「うむ、これで良し。光る物があるとは思っていたが、予想以上だな!」
「はぁ、そうですか」
嫌がる私を無理矢理に着替えさせたリィンさんは、ご満悦といった表情で胸を張った。ドレスなんてタダでさえ着にくいのに、何回か着直させられた時には本当に参った。
「むぅ、アヤメも余と同じ女子だろう? 少しは粧し込もうとは思わんのか?」
「別に思わないですね……いえ、いずれ必要な時は来ると思いますし、だから最低限は色々やってますけど」
着させられた白ベースのヒラヒラしたドレスを見ながら言う。尻尾を出す穴がある分楽だけど、どう考えても普段の私の行動にドレスは合いそうにもない。というよりも、長時間炉の火に晒されたり切った張ったをしてる以上、動きやすい服装じゃないと困る。
「うーむ……なんというか、取ってつけたような女子らしさだよなぁ」
「確かに取ってつけた様なものですよ。私のママは小さな頃に死にましたし、そもそもパパより下手したら男らしい人でしたからね。そういう話ができる友達がいないので、流行りとかも一切知りませんし」
と、話し終えた時に、心臓の軋みがないことに気がついた。ママとパパの死に触れたのに、今まで見たいな苦しさが一切ない。トラウマを乗り越えられたのか分からないけど、間違いなく快挙だった。
なんとなく落ち着かず獣耳の毛並みを整えていると、憐れみから同情、悲しみ、喜びと百面相にリィンさんの表情が変化した。そして意を決したように、私に手を差し出して言った。
「で、では余と友達にならぬか? 幸いにして歳の頃も同じであるし、悪いことではないと思うのだが」
「……無理、ですね」
でも、私はその手を取らなかった。拒否を言い放って、払いはしないけど手を下げさせる。
「そう……か。やはり余なんかとは、友達になりたくないか……」
「そういうわけじゃないです。現状、お互い敵か味方かも分からないのに手を取れるわけないじゃないですか」
絶望の表情に変わったリィンさんに、溜息を吐きながら言う。私はそんな聖人君子じゃないのだ、敵と手を取り合うなんてこと出来ない。それに、実際は敵対した瞬間私とアインの死が確定するから、そうならないことを切に祈っている。
私がさっきから考えてるのは、こんな打算的な考えばっかりだ。まあこの感じだと、きっとこの祈りは杞憂に終わってくれるだろうけど。何せリィンさんからは、私と同類の臭いがするから。
「む、う、そうか……」
「はいそうです。そこら辺の説明とか早くしたいので、連れてってくださいね」
そう言いながら、抱っこをせがむ子供みたいに私は手を伸ばす。私には今、ちゃんとした移動方法が運んでもらう以外ないのだ。どうにかする案は2、3個あるけど、今すぐに実行できない以上最善がこれだ。
「なんだか、急に冷たくないか?」
「単純に疲れてるんですよ……私、まだ目覚めたばっかりですし」
3日間寝てたらしいからお腹も減ってるし、そんな状態で頭を回し続けてるのだ。本音を言うと、そろそろ倒れそうだったりする。
「そ、それもそうか。ではちゃんと捕まっておれ」
「運搬よろしくお願いしますね」
そんなやりとりをしながら、私は再び尻尾に巻かれた。もしかしたらこれも、魔力を感じるし竜魔法系列の何かなんだろうか。相手を薙ぎ払ったり、こうやって絞め殺したりするような。
まあ、温かいし楽だからいいか。別段今ところ害は無いのだし、すぐにそんな考えは捨てて、私は大人しく揺られて運ばれていった。
◇
「とまあ、そんな感じで獣人界を追われてきました。アインには無理やり付き合ってもらう形になっちゃいましたね」
「当方は、あくまで望んで付いてきたと主張する」
それからお互いの事情を掻い摘んで話し、そんな言葉で会話を締めた時だった。隣に座っていたリィンさんに、突然組み付かれた。やっぱり信用を勝ち取る為とはいえ、大罪スキルのことまで話したのは不味かったかなぁ。いやでも、隠して後に爆発するより、今ここで潔く希望の芽を摘まれる方がいいか。
私自身、自分が宿した大罪スキルの危険性は知ってるし、消えて無くなるべき物だと今なら自覚できる。だから仕方ないと目を瞑ったのだが……
