銀灰の神楽   作:銀鈴

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呪に掛かる虹霓【02】

「それで、これから当方はどうすればいい」

「えっ?」

 

 アインが発したその言葉に、リィンがそんな拍子の抜けた言葉を返した。そして困惑の表情を浮かべるばかりのリィンに、呆れたようにしてアインが言葉を続ける。

 

「打算ありきなのだろう? ならば当方は何を成せば、アヤメの治療を行ってもらえる」

「ああ、そういうことか。確かに手を貸して欲しい仕事はあるが、それとあの獣人の仔の治療は絡めぬ。人質を取るようで好かぬし、何より余が治せぬものを担保に出来るはずもなかろう」

 

 少し残念そうな、後悔しているような表情を浮かべたリィンが、軽く頭を押さえながらそう言った。事実、失った四肢を()()()()()再生させるというのは、高位の術士の中でも回復に特化したような人物以外には出来ない御技だ。

 そんな真似を出来た人物は歴史上数名しかおらず、その全てが今は亡き故人だ。

 

「故に余が提供できるメリットはそう多くない。

 獣人の仔が目覚めるまでの安全の保証、生命維持の保証、脚が再生出来る可能性の提供、後はお前様の安全の保証程度だな。まあ、精々が3日程度だろう契約だ。悪い話ではなかろう?」

「認識した。そして肯定する。今挙げられたメリットは、当方に確実に益を齎す。だが、何故3日程度と分かる」

「そんなもの、獣人の仔に掛かっている呪いが解けるからに決まっておろう。右腕から侵食していた明らかに魔剣由来の呪いが目覚めぬ原因だが、段々と消えてきておるしな」

「そうか……」

 

 そう安堵の表情を浮かべたアインから、緊張が抜けたように強張りがなくなった。しかしすぐに立ち直り、リィンの目をまっすぐに見て言った。

 

「認識した、話を受けよう。当方がどれくらいの力になれるかは分からないが、全力を尽くすと確約する」

「良いのか? また余は、手伝ってもらうことについて説明すらしていないが」

「これが取引ならば、釣り合う価値を提供するのは当然だ。そして当方の体調は万全とは言えないが、それでも大抵のことは実行可能と診断する」

「よかろ。とは言え今日の予定分は既に消化しておる。これでも食べて、主人の無事を確認して寝るが良い。頼む仕事は明日説明しよう。何、基本は魔法を使えばいいだけだ」

 

 頷きそう言って、リィンは手に持っていたチャーハンのようなものを突き出した。所々が黒く焦げ付き、米のような物体はダマになって固まり、卵のような黄色い物は半端に絡み、挙句よくわからない透き通った物体の入ったそれは、お世辞にも美味しそうとは思えなかった。

 

「先にキッチンを借りる。当方もあまり料理は得手ではないが、それよりはマシな物を作れるはずだ」

「む、そうか? これも不味くはないと思うのだが」

 

 そんな言葉に一抹の不安を抱きつつも、食事を作り食べた後にアインは食堂の奥に続く一室へ案内された。

 そこは薄緑色の液体に満たされた円筒が、無数に配置されている不思議な部屋だった。そしてその無数の円筒の中の1つに、貫頭衣を着せられたアヤメが浮かんでいた。口には医療用と思しきマスクがつけられ、その脚は傷自体は塞がっているものの、両足とも膝から下が無くなっていた。

 

「今余達がいるこの船は、かつてはニードヘッグと呼ばれていたⅡ型魔剣でな。無数の人造人間(ホムンクルス)を搭載し運用されていたのだ。この部屋はかつての調整槽を流用した、緊急の再生槽だ」

「認識した。確かにこれであれば、問題ないだろう」

 

 そう言うアインの胸には、言い知れぬ安心感のようなものが渦巻いていた。その影響か、これなら大丈夫だろうという謎の確信までが存在していた。

 

「まあ、という訳で安心してよいぞ。ゆっくり休め」

「認識した。では気兼ねなく休ませてもらう」

 

 そう言って、アヤメの浮かぶ円柱のすぐ近くに座り込んだ。体育座りのように体を畳み縮こませ、ここで今すぐにでも寝ようという体勢だ。現に目を瞑り膝に頭を乗せ、眠りに落ちようとし──

