銀灰の神楽   作:銀鈴

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依存でしかなかった想いは、恋に狂いて厚い信頼へ
信用でしかなかった想いは、狂い落ちて深い依存へ


呪に掛かる虹霓【03】

 懐かしい、懐かしい夢を見ていた。

 ママがいて、パパがいて、お義母さんもいて、そんな中に私がいて。パパより男らしく散財したママが正座させられていたり、そんなママをお義母さんが庇ったり、そのまま3人が庭で殺し合いを始めたり。それを見た私が泣いて、みんな一斉に手を止めて私を泣き止ませようとしてくれたり。

 そんな慌ただしくて騒がしくて、だけど私にとって一番大切な思い出。平和だった頃の象徴。もう2度と帰れない我が家での、世界がひっくり返りでもしないと見れない光景。そしてずっと、忘れないようにして来た私の始まり(オリジン)

 

「███、████、█████。███、██████████████、█████……」

 

 ママが何かを言って、泣きながら優しく私を抱きしめた。

 

「████████████、████████。████████。█████████、█████。████」

 

 パパも何かを言って、ママごと私を抱きしめた。

 

「「█████、█████████」」

 

 そうして手を振ったママとパパの姿が、私が見た最後の2人の姿。世間にとっては戦争が終わった日であり、私にとっては幸いが終焉を迎えた日。

 なのに、なのに! なのにどうして!!

 私はもう、パパとママが最後に言ってくれた言葉を、忘れてしまっているのだろう?

 

 

「ッ!」

 

 目を覚ました私が最初に関したのは、どうしようもない閉塞感だった。次いで感じたのが息苦しさと、開いた目に伝わる痛さ。反射的に目を瞑って、手のひらに探知用の複合魔法陣を射出成形する。

 その時点で、私が何かしらの液体の中に沈められていることは分かっていた。同時に、息ができるよう何かマスクのようなものをつけられていることも。

 

「ポットの、中?」

 

 魔法陣を起動したことで分かったのは、家にあったSF小説にでも出てきそうな液体の満ちた円柱(ポット)の中にいること。この部屋にいるのが私だけであること。この部屋の外部が探知できないこと。そして、私の両脚が膝までしか残っていないことだった。

 

「もしかして、生き残ったのは私だけ……?」

 

 脚についてはこの際どうでもいい。セプテントリオさんにやられた時点で、こうなることは分かっていたから。むしろ変に気遣って、切らずにいてくれるよりもよっぽど良い。

 だからこそ、今私がどこにいるかの方が重要だ。思い出せ、私は気絶する直前なんてアインに言った? そうだ、確か魔界に行けって言ったはず。ならここは魔界? それとも追っ手に捕まって獣人界?

 分からない。理解(わか)らない。魔界ならまだ良い、いやアインが居ないとやだ。でもここが獣人界だったら? 考えるまでもない、殺される。犯されて嬲られて慰み者にされて晒されて辱められて切り刻まれてバラバラにされてぐちゃぐちゃにされて殺して殺して殺して殺して殺される。

 

「いや……いや!」

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。死にたくない。死にたくない。死にたくない。そんな死に方だけは絶対にしたくない。助けて、助けて、誰でもいいから助けて。でも誰が助けてくれる? 私みたいな生きてちゃいけないやつを。違う、アインは生きてていいって言ってくれた。でもアインはいない。何処? どこ? どこ? 分からない、でも居ない。助けに来てくれない。そもそも居ないかもしれない。死にたくない。

 

 ああ、それなら。ここで首を掻っ切って死ぬのが一番良い。

 

 だから私は、スキルから取り出した左のエターナルで首を斬ろうとして──

 

『アヤメッ!』

 

 水越しにアインの声を聞き取って、首を斬ろうとしていた手を止めた。走ってきたのだろう、息を切らしているその姿を見て、安心して思わず手の力が緩んだ。手からエターナルがすり抜けて、慌てて脚で触れてスキル内へ収納する。

