銀灰の神楽   作:銀鈴

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「刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴むため」

 

 そんな詠唱が耳に届き、

 

「よく、ここまで耐えてくれた。だから、アヤメちゃんは下がって」

 

 桁違いの魔力の嵐が、吹き荒れた。

 

「敗北と共に、我は縛鎖に繋がれた。

 行き着く先は、傀儡王。

 平穏齎す支配であれば、心を無にし受け入れよう」

 

 振り返ると、そこには金色があった。

 いや、そうとしか表現できない光景が広がっていた。

 

 使い込まれた金の鎧。背負った幾百もの金の波紋。そして眩い光を放つ魔剣。

 逆立った黒髪の下に、紅に変色した瞳が爛々と輝いている。

 片手で魔剣ドヴラクルを握るリュートさんが、桁違いの魔力を堪能させながらこちらへ歩いて来ていた。

 

「されど我が子を奪うのならば、刮目せよ。

 我は悪魔と成り果てる」

 

 あくまで余裕を持ち、優雅に……否、自身こそが王であると示すように堂々と高らかに詠唱を謳い上げる。

 同時、周囲の空間に騒めくような振動が広がっていく。

 それはまるで世界が悲鳴をあげているようで、やめてくれとの懇願のようだった。

 

「百を超え、千を超え、万を超える串刺しで、

 大地を、空を、真紅の闇に染め上げん」

 

 大気が振動する。

 風が吹き荒れる。

 地面がひび割れる。

 解放される魔力が、あまりの圧にただの力として顕現する。

 圧倒的な暴力が解放される予兆として1人の獣人へと収束していく。

 

「ワラキアの夜、魔笛の響きを今ここに」

 

 その姿に本能的に恐怖を感じたのか、私を無視して悪魔たちがリュートさんに飛びかかる────寸前、黄金の波紋から射出された鎖が全ての悪魔を搦め捕った。

 まるで雑魚でも見るかのような目で悪魔を一瞥したリュートさんの周りから、瞬間的に不自然なほど魔力が消失した。

 それはまるで嵐の前の静けさのようで……今、ついに。

 

限界駆動(Over Drive)──我が領土内に、敵は在らじ(ノスフェラトゥ・ドヴラクル)!」

 

 全てを飲み込み、量産型とは比べ物にならない理不尽が起動した。

 見た目の変化は特にない。

 けれど『この人なら大丈夫だ』と無条件で信頼できるようなオーラが、今のリュートさんからは放たれていた。

 

「こうして魔剣を起動するのも、大体1年ぶりか。

 寄る年波には勝てないと思ってたけど、まだまだやれそうだ」

 

 ただ軽く振り抜かれた魔剣が、その軌跡通りに悪魔を切り裂いた。

 温かいバターでも切るようなその光景は、魔剣の効果が十二分に働いていることを示している。

 

 Ⅱ型魔剣ドヴラクルの限界駆動時の能力は強力無比。

 『己が領地とした場所の内部に存在する敵の能力を半減させ、その半減させた分の力を全て己に加える』というもの。

 1対1の戦いであれば同格・格下殺しの力として、1対多数の戦いであれば格上ですら殺し得る力として。その能力は猛威を振るう。

 

 まず、互いの力は同じ1だと考える。

 1vs1の場合ドヴラクルの持ち主は1.5の力を、対し相手は0.5の力しか振るえない。

 1vs2の場合は2の力を、0.5の力しかない2体に振るえる。

 仮に相手を100体だとすれば、51の力を0.5の力しかない100体に振るえる。

 無論、現実はそんな簡単に表すことなど出来ない。

 全ての魔剣が共通して持つ『自己の強化』と『悪魔に対する特効システム』、Ⅱ型魔剣に標準搭載されている『生物に対する特効システム』……その他様々な要因が絡み合う。

 

 結果、出力されるのは殺戮だ。

 

 Ⅰ型と違いⅡ型には発動時間の制限はない。

 Ⅱ型特有の『体力(HP)の先払い、吸収能力』により、スタミナだって事実上無限に至る。拠点防衛としては最強と言えよう。

 ましてや担い手が、全盛期を過ぎたとはいえ『転生者』であるリュートさんであるならば。

 

「行け、我が宝物よ!」

 

 指揮棒でも振るかのように魔剣を天に掲げ、リュートさんが堂々と言い放った。

 刹那、背負った黄金の波紋全てから、夥しい数の様々な刀剣が天高く射出された。まるで彗星のように黄金の尾を伸ばし飛翔したそれらは、上空で弾けるように散らばっていく。

 