 

「お、お前様? 本当にここで寝るのか!? ベッドではなく?」

「肯定する。当方にとっては、ここが最も安心できる場所だ」

「それならば余も、何をいうこともないが……」

 

 困惑するリィンを前に、アインの頭にはある1つの言葉が繰り返されていた。『アインが死んだら、私も死にますから』、あの一歩間違えば諸共に死ぬような状況で、さも当然のように言われまあの言葉。それが異常なのは考えずともわかるし、気を失う直前までその状態は変わらなかった。

 もしアヤメが目覚めた時近くにアインが居らず、そもそも見ず知らずの場所で治療されている。それは、己が死んだと認識されてもおかしくはないと算出している。安心できるという言葉に嘘はないが、むしろ理由の比重はこちらの方が大きかった。

 

「まあ、良いか。明日の朝、大体日が昇る時間には起こしにくる」

「認識した」

 

 そう簡素に答え、アインは目を瞑った。同時に今までの癖で、探知用の結界が部屋の中を満たすように展開される。その様子に溜息を吐き、部屋の整理をした意味がないとボヤき出て行くリィンを魔法の認識で捉えて、いつも通り機械の電源を切るように意識は断絶した。

 

 

「起きろー。起きろお前様。時間だぞ」

 

 翌朝、アインは自分を呼ぶそんな声と振動に起こされた。目を開けて視界に移ったのは、昨日と何も変わらないもと調整槽の部屋。そして昨日の姿とは打って変わって、軽い鎧と武装をしたリィンの姿だった。

 

「日の出にはまだ、40分ほど時間があると申告する」

「む、そうなのか? まあ良いではないか、早く行動するに越したことはない」

「……認識した。支度に数分の時間を要求する」

「うむ、では食堂で待っておるぞ」

 

 どこかテンションの高いリィンを見送り、頭を振って立ち上がった。まだホルスとパナケイア以外の魔剣は機能不全を起こしているが、それを除けば体調は万全。十分に活動に耐えられるように持ち直していた。

 防具は不十分、されど武器はアヤメの作ったクラッシャー・リビルドがスキルの中に収納してある。総評としては、発揮できる実力は全力の6〜7割程度だろう。

 

「問題はないと断定する」

 

 元より自分の生業は魔術師。アヤメのような前衛ならば兎も角、多少体が動かし難いことは障害のうちに入らない。そこまでチェックを終え、アインは円筒の中に浮かぶアヤメに目を向けた。

 

「では、行ってくる」

 

 いってらっしゃいの言葉はない。だがそれでも満足したような笑みを浮かべて、円筒にアインは背を向けた。そうして部屋を出て少し歩けば、すぐそこに食堂へ繋がる扉がある。

 

「失礼する」

「1分と立ってないが、良いのか?」

「肯定する。自己診断は終わっている」

 

 頷いたアインに、若干呆れながらもリィンが何かを投げ渡した。銀色の何かに包装されたそれには、共通語で大きく完全栄養食とだけ文字が刻印されていた。

 

「なら付いてきてくれ。昨日で料理は懲りたのでな、それで我慢してくれ」

 

 そう言うリィン自身も、手に持った透明な消しゴムの様なものを食べている。昨日の炒飯もどきに入っていたのは、どうやらこれらしい。

 

「構わない」

「そうか」

 

 味のない透明な消しゴムの様なものを噛み砕きつつ、アインは早足で歩くリィンの後に続く。昨日初めて目覚めた部屋も通り過ぎ、食堂がある方向とは真逆へ進んで行く。そうして辿り着いたのは、上から光が差し込んでくる高く伸び上がる1つの梯子だった。

 

「ここから登って外に出る。幾ら余が可愛かろうと、パンツなど覗くでないぞ?」

「認識した。当方とて、積極的に覗きに行く意思はない」

「つまらぬなぁ、分かっていたことだが」

 

 不機嫌そうに口を尖らせ、そのまま鉄の響きを鳴らしながらリィンが梯子を登っていく。宣言通りその姿を見ることなく黙々と梯子を登っていたアインは、ふと光と花の香りを感じた。

