自分の部屋に篭り、構想だけはあった元エターナルを拘束する鞘を仮組みしたその日の夜。普段通り眠りについた私は、いつも魔剣を回収した時に見るような、魔剣の夢を見た。
ただし、いつもと明らかに様式が違う。魔剣の記憶、使い手の記憶を追体験するのではなくて、あくまで私は私として夢の中に存在し、目の前には見上げる程の巨躯を誇る黒い竜がいるのだから。
『我はとうの昔に、命尽き果てたと記憶しているのだがな……我の眠りを妨げたのは、貴様か? 人間』
疑問と怒り、2つの感情が入り混じったような声音で黒竜は私に問いかけてきた。紅の双眸を鋭くし、私ほどの大きさのある牙を剥き出しにしながら。
「恐らくそうかと。私も現状がよく分からないので、仮定でしかありませんが」
これが夢と分かっているからか、それとも相対する竜が魔剣と分かっているからか、不思議と恐怖は感じなかった。このまま食べられでもしたら死ぬ予感はするけれど、ちゃんと身体も口も動いてくれる。残念なのは脚がないことだけど、これは仕方ないと割り切ろう。
『仮定、仮定か。とうに頭では理解しているだろうに、言葉を弄するか。忌々しい半神の娘よ。いや、今では奴は昇神したのだったか』
「最後はよく分からないですけど……貴方については、そういうことなんですね。ニードヘッグさんと呼べば良いですか?」
『ニードヘッグで構わん。所詮我は魔剣に封じられた、矮小な敗北者でしかないのだからな』
足を揃えて見上げ聞けば、ふて腐れたようにニードヘッグは頭を下ろした。丁度現実の私が居る、魔剣ニードヘッグの残骸と同じように。
言葉の節々から察するに、ママは相当強引な手段で魔剣ニードヘッグを作ったらしい。となると、修復は難しいかもしれない。
『して、何様だ。態々死した我を呼び戻しおって。幾ら世の輪廻の輪が停止しているとはいえ、事と次第によってはタダでは済まさぬぞ』
「嘘偽りなく偶然です。貴方の魔剣を受け取って、そのまま眠ったらここに。ですので私にも、何が何だか」
エターナルに魔剣を収納したのなら別だけど、私はそんなことしていない。だからこそ、こんな事が起きている理由がわからない。今までの傾向からしてもイレギュラーな状況だし……いやそれよりもだ。さっきから幾つか、聞き逃してはいけない情報がさも当然の様に語られているのはなんだ。神? 輪廻の輪の停止? 訳がわからない。
『嘘はないか。であれば才能だな。まさか死した者までその身に降ろすとは、何とも馬鹿げた力ではないか。愉快愉快、死して貴様のような者に巡り合うとはなあ』
「はい……?」
この龍は何を言っているのだろうか。私には才能なんて、ママから受け継いだ器用さくらいなのに。それ以外の何かなんて、ある訳がない。
『大方、魔剣を修理でもしようとして縁が結ばれたのだろう?』
「とは言っても、まだ何も弄ってませんけれど」
『無自覚、真性かつ最高位の才能か。末恐ろしいな』
かつてニードヘッグと呼ばれた龍は、そう言って朗らかに笑った。言葉を交わすことのできる龍とは初めて会ったけど、思った以上にこの龍は話が通じるらしい。
「そんな才能があるなんて、ここまで生きてきて実感すらないです」
『であろうな。そこまで1つの神の寵愛を背負えば、実感など出来よう筈もない。神楽舞い散る憐れな定めを背負いし巫女よ』
そうニードヘッグが告げた直後、世界が揺れた。夢の中でも今まで感じた事がない強烈な振動。それに耐えきれず、私は地面に叩きつけられた。
「なに、がッ!?」
『ふむ、どうやら我が喋り過ぎたようだな。忌々しい神めの最後の一柱がお怒りだ』
再び激震が走る。更に追い討つように、紅蓮の炎がニードヘッグの総身を包み込んだ。その炎からは、何故か私がよく知る気配が伝わってくる。なのに、何故かその対象が誰だか分からない。
