この世界には、クリフォトという大樹がある。
リュートさんが名付けた、世界の空を覆い尽くす枝葉を伸ばす淡い蒼色の結晶樹。何故か結晶憑きの身体にも生えているが、その魔法的な特徴は大きく分けて『停滞』と『鎮静化』の2つ。私の拳くらいの大きさになると、その時点で魔法が一切通じなくなるくらいには強い力だ。その素材としての特徴は、金属と植物と岩石が混ざったかのような奇妙な性質をしている。
まず硬さと重さは鉄に近く、しかし木のようによくしなる。高度に対して、刃が痛むことを覚悟すれば鉋がけは可能だった。樹木の表皮に当たる部分を剥げば薄い繊維の層が重なった内部があり、糸を縒れる中身が取り出せたりもする。が、植物で言う繊維方向に
とまあ、要約すれば「異常な程に便利で加工がしやすい謎の結晶体」となる。1時間使って検証しただけだから、他の性質があるかもしれないがそれはそれ。
「つくづくママは……」
思わずぼやきながら作業する私のいる場所は、魔剣ニードヘッグの半壊している頭部。その内部にある、本来なら生物として脳が存在する場所だ。そしてそこに存在していたのが、生体脳ではなくクリフォト製の電脳ならぬ魔脳であった。
尤も頭部が半分抉れるように消滅してるため、あったであろう肉はとっくに腐り落ちていて、魔脳自体も半ば吹き飛んだ状態ではあるが。それでも各部にある球が私の身長ほどの直径を持つそれは、何故か頭蓋の中心部に浮いていた。
「魔脳の配置は……多分これ生命の樹で合ってるよね」
久し振りに取り出した我が家の蔵書の1つを手に持って、頭蓋の中を歩きながら分析する。クリフォトでセフィロトを作るとか頭おかしいんじゃないだろうか。
欠損している部分は、
「えっと、多分ここをこうして組み合わせれば……」
とはいえやると言った以上は成し遂げないといけない。実物と手元の資料を照らし合わせて、必要要件を満たすようパッとクリフォトを加工する。
そうして適切と思われる位置に配置し経路を繋ぎ終えれば、フォンという軽い音とともに生命の樹を模している物体に光が灯った。これでニードヘッグのシステム面は、多分修復出来たと思う。
「あとは魔剣側だけ……と」
取り出したニードヘッグの本体たる魔剣は、受け取った時から何も変わらずその無残な姿を晒していた。だが当然こちらも、修復の目処はついている……というよりは、既に8割方修復は終わっていたりする。
というのも、私が手掛けられたのは鞘の方だけだからだ。鞘がある魔剣に共通する、納刀時に魔剣の機能を抑制する機構を解析して再現。鍔から刀身の中程にかけてを覆う部分は以前の物を流用し、そこから先には鞘としての形に整形したクリフォトを、封じ込め機構を削除しつつ、失われていたニードヘッグの本体と同期させる機能を復旧出来るようにしてある。
「同期前に動作確認しなきゃ」
折れたままのニードヘッグは、本当なら修復するつもりだったけどそのまま利用することにしてある。鍛冶師の端くれとしては死ぬ程悔しいけど、技術屋としてコレと同じ動作をさせられる保証ができなかったからだ。
ついでに言うと、その所為で本来の魔界式魔剣の能力も死んでしまっている。担い手と機体の一体化は出来ず、手元の魔剣は残りつつ機体側を従える形になってしまった。さらに言えば、出力はこの暴走中の物を自在に操る事が出来るけど、限界駆動の解除は手離す以外の方法がなくなってしまっている。
そんな魔剣の修復を総評するなら──
「落第点以下、だよね。でも、それでも受けた仕事だし……悔しいなぁ」
自戒しつつ研鑽を胸に誓ってから、納刀したまま膝上に乗せてあったニードヘッグを手に取った。今はまだ担い手もいない空の魔剣。だけど、魔力を流せば機能が正常に動いてくれるかくらいは判別できる。
「同期完了。修復した回路の負荷も予定通り、動作も予想の範囲内。安定性は……少し下がってそうだけど、用法的には及第点?」
限界駆動中納刀されていれば、本来のニードヘッグの機能が使える機体を操縦する為の
「……ママはほんと、どこまで」
切り替えが可能な魔剣として完成させたそれは、確かに私の設計通りの動作はしてくれている。
「もしかしなくても、私って向いてないのかな」
でも現状、魔剣の加護を得て作業してこれだ。私の腕は、それを黙認するしかない。目指す頂は高く高く、どんなに背伸びしても、どんなに高い
どうせ死ぬなら好き勝手に生きる、そう決めたのに。自分の呼び名なんてもうどうでもいい筈なのに。だから何とも思わない、もう何も感じない筈なのに……
「何でだろうなぁ……」
見上げた先、浮遊する魔剣の基部は、何故か酷く歪んで見えた。手で何度目を擦ってもそれは消えず、寧ろますます視界は滲んでいく。
