銀灰の神楽   作:銀鈴

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呪に掛かる虹霓【08】

「ふむ、覚悟の決まった目をしておるしなぁ。余は構わぬが、お前様はどうだ? アインよ」

「当方も否は無い。だが……」

 

 少し躊躇うようにしてから、アインは私を見て言葉を言いかけて……すぐに辞めて口ごもった。

 

「魔力と体力が無尽蔵じゃなくなっただけで、やれないことはないです」

 

 ここで反対されて時間を食うのも馬鹿らしいから、アインが心配してくれてるだろうことを否定した。別に魔剣を手にする前までの戦い方に戻ったという、ただそれだけの話でしかない。

 それでいて、火力だけは変わらないのだから問題はない筈だ。……鞘が完成しているならともかく、今のエターナルを解放しようとは流石に思わないし。

 

「認識した。だが、もう少し何かを着た方が良いと助言する」

「あー……はい」

 

 言われ改めて自分の格好を見れば、着ている物はずぶ濡れの布切れ1つ。女子としても、戦いに行く格好としても不適切だ。もう残り少ないけど、適当な服と下着くらいは着ておこう。防具に関しては……あとで作るしかないか。

 

「お前様たち……まあ良い、話は纏まったな? 行くぞ」

 

 呆れたようにリィンさんが言って、まるで本当に翼でもあるかのように浮き上がった。そして、凄まじい速度でニードヘッグの外へ向かって飛んでいく。

 ……便利そうだし、後で魔法について話をしてみたいかも。会えそうもない魔王以外で、初めて知った龍魔法使いだし。

 

 そんな打算的な考えを巡らせつつ、アインの後ろを飛んで飛び出した外界。鋭利な切り口で広げられたそこを出て見たそこは、昼とはまた違った神秘的な光景だった。月光と虹に照らされる花畑は見惚れるほど綺麗だけど、今は呆けている場合じゃない。

 

「そこにいたか、羽虫め」

 

 幻想的な花畑の一角に、そんな怒りの声と共に爆炎の花が咲いた。夜闇を暴力的に照らし出すその炎は、何故か先程の船内同様花畑を焼かずに燃え盛っている。そしてその光が、蛆虫を見るような目で眼科を睥睨するリィンさんの目に、正体不明の襲撃者を炙り出していた。

 

「ギ、ギギ……」

 

 現れたのは、簡単に言い表すのであれば蟋蟀の化け物だった。大きさは大体2m程。全身を装甲で覆い、尾から伸びた2本の砲を背負っていた。大きな複眼に隣接する口元には、大半の物を一気に切断できそうな鋼鉄の顎が存在している。不快な金属音のような音で鳴くアレこそが、Ⅱ型魔剣……否、暴走魔剣イグアスなのだろう。

 

「消えたか……厄介な」

 

 炎の中姿を消したイグアスに、苛立ったリィンさんが悪態を吐く。けど、今姿を現していた数秒で必要な情報は得ることが出来た。

 

「アレの能力は水分操作と振動操作! 多分熱探知はダメですけど、それ以外の方法なら捉えられるはずです!」

「認識した!」

 

 少し遠くにいるリィンさんに聞こえるよう、私の予想と今すっぱ抜いたばかりの情報を組み合わせて伝えた。

 

 魔剣イグアス。聞いたことのない魔剣だけど、名前の元は恐らくママの世界にあるという大瀑布。それに透明というキーワードを当てはめると、多分水の操作で空気の屈折率をどうこうしているのだろう。原理は不明ながら、水系の魔法に同じ効果の魔法があるし。

 今の一瞬で抜いた振動操作という情報からして、誰も侵入に気付かなかったのはその力で音を消しているからと推測。どっちの能力にしても、操作範囲によっては極めて危険だ。

 

 だがそれももう関係ない。種を割った以上妨害は幾らでも出来るし、そもそも次元魔法系の探知ならこの隠密も楽に見破れる。何せ道具頼りの私ですら見えているのに、2人に見えないはずがないのだから。

 

「今までの動きからすると、多分大丈夫だけど……」

 

 念の為水分を放出する系の魔法陣と、音の反響を乱す魔法陣を作りながら分析する。攻撃を受けた程度で能力が乱れており、今の逃げ回る動きを見ても曲線的なものやフェイントが殆どない。更にアインが妨害しリィンさんが仕留める単純な形なのに、イグアス側の動きはほぼ一定だ。

 

 結論として「人に使われるように改造された身体が暴走している」それだけの話なのだろう。人剣一体なのに人との協調を辞めた結果、人の知恵と操作力は失われ、獣としての直感も失われている。直前に意思を持ったニードヘッグと話したからか、その在り方は物悲しく見えた。

 

「これで完全に、チェックメイト!」

 

 今前線に出ることが出来ない以上、私に出来るのは後方支援。その役割を果たすために、今即興で組み上げた魔法陣を出力、イグアスに向けて投射した。

 水分操作での光学迷彩なんて精密な操作を乱す為の乾燥、音を消されることを防ぐための高周波、移動妨害のための拘束系、そして2人が狙いやすくなるようにターゲッティングの魔法の4種複合魔法だ。

