あれから大凡5時間弱。小型かつリィンさんが綺麗に壊してくれたおかげで分析が極めて容易だったイグアスと、逆に大型かつ酷く損壊していて分析が極めて困難だったニードヘッグ、双方の解析を終えるまでに掛かった時間がそれだった。
「疲れた……」
朝日を浴びて飛びながら、私は思わずそんなことを呟いた。お陰でⅡ型魔剣を修復したり、別物に打ち直せるだろう知識はついたけど、まだそれも理論上でしかないし。
それになにより問題なのが、まだ他の作業がロクに進んでいないこと。仮組みしていた鞘を、設計図から別物にする必要が出来たくらいだ。図面だけはもう片手間に引き直したけど。
「時間、足りないなぁ」
今でも目を瞑れば、命の溢れる砂時計みたいな音がする。自分の命が、生きていられる時間が目に見えて削れ消えていく。体感だから正確ではないけど、残りたった1年。夜中中1人で作業してたからだろうか、なんとも思ってなかった筈のそれが、どうしようもなく怖くなってきていた。
「……やめよ。時間勿体無いし」
眠気で鈍った頭を覚醒させるために、片手間に錬成したきつけ薬を噛み砕いた。8割くらい常人には毒のそれは、気持ち悪いくらい一気に眠気を吹き飛ばしてくれた。
「そろそろ朝ご飯の時間だし。戻って作っちゃおう」
気晴らしの散歩は切り上げて、箒への魔力供給を切って落下する。久し振りに感じる命を投げ出す感覚を味わいながら、さっき分析を終えたばかりの魔法陣を出力する。
「起動っと」
名称は不明だが、間違いなくリィンさんの使っていた浮遊する龍属性の魔法。実は物理的攻撃力もあるそれで、ニードヘッグの内部まで下降した。使ってみた感じ、箒より小回りが効くとは言え燃費が1.5倍くらい悪いなこの魔法。
昨日蒸発させてしまった1代目をコピペして作った2代目車椅子に乗りながら、昨日の惨状が残る廊下をゆっくりと進んでいく。リィンさんに頼みごとがあるから、少しずるいけど朝ご飯を少し豪華にしようか。
「魔獣肉と野菜と……米は今からじゃ間に合わないし、パンでいっか。飲み物は私もアレだし、少し奮発して果実系を混ぜて……」
「そのラインナップであれば、余はマッシュした芋が欲しいぞ」
「え、はい、分かりました。って、あれ?」
流石に何重にも思考を並列はさせられないから、口に出して考えを整理していると、突然横からそんな声が掛けられた。振り向けばそこに居たのは、どう見ても寝惚けた様子のリィンさんだった。
「寝間着、着崩れてますよ」
「うむ? そうか、ならば脱がしてくれ」
そう言ってリィンさんは、寝惚け眼のままこっちに両手を伸ばしてきた。あんまりにも無防備でこう、何故か無性にママの姿を思い出してしまう。別人なのに。
「はい、バンザイしてください。ばんざーい」
「うむ」
何をやっているんだろうかという疑問を頭から追い出して、車椅子のストッパーを掛けて手を伸ばす。そうして、リィンさんの服を脱がせにかかった時だった。今私が掴んでいる服が、魔法のかかった品だということに気がついた。
効果は簡単に言えば安眠と微睡み。これを着て寝ると、気持ちよく寝られて気持ちよく眼が覚めるらしい。微睡むのも自由自在。私も欲しいなと思いつつ、脱がしきってから自分のやらかした失敗に気がついた。
「……」
「……」
服の魔法の効果が切れ下着姿になったリィンさんが、明らかに目が覚めた状態で私のことを見ていた。空気が重い。アインが起きてこないことが幸いだけど空気が辛い。
「……私より胸、あるんですね」
「いや、余もこれは寄せて上げ……そうか。寄せる分も、無いのだな……」
そんな沈黙の中、思わず思っていたことを言ってしまった。何せ私と違って、リィンさんはちゃんとしたブラジャーを着けている。私と違って、着けるだけの胸があるらしい。私と違って。
「……これは不慮の事故です」
「余も分かっておる」
何故か憐憫の目を向けてくるリィンさんが、そんなどっちとも取れる様な返事をしてきた。何故だろう、無性に腹が立つ。少し目を離した隙にドレスを着てるのも含めて。