「57体……か、また随分と多い。でも!」

 

 黄金の魔剣が、まるで指揮棒のように振り下ろされた。

 それに連動するように、上空を舞っていた刀剣が地上へと墜落していく。

 煌めく刀剣はまるで流星群のように。地表に降り注ぎ、いくつもの場所で轟音を響かせる。

 

「すごい……」

 

 そんな光景を見せつけられて、私にはそんな言葉しか言うことは出来なかった。

 文字通り、桁が違う。

 根底から力の総量が違う。

 その感覚は事実、この世界の根幹たるレベルとステータスシステムが表していた。

 ──レベル300、つまりカウントストップ。それがリュートさんのステータスだった。

 

「僕なんか、全然だよ。こんなパチモノの力は持っていても、あの英雄達には及ばない。それに、何体か逃した」

 

 苦虫を噛むような顔で、呆然としていた私に対してリュートさんは言った。

 仕方がない、そうは思っても被害の拡大は許容できない。そんな顔だった。

 

「僕とレーナ、あとは兵士の人たちで今回はどうにかする。だから、アヤメちゃんとティアさんは早く王城へ。あそこに辿り着ければ、悪魔から襲われる心配はないから」

 

 それだけ言って、リュートさんは搔き消えるように姿を消した。

 きっと取り逃がした悪魔を狩りに行ったのだろう。そう理解していても、身体が動いてくれない。

 色々なことが急に起きて、威圧感の塊のようなものが目の前から消え去って、頭の回転が追い付かず固まってしまう。

 

「アヤメ、行く」

「え、あ、うん」

 

 そんな状態の私を現実に引き戻したのは、少し焦るような雰囲気のお義母さんだった。

 そう、だ。そうだった。行かないといけない。

 私もお義母さんも、今ここでは一捻りで殺されてしまう弱者でしかないのだから。

 

「お義母さん、王城に行けば安全ってさっき聞いたけど、なんでか知ってる?」

「当然」

 

 王城までの短い道を走る中、もしかしたらと聞いてみた質問。

 その答えを、お義母さんは知っているようだった。なんでと聞こうとした私を先回りするように、続けてお義母さんが口を開く。

 

「試作型魔剣『獣王剣ライオンハート』の効果。基本的に、悪魔は近寄るだけで死ぬ」

「うっそ」

「本当。でも、今の王は魔剣を使えない」

 

 頷きながら、それは少し良くないんじゃないかと思った。

 整備の依頼を受けた記憶はあるけど……それは本当に私が小さい頃だ。ガタがきている可能性もある。でも、私が直接何かをすることは出来ない。だから記憶の片隅に留めておくだけにしておこう。

 

「見えた!」

 

 悲鳴や怒号に包まれた街を駆け抜け、私たちは王城の前まで到達する。

 開かれた大門には住民が殺到しており、大混乱を起こしていた。

 人を城内に収納しきれていない、老若男女問わず大門の近くで足止めをされている。

 

 そして、こんな上等な狩場を《悪魔》が放っておくわけがなかった。

 

「……………ん。運命からは、逃げられなかった、か」

「えっ?」

 

 背中、お義母さんが諦めるようにそう言った直後。

 

 空から、再び結晶の塊が落下してきた。

 

 それはまるで狙い澄ましたかのように。私たちのすぐ前に落下して、衝撃と土を巻き上げる。

 

「アヤメ、伏せて」

「きゃっ」

 

 魔剣を地面に突き刺しそれに耐えていると、そんな呟きとドンッという衝撃を感じ、私は地面に押し倒された。何事かとお義母さんに聞こうとして、気づく。

 背中が、軽い。

 暖かさを感じない。

 回されていた腕がない。

 けれど血の匂いはない。

 これが示すことはつまり──

 

「お義母さん!」

 

 はぐれた。

 そう思って全力で声を上げて、返答代わりに投げつけられた殺気を感じ魔剣を握り横に飛ぶ。

 直後、私がいた場所に緑色の風が吹き荒れた。

 

「っ!」

 

 僅かな痛みを感じ頬に触れると、生暖かいぬめりと鉄錆の臭い。鋭い刃物で切り裂かれたように、パックリと裂けた肌が血に染まっていた。

 間違いなく風の魔法。吹き抜けた不可視の刃が、土と埃のカーテンを払っていく。

 

『Kej шco, wo cwhbwjgdgp……』

 

 姿を現したのは、また異形だった。

 