 

「今です!」

「認識した、援護する」

「感謝するぞ!」

 

 魔法の効果が発揮された瞬間、足を止められた状態で魔剣イグアスの姿が暴かれる。そこに私の合図よりも早く、アインによる拘束が重ね掛けされた。そうして完全にイグアスの動きを封じきったところで、突然イグアスの首が飛んだ。

 私に見えたのはそれだけで、それが何らの魔法ということしか分からない。それくらい強力で洗練された魔法だった。

 

「これでひと段落、だな」

 

 首を落とされたからか、糸の切れた操り人形のようにイグアスは動きを止めた。それを複雑な表情で見下ろしたリィンさんは、一息ついたように呟き、そのまま飛ばした首の方へ下がっていく。

 

「今アヤメがあそこに行くのは推奨しない」

 

 近くで暴走魔剣を見たいのもあって、私も続こうと箒を飛ばした直後、アインに強く手を掴まれて行く手を阻まれた。

 

「どうしてですか?」

「あまり、良いことにはならないと忠告する。以前の状況を考えれば、アヤメの場合空間探知も危ういと推測する」

「気遣ってくれるのは嬉しいんですけど、もう少し説明をしてくれませんか?」

「それは……」

 

 空中でそんなことを話している間に、リィンさんが再び見えない魔法を放って頭部を唐竹割りに分解した。アインに邪魔されて見えないけど、その中から大人と思われる大きさの人が転がり出てくるのが感知出来る。あれが、イグアスにパーツにされていた人だろうか?

 

「……ぁ、

「元より余はそのつもりだ。尤も、貴様はもうすぐ死ぬがな」

 

 そして、前と比べて遥かに良くなった耳がそんな会話を捉えた。それもその筈だ。どれだけの時間魔剣を限界駆動していたのかは知らないけど、体力や魔力を自分の能力以上に使った状態で限界駆動が解除されれば、当然担い手は死ぬことになる。

 

「ぃ、や……」

「無理だ、貴様はこのままでは死ぬ。身体が灰に変わって、人としての死は訪れない。残念ながらな」

「そ、な!」

「故に今から、余が責任をもって人としての死をくれてやる。何か言い残すことはあるか?」

 

 そう言ってリィンさんが、恐らくスキルから長大な刀を抜きはなった時、遅まきながらアインの忠告の理由に気がついた。

 ダメ、だあれは。アインの言う通りだ。思わず首を手で押さえる。でも理解して、思い出してしまった以上、全ての記憶が鮮烈に頭の中に蘇る。音も、臭いも、温度も、言葉も、何もかもがフラッシュバックして──

 

「ま、ぉぅこ、ばん、ざ、ぃ」

「相分かった。……すまぬ」

 

 直後、私はアインに抱きしめられた。目も耳も鼻も効かないように、気遣ってくれたのだろう。現にペンダントの能力もジャミングされている。今までの私ならそれで大丈夫だっただろう、けれど今は、獣の耳が全ての音を拾ってしまっていた。

 

 刃が風を切る音。肉に刃が沈み込み、硬いものを一緒に断ち切る音。切られた頭が地面に落ちた音。血が吹き出て、花畑に降り注ぐ音。そしてそれら全てが、砂が落ちるような音と共に灰に変わった音まで。

 

「うっ……」

 

 吐きはしない。直視した訳でも、私の手でやった訳でもないから。それに吐瀉物の掃除は面倒だし戦場に出てきてる以上、それくらいは心得てる。けど、思わず口を押さえてしまう。

 

「すぅ……」

 

 なんとか精神を落ち付けようと深呼吸をすれば、アインの匂いが嗅覚を占領してくる。隠しきれないほど漂っている血の臭いも、撒き散らされた灰の匂いも搔き消すようなそれは、嫌……ではなかった。

 

「すまない、アヤメ。できればそういうことは、あまりしないで貰えると助かる。身綺麗にはしているが、当方はあまり清潔とは言いがたい。何より、流石に羞恥を感じる」

「そう思うなら……その、離してください」

 

 そう恥ずかしいと面と向かって言われると、何故か私まで恥ずかしく感じてくるから不思議だ。それになにより、リィンさんが祈りを捧げてるというのに、これでは不謹慎が過ぎる。

 

「そう、だな。すまない」

「行きますよ」

 

 アインを気にかける余裕もないくらい心は乱れたままだけど、箒を下降させてリィンさんのすぐ隣にまで降りる。振り返ったリィンさんがガラス玉のような無感情な目で私を見て、何かを察したかのように溜息を吐いた。

 

「何をしているのかと思っていたが、その顔を見るに不調か」

「ははは……そんな酷い顔してます?」

「うむ、今にも死にそうなほどだ。己が首をかっ切ろうとしたあの時ほどではないがな」

 

