銀灰の神楽   作:銀鈴

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呪に掛かる虹霓【06】

「いや、正直言ってアヤメが鍛冶師とは信じられぬぞ」

「当方も甚だ疑問だ」

 

 尤も私の言葉は、リィンとアインそれぞれに、前後から挟み込む様に否定されてしまったが。

 

「余は魔術師の類だと思っていたぞ」

「当方も、アヤメが鍛冶作業を行うことを見たことがない」

「仕方ないじゃないですか……設備も時間もなかったんですから。それに今は脚もないですし。というか、アインくらいは信じてくれても良いじゃないですか」

 

 脚をパタパタさせて不満を表そうとして、今はそれが無いことに気が付いてやめた。治せる見込みはなくもないし、そこまで不便でもないからいいか。少し物寂しいけど。

 けど、2人はそうは思っていなかったらしい。リィンさんは俯き、後ろのアインからも消沈した気配を感じる。

 

「たかが脚の1本や2本、何とかなりますから気にしないでいいですよ」

 

 そんな雰囲気を誤魔化すように、わざと明るく私はそう言った。予定通り無くなったものなのだから、そんな風に気遣われるのは心外だ。

 

「それは、そう、なのか……? これでも余、かなり後悔しているのだが……」

「そんなもんですよ。私のママは、自分の身体が良い触媒になるからって、偶に血を抜いたり、落として生やしたりしてましたから」

「それは、相当頭がおかしい人物だったと断定する」

 

 本当はもっと色々とやっていたのだけど、それを言うと確実にママが狂人認定されるから何も言わない。私もお義母さんと暮らすようになってから、普通はそんなことしないと聞いて愕然としたのだから。

 

「まあ、そんなことよりです。次の魔力充填まで、まだ時間ありますよね。でしたら、手伝って欲しい……というか、ちょっとこれから私のこと見張ってて欲しいんですけど良いですか?」

「うむ、それくらいなら構わぬぞ」

「当方も問題ない」

「ありがとうございます」

 

 快い返事をしてくれたことに感謝しつつ、私は両手に変質したエターナルを呼び出した。普段右手に握っていた方は炎のような赤に、左手に握っていた方は水底のような青に、握りの黒は濁り、ミスリル色の線は金色に塗り潰されている。記憶の通りに。

 

 同時に魔剣を握ったことで、身体能力が跳ね上がるのを感じた。後で壊れた鞘もちゃんと作らないとダメそうだ──じゃなくて。今のところ、魔剣を限界駆動……いや、炉心融解になったんだっけ? まああの時に感じた、精神汚染の様なものは感じない。

 

「刃金を穢せ──むぐ」

「ちょっと待てアヤメよ!!」

 

 それじゃあ一丁限界を確かめる為に解放しようと、詠唱を唱えようとした時だった。凄まじい勢いで飛び込んできた、小さな手が私の口を塞いだ。両手に魔剣を握ってるから危ないのにと、抗議の目で下手人であるリィンさんを睨む。

 

「いきなり魔剣を解放しようとする奴があるか! しかも余はそれなりに魔剣は知っておるが、聞いたこともないだったではないか!」

「そりゃあそうですよ。私のこの魔剣、多分大罪か何かに汚染されてますもん。それで、使ったら暴走しそうなので、リィンに見ててもらえる今やろうかなって思いまして」

「尚更解放するでないわ!」

 

 多分リィンさんなら、この暫定エターナルを起動きた私でも完封出来るだろうし。

 魔剣を握った今の私は大体全部の能力が……6.5倍から多く見積もって、普段の7倍くらいになっている。けれど、その状態で素のリィンさんに、力が大体拮抗、防御力は負けていて、速度と器用さ、あと魔法の威力くらいしか勝ててない。それでもって、リィンさんは魔剣を起動状態で身につけている。武器が見えないから間違いなくⅡ型、つまりは最低でも素の1.5倍以上の強さはあるということだ。

 よって、脚がない以上強みも生かせず、手数や取れる手段も負けている以上、理性のない私は為すすべもなく捕縛される。

 

「理性のない私如き、捻り潰してくれそうなので完璧なプランだと思ったんですが……」

「確かに! 余は! その程度造作もないが! せめて一言は! 相談をだな!!」

「こういうのは、サラッとやった方が怒られないって教わったんですけど……」

「心臓に悪いに決まっておろう!!」

 

