酷い醜態を晒してしまった後、そのまま流れで解散して各自部屋で休むということになった。とっくにドレスは脱いで部屋着になり、アインの向かいの部屋を貸してもらって、そこで休んでいいということになったのだが……
「さて、始めよ」
私としては、ここからが本番だ。いつも通り結界を部屋に展開して、侵入防止と騒音対策もOK。意識がなかったとはいえ、3日も何かを作る作業をしていないのはママとの約束に反することになる。それに予想通りとはいえ、自力で移動出来ないのは不便が過ぎる。だから今から、睡眠時間を削って色々やっていかなきゃいけない。
「……先ずは移動手段の確保だよね」
今だって、アインに運んでもらってベットに座った状態そのままだ。流石にずっとおんぶに抱っこは頂けないし、パパッと移動手段を作ってしまおう。脚の再生については……まだ理論上やれなくもない程度の可能性だから、今日のところは考えない。
「材質は……確か元はスチール製らしいけど、作るの面倒だからミスリルでいいかな」
私の身体の大きさから必要なサイズを暗算して、頭の中で設計図を描く。本当ならちゃんと製図したいけど、今は無理なのでそこは妥協。魔法を使い、ミスリルで一気に出力した。
「うん、見事に椅子」
そうして完成させたのは、私が乗るとフィットしそうなサイズ感の椅子の骨組み。背もたれの側には、ちゃんと押してもらえるようにハンドルになる予定の棒も伸びている。私が一先ずの足として作ろうとしてるのは、車椅子だ。
「よし」
片手間に作り出した小さい空間把握用魔法の陣を、口の中に放り込み起動。飲み込まないように注意しながら、今作ったばかりの椅子の骨組みをベッドの上に引き寄せた。
「♪〜」
鼻唄を歌いながら、スキルの中に保存してあった木の端材と、爬虫類系っぽい魔物のなめした革を取り出す。魔剣で端材を削り丁度良い長さに変えて、物体を研磨する魔法の陣作成起動。木材から角と毛羽立った部分を無くし、上から革をはっ付けて、金具を生成して手で打ち込み固定する。
そうやって完成させた手摺りを椅子の手摺りに乗せ、互いの表面を錬金術の応用で軽く分解。位置を合わせて再構成すれば、丁度いい感じに融合して接着が完了する。同じ要領で座面と背面に布を張り、足を乗せられる場所も制作。最後にお馴染みの真円を作る魔法で大小一対ずつの車輪を作成。ゴムタイヤ変わりに魔法で木を生成して嵌め込み、手で動かす用の外輪をオリハルコンで作り、椅子自体に車輪を接合。
作り始めてから大体1時間程で、明日以降の足となる車椅子が完成した。特に何の魔導具でもなく、耐久性もそれほどないけど、自分の意思で自由に動くける足だ。
「後は……箒もどうにかしないと」
完成させた車椅子は適当にベッドの隣に投げておき、今度は無茶させた箒を取り出した。外装が付いたまま手元に落ちてきたそれは、前方は銃火器ごと凍結、後方は焼け焦げて破損した、ボロボロの有様だった。
幸いにしてこっちは、予備パーツがあるから比較的に新調するのが楽だ。エンジン部に破損はほぼ無かったし、軽く清掃して焼け焦げた外装や内部をストックしてある部品と総取っ替え。前方の氷は炎で溶かし、先ずは箒としての機能を再生。銃に関しては、軽く調べた所銃身が曲がっていたから作り直し。パッと直して外装に接続し直し、数度外装の着脱を繰り返しても異常がなかったので終了。
ここまで、箒を取り出してから大体2時間。
……明らかに、以前と比べて作業の速度と効率が早くなっている。それに、ママと同じ様に設計図が必要じゃ無くなった。一気にレベルが、セプテントリオさんやアヒムさんと
「身体の動きが、全然違うもんなぁ」
日常生活を送るなら何の問題もない。けど、戦闘となるとダメだ。せめて私が後衛……魔法使いとか銃使いならなんとかなったんだけど、生憎と私は前衛の短剣・体術使い。あんまりにもこれは、致命的だ。
「こうして、機械とか魔導具弄って、薬とか作ってられるだけなら良かったんだけどなぁ……」
戦わなければ死ぬ。それも私の予想を上回る、人としての尊厳なんて守れない形で殺される。それだけは、それだけは嫌だった。
だからこそ、備えなければいけない。でも急いては事を仕損じるとも言うから、1つずつ、1歩ずつ、着実に進める必要がある。だから先ずは、失った物を1個ずつでいいから作り直す。私には、それが出来るから。
