘇生、生存確率は10%未満。当方の生存確率は30%強程度」

 

 アヤメは何故自分の命をアインに託せたのか、アインは何故アヤメをそこまでして助けようとするのか、お互いにその理由は気付かない。気付くことはあり得ないがそれでも、仮初めの信頼関係だったものが、そうではなくなったのは事実。

 

「戦闘では当方は役立たずだった。よって、今が借りを返すチャンスと断定する。大きな賭けだが、やらない理由はない」

 

 そう現状の確認を終えて、アインは己の半壊している箒に騎乗する。そして魔界で活動するならば必須の魔法、浄化と呪い避けの結界を展開した。

 

「さて、と。あの魔剣の変化割合といい、私が介入する羽目になるといい、イレギュラーがちっと多かったがまあいいか。計画の大筋には影響ねぇ」

 

 そうして一直線に魔界へ侵入して行く2人を見届けて、樹上から墜星も立ち上がった。燃え尽きた煙草を踏み消しつつ、クリフォトの中心に向け歩きながら呟く。

 

「漸く、漸くアイツは資格を得た。聖剣と相対し、舞を奉納する資格を」

 

 歓喜の気持ちを抑えるように、しかしそれでも抑えきれない笑みが溢れる。それもそうだ。何せ彼女らは9年待ったのだ。全ての決壊と崩壊が直前に近づいている今になって、漸く念願が叶いかけているのだ。溢れ出る感情を、抑えきれる筈もない。

 そう笑みを浮かべながら辿り着いた、クリフォトの頂点。広がった枝葉が大地のように広がるそこは、黒で埋め尽くされていた。天には宇宙が広がり、見渡す限りには際限無く湧き続ける《レッサー》から《メイジ級》の悪魔達。遠く目を凝らせば、《デストロイ級》ですら複数存在していた。

 

「さあ、存分に舞ってくれよ。銀灰の神楽を」

 

 一刀にて数千の悪魔を消滅させながら、墜星の女性はいつも通りその中へ飛び込んで行った。

 




というわけで、1章 放浪の獣人界 は終了です。
我ながら30万文字強って多い……多くない? と思いつつ、ここから漸く「銀灰の神楽」が始動してくれる筈です。
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