 その際脚に出来た傷は、何故か瞬時に再生した。成る程、痛みを我慢して目を開き確認してみれば、私が沈められている液体はポーションの類らしい。落ち着いて考えれば、それくらいすぐ分かったのに……

 

 自分で自分に嫌気がさす中、アインが何か装置を動かした。その直後、私が浸かっていた液体が何処かへ排出され始める。水位が減るに従って私の位置も下がり、マスクも外れ最後には全身濡れ鼠のままポットの底に横たわることになった。

 

「すまない、当方が離れていたばかりに」

「取り乱した私も私です。冷静にならなきゃ、駄目なんですけどね……」

 

 反省を口にしながらアインの手を借り立ち上がろうとして、脚がなくてそれが出来ないことに気がついた。後でどうにかしなきゃと思っていると、グイッと勢いよくアインに引っ張り上げられた。

 

「えっ、ちょっと」

「この方法が、最高効率だと進言する」

 

 そしてそのまま、おんぶするように背負われた。確かにその通りではあるので、恥ずかしさにアインの肩に顔を埋めるけど抵抗しない。

 いや、違う。こんなことしてる場合じゃない。考えるのが私の仕事だ。

 アインが害されることなくこうも自由に動けるということは、少なくともここは気を抜いたら即死の場所ではない。肩越しに伝わる体温や呼吸からして健康は保たれているし、寧ろどちらと言えば友好的な場所なのかもしれない。なればこそ、私は頭を回さないといけない。

 

「まさか本当に、躊躇いなく自殺に走るとはなぁ……」

 

 そう、思っていたのに。部屋の出口の扉、そこから顔を覗かせた女性を見た瞬間、私の思考は全てが吹き飛んだ。だってその姿は、あまりにも似ていたから。家にあったアルバムで見た、旅をしていた頃のママの姿に。

 

「む、どうした。余の顔を見るなり深刻そうな顔で固まりおって」

「いえ、すみません。少し、知り合いに似ていたものでして」

 

 ママと目の前の女性の明確な差は、目がオッドアイでないことと角。よく見れば鱗に覆われた尾があることからして、多分種族は竜人だろう。結論付けるなら、他人の空似だ。

 

「そうか? 余と同じ姿をした者など、居るはずもないのだが」

「そうなのですか? まあ、私の勘違いということにしていただければ」

 

 この女性、立ち振る舞いはアレだけど、感じる力の圧はセプテントリオさんやアヒムさんと同等だ。あんまり変に刺激して、今のこの状況を崩したくない。だから言葉を濁す。当然相手にも伝わるだろうけど、その意図は察してくれるはずだ。

 

「うむ、そういうことにしておこう」

「ありがとうございます」

 

 今のこの関係を壊さないで済んだ。女性の反応からそれを察して、ホッと息を吐く。両脚がない今、もし敵対されたらそれだけで私は詰みだから。

 

「して、獣人の仔よ。お主の名前を教えてはくれないか?」

 

 張り付いた髪を拭う中私が異物に触れたのと、女性からそんな質問をされたのは同時だった。

 手に触れている、明らかに髪の毛ではない触感。どちらかと言えば犬とか獣のような毛並みの三角形の物体。慌てて反対側も触れば、そこには同じような形のものが鎮座していた。

 

「え、は、え……?」

 

 それは即ち、獣の耳。驚きのあまりアインの背中から落ちかけて、慌ててしがみつく。そのまま恐る恐るお尻の方に手を伸ばせば、そちらにも毛並みのある物の存在が確認できた。尻尾だ。

 

「む、何か都合の悪い質問だったか?」

「否定する。アヤメは獣人ではない。故に驚愕しているだけと推測する」

「ふむ?」

 

 いや、よく思い出してみれば覚えている。あの戦闘中、いつのまにか獣耳と尻尾は生えてきていた。考えられるとすれば大罪スキル、だろうか?