 ゼェハァと息を切らすリィンさんに釈然としない気持ちを抱えながら、せめてもの抵抗として頬を膨らませる。そんなことをしていたら、万歳するようにして両腕をアインに取れてしまった。振りほどくのは簡単だけど、魔剣を持ってる以上それも出来ず、大人しく拘束されてしまう。

 

「それに何故今なのだ! さっきまでこう、なんか、良い感じの雰囲気になっていたであろう!」

「その魔剣を直す為のものが、この魔剣の中にありまして……丁度いいかなって」

 

 それに加えて、アインの魔剣をどうにかするにも、魔剣ルンペルシュテルツヒェンは無いに越したことはない。もしチョークも使うことが出来れば、脚をどうにか出来るかも知れなくて、そこから更にやれることが広がると思うし。

 

「良くないわ! アインよ、お前様の主人は前からこんなだったのか……?」

「否定する。もう少し、慎みというか、落ち着きがあったと記憶しているのだが……」

「だっでもう、アヤ・ティアードロップを演じる必要が無いですからね。ずっとアヤでいたので染み付いてますけど、アヤメとしての……本来の私はこんな感じですよ」

 

 でも、少し気を許し過ぎたのかも知れない。出会って間もない人の前でこんなにはしゃぐなんて、私らしくもない。いや、そもそもこんな考え方自体、アヤメじゃなくてアヤとしての考えに近いし……あれ、そもそも私は今どっちなのだろう?

 

「そう、なのか……当方はずっと、嘘を突かれていたということか」

 

 そんな私の疑問は、悲しそうに呟いたアインの言葉に考えを中断させられた。違う、それは違う。私は基本的に、アインに嘘をついてはいなかった。

 

「ああいえ、性格に関しては演じてましたけど、乙女の秘密的なこと以外アインには嘘ついてませんよ?」

「乙女の秘密とはなんだ?」

「乙女の秘密です」

「……認識した」

 

 笑顔でなんとかアインを押し切った後、緩んだ手の拘束を剥がして魔剣ごと膝の上まで持ってくる。うっかり魔剣が当たって車椅子のフレームが削れたけどそれは後回し。今度はちゃんとリィンさんに聞いて、とっとと魔剣を解放して試してしまおう。

 

「さて、じゃあ魔剣解放しますけどいいですよね」

「良くないぞ」

「えー……」

 

 問答無用で拒否された。しかも若干目が据わってる辺り、言うことを聞かないと実力行使される可能性もある。それはちょっと、本意じゃない。

 

「本当はバラす気はなかったのだが……まあ、アヤメの魔剣の力を知ってしまったしなぁ。うむ」

「えっと?」

 

 そう呟いた真意が掴めず、悩むようにしているリィンさんに首を傾げる。そんな私にも気付かず、数秒額を抑えていたと思えば、大きなため息と共にパッと目が開かれた。

 

「簡潔に言うと、余の魔剣の力は未来予知でな。せめてそれで、暴走しないかだけは確かめさせてくれぬか? あともしアヤメが暴走しても止めることが易くなる」

「そう言うことならお願いします」

 

 拒否される理由がそれなら、私が駄々をこねる理由が一切ない。大人しくしていようと決めると……リィンさんは頭痛でも堪えるようなポーズをしていた。あとなんだか、諦めたような気配がしている。

 

「はぁ……ではやるぞ。

 限界駆動(Over Drive)──幸いなる世界のために、(カレイドスコープ・)未来を映せ万象万華鏡(アヴァロン)

 

 限界駆動の宣言と共に、いつのまにかリィンさんの手にあったコンパクトミラーの様な物が開いた。あれが魔剣なのだろうと分析していると、どうやら未来予知が終わったらしくリィンさんの閉じていた目が開かれた。

 

「暴走の危険は、ない。直近1時間の間にはな」

「それならよかったです。安心して私も魔剣を使えます」

 

 そう言って、今度こそ魔剣を両手に詠唱を口遊む。そして予想通り、変化は起きた。言葉1つを口にするたびに、心に黒い靄が掛かってくる。怒りに近い不快感と、悲しみに近い不快感が、混ざり合って私を汚染していく。

 

炉心融解(Meltdown)崩塔の頂きより堕ちろ英雄、(ルイナバベル・)その身に罪を刻む為に(ヴァナグロリアエターナル)

 