「認識阻害……だったら、今ここでハッキングして!」
『その必要はない。所詮は泡沫の夢に浮かぶかつての残像だ。これで消滅出来るのであれば、輪廻の消えた世界では上々の結末故な』
炎の向こうから聞こえる声を聞きながら、それでもと炎に魔法的なハッキングを試みた。せめて認識阻害の術式だけでも崩せれば、そう思って全力で魔力を操作して──
「あぐッ!」
逆にハッキング仕返されて、私の腕が内側から弾けた。ありありとわかる力と技術の差に、まだ知るべきではないとでも言われてるかのようだ。
『我が惜しい、か。奇特なことを考えるな、忌々しい神の最愛よ。2、3言葉を交わした相手をそう見ては、心が壊れるぞ』
「そんなこと知りません! 貴方にはまだ聞きたいことがあるんです!」
その神とやらのこと。輪廻の輪がどうこうということ。私を指して言った、神楽舞い散る憐れな巫女という言葉の意味。
確信に近い直感がある。それら全てをひっくるめた“何か”が、私が……否、世界が今こんなことになっている原因だと。もう1年しかない命だけど、これ以上私を巻き込むなら邪魔でしかない物の原因だと。
『ならば墜星を探せ! 貴様の望む答えは、奴等が全て持っている!』
それもきっと、この炎の主にとって感に触る言葉だったのだろう。高く燃え上がる紅蓮の火柱の勢いが、桁違いに跳ね上がった。
『我の身体を使うことを許す! 貴様ならば直せるだろう、幼銀の鍛冶神の血を引く娘よ!』
「当然です!」
『好き返事だ。では、我等が末妹を、リィンを宜しく頼む』
最後にそうニードヘッグは告げて、逆巻く炎の中でそのシルエットを崩していった。同時に留まろうとしていた私も、夢の中から強制的に弾き出された。
◇
「ッ、つぅ!」
そして、現実の私は飛び起きた。夢の中から無理矢理弾かれたからか、まるで頭の中を焼かれたような激痛を伴って。いや、実際に私の周りには火の粉が舞っているし、私が張っていた筈の結界も壊れている。
「もう、放っておいてよ……」
もう旅もやめて、残った時間を自由に生きると決めたのだ。それなのに、また問題がやってきた。これまでと同じように、乗り越えても乗り越えても、私の事情なんて考えずに。
ガリガリと頭を掻き毟り、一度大きくため息を吐く。それで痛みも引いてきたし、少しは心も落ち着いた。
「水でも飲んで寝よう」
そう思って生活魔法で水を生成、飲もうとした瞬間だった。生成した水が私のコントロールから外され、私の口と鼻を覆い隠すように飛びついてきた。
「が……もがッ!?」
あり得ない。唐突に起きた異常に、思わず口から空気が溢れた。それどころか、閉じようとする口をこじ開けて水が口の中に侵入してくる。
これは不味い。殺される。思わず手で口を抑えようとしたところで、今度はベッドに押し倒された。姿も気配もない何かに、丁度手首と肘の中間辺りを抑えられて。でも手に伝わるこの温度は、人じゃない。むしろ機械か何かのような──
「ッ──!!!」
そんな思考を断ち切るように、ペキリと枯れ枝を折るように腕の骨が折られた。激痛に思考が染まる。自分の命が急激に減っていく寒気が背筋に走り、痛みなのか恐怖なのか分からない涙が溢れてくる。
何せ、全くこの相手からは意思が感じられない。視線が合っていると確信できる今なら、より一層それが分かる。この相手は、私を見ても何も感じていない。興奮も、後悔も、人が何かを殺そうとするなら必ず感じられる何かしらが、かけらも感じられない。
……仕方ない。大火傷くらいは覚悟しよう。
激痛を気合いで我慢して、右の手でエターナルを握る。詠唱は出来ないけど、これで魔剣の加護だけは掛かった。つまり火力だけは魔剣基準で十分に出せる。
鍛冶魔法、最大出力。範囲は私の周囲全部。吹っ飛べ!