だけど、そんな独り善がりの感傷に浸っていられる時間は終わりらしい。魔法で感知できる範囲内に、馬鹿みたいに大きい魔力の塊が侵入してきた。身1つで飛んできている以上、間違いなくリィンさんだろう。
「……すまない、アヤメよ。余も、先程は取り乱した」
「大丈夫よ、私は気にしてませんから」
であれば、切り替えなきゃいけない。例えこれが最後に受ける依頼でも、今はまだ私は鍛冶師を名乗っているのだから。
だからこそ、魔法も使って無理矢理に精神を落ち着かせて、涙の跡も全て拭き取って振り返った。そうして見たリィンさんも、何故か目が充血して……わかりやすく言えば、私と同じように泣いた跡が残っていた。
「それより、依頼の品が完成しました。所有者設定の部分も壊れていたので、次に起動した人が担い手になるようになっています」
「う、うむ、そうか。感謝する」
戸惑う様子のリィンさんに、膝に乗せていた魔剣ニードヘッグを手渡した。どうせ限界駆動する時になれば効果は分かるので、そこの説明は省略する。
「あ、でも最初に起動する時は言ってくださいね。1回目は本来の能力で使った方が後々の効率がいいですけど、対策しないと花畑に異常が出てしまうかもしれないので」
「うむ、それはわかっておる。おるのだが……使っては、駄目か?」
「なら今から準備して来るので、少しだけ待ってて下さいね」
色々考えていたのに、お気に入りのおもちゃを貰った子供みたいな顔をされたら、何も言えなくなってしまう。でも、誰かの役に立てるなら、少しはいい事なのかもしれない。
そんな考えを巡らせながら、リィンさんの承諾を確認して頭蓋の中から私は飛び立った。そして2人きりにするためにだろう、わざと遅れて飛んできていたアインを空中で捕まえた。
「アイン、ちょっと手伝って欲しい事があるんですけどいいですか?」
「肯定する。だかその前に、リィンと関係の改善は出来たか?」
「ええ、と言えるほど自信はないですけど」
言葉を濁してそう言うと、何処と無くアインの雰囲気が不機嫌なものに変わった気がした。でも、そうとしか私には言えないのだ。二、三会話しただけだし。
「不満だ。だが、悪くない方向へ変わったと認識する。
それで、当方に頼みたいこととは?」
「仕方ないじゃないですか……頼みたいことは、これを花畑の外周に100m感覚で突き刺して来ることです」
少しだけ反撃を試みながら、取り出した複数の物体をアインに手渡した。
渡したソレを一言で表すならば白い両刃の片手剣だ。けれどその実態は、護虹剣とやらの虹を解析して会得した無限展開の能力と、単純な呪い避けと浄化を組み合わせた劣化魔剣となっている。限界に近づくほど黒ずみ、最後には炭化し崩れ去るように作ったから、環境にも優しいし替え時も分かりやすい。
「名付けるなら『護りの剣』ですかね。この剣を突き刺した半径5mの球状に、呪いを一切排除する空間を作る剣です。これからニードヘッグを再起動するので、その時花畑が壊れないようにしたいんです」
「認識した。だが、本数は足りるのか?」
「ええ、なんとか」
多分この魔界においては使える装備だろうから、鍛冶技術より錬金術を活用して複製したのだ。今の複製の手持ちは大凡100本、限界駆動(仮)を使えば効果の適用範囲が10倍くらいになるから、一本でカバーできるのが半径100m円。つまり64本ほど設置すれば、この花畑をカバーできる計算となる。
「では、当方は40本の設置を担当する」
「なら私は、残りの24本ですね」
劣化魔剣の性能を説明すると、本数を受け取ったアインはそのまま箒で飛んでいってくれた。私だけじゃ途中で力尽きちゃうだろうから、本当にありがたかった。
◇
そうして一時的な呪い避けの領域を展開した後。私たち3人は、花畑に臥すニードヘッグを前から見上げる場所に集まっていた。
車椅子に座った私と、その後ろにアイン。そしてⅡ型魔剣ニードヘッグ改め、魔剣ニードヘッグ・リペアを持ったリィンさんがニードヘッグの機体の前に。
「では、始めるぞ。
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
既にリィンさんの未来予知によって、失敗が起きる可能性は極めて低いとは分かっている。それでも、私にとっては緊張の一瞬だった。
「余は真なる血を継ぎし者、浄化と竜の一族也
余と近しき同輩に願い奉る どうか今一度共に歩み給え」
私が調べたものとは少しだけ違う詠唱。だけど感じる魔力の流れからして動作は正常。以上反応はなし、だから多分詠唱の違いは個人差と、私の至らなさが原因か。
「汝、怒りに燃えて蹲る者!