「とりあえず、アインを起こしてきてくれますか? その間に朝ごはん作っちゃいますので」
「うむ、元よりそのつもりだ」
「それと、ご飯の後ですけど2つほど依頼したいことがあります。出来れば、話だけでも聞いてくれるとありがたいです」
「久々に余の好物が食べられるのだ、話を聞くくらいなら問題ないぞ!」
そう屈託のない笑みで言われてしまえば、リィンさんの嫌いな食べ物を朝ご飯にだそうなんて気も失せてしまった。そもそも嫌いな食べ物を知らないんだけど。
「そういえば、リィンの好きな食べ物って何です?」
「マッシュした芋だな。少し塩と胡椒が振ってあれば完璧だ!」
「分かりました。作っておきますね」
蒸してマッシュは……魔法を使って時間短縮しよう。そんなことを思いながら、私はキッチンに向けて車椅子を転がして行った。
◇
「で、だ。余に聞いてもらいたい話とはなんだったのだ? アヤメよ」
「そんな話があったのか」
「ええ、アインが起きるちょっと前に」
朝ご飯を食べ終わったテーブルで、リィンさんがそう会話の口火を切った。先程まで身長相応にしか見えない態度で食べていたのに、凄い変わりようである。私と違って可愛かったなぁ、ではなくて。
「それで聞いて欲しい話なんですけど」
そこで一旦言葉を切って、私はテーブルの上に取り出した元エターナルを置いた。ただもう刀身は剥き身ではなく、幾つかの金属パーツが噛み合って出来たミスリル色の鞘に納められている。
「単純に言えば、保険を掛けたいんです。理論値だと魔剣を開放しても大丈夫なんですけど、出来ればこの鞘をリィンさんのスキルで強化して欲しいなと」
結論として、現状私の技術だと元エターナルを完全に抑え込むことは無理だった。つまり、どうあがいても使えば寿命が流れ出る。だからこそ、途中から流れ出る量を減らす為の鞘を作った。
それでも
「ふむ、余としては協力することは吝かではない。だが、それをすることによって余にどんなメリットがある?」
「まずこのニードヘッグを確実に直せます」
試すように聞いてきたリィンさんに即答した。一晩かけて分析を重ねたお陰で、私が今の50倍ほど精密動作が出来るなら、ニードヘッグを再生出来ることは分かっている。だからこそ提案してみたのだけど……
「ダメだ。それは既にアヤメが、ここに逗留する条件として提示しておる」
「ですよね。なので、私が何でも一回言うことを聞くというのはどうで──」
まだ身体は鈍ってるとはいえ、Lv300の技術職を一回なんでも言うことを聞かせれれる。それは中々にメリットになると踏んだんだけど、言い切る前に慌てたアインに口を塞がれてしまった。
「やはりアヤメに交渉を任せてはいけないと認識した。故に当方が代理で提案する。了承してくれるか?」
「うむ、是非そうしてくれ」
「認識した、では提案する。アヤメの技術力は当方が認知している限りでも異常だ。何か必要な物があれば製作は可能と推測する」
勝手に話が進んでいくが、いい感じの方向に向いてきた。確かに注文してくれれば大抵の物は作れるから、それで手を打ってくれるなら有り難い。
「……ならば、余の防具を作ってはくれないか? 無理をさせ続けきたせいか、限界が来ていてな」
「それくらいならお安い御用です。私の防具も作る予定ですから、その時にでもいいですか?」
「うむ! その時に頼むぞ!」
なんとか交渉が成立して、私はホッと息を吐いた。良かった……技術者としては未熟過ぎて恥ずべき事だけど、魔剣があれば後はもう全てが順調に進められる。
ママの域に辿り着くには、
「では使うと良い、
「早いですね……でも、ありがとうございます」
そんな自虐を考えていた数瞬の間に、どうやら付与は終わっていたらしい。やはり自分の作品だからだろう。握ってみれば、確かに変質しているのが伝わってくる。
「じゃあ、ちょっとだけ動作確認しますね。
詠唱を省略して開放すれば、設計通り──いや、それ以上の結果を元エターナルは示してくれた。設計通り刀身側の鞘が一部展開、Ⅰ型を装填すれば光刃を展開出来る機構がしっかりと作動している。