 

「事情はよく分からぬが、少し外そうか? 余がいない方が話もしやすかろう」

「いえ、大丈夫です。後で調べますから」

 

 それまで生きていられればの話だけど。着る服のデザインとかも、その時考えればいいかな、うん。

 

「それでえっと、私の名前……でしたよね?」

「うむ。いつまでもお主や獣人の仔では呼び辛いからな」

「分かりました。でも、1つだけお願いします。私の名前を聞いても、すぐに殺しに掛かったりしないでくれませんか?」

 

 そう私が言った瞬間、私を背負うアインの手に力が入った。そのことに申し訳なさが浮かぶ。私が明らかに足手纏いになっていることを、嫌という程に認識してしまうから。

 

「う、うむ。どんな人生送ってきたら、名乗るのにそこまでの注意を払うことになるのだ……?」

「色々あったんです。だって私はイオリ・キリノの娘、アヤメ・キリノですから」

「ふむ……良い親ではないか」

「?」

「?」

 

 どうせ騙せないしと覚悟を決めて名乗ったのに、あっさりと受け流されてしまった。その対応に、悪意は微塵も感じられない。警戒して目を細めてみるけれど、女性の表情からは本当に困惑の感情以外は伝わってこない。

 

『もしかして、ここって魔界ですか?』

 

 直感に従って、今まで話していた共通語から切り替えて魔族語で女性に話し掛けた。すると、驚いたように女性も多少訛った魔族語で言葉を返してきた。

 

『然り。なんと、アヤメは魔族語を話せるのか。訛りもなくて綺麗な言葉だな』

『お褒めにあずかり光栄です。それと多分、ここは社会から外れた場所ですね?』

『なぜ分かるのだ? 確かに余はここ数年の間、誰とも言葉を交わしていなかった。アインがアヤメを連れて来るまではな』

『色々とあるんです……なるほど、そういうことですか」

 

 言葉を共通語に戻して、私は嘆息した。魔界でも基本的にママやパパの扱いは変わらないって聞いてたけど、どうやらこの女性はそんな論調に巻き込まれていないらしい。

 

「何を話していたんだ?」

「まあ、ちょっと。でも、それなら信じても良いんですかね……えっと」

 

 一先ずは彼女を信じることにする。その証明に握手をしようと手を伸ばし、名前を教えてもらっていないことに気がついた。今更手を下げるのはカッコ悪いしなんて思っていると、躊躇いなく手を繋がれた。

 

「余としたことが、名を聞いておいて自分は名乗っていなかったな。余はリィンと言う、気楽にリィンと呼んでくれ」

「分かりました。よろしくお願いします、リィン」

 

 向けられた笑顔に、私も笑顔で答える。ああでも、これで分かった。その笑顔に私みたいな作った雰囲気が無いのを見て、自分がどうしようもなく汚れている気がしてならなかった。

 

「さて、聞きたいことは沢山あるが……そのままでは寒かろう。余の部屋に来るといい、種類は少ないが余の服を貸そう」

「ありがとうございます。アイン、お願い」

「認識した」

 

 アインにお願いして、アインの背中から私はリィンさんの尻尾に移った。急に伸びて私を包み込んだ尻尾は、銀に輝く鱗に覆われているのに微妙に温い。竜や龍、竜人と遭遇したことが少ないから知らなかった。

 

「そういえば、アヤメはアインと恋仲なのか?」

 

 興味深い尻尾に触れていると、突然リィンさんがそんなことを問いかけてきた。その口調は何処と無く楽しそうで、暇つぶしか冷やかしの類に感じた。

 

「恋仲ではないですね。まだ出会って1ヶ月くらいですし」

「本当か? その程度の期間で、あれ程の仲は築けぬと思うのだが」

「1ヶ月間ずっと旅をしてたので、四六時中一緒でしたから。それでまあ、私もアインも追われる身になって今に至ります」

 