「ぐす……」
「……?」
感じたのは、鼻をすする音と顔が埋められた場所の湿り気だった。目を開けて視線を下げれば、私のうっすい胸にリィンさんが顔を擦り付けていた。
「ごめんなぁ……ごめんなぁ……そんな目に遭って来たのに、余までが辛く当たってしまって……」
助けを求めてアインを見るけど、首を横に降られてしまった。私主体で話していたから、自分のケツは自分で持てということだろうか。……確かにその通り、かな。
「気にしないでいいですよ。私の素性を知った人は、大体私を害そうとしてくるので、寧ろ心配の言葉だけでもありがたいです」
なんとなく手持ち無沙汰だから、角は避けるようにして頭を撫でながら言う。実際、私の正体を知っても変わらず接してくれた人は片手で数えるくらいしかいない。アウルさんとアマルさん、そしてアインだけ……あ、「ア」が付く共通点あるんだ。
じゃなくて。それなりに長い付き合いがあったリヨンさんですら、私がアヤメだと知ったら殺しにきた。だから、私を害さず私として扱ってくれる人は、居てくれるだけで本当に嬉しい。誰にも言わないけど。
そうやって暫く撫でていると、リィンさんも落ち着いてきたのか呼吸が静かになってきた。代わりに私の胸元が大惨事だけど、まあ当人からの借り物だしいいや。
「すまない、痴態を晒してしまった」
「当方は気にしない、アヤメはどうだ?」
「私も別に何も」
アインから振られた話題に首を横に降る。少し胸元が冷たくて寒いくらいしか、問題という問題はない。肌が透けてたりもしないし。
「有り難い。それで、本題なのだが……今の話を聞いておいて申し訳ないが、余には2人を此処に長居させることは出来ぬ」
赤く腫れた目でそう言ったリィンさんに、私が思ったのはやっぱりなということだった。でもそれは、いつもの諦めではなくちゃんとした理由があると分かっているから。
だから、一瞬怒気を感じたアインの手を握って抑える。リィンさんの部屋、私が寝かされていた部屋、この部屋と探知したから大体想像できる。
「食料の問題ですよね。多分ここには、私とアインが食べていられる食料がないんですよね?」
「うむ。戦争の置き土産であるレーションも数はない。余だけならば命尽きるまで何とかなるのだが、3人となるとな……」
「1人だけ我慢するのは辛いですからね」
私がリィンさんに向けて言ったその言葉に、アインが首を傾げた。しかし対照的に、リィンさんはキョトンとした表情になった。私を着せ替え人形にするのにあれだけ夢中だったから、ステータスを覗かれていたことに気づかなかったのだろう。
万全で且つ魔剣込みの私とアインを相手にしても、恐らく圧倒できる能力なのに抜けている。大部分読み取れなかったとはいえ、確実に気づく行為をされていて。いや、だからこそなのかもしれないけど。
「でもそれなら、私の手持ちで少しだけ伸ばせると思います。2人で毎日三食、満足に食べて1ヶ月分の食料は持ってますから。1日2食で量を調整すれば、1ヶ月はいけるでしょう。どうせ使わなきゃいけない消耗品ですから、気にする必要はないです」
「う、うむ。もしなくとも、余はアヤメの体調が回復するまでは居てもらうつもりだったのだが」
「そのことは、既に当方が約定を交わしている」
どうやらそんな気配りは、必要のない既に済んだことだったらしい。ああ、それなら良かった……数日あれば、この状況をどうにか出来るかもしれないのだから。
ホッと一息ついて、握っていた手を離す。もうとっくに空腹の限界は超えている。そろそろご飯が食べたい……けど、まだ最後に1つだけ聞かなきゃいけないことが──
「……あぅ」
と、そんなことを思った矢先だった。なんだか可愛らしい音がお腹から鳴った。くぅぅと、まるで漫画の女子のような音が。
「いつまでもこうしていても仕方あるまい。何か美味しい物でも食べないか?」
「そうですね……流石に私も、お腹が空きましたし」
「肯定する。アヤメ、調味料を借りたい」