 魔剣を解放した直後にその不快感は跳ね上がり──これは使ってはいけない力だと確信する。1秒、2秒、3秒、4秒、使っているだけで、自分の中の大切な何かが削れていく。正気とでも言うべき物の、最大値とでも言うべき何かが、焼け落ちて灰に変わり風に流れて消えていく。

 そして10秒経った直後、私は魔剣を手放した。特に抵抗もなく走行を突き破り、エターナルではなくなった魔剣は停止した。それによくよく集中すると、さっき減っていた何かが今も、砂時計の砂が落ちるように消えていくのを感じられる。

 

「あ、アイン、魔剣取ってもらっていいですか? 屈めなくて」

「認識した。それで、何か分かったことはあったか?」

「そうですね……このままじゃこの魔剣が使えないことと、私の寿命が残り1年くらいになったことくらいですね」

 

 アインから魔剣を受け取りつつ答えると、誰が見てもわかるくらい絶望の表情をアインが浮かべていた。私としては大罪を3つ……いや、残影は影響なさそうだから2つ?背負わされた人間としては、随分と長生き出来ると思ったんだけど。

 

「それは……なんとか、ならないのか?」

「無理ですね。未来予知できるなら、多分そこまで見えてますよね? リィンさん」

 

 そう問いかければ、目を伏せてリィンさんは首を縦に振った。やっぱり、か。改めてこう、自分以外に死期を宣告されると、表には出さないけど少し、クるものがある。そっか……私もう、余命1年か。

 

「あくまで余の未来予知は、万華鏡のように切り替わる無数の欠片の1つでしかない。だが、見える未来の全てで、アヤメは1年以内に死んでいる。無論、変わることもあるのだが……」

「このまま魔剣を使えば数日か数週間でおじゃんでしょうから、気をつけないといけませんね」

 

 とはいえ、今までのように魔剣が使えないのは痛手に過ぎる。だからこそ、昨日のうちに構想だけは建ててある。……鞘が無いし、うん、丁度よく色々弄れそうだ。

 

「そう言う事情であるのなら、ニードヘッグの修理を余は依頼しない。誰かの生を無為に犠牲にしてまで、余はこの楽園を広げたくは無いのだ……」

「当方からも要求する」

「え、嫌ですけど。半ば予想通りですし、何とかする策は色々考えてますから」

 

 こちとら半年が精々だと思っていたのだ。それが倍の期間あると考えるなら、十分お釣りが来る。旅とか運命とかもう知らない。私は、好きに生きるのだ。

 

「アヤメは、命が惜しくは無いのか? 余は、正直に言って正気とは思えぬ」

「当方もリィンを肯定する。何故、アヤメはそこまで思い切りが良いのか」

「私だって命は惜しいですよ。でもそれ以上に、私がしたいことを自由に出来ないのは癪に触ります。だからやるんです、色々と」

 

 その為に、まず手始めにⅡ型魔剣の修復だ。普段整備以上のことをする機会は無いから、やれる技術があるのにやらないのは馬鹿だ。もしこれが出来たなら、私はやっとママの影を踏めたことになる。それは、とても興奮する。

 

「今日明日で私の魔剣は何とかしますし、大体1週間あれば何とかなると思いますので」

「ますます正気とは思えんぞ……先とは違う方向だが」

 

 後遺症が無いことの確認も終わったので、エターナルだった魔剣をスキルの中に放り込む。それでもやはり、砂時計の砂が落ちていくような喪失感は消えることはない。

 

「じゃあそういうことなので、あとは私は部屋で作業してようと思います。アインも、ここまでありがとうございます」

「認識した。だが、気にするほどのことでは無い」

「言っても無駄であろうが、徹夜は良くないぞ……」

「分かってますって」

 

 最後にそう言ってから、車椅子を手で漕いで反転。頭を下げてからもう一度反転して、艦内に繋がる垂直の穴に向けて走って行った。

 

「お前様よ、あのお前様の主人を放っておいて大丈夫だと思うか?」

「否定する。アレでは確実に夜を越すと推測する」

「ああいや、そういう意味ではなくてだな……」

「魔剣再生についての可否は、問題ないと断言する。当方はアレほどの笑顔を見せるアヤメを、未だ嘗て見たことがない」

「そうか……であれば、大丈夫なのだろうな」

 

 何か後ろで2人が話していたらしいけれど、私の耳には内容までは入ってこなかった。

 

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