 歩く振動に揺られながら、そんな他愛もない会話をする。私は友達なんていないから理解出来ないけど、もしかしたらこういうのが“友達”なんて言うのだろうか。

 艦船か何かの内部のような通路を歩くこと数十秒、リィンさんが扉を開けて入ったそこは簡素さとファンシーさが入り混じった不思議な部屋だった。

 

「さて、着替える前に先ずは、身体を乾かさねばな」

「それなら、私が魔法で──」

「アヤメよ、お主それでも女子か? 魔法で乾かすことを繰り返しておると、齢を重ねた時肌が荒れるぞ」

「えっ」

 

 初耳だった。服が痛んだり匂いが染み付くのは知ってたけど、肌も同じだったなんて。いや、でも私は化粧水ちゃんと使ってたから大丈夫なはず。

 

「いいから余に任せよ」

「わぷっ」

 

 焦りに考えを巡らせている間に、私は白いタオルでいいように全身を拭かれていった。全体的に水気がなくなったら、炎魔法の気配は感じない温風が私の全身を、水分を飛ばしながら舐めるように駆け抜けていった。

 

「火……いえ、竜魔法ですか。珍しいですね」

「つくづく博学よなぁ。古いステータスの区分で言えば、龍皇魔導という。余の自慢の魔法だ」

「良いですね……私は魔法の才能が余りないですから、羨ましいです」

 

 確かそれは、竜魔法系列の最上位ではなかったか。そんなことを思い出している間に、いつのまにか私は綺麗さっぱり乾いていた。

 でも多分これ、耳と尻尾は自分で何とかしないといけない気がする。よくママがブラッシングしてた理由が今なら分かる。椅子に座らされてる感じ、座り方も変えなきゃダメそうだ。毛並みが悪いことも相まって、尻尾が引っかかって気持ち悪いったらありゃしない。

 

「さて、これが余の服だ。好きなのを選ぶが良い」

 

 ロッカーのような場所を開けながら、キメ顔でリィンさんが見せてくれた服は……なんというか、3種類に分かれていた。

 1つは、まるで式典にでも出るような、豪奢かつ洗練されたデザインのドレス。

 2つは、フリフリが沢山ついている、所謂可愛い系のメイド服とかドレス。もう1つのドレスと同じように、生地は良いし何なら魔法的な効果まで含まれていた。

 最後に、無数のダサTの群れ。ママもよく家で着てたから知っている。何かしらの一色に染められた普通の生地に、何かしらの一色でよく分からない言葉が書いてあるやつだ。

 

「……」

 

 唖然とした。似たようなワンピースばかり着ている私が言えたことじゃないけど、ファッションセンスがどうかしている。いや、でもこの場合都合が良い、かも。

 

「余としては、こういうフリフリが似合うと思うのだが、どうだ?」

「リィンならともかく、可愛くもない私には似合いませんよ。そっちのTシャツを貸してくれますか?」

 

 楽しいそうにリィンさんが手に取った白をベースに黒で装飾されたフリフリドレスを否定して、黒地に白い色でデカデカと『剣の理』の文字が書かれているTシャツを指差した。

 

「む、余からしてもアヤメは十分可愛い部類に入ると思うのだが?」

「いえいえ、そんなことないです。それに私、そういうTシャツ好きなんですよ」

 

 嘘じゃない。さっき見た夢のおかげで、何だかんだママと一緒に色々着ていた記憶が蘇っている。今となってはもう、着ることはないと思っていたけど。

 

「余の理解者がいたことは嬉しいのだが……勿体無いと思うのだ。絶対に、着飾ればアヤメは化けるぞ?」

「ないですよそんなこと」

「決めた。意地でも余は、アヤメにドレスを着させるぞ」

 

 だが悲しきかな。脚のない私はろくすっぽ抵抗することなんて出来ず、大人しくフリフリのドレスを着させるられる羽目になったのだった。

 

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