 巨大化した蜘蛛の背面に無数の棘を生やし、口を人間と同等のものに変えたような10m級の黒い異形。

 《メイジ級》と識別される、多種多様な魔法を使いこなす悪魔。

 実態を持つ魔法以外は無効化する、姿を消した最上位1つ前の悪魔。

 しかも、目の前のこいつにはもう1つ見逃すことのできない特徴があった。背中に生えている折れた棘が、途中から結晶樹クリフォトと同質の青い結晶体になっている。

 口以外なにも無いはずの頭部に、蜘蛛のような8つの結晶目が存在している。つまりコイツは、《結晶憑き》という化け物になった悪魔だった。

 

 そして何より無視できないこととして。

 

 その背中には、お義母さんが両脚を棘で串刺しにされた状態で磔にされていた。

 

限界駆動(Over Drive)──全てを薙ぎ払えるように(スラッシャー)!」

 

 悲鳴をあげる身体を無視して、もう一度魔剣を起動させる。

 

 《結晶憑き》

 

 それは英雄戦争後、特に人間界が滅亡した後に現れるようになった化け物の総称だ。その特徴は、大まかに以下の5つ。

 

 元となる生物がいること。

 元となった生物のどこかに、クリフォトと同質の結晶が存在すること。

 極めて高い食人性を持つこと。

 一定の数人を殺すと空気に溶けて消えること。

 魔法・飛び道具の一切が、まるで停滞したかのように体表付近で止まるため効かないこと。

 

 どうして発生しているのかも分からない存在。

 シリアルキラー。

 殺されず、殺さなければならない絶対的な敵。

 

 そんな相手にお義母さんは捕まっている。

 そこから想像できる結末は、言うに及ばない。

 スキル発動 魔力解放 制限解除

 

 今できる限界を踏み越えて、私は全力で飛んだ。

 

「ッ!」

 

 バチン

 

 刹那、胸元で弾けるスパーク音。

 私を変装させていた魔導具が、過剰過ぎる魔力に当てられオーバーロード。一時的にその機能を停止させ、本来のミスリル色に、紺碧色の目が露わになる……けど、そんなことどうでもいい。

 

 大切な家族1人救えずにして、なにが英雄の娘だ。

 出し惜しみをして失ったりしたら、私はきっと一生立ち直れない。

 それに比べらたら、迫害程度なんとも思わない!

 

「《鍛冶魔法》!!」

 

 魔剣を携え走りながら、偽装をやめた全開の魔法を行使する。

 今までと何ら変わりない金属の生成だが、今度はその形状が違う。

 

 形成するものは魔法陣。

 

 ミスリルという魔力を極めて優秀に伝達する金属で、氷属性の魔法と同じ陣を10個。鋼鉄にハンマーを叩きつけるような音ともに、打ち出して形成した。

 

「凍れ!」

 

 そして魔力を伝導させることで、氷属性の最上位魔法を多重起動。

 本来ならあり得ない、持たざる魔法の限定行使。古い、古い、召喚魔法と同じ形式のルール無視。

 一斉に放たれた魔術が氷により悪魔を拘束した。同時にアダマンタイトを超圧縮した金属塊を生成。激しい頭痛と流れ出した鼻血を代償に、悪魔の6脚全てを拘束した。

 

「お義母さんを、離せぇぇぇッ!!」

 

 叫びながら、遠心力も載せて魔剣を下から振り上げた。

 狙う場所は頭と胴体を繋げる細い首のような部分。過去最高の力で、今私が持つ最高の武器で、相手の弱点に攻撃する。その一撃は吸い込まれるように首に向かい──

 

『Jcцv fw lgvbv gvbcц igocejv?』

「え……?」

 

 ──硬質な音と共に、呆気なく弾かれた。

 

「あぁぁぁぁッ!!」

 

 首を傾げ、まるで何かしたか? とでも言いそうな雰囲気の悪魔に、絶叫しながら私は魔剣を振り下ろした。さっきの事実を認めたくなくて、お義母さんをどうしても助けたくて。

 

 けれど、結果は変わらず結末は無情に訪れる。

 

 再び魔剣は弾かれて、ゴミでも払うかのように振るわれた腕に私は吹き飛ばされた。

 私の拘束なんて意味がないというように、高速は瞬く間に全てを砕かれた。握った魔剣すらもへし折られ吹き飛ばされて。

 

「まだ!」

 

 魔剣が折れたからなんだ。

 骨が折れたからなんだ。

 その程度で諦められるほど、私の最後の家族は安くない。

 

 再び魔法陣を打ち出して形成。

 起動させた光系統の魔法から、回復をありったけ多重起動。瀕死の体を無理やり再生させる。

 