「ギギィッ!!」
夢の中で見たような紅蓮を解放した瞬間、私が借り受けていた部屋が半ば融解した。そんな高温に晒されて口元の水は蒸発し、悲鳴のような声を上げて私を押し倒していた何かも何処かへ逃げた。
「ゲホ、こほ、えほっえほっ……」
炎を消し去ると同時に、サイレンが響き渡り頭上から水が降り注いできた。解放の代償に私も全身火傷で素っ裸になったけど、それくらいならまだ取り返しがつく。
この水はスプリンクラーか何かだろうか? ようやく取り込めた酸素のお陰で、なんとか頭が回り出した。
「2人に、伝えないと」
地面に接してると肌が焼けるから、適当な布一枚を羽織りつつ取り出した箒に騎乗。さらに回復の魔法陣を複数射出成型して起動。腕を繋ぎ火傷を回復させながら、空間探知用のペンダントを起動した。そうだった。ここは比較的安全なだけで、完全に安全な場所じゃないことを忘れていた。
「アヤメ!」
そして、そんな爆音を出したからだろう。武装したアインが部屋の中に飛び込んできた。良かった……無事だった。花畑を荒らす力ばかりの私より、この相手はアインの方が明らかに相性がいいから。
「アイン、敵襲です。敵は姿の見えない何か。気が抜けてたとはいえ、私の魔法を奪うくらいには、手練れです」
「認識した。これより当方は──」
「アイン! アヤメ! 聞こえておるのなら、今すぐ部屋に戻れ!」
そうアインが言い切る前に、莫大な魔力の反応とそんなリィンさんの声が聞こえた。アインが言葉に反応して、私の部屋だった場所に戻ると同時、廊下が灼熱の奔流に満たされた。
その光景は、まさしく龍の息吹としか表現のしようがない。私の炎と違って、廊下を一切傷めずに放たれるその中に、影が見えた。私を襲った何かが、焼き切られる事なく出口へと向かう影が。
「逃したか。ちっ」
それを追うように、片手に持った魔剣から奔流を放ち続けるリィンさんが現れた。しかし仕留め切れなかったと知ると放出をやめて、荒れきった私の部屋だった場所に入って安堵のため息を吐いた。
「良かった、お前様達が無事で。余の不甲斐なさが招いた結果だ、すまぬ」
「構いません。それより、アイツはなんなんですか……?」
「魔剣だ」
私を庇うように入り口を警戒するアインが、私の疑問に即答してくれた。魔剣? アレが、魔界における魔剣だと言うのか。
「アヤメの疑問は当然だ。当方も混乱した。だがあの正体不明が魔剣であることは、純然たる事実だ」
「でも、あんなのが魔剣だなんて信じられません。あんな、機械みたいな……」
自分でそう言葉を口にして、さっき押し倒された時に感じた違和感が急速に私の中で形を得た。そう、そうだ。まるで機械みたいだったのだ。ただ私を……敵を殺すという、無機質な殺意だけの篭った何か。それを、人が振るう魔剣だなんて私は信じられない。
「そうか、アヤメにはまだ言っておらんかったな。魔界にある魔剣の現状と、大陸を侵す呪詛でも魔物でもない、第三の脅威を」
そんな私を見て、悲しそうな表情を浮かべてリィンさんは言った。
「なんですか、それ」
「聡いお前様のことだ、もう薄々勘付いておるだろう?
かつて対戦で無数の栄光を得たⅡ型魔剣、その成れの果て。それが今、魔界を荒らす脅威となっておる。かつての担い手を己が部品として取り込み、かつての力そのままに暴れ回る災害だ」
「……」
リィンさんがそう断言したことで、私は二の句が言えなくなってしまった。確かに理性では、人の五感すべてを欺くなんて幻術系の術を以ってしてもほぼ不可能だと理解できている。そしてそれを実現するには、魔剣にでも頼るしかないとも。
でも、それが本当だとしたら。ママの打った魔剣は、本当に物語にあるような魔剣になってしまっていると、認めるしかなくなってしまう。そして私がそれを認めたら、ママは本当に──
「お前様は信じたくないであろうが、暴走魔剣が無数に存在することは事実だ。まあ、余を含め無事な者も無数におるがな」
「そう、でしたか……」
「こうなるのが見えておったから、今日ではなく明日に話そうと思っていたんだがなぁ。間が悪いにも程がある」
そこでリィンさんは言葉を切ると、開いていたコンパクト型魔剣の蓋を閉じてアインの肩を叩いた。
「計算が終わった。出るぞ、お前様。余とアインであれば、確実に奴を……Ⅱ型魔剣イグアスを破壊できると予知が出た」
「認識した。アヤメ、少し待っていてくれ」
「……待ってください」
そうして私を置いて戦いに行こうとする2人に、堪らず声を掛けた。確かに今突きつけられたのは、納得できないし認めたくない事実だ。でも武器を作る者として、ママから教え込まれた大切なことは果たさないといけない。
『道具に善悪はないんだよ。でももしそれが生まれるとしたら、それは担い手次第。だからこそ、自分の作品が悪に使われたなら、責任を持って処分しなくちゃね』
でもそう言ったママは、もうこの世にはいない。けどその作品は災害となっている。だったら処分する役目を果たせるのは、私しかいない。ママの遺作だからとか、ママの汚名とか、魔剣を回収するとか、そんな私情は全部なしだ。
「相手が魔剣なら、私も出ます。少なくとも、この中の誰より魔剣に詳しい自身はありますし」
これは、私が果たさないといけない約束だ。それを再認識した今、譲る気は無い。