 しかし何をされたわけでもなく、変化と言えば梯子が終わりかけていることだけ。まさかと思い、梯子を登りきり目を開ければ──

 

「どうだ、凄いだろう? 余が2年かけて作ったこの光景は」

 

 まず見えるのは鱗のように連なる黒い装甲板。そしてその先に広がっていたのは、青空の下広がる一面の花畑だった。色とりどりの花が咲き誇り、空には丸虹が掛かり静かで優しい風が吹くそこに、悪意や呪いの類は気配すら存在しない。

 アインが見てきた魔界からすれば、あり得るはずのない光景。決して広いわけではないが、楽園とでも言うべき世界がそこにはあった。

 

「直結2kmの真円を外径とした円柱程度の空間であるが、魔界の汚染を完全に除去した空間だ。お前様に手伝って欲しいのは、この空間の拡張だ」

「認識した。ここを守り広げることに否はない」

「そうか、安心した。お前様ならばそう言ってくれると思っていたが、感謝するぞ」

 

 そう美少女に微笑みを向けられて、悪い気がする人間など一体どれ程いようか。それ以前にこんな、争いという言葉から程遠い場所で態々手を振り払う輩はいないだろう。

 リィンの手を借りて外に出れば、花畑の様子は更によく観察することが出来た。同時に花畑の異常な状況と、アイン自身が立つ建造物のことも。

 

「気にすることはない、当然のことだ。それよりも……」

「聞かんとしてることはわかる。空のアレと、余達が立つこれのことだろう? 同じ状況を仮定すれば、余も気になるからな」

 

 まるでアインの疑問やその答えすら先回りするように、やれやれと頭を振りながらリィンは言った。そして黒い装甲板の上を歩きながら、滔々と語り出した。

 

「まず余が暮らしお前様の立つこれは、昨日も言った通り魔剣だったものだ。Ⅱ型魔剣ニードヘッグ、高い不死性と広範囲攻撃能力、そして輸送能力を持った魔剣だった。まあ、担い手が首を落とされて死んでしまったらしいがな」

「だが、魔剣とはこんな巨大なものではなかった筈だ」

「獣人界や人間界の物はな。魔界にある大半の魔剣は、剣とそれを鍵にして開く異空間にある機体がワンセットになっている」

 

 もはや事実を知るものは片手の指で数えられる程度しか残っていないが、Ⅱ型魔剣にはそれぞれ配置された大陸ごとに特徴があった。

 

 人間という技が特出した種族が住む人間界には、身体に埋め込むことで、地力と限界を刎ね上げるタイプの魔剣が。

 獣人という力が特出した種族が住む獣人界には、武器としても使うことが出来、特異な能力を発揮するタイプの魔剣が。

 そして、魔族という特異な力を扱うことに特化した雑多な種族が住む魔界には、力の行使を補助するタイプの魔剣が。

 

 無論他の魔剣を好む人物による例外や、そもそもこの枠に収まらないⅡ型魔剣も存在するが、大凡の区分はこうなる。花畑に横たわるこの魔剣()も、その内の一振りだった。

 

「そして、かつての不死性を発揮する為の能力である……なんて言えば良いのだろうな? 展開した力場内部と外からの力を吸収して傷を癒す能力?が、この魔剣の力でだな。

 暴走しておったそれを余が色々と反転させて、領域内の一定以上の力を持つ生物から力を徴収して土地を癒すようにしたのだ。まあ、結局は暴走しておるのだがな」

 

 そう言って悲しげにリィンは微笑んだ。この花畑に、殆ど虫や鳥、魔物が存在しない理由がそれだった。魔剣の力に耐えきれず、存在全てを吸い尽くされ力に変えられている。それがその、静寂に包まれた花畑の真実だった。

 あくまで魔剣なんてもの、戦争の遺物でしかない。殺す為の兵器でしかないのだ。それもたった1人の人間が作り上げた、ブラックボックスだらけのオーパーツ。壊れて暴走でもしていなければ、最低限の平和利用すら出来やしないのだ。

 