右刃の鞘は内側から僅かに赤い光が漏れ、左刃の鞘は青い光が漏れ出ている部分まで完璧だ。それに命が削れる感覚も日常生活レベルだし、この耐久度なら1000秒は駆動させられそうである。
「よし、我ながら完璧」
それだけ確認できればもう十分。無駄に命を削りたくないし、取り出したイグアスを納刀して、魔剣の加護を解除する。同時に展開していた鞘も元に戻り、元エターナル……仮称エターナル・ツヴァイは完全に封印された。
そうして顔を上げれば、何故か驚愕に表情を染めたリィンさんが私をじっと見つめていた。……ああ、そっか。アインは見慣れてるだろうけど、リィンさんには魔剣を納刀するのを見せるのは初めてだったっけ。
「今のは、なんだ」
「あー、えっと。今魔剣を収納したのは、私の魔剣の能力でして……」
「そっちではない! 余が知りたいのは、どうやって暴走していた魔剣……エターナルと言ったか? それを通常の限界駆動にまで落とし込んだのかだ」
身を乗り出して聞いてきたリィンさんに驚いて、思わず身体を後ろに引いてしまった。それくらいの圧を感じたのだ。アインが後ろで車椅子を抑えてるから引けなかったけど。
「何と言われても、単純に鞘って形で色々後付けしただけですよ? 溶け落ちた安全装置とか、駆動時間無限化の仕組みとかを」
手元には何振りもの獣人界のⅡ型魔剣があって、魔界のⅡ型魔剣2振りだけとは言え解析した。それで以って、推定無限駆動の大元となった魔剣が上空に浮いていて分析し放題。
機材は携帯してるし素材はあるのだから、後は技術力と時間の問題である。何故かクリフォトの枝が、暴走を封印……正確に言えば停滞と鎮静化させるのに一番効率が良かったのかは気になる所だけど。
「それが異常だと言っておるのだ。余はそんな技術、聞いたこともない。それがかつて魔界にあればどれほど──!」
「落ち着いてください」
「アヤメに同意する。今のリィンは平常時の状態からかけ離れている」
声を荒らげるリィンさんの肩に手を置いて、どうにか落ち着いてくれるよう押し戻す。アインもどうやら同調してくれるようで、私が押し戻したリィンさんの肩を持って席に戻していた。
「……すまない。余も、焦り過ぎた」
「何をかは聞きませんし、大丈夫です」
リィンさんは我に帰ったように、それだけで急激に大人しくなってしまった。今の反応からして何か、後悔してることがあるみたいだけど……触れないでおく。
「それとこの魔剣を抑え込む技術は、ここに来てから私が作った物ですから……なんか、すみません」
魔剣に関する技術が世間的には9割以上失伝、私も整備の仕方しか教えて貰っていなかったのだ。だから解放や封印ならともかく、こんな制限する為の技術は開発されよう筈もない。
「そうか。そうであったか……ならば余は、やはり……」
消沈していることが嫌でも伝わってくる声音で、俯きがちにリィンさんが呟いた。本当はこれから、魔剣チョークを使って脚の代替品を作れるかもしれないことを報告しようと思っていたんだけど、やめておいた方が良さそうだ。
「……アイン、リィンのことお願いします。なんというか、1人にしておくのはダメな気がします」
沈黙が続き場に満ちた息苦しさに耐えきれず、思わず私はそんなことを口走っていた。やっぱり私は、いるだけで誰かを不幸にするらしい。
「同意する。アヤメはどうするのだ?」
「ニードヘッグを直しに行きます、約束は果たさなきゃですから。……ごめんなさい」
そう言って頭を下げてから、私は逃げるようにこの場を後にしたのだった。気持ちを切り替えよう。私がどんな状態でも、仕事に手抜きは許されるものではないのだから。
出力制限版エターナル・ツヴァイ
()内は使える限界時間
【1段階目】
変化前と同スペック(1000秒)
命の流出量 : 日常生活と同等
【2段階目】
右刃の能力が若干開放(1の半分)
命の流出量 : 軽く捻った蛇口
【3段階目】
左刃の能力が若干開放(1の1/10)
命の流出量 : ダムの放流
【暴走】
完全開放
命の流出量 : 豪雨後の滝