 そう言ったリィンさんに、私は苦笑いを浮かべることしかできなかった。自覚はあったけどそっか、そこまで私はアレがトラウマになってるのか。

 

「すまない、理解しておきながら。当方が不甲斐ないばかりに、無駄にアヤメに負荷を掛けさせた」

「アインは悪くないです。私がこの耳の性能を把握してなかったのと、魔剣を離さなかったのが悪いんですから」

 

 検証不足。今回の件にかんしては、そうとしか言いようがない。目が覚めてからまだ1日程度とはいえ、もっとマルチタスクでやっていればなんとかなっただろうに。

 

「それで、アヤメが降りて来たのは何故だ? まさか死者に祈りをということはあるまい」

「酷いですね、私にだってそういう気持ちはありますよ。暴走魔剣を見に来たって理由の方が重いのは事実ですが」

 

 私みたいな人間に祈られても、死者にとって迷惑なだけだから。私は気持ちを持つのは良いにしても、形にしてはいけない。

 だからこそ魔剣だ。明日にはニードヘッグを隅々まで見聞する予定だけど、直前まで稼働していた魔剣は今にしか見られない。それに、もし私が弔いとかを形にして許されるとしたら、こちら方面にしか道はない。

 

「お前様なぁ、普通ここでそう堂々と言う言葉か?」

「でも、私にとっては事実ですからね……悲しいですけど」

 

 そう会話しながら、目一杯手を伸ばしてリィンさんが割ったイグアスの頭部を拾った。生物らしい形そのままなのに、どこか金属感もある不思議な頭だ。

 それをひっくり返して裏面を見ようとした時、私の膝の上にごとりと重みを感じる何かが落下した。水色の5連装リボルバー。触ってみた感じ、これが魔剣イグアスの本体らしい。

 

「まあ、ある意味らしいと言えばらしいか。余は帰って寝るが、お前様たちはどうする?」

 

 渋々といった感じだけど、何故か納得してくれたらしい。頭を押さえて大きく溜息を吐いた後、リィンさんはそんなことを聞いてきた。

 

「私は暫く寝れそうにもないので、眠くなるまで色々とやってようかと思います」

「当方はアヤメの作業が終わるまで、周囲の安全を確保する」

 

 元々はすぐ寝るつもりだったけど、腕は折られたし全身焼かれたしで眠気は一切なくなってしまっている。時間を無駄にするのも嫌だし、折角だから色々溜まってる作業を進めたい。

 だから別に1人でもと思っていたけど、アインは付き合ってくれるらしい。何かに集中すると、それ以外がおろそかになるから有り難いことだ。

 

「ふむ、やはりそういうことか。では余も邪魔はしない。2人とも無理はするでないぞ」

 

 そう意味深なことを言いながら、リィンさんは飛んで行ってしまった。そういうことと言われても、何なのか心当たりがないんだけど……まあ、いいか。

 

「じゃあアイン、警戒はお願いしますね」

「認識した」

 

 そうしてアインも、箒に乗って花畑の空をゆっくりと見回り始めた。これで私も、安心して作業に移れる。

 

「さて、やっぱり今日も徹夜かな」

 

 既に始めているイグアスの分析、魔剣の鞘の完成、私の体がどうなったのかの精密検査、ニードヘッグの修理etc……挙げればキリがないほどに、私がやるべきことは積み上がっている。

 だからこそ、時間を無駄になんて出来ない。何気私にはもう、無駄に出来る時間なんて殆どないのだから。




《Ⅱ型魔剣 : イグアス》
 5連装リボルバー拳銃型の魔剣。かつては蟋蟀の魔物であった機体が出現、登乗する。魔剣機体の特徴として、使用者の脳と直結して動作する。
 機体の大きさは凡そ2m程。隠密性能が非常に高く、本来の主武装は音波による行動阻害と牙。そこに狙撃用の長大な砲を2本、背負うようにして装備している。
 魔剣の能力で振動/水分操作が加わった為、隠密/狙撃性能が格段に上昇している。戦時中は主に、狙撃・潜入などに使われた。
 所有者 : 故人

【能力】
 基準値 : D 限界値 : C
 照準 : A++ 範囲 : C 操作 : B
 維持 : B 強度 : B

【詠唱】
 刃金に満ちよ、我が祈り──希望の未来(あす)を掴む為
 我は魔なる血を継ぎし者、水と恐怖の一族也
 我らが遠き同輩に願い奉る
 どうか我らと共に歩み給え
 汝、大いなる水の息吹!
 汝、悪魔が哭き叫ぶ喉笛!
 我が祈りに、従うならば答えよ
 汝の名は、イグアス!
 限界駆動(Over Drive)──夕月夜に鳴け、砕月の大いなる水よ(ハイムヒェン・ガルガンタイグアス)
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇70%
・生物特効100%
・悪魔特効500%
②限界駆動
・振動を自在に増幅/減衰させる
・能力干渉範囲内に存在する水分を操作する
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