 3度目の魔法陣の打ち出し形成。

 今度は風系魔法を起動する。吹き飛ぶ私の進行方向で風が爆発し、吹き飛ばされる速度を減退させる。

 

「ッ!」

 

 既に魔剣の加護はなく、私の身体能力は劇的に低下している。

 だが、それでもと私は1つの武装をスキルから取り出した。

 それは大鎌。

 伝承の死神が持つようなデスサイズ。

 ママが最も得意だった武器で、本人から教わったとっておきの切り札。自作だから魔剣には及ばないけど、それでも私が今取り得る最後の攻撃手段。

 

 その重量で体を回し、地面に突き刺さるように落ちている魔法陣に着地。風属性の魔法で自身の動きをブーストさせながら、私は悪魔に吶喊した。

 

「死ぃ、ねぇッ!!」

 

 魔法の風で速度を上げて、足りない飛距離は炎でブーストして、振りかぶった死の象徴(デスサイズ)で斬りつける。

 冷静に考えれば、効くわけがないことは分かっていた。

 けれど何の因果だろうか。デスサイズは悪魔の背に生えた棘を1つ、半ばまで断ち切ることに成功していた。

 

『……?』

 

 けれど結局、それで終わり。

 蛮勇は英雄足り得ない。

 動きの止まった私に向けて、メイジ(魔法使い)の名を冠する悪魔の反撃が行われる。

 

 燃え盛るが見えた。飛沫をあげるが見えた。逆巻くが見えた。鳴動するが見えた。眩いばかりのが見えた。全てを吸い込むようなが見えた。しなり蠢くが見えた。冷気を零す氷塊が見えた。弾ける直前のが見えた。衝撃が固められたような空気が見えた。呪い・竜・空間の3属性を除く10の魔法が全て、私に照準を合わせていた。

 

 どれか1つを取っても、私を殺すには過剰な火力のそれら。

 全てが一切の容赦なく私に向けて降り注ぎ──ふわりと、嗅ぎ慣れた優しい匂いが鼻に届いた。

 

「リュートは《メイジ級》を2体、レーナは1体、騎士達と冒険者で1体ずつ。空の上にはデストロイ級まで控えさせてる。なるほど、随分といやらしい、私たちを殺すシナリオ」

 

 降り注ぐ全てが、恐ろしいほど強固な何かに防がれる。

 そして、独特な口調の現状確認の言葉。

 見慣れた背中、見慣れた色、聞き慣れた声。

 それは私が一番頼りにしていて。だけど、今ここではいるはずのない姿で。

 

「お、義母……さん?」

 

 ボロボロで半壊しているが魔剣の類と判別できる杖を持ち、足からは出血しながら、私を庇うようにお義母さんは立っていた。 

 

「謳え、私の命の剣」

 

 しかしその姿からは、普段の弱々しさは微塵も感じられない。むしろ感じられるのは話でのみ知る、英雄然とした気配。

 

炉心融解(Meltdown)──水星の銀光よ世界を照らせ、(メルキュライト・)迷える魂を導く為に(ベルウェザァカドケウス)

 

 そして、そんな聞いたこともない詠唱と共に、世界が銀の光に包まれた。




 《Ⅱ型魔剣 : ドヴラクル》
 黄金色の刃を持つ魔剣。形状はバスタードソード状である為、一撃の破壊力は高い。柄尻と刃の根元に赤く透き通った宝石が埋め込まれ、刃には血を流す為の精緻な紋様が刻み込まれている。
 所持者 : リュート・カンザキ

【能力】
 基準値 : A 限界値 : A+
 照準 : A 範囲 : B 操作 : C
 維持 : A+ 強度 : A

【詠唱】
 刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為
 敗北と共に、我は縛鎖に繋がれた
 行き着く先は、傀儡王
 平穏齎す支配であれば、心を無にし受け入れよう
 されど我が子を奪うのならば
 刮目せよ、我は悪魔と成り果てる
 百を超え、千を超え、万を超える串刺しで、
 大地を、空を、真紅の闇に染め上げん
 ワラキアの夜、魔笛の響きを今ここに
 限界駆動(Over Drive)──我が領土内に、敵は在らじ(ノスフェラトゥ・ドヴラクル)

【効果】
 ①通常駆動
 ・自身のステータス上昇100%
 ・生物特効100%
 ・悪魔特効500%
 ②限界駆動
 自身の領土と設定した範囲内で
 ・体力の先払い・吸収による活動時間無限化
 ・敵の強制弱体化
 ・弱体化分の自身の強化
 ことができる
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