私が料理なんて出来ない状態なのを分かってくれてか、アインはそう言ってくれた。素直に感謝して、普段使いの調味料を詰めたバケットごとアインに手渡す。
そしてその背がキッチンと思われる方向に消えていくのを見て、私は改めてリィンさんに向き直った。
「ありがとうございます。こうして、2人で話せるタイミングを作ってくれて」
「先程の口ぶりからするに、余のステータスを覗いたのだろう? 余としても、あまりひけらかしたくないことなのでな」
何か物を炒めているような音をBGMに、真正面から向かい合って小声で話す。アインなら次元魔法で読み取られるかもだけど、今のところその気配はないし。
「なら、女の子同士の秘密というやつで」
「それは破られる前提の物ではないか……?」
そういうものなのだろうか? 私からすると、秘密というと墓まで持っていく印象が強いんだけど。確かに創作ではそう描いてる作品が多かったけど、経験したことがないからなんとも言えない。
「そんなことより、時間もないので本題です。
リィンのステータスを見る限り、本来私みたいな大罪とか、大罪の残影?を持ってる人を始末するのが仕事ですよね。なのにいいんですか? 私を生かしておいて」
すぐに弾かれて多くは見れなかっけど、リィンさんのステータスに刻まれていた能力は異常だった。アインと同じHMPという表記と、綺麗に揃った能力値。そして100を優に超えるだろうスキル群と、その文字列の頭にあった残影と刻まれた8つのスキル。
忠実、節制、勇気、叡智、正義、忍耐……慈愛だけは欠けていたけれど、それは確か大罪と対になる元徳とかいうスキルの名称だった筈だ。残影というのはイマイチ理解しきれてないけど、警戒する理由には十分すぎる。そんな並びの中に、暴食と強欲の2つが混入していたならば尚更だ。
「性急だな。だが確かに、余が作られた理由にアヤメが危惧することは含まれておる。その懸念は当たっていると言わざるを得ない」
「だったら尚更です。なんで私を生かしてるんですか」
真剣に問い掛けた私に、リィンさんが向けたのは意思が萎えきったような萎びた目だった。
「余はな、もう疲れたのだ。戦うこと自体好かぬし、綺麗な花を愛でていられればそれで良い。もしアヤメが正気を無くしていたり、この場所を荒らすというならば別だが……そうではないだろう?」
「まあ、今のところは正気ですしね」
私は私と、まだ私は自信を持って断言できる。でもそれも、いつまで保つか怪しいところだ。大罪/元徳のスキルは、所持しているだけで正気は失われていく。
どうやら残影と名のつくスキルは、8つも同時所持してるリィンさんを見るに平気らしいけど……私には、純正の大罪が2つ刻まれている。曖昧な記憶だけど、それに対応する職業を取得したり、積極的に力を使ったら正気の喪失も加速したはず。つまり、私の発狂は確実にいつか来る。
「であろう? ならばわざわざ敵対する必要などないではないか」
「なら、本当に私はここで、安心して過ごして良いと?」
「ずっと余はそう言ってるだろうに」
しばらくそのまま見つめ合い、一切嘘をついてないのが確信できて、全身から力が抜けた。
「良かったぁ……」
心の底から安心出来て、涙が出てきた。前まではそうそう泣かなかったのに、何故か今は駄目だ。自分の気持ちを偽れないし、涙が止められない。
「ここまで起伏が激しいと、流石に心配になるぞ……」
そんなことを言いながら、先程とは立ち位置が反転したように抱きしめられた。人肌の温もりが心に染みる、頭を撫でられるなんてこともされて、益々涙が止まらない。
「よくここまで頑張ってきたな。余に出来ることは少ないが、少しは気を抜いて休んで行くといい」
そうやって私は、アインが料理を持ってくるまで延々と、リィンさんの胸を借りて泣き続けていた。考えていた予定とか、やらなければいけないこととか、何もかもを忘れて。いつかママに甘えていられた頃のように。
リィンの強さは、セプテントリオを一方的に嬲り殺せるくらい()
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