銀灰の神楽   作:銀鈴

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2章 逃亡の魔界
呪に掛かる虹霓【01】


 魔界。そう昔から呼ばれている大陸は、その如何にもな名前に反して、戦争が起こるまでは厳しくも肥沃な土地だった。地域によって天候は厳しく、全体的に植生は暗い色のものが多く、魔物も他2大陸と比べて強力な種が多いものの、空には晴れ間もあり人々は活気を持って生活していた。

 

 だが今は、そんな世界は遠く過去のものになってしまっている。英雄戦争末期【絶凍剣ニヴルヘイム】と【絶焦剣ムスペルヘイム】という2本の試作型魔剣が、限界を超えて使用されたことで暴走。元々終わらない戦争の気に当てられ、正気を失いかけていた担い手の男女ごと爆散し大災厄を撒き散らしたのだ。土地、生物、大気、その他諸々を全てが呪い尽くされ、生存圏は大きく縮小した。

 当時の魔族の王がその命を賭して、魔大陸内に被害は留めることは出来た。だが戦争が一先ずの終結を得た後、発生した結晶樹クリフォト及びその根の侵食によって地表から人が住める環境は失われた。今は迷宮(ダンジョン)と呼ばれる決して安全ではない場所で、細々と生存者が生活しているだけの、名が示す通り死と退廃の蔓延る大陸だ。

 

 そんな世界に、明確な地図もなく、指針もなく、目的地すら分からないような状況で飛び込めばどうなるか?

 そんなものは飛んで火に入る夏の虫。そもそもこの環境に適応した魔物から守る為、普段ダンジョンの入り口は閉ざされ結界で隠されているのだ。結果は火を見るよりも明らかだった。

 

「やはり、駄目か」

 

 明かりはなく薄暗い、草1つ生えていない不毛の荒地が広がるのみの大地に、淡い球形の光を纏った箒が不時着した。そしてその箒の乗り手らしき、灰色の髪に紫の目をした少年がそう呟いた。

 平静を保っているような口調ではあるが、その顔は血色が悪く脂汗が浮かんでおり、誰がどう見ても限界ギリギリだ。これまで数時間、常時呪い避けの魔法を使い続け、魔法の箒を飛ばし続けていたのだから無理もない。

 

「すまない、アヤメ。当方では」

 

 背負っていた強く緑がかった銀髪の獣人の女の子にそう謝り、限界を迎えたのか少年はその場で崩れ落ちた。昨今滅多に見ることはなくなった、典型的な魔力切れの症状だ。全身から力が抜け、最後には意識を失う。それはこの環境では、死そのものを意味していた。

 

「約束、を……」

 

 その言葉を最後に、少年は気絶した。最後の瞬間まで死力を振り絞り展開した結界だけが、静寂に戻った世界の中で光を放っていた。魔力が尽きた少年が起きることは絶望的で、良く見れば脚が壊死している少女も起きる気配がない。

 そんな格好の餌を狙い、今まで隙を伺い続けていた魔物達が顔を見せ始めた。今はまだ呪い避けの結界が残っているため近寄れないが、それが切れた瞬間2人揃って仲良く獣の餌になることは間違いない。

 地面から顔を出し様子を伺うミミズの魔物、空から獲物が力尽きるのを待つ鴉の魔物、漁夫の利を狙うゴースト、それらのおこぼれを狙うハイエナ型など……今までどこに隠れていたのか、無数の魔物が餌を狙いに姿を現し始めていた。

 

 やがて、結界の効果時間が無くなりかけ光が弱々しい点滅を始めた頃。魔物の中の1匹がふと振り返り、まるで悲鳴のような叫びをあげて地面の中に退避した。

 

「流石に、これを見捨てるのはヒトではないよな。

 限界駆動(Over Drive)──幸いなる世界のために、(カレイドスコープ・)未来を映せ万象万華鏡(アヴァロン)

 

 直後、空間が焼き尽くされた。まるで龍の息吹が炸裂したかのように、魔物だけが平等に焼き尽くされてゆく。無論それは、地面に潜った1匹も例外ではない。龍の息吹から逃れる術はないとでも言うかのように、空間を引き裂くように現れた炎が一瞬にして炭へと変えていた。

 

「余の同類と、獣人の仔か。このご時世だし駆け落ちか罪人か、どっちにしても面倒ごと……か」

 

 そんな惨状を作り出しておきながら、なんの感慨もないように。呟きをこぼしながら歩いてきたのは、幼いという印象がぴったりと当てはまる少女だった。

 10歳前後の子供としか思えない低身長に体型。しかし声に幼さは少なく、その蒼眼からは確かな知性が感じられる。だが何よりも特徴的なのは、短く刈りそろえられた銀髪から生える一対の枝分かれした角と、白銀の鱗に覆われた人類からはかけ離れた尾だろう。竜人。魔族と括られた種の中でも、一際強力な種族の1つがこの少女の種族だった。

 

「まあ、目の前で死なれては余も寝覚めが悪い。助けてやるか」

 