「では当方は、この龍に力を注げば良いということだな」

「そうなるな。今歩いてるのは、直接燃料タンクに注いだ方が効率が良いからだな。余1人では微々たる勢いでしか拡張が出来ぬが、2人なら少しは変わるかもしれぬ」

「認識した。ならば、あの空に掛かる丸虹についての説明を希望する」

 

 そう言ってアインが指差したのは、丁度この花畑の領域限界に展開され、一切霞みも揺らぎもしない丸虹。それを見て、ああと嘆息してリィンが答える。

 

「あれは魔剣の能力の一部だ。5本中魔界に残った3本の試作型魔剣の1つ、護虹剣ビフレストの限界駆動だな。能力は、大きさを変えられる丸虹を展開。その内部を悪魔の殺界にすること、内部の人型範疇生物の強化、そして全てのⅡ型魔剣の元になった無限展開能力だ。虹は30個までしか展開できぬがな」

「では、何故ここにそんなものが展開されている」

「もう、魔界にはそこまで守護すべき場所がないのだ。かつての時代、大迷宮と呼ばれていた10ヶ所のみしか魔界に生存圏はないのでな。担い手とは知古であるし、余っているならと1つだけ拝借している」

 

 遠い目をしながら虹を見てリィンが説明したのは、そんな内容だった。獣人界があまりに恵まれていただけであって、世界には戦争の爪痕があまりにも無数に、深く深く刻まれている。

 

「さて、そろそろ事情の説明は十分であろう?」

「肯定する。今の情報に嘘がないことを信じよう」

「余も全て完璧覚えてはおらんから、そこは許してくれ?」

 

 なんて会話をしながら歩き、辿り着いたのは汚い布のようなものが張り付いた、無数の棘が乱立する場所だった。恐らく元は背ビレか何かであっただろうそこを迷いなく進み、一際大きな棘に触ってリィンは言った。

 

「後はここに限界まで魔力を流し込んでくれれば、基本的に自動でやってくれるな。偶に外の魔物が紛れ込んでくるから、それに対応できる力は残しておいておくと良いぞ」

「認識した。行動を開始する」

 

 それは言うなれば、砂漠に水を撒いてオアシスを作ろうとするような無理無謀。それを見つめるのは、呪われた大陸と、その空に掛かる無窮の虹霓だけだった。

 




《Ⅱ型魔剣 : ニードヘッグ 》
 鱗を無数に固めたような波紋の浮かぶ刀型の魔剣。かつては龍の魔物であった機体が出現、登乗する。魔剣機体の特徴として、使用者の脳と直結して動作する。
 機体の大きさは凡そ30m程。飛行性能が高く、本来の主武装は高温のブレスと毒牙。そこに魔剣の能力で己だけの蘇生に近い高速再生が可能になった為、かつては主に兵站の輸送に使われていた。
 所有者 : 故人

【能力】
 基準値 : A 限界値 : A+
 照準 : B 範囲 : C 操作 : B
 維持 : A 強度 : A

【詠唱】
 刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為
 我は魔なる血を継ぎし者、再生と竜の一族也
 我らが遠き同輩に願い奉る
 どうか我らと共に歩み給え
 汝、怒りに燃えて蹲る者!
 汝、死に行く者達を運ぶ翼!
 我が祈りに、従うならば答えよ
 汝の名は、ニードヘッグ !
 限界駆動(Over Drive)──怒り臥せ、神焉を超える黒龍よ(ベクトゥラー・ニードヘッグ)

【効果】
 ①通常駆動
 ・自身のステータス上昇110%
 ・生物特効100%
 ・悪魔特効500%
 ②限界駆動
 ・自身の領域を侵食展開することで、内部の使用者以外の生命体からエネルギーを徴収する
 ・領域外部から加えられるエネルギーを、一定の値まで吸収する
 ・領域内部においてのみ、エネルギーを消費し自身の傷を超高速で再生する

 現在は暴走状態にあり限界駆動能力が

 ・自身の領域を侵食展開することで、内部の一定以上の力を持つ生命体からエネルギーを徴収する
 ・領域外部から加えられるエネルギーを、限界を超えて吸収する
 ・エネルギーを消費し、領域内部を超高速で再生する

 へと変わっている
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