「探知用魔導具……今度は、ネックレス型にしよう。落ち着かないし」
ずっと首から何かを下げていたから、ないとなんだか落ち着かないし。それに、心臓の上なら腕時計よりは壊され難くなる筈。
それ以外にも、まだまだやらなければいけないことは沢山あるのだ。時間はあってもあっても足りることはない。どうせ3日も寝ていたんだから、1日2日無理しても問題は無いはずだ。
「朝だぞ、起き──ているのだな」
そう意気込んで、無我夢中で作業を続けていたからだろう。そう言ってリィンさんがドアを開けるまで、完全に時間感覚が無くなっていた。
「ん、あ、おはようございます」
ベッドの上で広げていた呪属性や秘呪に関連した物品をしまいつつ、わざわざ起こしに来てくれたリィンさんに頭を下げた。まだ構想段階でしかないし、実際のところがどれくらいかも分からないから、一旦メモだけして切り上げかな。
「さては、寝ていないな?」
「ええ、ちょっとやりたいことがあったので」
質問に答えてる間に、大きな欠伸が出た。確かにちょっと、根を詰めすぎたかも知れない。今日のうちにというより、他人の目があるうちにやっておきたいことがあったのに。
「すみません、5分くらい貰えば食堂いけるので……料理はちょっと待ってもらえれば」
「それならば、アインに任せても良いと思うのだが……」
「実質3日絶食状態だったので、色々気を使う必要がありますから」
そんな状態で徹夜してるのはどうかと思うけど、それはそれでこれはこれだ。
アインを起こしに行ったであろう後ろ姿を見送りながら、《クリーン》の魔法で夜中に掻いたであろう汗を飛ばし、《リフレッシュ》の魔法で軽く疲労を癒す。でもってそこから、残量少ない化粧水をぺちぺち叩いて終わり……だったのだが、今はやりたいことが増えた。
「思ったよりやりづらいなぁ」
夜のうちに作っておいた目の細かいブラシで、なんとなく落ち着かない獣耳を梳かす。耳のもふもふもした内側に指を突っ込んでも、普通に頭皮に辿り着いたから安心して出来る。
次に、腰の横から回り込ませるように尻尾を前に持ってくる。毛並みの乱れきったこっちは、先に目の荒いブラシで梳く。当然のようにできた毛玉は……何かの触媒になるかも知れないし、スキル内に放り込んでおく。最後に、乙女の嗜みとして持ってる木製の櫛で尻尾を梳かせば終わりだ。
「満足」
髪の手入れには滅多に使わない櫛が、こう役に立つとは思わなかったけど結果オーライ。高級品だけあって気持ちいいし、完璧な毛並みだ。あとは何とか車椅子まで移動して、作っておいた隙間に尻尾を通せば安定する。
「2人には普通のご飯で……私のはお粥でいいかな」
体感で5分と少し。悪くはないなと思い、私は車椅子を漕ぎ出した。
◇
車椅子に驚かれつつも、どうにかこうにか朝ご飯を食べ終えた後。食器洗いをアインに任せている間、何やら感動していたらしいリィンさんに私は問いかけた。
「2人はこれから、話に聞いたこの魔剣への魔力供給に行くんですよね?」
「うむ。少しでもこの空間を広げたいからな」
「私もそれ、見に行って良いですか?」
曰く、暴走しているという魔剣なのだ。魔剣に関する技術者としては、どうなってるのか確認しておきたい。縦しんば弄りたい。そしてあわよくば、私の魔剣の確認もしたい。もし暴走しても、止められる人がいる場所で。
「別に構わぬが、それでは移動出来なかろう? それに、何故休まぬのだ」
「移動は魔法使えば出来ますし、流石に今日は寝ますよ」
「なら余も文句は言わぬが……」
そんな感じで許可を貰って、アイン達と一緒に出た外の……甲板?で良いのだろうか。聞いていたより遥かに綺麗な虹の掛かる花畑を横目に、アインに車椅子を押してもらい、充電ならぬ充魔場所に来たのだが……
「間違いなく壊れてますね、この魔剣」
「仕方が無かろう。余の知る限りここ10年程、1秒たりとも欠かさず稼働しておるのだ。それに墜された時の破損、暴走していることによる崩壊もあるのだろうからな」
今私たちがいる魔剣、Ⅱ型魔剣ニードヘッグは最低限の機能を残して壊れていた。私も魔力を流し探知してみた限りだと、破損率は8割を超えている。限界駆動が生きてるのが奇跡みたいなものだった。