 そう言うと少女は、伸長させた尾で重なるように倒れている2人を巻き取り、己の結界の中に招き入れた。そして目を覚ます気配のない2人をマジマジと観察し、はぁと大きくため息を吐いた。

 

「獣人の仔の方は、余の手には負えないかもしれんなぁ。手は尽くすが、助からなくても恨むなよ?」

 

 聞こえてないことは自覚しながらも、念の為かそう言ってから少女は歩き出した。あいも変わらず空は暗く、世界に呪いが満ちた大陸だが……その少女が歩いた場所だけは、心なしか呪いが薄くなっていた。

 

 

「ここは、どこ、だ?」

 

 目を覚ましたアインが見たのは、見知らぬ天井だった。金属板の張り合わされた僅かに湾曲した天井に、無造作にランプが1つ吊り下げられているだけの簡素な部屋だ。起き上がり見渡してみても、アインが寝かせられていた変に背の高いベット以外、特筆すべき特徴は何も無い部屋だった。

 

「武装の類はないが……」

 

 今のアインの姿は、気絶する前の物ではなくあり合わせの布で作ったような貫頭衣に変わっていた。そして明らかに、包帯や止血、点滴などの誰かによる治療の痕跡が残っていた。

 さらに言えば、体感で8割ほどまでアインの魔力は回復していた。自身の気絶原因が魔力切れと考えれば、アインの場合それは凡そ6時間程眠っていたということになる。

 

「探知系複合魔法を再起動。……反応無し。部屋外部への探知の妨害を確認。アヤメの位置確認出来ず。仮名称、治療施設Xの探索及びアヤメの捜索を最優先課題として設定」

 

 本来なら範囲内の情報全てを伝えてくれる探知魔法は不発。自身がいる簡素な部屋の内部を除いて、特に何も情報を伝えてくれはしなかった。それが己と主人が引き離されていることを明確にしたのは、皮肉としか言いようがない。

 点滴の針を抜き、自身の魔法で止血してベットから降りる。既にやるべきことは分かっているのだ。躊躇う必要はどこにもない。

 

「探索を開始する」

 

 なぜか施錠されていなかった扉を開ければ、そこに広がっていたのは狭い金属張りの通路。数個のランプが照らす廊下は暗いが、今しがた出てきた扉と同じ作りの扉がいくつもあるのが確認出来た。振り返って部屋の中を見れば、骨組みばかりになっているが二段ベッドが2つ配置されていただろうことが見て取れた。

 

「アーカイブ参照……類似構造確認、戦艦及び潜水艦。治療施設Xの脅威度を上方修正。戦闘機構の1つとして認識する」

 

 目を細めたアインが、今度は魔法ではなく己の感覚を研ぎ澄ませる。すると通路の右奥から、隠すつもりもない調子の外れた鼻歌と、まるで家庭の台所のような生活音が聞こえているのが聞き取れた。

 

「認識した」

 

 一言そう呟くと、裸足である利点も生かし音を殺して音の方向へ疾走する。そうしてものの数秒で、光が漏れる扉にまでアインはたどり着いた。

 

『ううむ……料理なぞ何年振りかも覚えておらんからなぁ、美味いのか全く分からぬ。喉は通るから毒ではなさそうだが……こうなればいっそ廃棄レーションの山から……いや、アレは栄養価は高いがもてなすにはなぁ』

 

 いつでも使えるよう、致死性の魔法を待機させながら聞いた部屋の内部の音は、そんな敵意や害意などの言葉からはかけ離れた独り言だった。

 この会話自体がブラフの可能性も0ではないが、それを気にし始めたらキリがない。目的の達成が優先だと判断して、アインも魔法を納めて扉をノックした。

 

『む、やっと入ってくる気になったのか。よいぞ』

「失礼する」

 

 そうやって招き入れられた先は、先程までアインがいた部屋よりほんの少し広い部屋だった。長い机と大量の椅子がある光景は、かつては食堂として使われていたのだろうと推察できる。奥に続く扉は気になるが、気配がするのは右前方。壁をぶち抜いて繋げられた、調理スペースのような方向からだ。

 

「もう少しだけ待ってくれ。取り敢えずカレー粉を入れたから、食べられる何かは完成すると思うぞ」

 

 そう振り向きながら言った人物を見た瞬間、アインの脳内は極めて強烈な既視感に支配された。目の前の人物に、会ったことなど一度たりとも無いというのに。

 ああしかし、童女とでも言えそうな低身長、蒼色の眼、そしてその気配までもが酷似しているのだ。己の主人の母親であり、自分の身体を今のようにしたと目されている人物……かつての英雄、アヤメ・キリノその人に。

 

「いいや、()()。貴女は誰で、何だ?」

「そう言われてもなぁ。余は余であるとしか言えないぞ? お前様とて、自分が何者かと問われたらそうとしか答えられまい?」

「肯定する。だが、当方はそうとしか問いを投げられない」

「まあ、余も意地の悪いことをした。他人と会話するのが余りにも久しぶりでな。許せ」

 