汝、死に行く者達を運ぶ翼!
我が祈りに、従うならば答えよ」
そんな風に関じている時のことだった。風が、ニードヘッグの機体を中心に逆巻いた。色とりどりの無数の花弁が渦を巻いて、リィンさんとニードヘッグを包み込んでいく。
「汝の名は、ニードヘッグ!」
そうして私達には何も見えなくなった中から、爆発的な魔力の高まりが発生した。アインが魔剣を構えたけど、アインの手に重ねるようにして抑える。
何せもう、常に感じていた何かを吸い取られる感覚がなくなっている。つまり動作は正常化しているのだ。ならばもう、心配する必要なんてない。
「
魔剣の詠唱が完成すると同時に、花の繭とでも言うべきそれは吹き飛んだ。内側から現れたのは、夢で見た黒き威容。討ち取られ朽ち果てた残骸ではなく、威容と評すべき黒い龍の姿がそこにはあった。その目にあった、知性と意思だけはやはり抜け落ちて。
「感謝するぞ、アヤメ。これで余は、余の夢にまた新たな一歩を踏み出せる」
その完全な再生を成した威容の足元で、満足そうな、見た目相応にしか見えない笑顔をリィンさんは浮かべていた。私にも生えた獣の尾の様に、竜の尾が揺れているから多分本心だと思う。
「私程度が役に立てたなら幸いです」
「謙遜が過ぎるぞ。アヤメの直した剣が余の夢の実現にどれほど寄与してくれるか、今ここで見てみよ」
抜刀。そして折れた刀を天高く掲げ、叫んだ。
「今こそ唄えニードヘッグ! 大陸に響くほど高らかに!」
「GAAAAAAAAAAAAA!!」
それを合図にして、ニードヘッグも咆哮した。同時に今まで感じていた力を吸収される感覚が復活し、荒々しくも優しいという矛盾した風が吹き抜けた。そして──
「見よアヤメ、これがお前様が作り出した光景だ!」
半径2kmの球でしかなかった花畑は、私が感知できる範囲までで、10倍を超える範囲にまで拡大を続けていた。
一般的な人族の技能到達限界 : 50
現在のアヤメの技能(魔剣込み): 500
くらいなので、決して悪いわけではないんです。
《Ⅱ型魔剣 : ニードヘッグ・
かつては龍の魔物であった死した機体を、再び操作するための魔剣。鱗を無数に固めた様な刃紋が浮かぶ刀身は半ばから折れ、その戦闘能力は大幅に弱体化している。
使用者の脳と直結し操作する機能、限界駆動時に刀身が消えどうかする機能は消滅した。
機体の大きさは凡そ30m程。飛行性能が高く、本来の主武装は高温のブレスと毒牙。そこに魔剣の能力で極めて高度な領域操作能力を獲得している。だが機体に意思が宿ることは二度と無い。
所有者 : 故人→リィン
【能力】
基準値 : E 限界値 : A+
照準 : E 範囲 : A 操作 : E
維持 : A 強度 : B
【詠唱】
刃金に満ちよ、我が祈り──希望の
余は魔なる真を継ぎし者、浄化と竜の一族也
余と近しき同輩に願い奉る どうか今一度共に歩み給え
汝、怒りに燃えて蹲る者!
汝、死に行く者達を運ぶ翼!
我が祈りに、従うならば答えよ
汝の名は、ニードヘッグ !
【効果】
①通常駆動
・自身のステータス上昇50%
・生物特効50%
・悪魔特効100%
②限界駆動
【納刀時】
・自身の領域を侵食展開することで、内部の使用者以外の生命体からエネルギーを徴収する
・領域外部から加えられるエネルギーを、一定の値まで吸収する
・領域内部においてのみ、エネルギーを消費し自身の傷を超高速で再生する
【抜刀時】
・自身の領域を侵食展開することで、内部の一定以上の力を持つ生命体からエネルギーを徴収する
・領域外部から加えられるエネルギーを、限界を超えて吸収する
・エネルギーを消費し、領域内部を超高速で再生する