だが、それでも魔剣は魔剣。初めて見て扱うタイプだけど、根幹が同じ技術だからか私の知識は十全に通用している。であるならば、私の技量も上がってるし、可能性は0じゃない。
「リィンさん、ニードヘッグの本体……あの、剣の部分って何処にあるか知ってますか?」
「あるにはあるが、どうかしたのか?」
「見てみないことには断言出来ませんけど、直せるかも知れません」
そう言った瞬間、リィンさんから敵意が飛んで来た。殺意とでも言うべきそれを受けて、車椅子を押してくれてるアインが力んだのを感じた。
「それはニードヘッグの能力を元に戻す……つまりこの楽園を壊すと、そう言っていると認識して良いのだな?」
嫌な汗が頬を伝う。ああでも、ここで何も答えなければ殺される。直せると言っても殺される。だから、気合いを入れ直して向き合った。
「現物を見ないと、流石になんとも言えませんって。でも、ここを壊す気はないですよ。これでも私、花は好きなんです」
綺麗だから、いい匂いだから、と言うよりは素材としての面が大きいけど。薬にもなるし、毒にもなるし、あと一応香水とかの嗜好品も作れる。1女子としてこの視点はどうかと思うけど、嫌える訳がない。
「そうか……だが」
「壊さないことを確約しろ、と言われても無理ですよ。私は万能じゃないですから、実物を見ないことには何とも」
言われたら負けな質問は、先回りして潰した。それでも笑顔は消すことなく、じっとリィンさんを見つめる。だってこんな、大海をコップで掬って干上がらせようとするような効率、見て見ぬ振りなんて出来ないから。
「まあ……良いか。アヤメ、お前様はあまり交渉をしない方が良いと思うぞ」
「自覚はあります。クレーム対応ばっかりだったからだと思うんですけど、向いてませんよね」
そう少し茶化して言いつつも、内心私は大きな安堵を感じていた。片手で冷や汗をぬぐい、一度深呼吸して呼吸を整え。うっかり逆鱗に触れるなんて、もう懲り懲りだ。
「ほれ、アヤメ。手を出せ」
「はい?」
気の抜けた私が言われるままに手を伸ばした上に、無造作にリィンさんは鞘に収められた刀を投げ渡してきた。僅かに反りのある黒塗りのそれは、分類するなら太刀だろうか。あまり重くはないとは言え、踏ん張りの効かない今それを、伸ばしきった手で掴み取ったらどうなるか?
「あっ」
身体が傾く。前に投げ出される。手は使えないし、装甲板に顔面からダイブすることになる。反射的に目を瞑り、流れに身を任せ──私の両肩を掴む手がその流れを止めた。
「ありがとうございます」
「気にすることはない」
止めてくれたアインにお礼を言いつつ、しっかりと車椅子に座り直す。そして、そんな私たちをニヤニヤしながら見るリィンさんを尻目に、受け取った魔剣ニードヘッグをゆっくりと抜刀した。
僅かな身体の賦活と共に、まず目に付いたのは鋼の色。空からの光を鈍く反射する美しい色。無数の鱗を固めた様な、奇妙な刃紋も美しい。ただその刀身は、全体の1/3程の所で折れて無くなっていた。
「これって、刀身の先は……」
「無い。融解して何処ぞの地面に染み込んではいる」
「ですか……」
私の手が加わる前に本物の綺麗な姿を見ておきたかったけど、生憎とそれは叶わぬ話らしい。私じゃ絶対に出せない刃紋だったから、できれば見たかったのだけど。
「直すと言っておったが、無理であろう? 暴走を止める際、余が壊してしまったのだからな」
「いえ、多分これなら……アイン、ちょっと鞘持ってて下さい」
両手を降参のポーズにするリィンさんに首を振る。僅かに身体が賦活したということは、まだこの魔剣は死んでいない。アインに鞘を渡して、何時も鍛冶で何かを作った時最後に使う、調査用の魔法陣を折れた魔剣に走らせた。
見たことのない回路だ、破損も大きい。だけど、割と残ってる形から何がしたいのか、どんな形だったは読める。流石ママが作った魔剣だ、無駄がないし分かりやすい。
「出来る……と、思います。剣としての能力はどうにもなりませんけど」
アインから受け取った鞘に魔剣を収め、膝の上に置いて言った。何度か本体とは別に試作して練習と慣れが必要だけど、出来ないことはなさそうだ。
「何せ私、これでも本職は鍛冶師ですから」
思わずママがよく口にした言葉で、私は笑顔を作っていた。