 そう笑いながら、フライパンを持ったまま厨房からその少女は現れた。そしてアインを気にすることなく、1人着席してからアインに目を向けた。

 

「立ち話には長いからな、座るといい」

「……認識した」

 

 数秒の逡巡の後、アインも少女に対面するように着席する。そんな様子を怪訝な目で見て、一向に受け取られないスプーンを差し出しながら少女は呟いた。

 

「食べぬのか? 折角作ってみたのだが」

「肯定する。今は食事より、アヤメの無事の確認及び貴女についての話が、重要度が高いと分析する」

「そうか、そこまで。であれば余も、相応の態度を取る必要があるか」

 

 アインの目を見て何を確信したのか、スプーンを差し出した手も下ろし真剣な目をして少女は言う。

 

「余はリィン。まあお前様にはこう言った方が伝わりやすいか?

 エクスプローラーtypeハイエンド、No.ヌルと」

「否定する」

「えっ」

「? 度々『エクスプローラー』という単語が当方の識別に使われるが、当方には一切の心当たりが存在しない」

 

 即座にそう返したアインに、目を丸くして少女……リィンは固まっていた。まるであり得ないものを、或いは信じられないことを見てしまったかのように。そして、声を僅かに震えさせながら言葉を口にした。

 

「お前様、もしや己の生まれも育ちも、何もかもを忘れて……?」

「肯定する。当方には、この身体になる前の記憶は存在しない。だが、そんなことよりアヤメの情報を要求する」

「我ら特有の依存ではなく、あくまで思いか。心配している感情が有り有りと見て取れる。ここまで思われている主人は果報者だな」

 

 そう1人でしたり顔をして、深く何度も頷いた。しかしすぐに苛立った様子のアインに気づくと、真剣な表情を浮かべた。そしてピースでもするように指を二本立て話し始める。

 

「して、その果報者についてだが……良い話と悪い話がそれぞれある。どちらから先に聞きたい?」

「良い話からと要求する」

「分かった、ではまず良い話だ。

 あの獣人の仔は死んではいない、無事だ。お前様と一緒に保護し、今もこの施設内にいる。まだ目を覚まさないが治療中だし、いつかは眼が覚めると思うぞ。安心するといい」

 

 その言葉を聞いて、明らかにアインの空気感が変わった。今の今まで張り詰めていたようなそれが、安堵とともにグッと緩む。その様子を見て、申し訳なさそうな表情を浮かべてリィンが話を続けた。

 

「次に悪い報告だが……そうだなぁ、先ずはあの娘の傷がどれくらいであったか言ってからの方が受け入れ安かろう」

「どういう、ことだ?」

「重傷も重傷、魔剣がなければ先ず間違いなく死んでいたであろうよ。まあ、幸いにも頭と首は無事ではあったが。

 先ず両腕共に筋繊維断裂と骨の至る所にヒビ。肋骨も4本ほど折れておったし、ヒビだらけであったな。魔法を使う回路も、焼き切れる寸前まで焦げ付いていた。そして何をされたのかは知らぬが、腹の中は滅茶滅茶だったぞ。全体的に植物毒と人工毒に侵されておるわ、刃物を入れて引っ掻き回して再生したような雑な接合がされておるわ、胃酸が何かで溶けておるわ、そもそも木片が残留しておるわ……」

 

 だが、とそこで1度リィンは言葉を区切った。そして目を伏せて、後悔がありありと見て取れる顔で言葉を続けた。

 

「それくらいであれば、まあなんとか出来た。というより、現在進行形でしておる。この大陸で生きている以上、それなりに光属性の魔法や再生に解呪は精通しておるからな」

「では、何が問題というのだ」

「両足の壊死……余の予想では、重度の凍傷でなったであろうアレだ。あれは余には治せなかった。かといって、そのまま放置していたら死に至る傷痍でもある。故に安全を取って、切除するしかなかった。すまない」

 

 瞬間、アインが机を叩き勢いよく立ち上がった。そのまま勢いよくリィンに掴みかかり掛けて、ハッと気付いたようにその手を止めた。そして歯を食いしばりながら、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 

「礼を欠いた。謝罪する」

「良い、許す。こうなると予想出来ていたからな。それに余は所詮、壊すことしか出来ぬ能無しだ。自覚はしている」

「否定する」

 

 自嘲するように笑ったリィンを、真っ向からアインが否定した。いつも通りの様子で、真っ直ぐに目を見て。

 

「リィンは少なくとも、当方たちを救出してくれている」

「それにしても、打算ありきなうえ満足に何かをしてやった訳でもないぞ」

「それでもだ。当方とアヤメが救われたことに違いはない。感謝する」

「そうか……初めてだ、そんな言葉を言われたのは」

 

 ふっと笑ってリィンが答え、ほんの少しだけ部屋に弛緩した空気が流れた。

 




新キャラリィンも登場です
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